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Epilogue

エピローグ


次の日から新学期が始まったが、はやととさやかは夏休み最後の冒険の疲れをいやすために三日間学校を休んだ。ほとんどの時間は再び平和になったパリティ・シティで過ごし、その後はラプラシアンハウスで宿題の残りを片付けたり、リビングに集まってみんなでたわいもない雑談をしたりして過ごした。

トミーと友梨たちはまたあのお屋敷に戻り、壊れてしまった箇所を修繕するのに忙しかった。さやかはあの東屋だけはどうしても元通りに直したがった。はやとがそのわけを聞くとなぜか真っ赤になって答えてくれなかった。


街にはまだ混乱の跡が残ってはいたけれど人々の心は既に前を向き始めていた。街に再び光が戻った次の日、早速パリィ博士が人々の前に現れて、これまでの出来事を全て話すとともに、すぐにも街を未来へ帰すための研究を始めさせてほしいと請うた。人々は、当局の側についていた者も一貫して反対していた者も共にパリィ博士の帰還を歓迎し、ディメンションセンターの研究者たちはクランの敗北の後、もはや未来に戻ることをあきらめかけていただけに俄かに活気づいた。

はやととさやか、船戸くんが街の光を点けるのを手伝ったということをパリィ博士は誰にも言わなかったのにいつの間にか街中に広まっていた。はやとはさやかは街を歩く度に誰か知らない人に話しかけられたり握手されたりした。はやとはこの新しい体験を最初は素直に楽しんでいたが徐々に重荷になっているのに気づいた。はやとはそれをパリィ博士に言った。

「なに、ひと月もすればみんな何とも思わなくなるよ。私もパリティ・シティを構築し終わった時はひどく有名になったが、少しばかり過去に隔絶された後で姿を現すとほとんど誰も覚えていなかったよ」博士はほとんど気にも留めないように言った。


パリィ博士は休む間もなくエネルギー系統を修復する作業を始め、一週間後には緊急モードを解除して無事正常なシステムに復帰することができた。

未来に戻す研究を始めるにはまだかなりの時間が必要だった。ディメンションセンターの破壊されたいくつもの研究室が元通りになるのを待たなければならなかったし、パリィ博士はトンネルが閉じていた一五年間にクランが成し遂げた成果を全部頭に入れる必要があった。クランを失ったことは未来へ戻す研究にとって大きな痛手だった。はやとはある時、もし四年の寿命内(第五エネルギー貯蔵庫が空になったことで一年短くなっていた)に研究が完成しなかったらどうするのかと聞いてみた。

「その時はまた考えるさ。人々を私たちの世界に移住させるかもしれないし、私たちの世界とつながってエネルギーを提供してもらうかもしれない。成功するかは分からないけれど最善を尽くすよ。街には離れ離れになった家族との一刻も早い再会を待っている人も多い」これがパリィ博士の答えだった。


クランが去ってしまったことで師匠を失った船戸くんはそのショックが徐々に現れ、しばらく勉強に手がつかなかった。もっとも、それでもはやとのゆうに二倍は勉強していたが。彼はもちろんパリィ博士の弟子となって研究の手伝いをするつもりだったが、船戸くんにとって初めて自分を正当に認めてくれた人であるクランを失ったことは大きかった。

「僕の中にはクラン的なところとパリィ博士的なところが混じって存在するんだ。将来的にどちらが優勢になるかは分からないけれど」船戸くんが言った。

「それによって将来大きな違いが生じそうだね。住むところとか・・」はやとが複雑な気持で言った。もし船戸くんがクランのように今より一歩でもイデアに近い未来を築くことに生涯をかけるなら、いずれパリティ・シティと共に未来に帰ってしまうだろう。そうすればはやとは唯一の親友を失ってしまうことになる。はやとは心の内では船戸くんに「クランの考え方は捨ててずっと過去に残り、こちらの世界でできる研究をしてくれ」と言いたかった。しかしいくら親友とはいえ、そんなふうに人生に干渉することはおこがましいことだった。はやとはぐっと言葉をこらえ、少なくとも今すぐ離れることはないのだからと自分に言い聞かせた。


そんな曇った気分もはやとの心を支配するには至らなかった。月の台とパリティ・シティの両方の世界を楽しむにはいくら時間があっても足りないほどだった。学校が始まってからも週末ごとにお屋敷を訪れ、さやかやトミー、友梨とバドミントンをしたり、街に遊びに出たり、再開されたワームホールでディメンションセンターまで出かけて行ってパリィ博士の研究室を覗いたり、船戸くんに最新の研究を解説してもらったりした。はやとはサッカー部も忙しかったがさやかは対照的で、毎日学校を大急ぎで出るなり、パリティ・シティの学校の五時間目と六時間目の授業を聞きに行くのだった。お屋敷やラプラシアンハウスでも例のごとくしょっちゅう船戸くんと食卓の端と端に座って二人とも無言で分厚い本と格闘していた。はやとはトミーに「今にパリィ博士と船戸くん、さやかで世界中の難問をことごとく解決しちゃうんじゃないか」と冗談を言った。


一度大失態を犯してしまった友梨もすっかり明るさを取り戻した。誰も以前の友梨の失敗のことを改めて持ち出す者はいなかった。それどころかはやとは一度「結局のところ当局にトンネルの場所を知られなかったら略奪は起こっていなかったかもしれないし、すっかりパリティ・シティの人々を変えることになった冒険も起こらなかったかもしれない」とさやかに言った。さやかはどんなふうに一つの出来事が未来に影響するかは計り知れないことには同意したが未だ友梨を完全には許していない様だった。はやとはこれも友梨が以前自分を好きだったからかもしれない、そうならばさやかの愛の裏返しと言うことになると密かにうれしく思ったりもした。

友梨に関してはもう一つ心に残る出来事があった。ある土曜日、お屋敷に行くと珍しくトミーが学校に行っており(トミーが土曜日に学校に行くことは滅多になかった)、友梨が一人広いお屋敷にいた。友梨ははやとが入ってくるのを見ると突然駆け寄ってきて手を握り、何度もありがとうと言った。友梨が要領を得ないことを言うのはいつものことなので、またよく分からない少女心だろうと思ったが、ふと耳に入った言葉が「初めて愛するということを知った」というものだった。そしてそれを「はやとくんが教えてくれた」というのだ。

はやとはもし今さやかがやってきたらと思い、急いで手を振りほどいてトミーの部屋に逃れたが、部屋でその出来事を考えてみると何となく事情が分かってきた。はやとがみんなの反対を押し切って友梨を解放団に入れたのに友梨はあのような失敗をしてしまった。はやとや博士の思いに応えられなくて友梨は心底自分が嫌になったことだろう。しかしあれから立ち直ることができたのだ。なぜなら解放団を窮地に陥れた失敗の後でさえはやとや博士の愛が消えることはなかったから。友梨は初めてあやふやではないはっきりとした自分を手に入れることができ、虚栄心やらで誤魔化すことなく自分自身を愛せたのだ。はやとは半ば何かに動かされるようにして友梨を引き入れた結末が不意にやって来たのを感じ、友梨を変えさせるきっかけを作ったあの時がなんだか一生忘れられない素晴らしい瞬間の一つであるような気がした。


窓から庭を見るといつの間にかトミーとさやかが来ていた。六時間目が終わって帰ってきたのだろう。さやかが当局に踏み荒らされてなぎ倒された草花を調べている。突然庭の真ん中で噴水が吹き上がったが土台が半分壊れているせいでまっすぐ上がらず、さやかは頭から水をかぶってしまった。トミーが慌てて謝っている。はやとは思わず一人で笑いながら階下へ降りて行った。

「今からお姉ちゃんと芝生を買いに行くんだけど一緒に行く?だいぶ踏まれて枯れてしまったからね」トミーがはやとに言った。

「えっと、私たちは東屋の屋根を直しておくわ」さやかが勝手にはやとの分まで答えた。屋根は既に昨日セメントでぴっちりとくっつけられ、青く塗りなおされた上で地面に横たわっていた。それは画用紙に落とした絵の具のように、裸の地面に燦然とした輝きを与えていた。東屋の柱は再び整然と立ち並び、屋根が乗せられるのを待っていた。

「じゃあまた後で」トミーが手を振った。

はやととさやかはガレージのヘリを庭に動かし、トランクからロープを取り出してしっかりと屋根とヘリとを括り付けた。作業は半時間ばかりかかったが漸くはやとがヘリに乗りこみ、ゆったりと東屋の柱の上まで上昇させた。さやかが下で手を振って方向を指示している。にわかに軽い衝撃音がしてさやかが「上手く乗っかったよ」と叫んだ。

「見て、元通りになったよ」はやとがヘリから降りるとさやかがうれしそうに言った。

二人は新しくなった東屋に座った。懐かしい風景がよみがえった。

「そういえばさっきはいいことがあったよ」はやとは友梨を解放団に入れて本当に良かったと思ったということを話し出したが、途中でさやかがあまり聞いていないことを感じたので短く話を終わらせた。

「そう・・?それは良かったね」さやかがうわの空で言った。

「今考えていることを当てて見ようか?」はやとはさやかの顔を覗き込みながら言った。噴水をかぶってしまってびしょ濡れの髪がまだ乾ききらずに光っていた。

「当てられるわけないわ」さやかはちょっと拗ねたように言った。

「そういえば前にもここに二人で座ったことがあったな」はやとはたった今思い出したかのように爽やかに言った。さやかはびっくりしたような顔になった。それからにっこりと微笑んでひざとひざがくっつくくらい近づいた。はやとは表情一つ変えまいと決心していたが心臓の音が聞こえてきそうなくらいどきどきとしてきた。

「あの時は何か邪魔が入ったんだったっけ」さやかも何でもないことを思いだしたかのように言った。それからためらいがちにちょっと身を乗り出し、はやとは頬に軽くキスされるのを感じた。

「おっと、またもやKが後ろに」はやとが言ったのでさやかがびくりとして振り返った。トミーが噴水の影からこっそりこっちを見ている。

「もう帰ってきたの?」はやとは何事もなかったのように声をかけた。

「ちょっと・・子供が覗いちゃいけないわ」さやかがトミーと分かってほっとしたような、少し責めるような声をあげた。それからはやとの方を困ったような、同時にちょっと悲しげな表情で見た。

「ついにやっちゃったね、夏芽先輩」トミーが可笑しそうに言った。

「前から気づいてたの?僕たちのこと」はやとが聞いた。

「ずっと前から知ってたよ。船戸くんとかお姉ちゃんとかが気付くよりも前から」トミーはそう言ってにっこりすると買ってきた芝生を広げに行った。はやとはいつもながらトミーの洞察力に驚かされた。

「ねえ、さやかちゃん?暇だったらちょっと街の方に出かけてみない?」はやとは噴水の向こうでトミーが友梨と一緒に芝生を広げているのを見ながら尋ねた。

「もちろんよ」さやかは心から嬉しそうに答えた。

はやとはそっとさやかの手を取った。自然に笑みがこぼれてきた。これが「今」なんだ。過去でも未来でもない「今」。はやとは何度も心の中でつぶやいている自分に気付いた。



❘了❘

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