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語る。(物理)

「始め!」

 2度目のアメリアの合図が行われると同時に、訓練場では2つの風がぶつかり合った。

(速い!)

 盾を捨てたマルグリットの攻撃はそれはもうひたすらに速かった。

 過去にいろんな戦士、剣士を目にしてきた私だが、手数重視の速攻派の剣士の中でも、1、2位を争う攻撃と思える程だ。

 ハーフプレートの重さを感じさせず、一瞬で剣の“間合い以下”に飛び込んだマルグリットは、文字通り武器と一体となった鋭い突きを連続で放つ。

 間合いが近すぎるため、剣で受ける、払う等の防御は不可能だ。況してフィアーナの持つ訓練用の大剣では比較的大人しめの突きを剣の鍔で弾くのが精いっぱいと言えた。

「ふん!」

 フィアーナはほんの一瞬程度のマルグリットの突きと突きの継ぎ目、フォロースルーを正確に捉えると、飛び退きながら力任せに剣を横薙ぎし、そのままふわりと宙に浮かんだ。

 ケープの下に隠していた翼が陽を浴び、地面に影を落とすと周囲の者達が再度騒めきだした。

 フィアーナがホバリングしながら下を見下ろすとマルグリットも不敵に笑う。

「ようやく及第点を貰えたか?」

「うん。さぼり癖のひどい、クレアの前の仲間よりも速いね!」

 フィアーナがチラりと私を見た。

 さぼり癖のある私の前の仲間。共に吸血鬼を討った“人間”の《剣士(フェンサ―)》の事を言っているのか。あのツンデレ姉弟、義兄とうまくやれているんだろうか?

 ちょっとだけ懐かしい気持ちになる。しかし感傷にふけるのもほんの数秒だ。

 フィアーナが動き出す。

 上からの重力を乗せた振り下ろし。マルグリットは難なくそれを避ける。

 フォロースルーなしでそのまま軌道を横薙ぎに変える。燕返し崩れの攻撃をマルグリットは細身剣の側面で受け流した。

 一瞬の戻しからの突き。これもマルグリットはうまく受け流すと、少し前のめりになったフィアーナを脇を狙って突きを放つ。フィアーナはそれを大剣の鍔で弾くと再度高度を取り直す。

 こうなると今度は間合いは常時フィアーナの思うがままとなる。超近距離で怒涛の連撃を得意とするマルグリットはやや攻めあぐね始めた様子だ。


 マルグリットは一度間合いを開くと、大きく息を吸い、吐く。

 フィアーナがその隙に追撃してこないのを確認すると、マルグリットは最初に捨てた楯を拾いなおす。

「流石に間合いの決定権を九分九厘貰えないのはな。」

 マルグリットが笑った。

 その笑みは出会ってからずっと張り詰めていた雰囲気のマルグリットが初めて見せた、“楽しい”という表情だった。

 その辺りの感情の機微を捉えるのが最も得意なのが、私でもなく、“フレア”でもなく、フィアーナだ。

 フィアーナもお返しとばかりに無邪気に笑うと、『ヒャーーッハーッ!』と意味不明の奇声を上げ乍ら宙からの弾丸の様な突きを、突撃を見せる。

 マルグリットは歯を食いしばりながらその強烈な突きを受け止めると、再び連撃の隙間に連撃を割り込ませ、しかも3次元機動付きと云う、周囲の“観戦”そっちのけの超高速戦闘が再開された。



 3分ほどだろうか。何度か間合いを仕切り直しつつカウンター狙いの防戦を続けていたマルグリットの息が上がって来る。

 あれだけの動きを、物理的に“上”にいる相手に対峙しながら対処できる体力は相当のものであるのは間違いないが、その相手は重量を味方につけ、自身もまた体力、持久力に定評のある竜人である。次第に動きの鋭さに差が出てくると、程なくしてフィアーナの大剣がマルグリットの鎧の継ぎ目に付き当てられた。

「それまで!」

 レフェリーを務めていたアメリアが少しだけ表情を歪めて悔しそうにそう宣言すると、周囲から大きな拍手と歓声が上がった。

「ふう。」

 フィアーナが軽く息を吐くと、マルグリットも同様に息を吐き、左手の楯を置くと右手に装着した細身剣を外す。手首から先がある通常の義手に楯を握りなおさせると、試合開始時と同じ状況で頭を下げ、礼を行う。フィアーナは訓練用の大剣を投げ捨て、引き上げようとしていたが、それを見て慌ててそれに合わせて礼を返した。バカだ。

「ある意味で……最高の形で着任できそうだな。あとでまた少し話をしよう。」

 マルグリットは清々しい笑顔でそう言うと、すぐに最初の張り詰めた表情に戻し、左手でフィアーナと握手を交わした。

「アメリア。流石にこの実力に文句を言う奴はいないだろう。宿屋か兵舎か紹介できるやつを付けてやってくれ。」

「はっ。」

 マルグリットがそう告げるとアメリアが一礼し、フィアーナを伴ってこちらに戻ってきた。



「少々やりすぎではないのか?」

 傍までやってきたアメリアがフィアーナではなく私にそう言う。私が責任者だと思っているのだろうか。うん、まあ、そうね。

「負かしたこと?義手を吹っ飛ばした事?」

「……両方だ。」

 私の問いにアメリアは渋い表情で答える。

「実力を示せって言われたしね。こちらは身分も肩書もないし。腕に関しては……戦場に立つ以上は遅かれ早かれバレるんじゃない?あの動揺っぷり、実戦のさなかに起きなくて良かったんじゃないの?」

「それでも……部下の心や信頼を掌握する前に弱みを晒す必要は……」

 アメリアが口を濁す。恐らくは王女の腕は周知されていなかったのだろう。

「ここって、“王女”って肩書は役不足なわけ?ある意味最強クラスだと思うんだけど。それに……もしさっきのあれを見てまだマギーの実力を疑える強者かバカがいるなら私も相手してみたいわね。」

「…………」

 私の切り返しにアメリアが言葉を失う。アメリアにも十分意図は伝わっただろう。

 超近距離から回避困難な連撃。楯でがっちり固めながらのカウンター。どちらかのスタイルだけでも相当な実力者と言える筈だ。先ほどの手合わせを見てマグリットの実力が足りないというなら、そいつは余程腕に自信のある強者か、あの突きの速さと正確さに目が追いついていない口だけのバカかのどちらかだ。

 どちらも私の大好物である。強者との死合いは常に新しい発見があるし、身の程知らずのバカを試合で嬲――もとい。弄ぶり晒すのはそれはそれで楽しいものだ。それよりも気になったのは前の部分だ。

「王女って肩書、弱いの?」

『弱いの?』には2つの意味が掛かっている。一つは身分・肩書としての弱さ。王女という肩書が大したことないという王国であるならそれはそれで問題だが、最前線であるというなら、王女と言う身分よりも騎士団長とか大将軍とかいう肩書の方が強く扱われる可能性はある。こちらは所謂“王女”が“役不足”な場合だ。

 もう一つは逆。武と実力を重んじるという国に於いて、王女自身が“役者不足”である場合だ。先ほどの試合を見る限り、その可能性は低いと思うが……

「個人の武に於ける実力、軍の指揮における能力はベルンシュタットの中でもマルグリット様が一番だと確信している。しかし殿下の右腕はな……継承者争いの“謀略”という部分で負けた証でもあるのだ。」

 相当の悔しさを滲ませながらアメリアが呟く。近衛としての忠孝、或いは右腕として悔恨か。恐らく必要になればアメリアはマルグリットの為に躊躇わずに命を投げ出すだろう。が。

「……王国の継承者争いの謀略ねぇ。部外者としては余り聞きたい単語じゃなかったかなー?」

 私がそれとなく指摘するとアメリアは途端に『しまった』と言わんばかりの顔をした。王国に継承者争いが存在し、すで権謀術数の謀略迄はびこっているなど、部外者、特に私らの様な流れ者には特に聞かせるべき話ではない。しかしだ。

「まあ、傭兵的には美味しいと思わないこともないんだけどね。」

 私がにやりと笑うとアメリアはそれはもう物凄く複雑そうな表情を浮かべた。


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