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エモーショナルレスキュー

 こうして、村田姉によって放課後部室に来ることになった俺は、とりあえず言われた通りやってきた。でも何か扉開けんの緊張するな……くそっこんなとこでコミュ障出してもしょうがねーだろ俺!ええい、ままよ!


 ガラッ


 「こんちわーっす。って、あれ?何だ誰もいねーじゃん。緊張して損しちゃったぜ」


 俺はほっと一息つき、部室を見渡してみた。結構色々機材は揃ってる。アンプはジャズコーラスやマーシャル、普通のドラムセット……シールドもマイクもマイクスタンドもPAも揃ってる。やろうと思えばここでミニライブ位できそうだ。でもどれも埃を被っていた。手入れされてねーな……俺が使ったストラトも、一応立てかけてあるけど、結構ネックが反り気味だ。ずっと触れられていなかったんだ。その中で、ドラムセットだけは手入れがきちんとされている。まどかさんが綺麗にしているのだろう。でも、こんな機材を眠らせておくなんてもったいねーな……


 そんなことを考えながら部室を回っていたら、ガラッと扉が開いて、まどかさんが入ってきた。


 「おっす」


 「あ、お、お早うございます」


 今の時間にお早うはちょっと違ったか?なんて気になったが、まどかさんはそんなこと意に介さず、つかつかと部室に入り、自分のカバンを置いた。


 「汚いでしょ、この部室」


 「まあ、あんまり綺麗とは……言えないですね」


 「去年の3年がいたときはもう少しましだったんだけどねー。人がいなくなると、どうしても……さ。でもその辺のスタジオに負けないくらいの機材は揃ってんのよ?」


 「ええ、見ました。きちんとPAまで揃ってるし、結構充実してますね」


 「数年前、部員が結構いたときに揃えたらしいわ。その時は月一位でここでライブやってたんだって。……今じゃこんなだけどね」


 「まあ、どんな音楽ジャンルも流行り廃りはありますし……」


 「でも、私嬉しいんだ。加奈が転校してきてくれて、音楽を、しかもバンドやりたいって言って、無理やりでもメンバー集めてさ。やっぱりバンドって楽しいじゃん?早く音を合わせたくてうずうずしちゃうんだよね」


 「あー、じ、実はですね……俺バンドの経験がなくて……」


 「えー!?マジ?あんなギター弾けんのに?」


 「ずっと一人で練習してたんすよ。親父のギターは小っちゃいころから触ってたし。でもバンドは……はは」


 「もったいないねー。まあこれから嫌でもその世界に引きずり込んであげるから、覚悟しといてね(ハート)」


 『覚悟しといてね(ハート)』か……なんだかなあ。でも不思議だな。コミュ障の俺が、美少女と2人何ていうとてつもない緊張すべき時に、自然に話ができてる。まどかさんの人柄もあるだろうけど、やっぱ音楽の力ってものがあるのかもしれない。


 

 ガラッ!



 急に部室の扉が開いて、村田姉が誰かを引きずり込もうとしていた。村田妹だ!おいおいおいおいおい、やばいよ、心の準備ってもんがあるぞ。すーはーすーはー。よし、何をやってるのか聞いてみよう。


 「だーかーら、大丈夫だって!」


 「いや、でも、私人前で歌うとか……」


 もうこのやり取りだけで全てを察することができた。しかし!俺はどのように行動すればいいのだろう。教えて下さいロックの神様!村田姉を応援すれば、村田妹に嫌われる可能性があるし、村田妹を応援すれば一緒にバンドをやる夢が……ああロックの神様!


 と、俺が煩悶していると、まどかさんが2人の間に割って入った。


 「まあまあ2人とも。といっても妹さんとは初対面だよね。私沢渡まどか。一応この軽音部の部長。聞かせて貰ったけど、ボーカルやる自信ないの?」


 「そうです。人前で歌うなんて、私……」


 すると村田姉がまくしたてる。


 「そんなこと言ってると、あんたの才能が埋もれちゃうわよ!そうやっていくつもの才能が世に出ないまま消えていったんだから!とりあえずやってみなってば!」


 おい、村田姉よ。「私が言えばNOとは言わない」んじゃなかったのか。めちゃめちゃNO言っとるやんけ。まあ姉は強引だし、妹は押しに弱そうなとこあるから大丈夫と高をくくったのだろうけど……ってどうする俺!


 よ、よし、ここは俺が、コミュ障克服の第一歩として、村田妹にバンドの素晴らしさを伝えれば……って俺バンドやったことないんだったー!伝えるものがない空っぽの人間だった。くそ、どうする……


 再度の俺の煩悶をよそに、まどかさんが続ける。


 「そりゃあね、誰だって最初は緊張するものよ。私も最初人前に出るのにめっちゃ緊張したわ。でもさ。考えたことある?誰かと一緒に何かを作る喜び。そしてそれが誰かに受け入れられる喜び。それは一度味わったら忘れられないものよ。そして、まだ聞いてないけど、あなたには歌を歌う才能があるっていうじゃない。それはとても稀有なことなの。とても綺麗なメロディーは世の中に幾つもあるわ。でもそれを、自分の口で、言葉を乗せて誰かに伝えることができるっていうのは、誰でもできることじゃないの。ううん、誰にでもできそうに見えるけど、本当にそれができる人は一握りよ。村田……紗奈さんだよね。私たちと一緒にやってみない?」


 もうね、俺聞いてて泣きそうになった。ここまでボーカルの魅力を素晴らしく伝える人を俺は知らない。まあ、パンクはメロディーじゃねえって人もいるけど、でも歌が上手いに越したことはない。エモさが大事って人もいるし、事実そうだと思うけど、エモさっていうのは人それぞれ何かしら持ってるものだから、きっと村田妹も歌うことに慣れてくれば、自分のエモを伝えられるようになるだろうし……って俺は何を批評家ぶってんだ!結局俺、何にもしてねーし!


 「……分かりました。やってみます!」


 「よし!それでこそ我が妹!よくぞ決断した!これであんたの人生は変わっていくわよ。あんた引っ込み思案だからねー。自分を変えるいいチャンスなんだから。じゃ、早速部室入って!」


 おお、上手くまとまった。つーかまどかさんすげー!そして何もしてない俺しょべー!何て考えていたら村田妹が部室に入ってきた。第一声どうしよう。


 「お、お、お早う」


 「あれ?君は……同じクラスの……ごめん名前なんだっけ」


 くっ、予想はしていたが、やはりこの程度の認知だったか。でも、歯車は動き出した。これから、俺という存在を、村田妹にしっかり示してやるんだ!



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