話にならない。
計算された暴力と無邪気な暴力。
主人公sはこういう人たちという残念なお知らせ。
こちらの世界でも私こと、ナイ――コホン。鬼子が差別対象であることは動かしがたい事実である様だ。ただ幸いなのは、竜人が問答無用で敵と見做されるわけではないと言う事だろう。実際、こちらで私らがお世話になった竜人は既に人族の国でも確固たる地位を築いていた様子だったし。
だがしかし。
何の実績もない私達を侮ってくる奴らは後を絶たないだろう。アメリアはそう言った。私もそう思います。尚、相方は相変わらず気にしていない様子だ。売られた喧嘩は即決で買う。南大陸で大事になったのもそれが最初の火種だった。
適当に妖魔の集落でもいくつか叩き潰してくればいいか?そんな話をフィアーナとしながら、アメリアに連れられ城の廊下を歩くと、さっそくそれが現れた。
「鬼子と竜人?新領主様の趣味か?余程の人手不足と見える。だが、まあ身体の方は――」
2人組のガタイの良いにーちゃんが私でなくフィアーナを見て下卑に嗤う。フィアーナの方が色々大きいし、血色が良いのは事実だ。うん。締めよう。
「実力を示せばいいんだっけ?」
私はアメリアとその男たちににっこり笑いかけると、次の反応が返ってくる前に男の片割れの懐に飛び込み強烈な肘鉄を食らわせる。
そいつがうずくまって声を上げるよりも早くもう一人を一本背負いで投げ飛ばすと、先に肘鉄を受けうずくまった男の顎を蹴り上げ床に大の字にさせる。
そして両手から氷剣と風剣を1本ずつ発生させると、男の左右の腿を、虫ピンで標本を作るべく床に固定した。
「ぎゃああああああああああ!?」
標本にされかけている男が絶叫を上げる。当然だが、周囲にいた者達――見た目からして、私兵か冒険者だろう。それに量産品の鎧を纏った兵士達もこちらを向き、この状態にぎょっとした表情を見せて固まる。
「ああ、大丈夫よ。この程度の傷ならすぐに治せるから。【癒光】(ヒールライト)」
私はにっこりと周囲に微笑みかけ、男の左腿を穿っている氷剣を消失させると、すぐさま光の精霊魔法で男の傷を治す。
この手の傷を早く治すにはいくつかの手段がある。
まずは薬草。止血と細胞の活性化を促す効果のある薬草を湿布し自然治癒に任せる、最も安価で一般的な方法。
次に傷薬。こちらはそこそこ安価で薬草よりもかなり効果の高い軟膏と、各種薬品と魔法を組み合わせた“飲み薬”。冒険者や兵士にはこれが一般的だ。効果に応じて値段が累乗式に上がっていくのが難点である。
そして魔法。特に回復の効果があるのは、この世界の神に祈りと魔素を捧げ、奇跡を借りる“神聖魔法”と、自然界にいる不可視のエネルギー体、精霊の力を借りる“精霊魔法”、そのうち回復が得意なのは水と光の精霊だそうだ。
前者を扱う職能が《神官》と呼ばれ、後者を扱う術者が《精霊使い》(エレメンタラー)と呼ばれているらしい。私は元々《神官》の素養はあったが、残念ながら次元を飛ばされた先のこちらの世界ではあちらの神の力は届かず、今はその能力が失われている。代わりに以前嗜み程度に齧っていた“精霊魔法”を本格的に習得し、今では水・氷・光の魔法を伸ばしている。風剣を始めとする風の力のほとんどは実は私の力ではない。
閑話休題。話を戻そう。
私はこれ見よがしにもう一度【癒光】を発動させると、風剣が刺さったままの男の右腿にその光を落す。
ほぼ瞬間的に傷が治るが結局同時に風剣に切り裂かれて、刺された時の痛みが再度ぶり返すだけとなる。
「ぎゃあああああああああ!?」
標本男が再度同じ叫びを繰り返す。
「あー、でも下手に動いて足が完全に切り離されちゃうとそう簡単には治せなくなるわよー?」
私は腰に両手を当て、男の顔を覗きこみにっこりと笑顔でそう注意する。
「ひ、ひぃぃぃぃ……わ、悪かった……助けてくれ……」
男は血の気の引いた顔であっさりと降参した。
「……」
私は真顔になって、一度風剣を踏み込んだ後、風剣を消失させると、再度【癒光】を行使し、男の右腿を元に戻す。
「先に喧嘩を売ってきたんだし、自分の血の掃除くらいは自分でしなさいよ?」
私が目を細めてそう言うと、男は尻を床に付けたまま、治ったばかりの両足で壁際迄飛び退く。
「さて、舐められない程度に実力は示せたと思うけど?」
私はアメリアに、周囲の野次馬に聞こえる様ににっこりと笑ってそう言った。
今回、私が示した実力は3つ。
1つは、元のレベルはわからないが、この程度のやんちゃをする男じゃ私の相手にならない事。
2つめは、『重傷』と言われるレベルの傷を即座に治せる回復魔法を習得している事。因みに【癒光】は、光の精霊魔法の中でも中位に存在する魔法で、使い手もそれほど多くはいない。
3つめは――言わずもがな。亜人と舐めてかかってくるなら“この程度”の事はいろんな意味で“造作はない”と示す事。
ただ単にムカついて暴力に訴えたわけではないとご理解いただきたい。少なくともアメリアにはこの3つが正確に伝わった様子だ。
思いっきりドン引きされているが。
「明らかに過剰だが、“今回は”防衛と認めよう。一応、傷は何も残っていないみたいだしな?」
アメリアが私と男と両方に念を押す様に低くドスを聞かせた声で確認した。
『今回は』を特に強調した辺り、毎回は許してもらえないのだろう。まあ、こちらも毎回ここまでする気はない。今回は今後の為に一度“やる時はヤる”という意思表明をしたまでだ。言わば、この男は間抜けにもわざわざ私のデモンストレーションの宣材に自ら志願してきたようなものである。
「お、おう。」
一応困惑気味に私が答えると、男はコクコクと2~3度小さく頷き、巨体に似合わぬ速さで一瞬で立ち上がると、もう一人の男が投げ飛ばされた方向へと離脱していく。一件落着かと思いきや――
「絡まれたの私なのに私の実力示せてなくない?」
相方がアメリアや周囲に向けて弾けんばかりの笑顔を見せた。
「ならば今すぐその場を用意してやろう。」
数歩たじろいだ周囲の向こうから涼やかな声が聞こえてくる。
それは呆れた表情のマルグリットから放たれた言葉であった。
マルグリットに連れ出された先は城に併設された訓練場だった。
町の規模を考えると、意外と広く結構しっかりとした造りの訓練場である。
「へぇ……」
私の反応にすぐ意味を察したのだろうか、マルグリットが応える。
「現在、ここは最前線の一つだからな。襲撃がないとはいえ訓練に手は抜けんよ。」
「……ここ、新しい領地なのよね?」
新領主と言う割にはこの地に、この城に馴染んでいるという印象を受けた私はそう尋ねた。
「領主としては……な。」
「ん?」
「皇国のアカデミー……、大陸の中心地の聖騎士の学校を出てすぐに、新米騎士として従者以外には身分を隠してここに赴任してな。2年程ここで生活をしていた。」
「なるほど。ってことは……直轄領?前の領主はいなかったのかしら?」
「いや。元々はいたんだが……配置換えだな。その辺、気になるようなら後で時間が出来た時に話そう。まずは……だ。私の実力も示せていないからな。フィアーナだったか?一つ手合わせ願いたい。手加減は無用だ。翼を使ってくれても構わんぞ。」
「「へぇ……」」
マルグリットの眼力はそれなりにあるものだと思っている。そのマルグリットが手加減どころか翼の使用もありで手合わせというなら、それはそれなりの自信があるのだろう。私とフィアーナは一瞬視線を交わして頷きあうとフィアーナを訓練場へと促した。
訓練場の中央でフィアーナとマルグリットが対峙する。決闘形式と思いきや、武器防具は訓練用の物を使うらしい。フィアーナは少しだけ拍子抜けしたような表情を見せたが、逆に多少行き過ぎたダメージも『死ななきゃ安い』の精神でその勝負を受けることにした。
訓練場の閲覧・観覧席には先ほどの騒ぎを目にしていた者たちを始め、訓練中だった兵士たちも集まって来ていた。
フィアーナは本来の武器に近い大きさの訓練用のツーハンドソードのみ。
マルグリットは少し長めの片手剣に大きめの金属盾を持ち、ハーフプレートにレギンス、スカートと先程迄の装備と違う、略式の騎士鎧で位置に着く。
一方のフィアーナの防具は特殊な装備だ。ぱっと見は赤と黒の鱗があしらわれたイブニングドレス。翼をすぐに広げられるように背中はばっくりと割れており、下はスリットのある細めのスカートだ。
あれ?これもしかして、さっきの男の言動はむしろ普通じゃね?まあ、場所が悪すぎたことは間違いないが。
そのドレスにケープを纏い普段は翼が人目に触れにくい様にしている。傍から見ればそう見えるだろう。しかしこれがとんでもない曲者で、無限蛇と呼ばれる魔物の骨と鱗で作られた呪いの防具で多少の攻撃でどうにかなるものではない。勿論、当初は色々酷い副作用はあったが、今は解呪され便利な鎧――戦闘スーツに近いか。として使われている。
「訓練用の防具なら適当な物を使って良いぞ?」
武器だけを取り位置に付こうとしたフィアーナにマルグリットが言う。
「いんや。これの方がそこら辺の防具よりずっと性能が良いのよ。」
フィアーナの返事にマルグリットは1秒ほど眉を顰めるが、使うのは訓練用の武器。何かあればクレアか自分が回復魔法を使えば良いかと割り切ってアメリアに試合を始めさせるように言う。
「それでは――始め!」
彼我の距離は10メートルほど。アメリアの開始合図と共にフィアーナは一気に駆け出し、少し距離を残したところから水平に飛び込む。
「甘い。」
中堅の《剣士(フェンサ―)》よりも明らかに早く鋭い飛び込みだったが、マルグリットは難なく反応し、義手の右手に持たせた大楯をフィアーナの飛び込み進路上に構える。
マルグリットの反応は悪くない。しかし……
「ほいっと」
「何!?」
フィアーナは片足を地につけると、急に身体を反転させ、背面で楯を回り込む様に身体を回転させると、裏拳を放つ如く右手の大剣をマルグリットに見舞う。
マルグリットは一瞬だけ虚をつかれたが、なんとか身体を低くしその大剣を回避し、そのまま後ろへ飛び退いた。
所謂“決闘”で大剣を持って大きく飛び込んだら、挨拶がてらの力比べの如く大楯を殴りつけたくなるのが大抵だが、フィアーナはどんな“戦い”だろうと、初手からあらゆる攻撃を厭わない。
時間を掛けて丁寧にいたぶるのを好む私とは対照的に、戦闘に関しては恐ろしいまでに効率的に動く。相手の動き、視線を読み、虚を突き一撃で仕留める。決闘であろうと訓練であろうとだ。故にフィアーナが相手だと訓練にならないと対戦相手には嫌がられるのだが、本人は一切気にしないのでどうにもならない。
普段なら確実に追い込むべく動くはずだが、今回は『双方の実力を周囲に示す』ことが目的であるため、それ以上の追撃は行わなかった。
2枚の葉が舞い、交錯するかの一瞬の攻防に周囲から『おおお……』という感嘆の声が上がった。
「さて……」
最初のデモンストレーションが上手くいったと気を良くしたかフィアーナは訓練用の大剣を持ってガンガンと攻め立てる。
上段、中段右、右、左、上段左と流れる様に攻撃を繰り出すが、マルグリットは軸足を一歩も動かさず、全ての方向の攻撃を楯で弾き返していく。そして上段からの大振りを楯で弾き返すと、楯の裏からカウンターの如く鋭い突きを放つ。が、フィアーナも難なくそれを躱す。
フィアーナは一度距離と取ると、再度大きな飛び込みを見せる。今度は力を示すが如く全力で楯を叩きに行くと、マルグリットが構えた楯と訓練用の大剣が激しくぶつかり合い、一瞬の火花と盛大な金属音を鳴り響かせた。
「……翼を使っても構わんと言ったのだが?」
やはり、軸足を動かさずにすべての攻撃を凌ぐマルグリットは少し呆れるような口調で言う。挑発のつもりはなかったのだろう。しかしそれはある意味で逆効果となってしまう。
「本気を見たいなら本気を出してもらわねばな……」
フィアーナが凄絶な笑みでそう言うと周囲の気配が一変した。
「む……?」
殺気とも違う、が、その凄みのある笑みは明確なプレッシャーとなって周囲、観客席までを包み込む。
フィアーナの持つもう一つの“顔”。普段はちゃらんぽらんで、竜人としては他に類を見ない程の能天気が売りのフィアーナに内在するもう一つの存在。
「!?」
――陽炎。熱せられた空気が揺らぎ、目に見える物を捻じ曲げた次の瞬間。
カッシャーンという甲高い音と共にマルグリットの右腕、金属鎧の一部を模した右腕が地面に落ちた。
「なっ!?」
最初はマルグリット。次にアメリア。そして王女様の右腕の消失に観覧席から衝撃と動揺が次第に広がっていく。
「貴様!」
最初に声を上げたのはアメリアだった。
「話にならん。」
諦観とも嘲笑ともつかない薄い笑みを浮かべてフィアーナが言う。
「言ったであろう。相手の本気を見たいならば本気を出せと。それに……せっかくの機会だ。丁度良いのではないか?」
フィアーナの中のもう一つの存在。話せば長くなるが、まあ、その内話すことになるんだろうな――『フレア』がそう言う。
「それがお前の本気か?」
「剣の腕だけなら『あいつ』の方が上だが……まあ良い。お前の“本気”を見せてみよ。」
フィアーナだった赤い髪の竜人の口からその様な言葉を投げ掛かられると、マルグリットもまた凄みのある笑みを見せた。
「ここまで“お膳立て”をしてもらえるとは思わなかったよ……仕方あるまい。仕切り直しだ。しかし残念ながらコレには訓練用と言う物はない。」
「構わんよ。“私”も興味がある。」
“フレア”がそう言うと、マルグリットは飛ばされた右手の義手を拾い上げ、腰から下げていた細身剣を装着し、その義手を再度右腕に付けなおした。
それは、手首から上をレイピアそのものに付け替えた様な見た目になる。イメージとしては手甲付きの“パタ”や“カタール”のレイピア版といった感じだ。
その後、準備が終わったマルグリットがアメリアに合図を出すと、再度10メートルラインからの仕切り直しとなる。
「おや?やっとその気になったんだ。やっぱり“煽り”はアイツの方が上手いな。」
マルグリットから本気のプレッシャーを叩きつけられる中、“フィアーナ”はあっけらかんと笑った。
“こちら”の世界がもう少し気になるという方はこちらもよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2766eq/
(世界観と一部キャラクターの設定を共有している拙作の長編(未完結)です。)