話が違う。
20話前後を一つの目途としています。
勢いだけの作品となるかもしれませんがよろしくお願いします。
怒号の先は戦場だった。
何を言っているのかって?
今の状況だよ。
静かな森の一本道の先で大声が聞こえた思い、急いで向かえばそこは斬りあいの真っ最中。
襲われているのは高級そうな馬車。そう、お約束だ。
私達が颯爽と駆けつけ、馬車を――大商人なりお姫様なりを強盗達から救えばお礼としてたんまりお金とコネが……それがお約束ってもんだ。
だ が し か し 。
話が違う。
目の前で斬り合っているのは“同じ騎士鎧”を纏った連中だ。それが二手に分かれ馬車を巡っての攻防をしている。
振られている剣は間違いなく本物、馬車に向けられているのはよりにもよって火矢である。
誰がどう見てもダイナミック☆演習には見えないだろう。
同じ国の騎士たちが何らかの理由で馬車の奪い合いをしているようだ。
厄介事の臭いこそすれ、金の匂いが一切しない。
騎士たちは襲撃側も防衛側も見張りを立てていないのか、私達に気付く気配はない。
>そっとしておこう。
私は流れ弾を警戒しながら後ろに一歩ずつ下がる。
だ が し か し 。
「ヒャッハー!新鮮な豪華な馬車だぁ!!」
私の相方が気勢――もとい、奇声を上げて飛び出していく。
お前は馬鹿か?
バカだったわ……
私の相方――フィアーナは飛び出したかと思えばほぼ一瞬で3人の弓兵を切り伏せた。余りに突然のことに番えていた火矢が馬車の近くに飛んだが、防衛側であろう騎士が慌てて踏み消した。
「「「!?」」」
剣戟を鳴り響かせていた両陣営が一瞬動きを止め、フィアーナの方向を見る。
しかしその一瞬の隙を突き、フィアーナとは道を挟んだ反対側にいた2人の弓兵が馬車に火矢を放った。
「しまっ!?」
馬車を守っていたと思われる騎士が我に返って声を上げる。
火矢に穿たれた馬車に瞬く間に火が広がる。火を見た馬が慄き暴れ出すと、馬車を襲っていた騎士が両手剣を振り下ろし、馬車と馬車馬をつなぐ金属フレームを切り離すと馬は全力で逃げ出した。
これで馬車の移動や退避は困難になる。不意の闖入からの立ち直りは明らかに襲撃側の方が上の様だ。数も実力も襲撃側が優勢と言えよう。
「【水弾】!」
「何だと!?」
私が魔法を唱える。【水弾】は妖精――いや、“この世界”では精霊魔法と言うのか――をベースにして“こちらに来て”私が独自に編み出した魔法だ。高圧に圧縮した炸裂する水の球を放つ魔法。
私の放った【水弾】は馬車に当たると同時に炸裂し、周囲に水の破片――即ち霧と、木の破片をまき散らした。
「「「え!?」」」
再度、両陣営の騎士たちの動きが止まる。いや、飽くまで装備からして騎士に見えるというだけで、本当に騎士であるかは知らないし、知ったことでもない。ただ、彼らは今起きたことにいろんな意味で呆然となっているのだろう。
水と一緒に巻き散った木片は勿論、馬車のものである。馬車の側面が炎ごと吹き飛ばされ、金属製のフレームだけが残る。すると中にいた筈の2人の女性が姿を覗かせた。彼女たちもまた、周囲の騎士たちと同じ騎士鎧を身にまとっている。いや、正確には片方はより豪華な――否、豪華と言うよりはシンプルかつ高級そうな鎧を纏っている。こんなところで仲間割れでも始めたのだろうか?
とにかくだ。
「どんだけ気合の入った演習なのか知らないけど、森の中で火矢はいけないと思います!」
私は大声でそう言い放つと、飛び出したバカを回収しその場を離れようとする。
「待て!」
「ふざけるな!」
両陣営から声を掛けられる。特に推定襲撃者側からは3人が私たちに斬りかかろうと襲い掛かって来る。
「ふん!」
その内2名をフィアーナが造作もなく始末する。バカだけど恐ろしく強いんだよそいつ。バカだけど。
そして残りのもう1人は“丸腰”である私に襲い掛かって来るのだが……
「何……!?」
両断された上半身にある口からそんな声が漏れる。
そして次の瞬間には、色々な物をまき散らしながらその体から“命”が消える。
周囲の空気が変わったのが肌でわかった。
襲撃者、護衛、両陣営から私たちが完全に危険物扱いされた瞬間だった。
「バカねー。火さえ消せれば、演習☆ザ・ハードってことにしておいてあげようかと思ったのに。」
私は笑顔でそう告げた。
「「!!??」」
両陣営、やはり騎士なのだろう。私の言葉をすぐに理解する。優しい私は暗に『何も見なかったことにしてあげる』と言ったのだ。
だ が し か し 。
「ふざけるなぁあああ!全員殺せ!1人たりとも生かして返すな!」
襲撃者側のリーダーだろうか。短慮にも周囲の騎士たちにそう声を荒げる。
その様子に相方のフィアーナがにやりと獰猛な笑みを私に向ける。うん。やってしまおう。私も同様の笑みを相方に返した。
次の瞬間、相方の身体がふわりと宙に浮く。背中に現れた――単に元々あったのをケープで隠していただけだが――皮膜の翼を広げ、馬車の反対側に降り立つ。
「「なっ!?竜人か!?」」
またしても両陣営、声を上げ動きを止める。竜人、かつて混沌を司る神が力の象徴として生み出したとされる、当時の最強生命体である竜に人間の取り回しの良さを与えた混沌の種族。自制なく己が欲求に従うそれらは即ち、秩序の中に生きる人間たちにとってはすべからく敵である。それは“こちらの世界”でもほぼ同様である。が。
「あー、見境なく襲うことはないから安心してー。でも生かして返すなとか言われてるしぃ……降りかかる火の粉は全力で踏み潰して完全鎮火させてもらうからそのつもりでねー。」
私は煌く笑顔でそう告げる。
「ふざけるな!先に首を突っ込んできたのは貴様らだろうが!」
襲撃側のリーダーが叫ぶ。
「あー、言われてみれば何も言われずに突っ込んだのうちの相方だったか……」
襲撃リーダーの思わぬ突っ込みに私は一瞬思案する。
「そうよね。証拠隠滅は大事よね!」
と、手のひらを返し相手に同意しつつ同時に駆け出す。結局斬りかかって来る騎士たち、つまりは襲撃者(火の粉)を右手で振り払う。
そしてその私の右手には風の大精霊の分体である、風剣、見えない刃が握られている。向こうは恐らく最初の【水弾】で私を魔術師系である《精霊使い》(エレメンタラー)と誤認していたであろう。だが私の本職は《戦士》である。必要に応じて楯も使える様に訓練しているが、フィアーナと2人旅をするにあたってはこちらの方がいろいろ都合が良かった。
私が襲撃者たちの間合いに入り、右手を振るうたびに、襲撃者たちの四肢や首、体が切断され、次々と命の火が消えていく。
一方、フィアーナの方も順調だ。敢えて忌避される皮膜の翼を見せ、馬車の反対側に降り立ったのは2つの意味を持つ。
私の先ほどの警告と組み合わせれば、殺しに来る襲撃者たちは返り討ちにする。一方で防衛側は敵対しなければ攻撃しないという意思は伝わるだろう。それと同時に、攻撃してきたり、勝手に離脱しようとするならその時は遠慮しないという警告でもある。
防衛側は、恐らくは護衛対象であろう、馬車だった物の中にいた女騎士は護衛達に防戦のみに集中するようにと指示を出している。
フィアーナは《戦士》としての実力は私以上だ。純粋な斬りあいなら私が“興が乗って”(キレて)風剣を持ちだしても、その翼を使った3次元機動の前では手も足も出せない。そんな相方に強盗まがいのちんけな騎士が叶う筈もない。
程なくして火と火の粉は完全に鎮火された。
練度的には襲撃者たちの方が上だったか、私たちが――フィアーナが首を突っ込む前から護衛側にも死者、重傷者を出していた様だ。
まずは護衛対象であるリーダーっぽいのが“神聖魔法”を使えるのか、負傷者の傷を癒していく。その様子を私とフィアーナは合流することなくそのまま見ていた。
治療が終わったところで、そのリーダーっぽいのが改めて私達を見る。
私たちが陣取っているのはそれぞれ馬車(だった物)の前後だ。その意味をリーダーっぽいのは明らかに悟っている。
勝手にその場を離る――即ち逃走の防止でもあることに。
「……さて、演習は見逃してもらえると言う話であったが……?」
そのリーダーっぽい女性は何くわぬ顔で私を見た。向こうもこちらのリーダー、少なくとも交渉相手は私であると察したようだ。負傷者の治療に干渉することがなかったからだろう、少なくとも“敵”という認識は一時保留している様子だ。
「証拠隠滅は大事ってあっちの人が言ってなかった?それにそれは私らが斬りかかられる前までの話よ。『生かして返すな』と言われた時点で失効よ。」
にやりと笑う私の言葉に周囲の騎士たちが緊張するのが分かる。
「……あれは我々の言葉ではなかったのだがな……」
「残念ながら“同じ装備”の様だし、見分けがつかないもの。まあ、確かに森林火災を防ごうと思っただけではあるけれど?」
こちらから事情説明は求めない。まあ、十中八九厄介事だろう。あわよくば謝礼なり報奨金なりを期待していたがそんな相手ではなさそうだ。
それに状況的にはヒーローっぽいシチュエーションだが、相手は山賊でなく騎士だ。場合によっては本格的に証拠隠滅が必要になりかねない。
だ が し か し 。
「えー。こういうのって助けたお礼とかで金一封ってのがお約束なんじゃないの?」
相方が馬車だったものの後ろから露骨に金銭要求を始めた。それを受けてリーダーっぽいのが口を開く。
「竜人……人とつるんでいるところを見ると、“珠無し”か?」
最早ただの台車となっている馬車の上から汚らわしい物を見下ろす様な視線でフィアーナを見る。
“珠無し”、この世界に於ける竜人の出来損ない。竜人としての特権である“竜化”が出来ない者達のことを指す言葉だ。人間――概ね“人族”と呼ばれる者達が、敵性種族の落ちこぼれである連中を侮蔑して言う言葉である。
その言葉にフィアーナはにやりと嗤って応えると全力で殺気をまき散らす。
「クレアー?証拠マッシャーいる?」
フィアーナが私にそう声を掛ける。クレアと言うのが私の呼び名である。
「そうねぇ……」
私は右手を胸の前で開く。ふわっとした風が私の髪を軽く巻き上げた。護衛騎士たちも私の戦いはある程度見ていただろう。私の右手には不可視の刃があることを理解している筈だ。
「風の精霊魔法か?聞いた事はないが……」
リーダー(勝手に断定)が口を開く。
「これは魔法とは少し違うんだけど、まあそんなもんだと思ってもらっていいわよ。さて……」
「……結果として助けられたことに礼を言おう。感謝する。だが、生憎馬車が“燃やされて”しまってな。見ての通り手持ちもない。」
リーダーはそう言うと同時に私を睨み殺気を放つ。その鋭い殺気は私やフィアーナのみならず、周囲の護衛達をもさらに緊張させる。その向こうでフィアーナが身構えたのが見えた。
少なくともこのリーダーは相当のやり手だ。事が起きたら全力を出さざるを得ないだろう。
「……で?」
それでも構わず私は笑顔で続ける。その気になればこのリーダーの攻撃は凌げそうだし、護衛騎士たちはほとんど大した事はない。リーダーの脇に控えている近侍っぽいのが戦闘を見せておらず、実力が未知数だが、敵対行動を取られた瞬間、“対処”できる自信はある。
向こうも、治療の邪魔をしなかったところを見れば必ずしも敵対が必要な相手ではないとまではわかっている筈だ。ことを起こせば先ほどまでの治療行為が無駄になるどころか、先程以上の惨状になるとはこのリーダーにも伝わっているだろう。
「……困ったな。我が領に戻れば十分な謝礼は行えるのだが。」
(我が領と来たか。ってことはこの女は領主かその娘なのだろう。)
私はそう考えた。少しだけお金の匂いが漂ってくる。
「我が領に戻れば……ね。これは往路?それとも復路?」
私の問いかけにリーダーは一瞬思案する。が、すぐにその意味を理解したかこう答える。
「往路であり、復路――いや、帰路と言うべきか。」
「はぁ?」
今度は一瞬考えあぐねた私が声を上げると、女は軽く口元と緩める。
「ふっ。新しく転封された自領に向かうところだ。」
「……ああ、なるほど。」
まさかの新米領主か。見た感じだいぶ年若く見えるがいくつなのだろう?20前半?もしかしたら20なり立てかもしれない。ただこの女はそれなりの修羅場を潜り抜けてきていると云うことだけはわかる。
「そなたらは……察するに、流れの冒険者と見受けるが?」
「……まあ、そんなところになるわね。で?」
「我が領までの護衛を依頼したい。さすれば、護衛の報酬と此度の謝礼、それに必要ならそなたらの“身元”の保証をしよう。」
「ほほう。」
女の言葉に私は少し驚いた。目も確かなようだ。
「……ふーん。まあ、いいんじゃない?」
私はそう答えると右手に込めていた魔力を散らす。右手から上に放射される風が止む。それは分り難いが武器を収めると同義であった。そして女はしっかりとその意図が分かった様だ。
「私はクレア。そっちはフィアーナ。自称“冒険者”よ。よろしく。」
私は笑顔で右手を差し出す。
「私はマルグリット。……マギーで構わん。よろしく頼む。」
リーダーはマルグリットと名乗り握手に答えようとする。しかし……差し出されたのは左手だった。
「ん?」
怪訝な顔をする私に、マルグリットがにやりと嗤った。
「右手は義手でな。細かく動かせないのだ。左手で許して欲しい。」
マルグリットはそう言うと左手で“右手を外し見せる”。実際にマルグリットの右手――右腕は肘から先が失われていた。
その瞬間、私はこの自称新米領主に興味を持った。お互いある程度の実力は何となく察したとはいえ、初対面の流れ者にわざわざ自分の欠点、弱点を晒してきたのだ。度量か余裕か思惑か。
自領だか城だかに戻って『騙して悪いが……』などと言い出したとしても、私ら2人だけなら逃げるのは簡単だろうし、何なら十二分な意趣返しも出来るだろう。
「へぇ……」
私はそう言いながら左手での握手に応じる。その様を周囲の騎士たちが不快そうに見つめている。しかし、そこは彼らの主なのだろう。少なくともマルグリットの行動に口を挟む者はいなかった。
「一応話は付いたわよ?」
私がフィアーナに声を掛けると、フィアーナは既に剣を鞘に戻し、翼も畳んでケープの内側へとしまっていた。交渉事はてんでダメだが、物事、とりわけ気配を察する能力だけは――やっぱりないか……
当初期待したものとは多少話は変わったが、どうやら私たちは新たな得意先を得ることが出来そうだ。
私たちの“新たな”冒険が始まろうとしていた。
投降初日は3話分ほど投降予定です。
それ以降は20年GW中は毎日18時頃投降(目標)予定。