第86話 御神体
「うわぁあああん!! ホリー! ホリー!!」
空から飛来してきた何か、それがルゥシアだというのはすぐ理解できた。暗い視界の中感じるのは泣き叫ぶ彼女の声、柔らかい小振りな何かに包まれる顔面、そして体のあちこちを覆うふわりとした感触。
抱き着かれて受け止めきれずに茂みに突っ込んでしまったが、後頭部を強打するような事もなく俺の方には茂みの枝などで怪我を負ったような痛みはない。多分彼女の羽根で包まれていたからだろう。
ルゥシアも今は泣いているから落ち着いたタイミングで怪我をしていないか確認するとして、今は何とか宥めないと。
「ルゥシア、久しぶり。といっても数日ぶりかな? ほらほら、泣かないで」
背中を擦ってみたり、話しかけみても顔面から離れる事のない彼女、茂みの中で彼女の体と羽毛に包まれていて更には顔面を襲う素晴らしい感触もあるのでこのまま暫くこうしていてもいいのだが、周りがそれを許さないだろう。
「ホリさん! 大丈夫なの!? ホリさん!!」
「敵かっ!? ってハーピー!? ホリ無事かホリ!」
「わぁぁぁぁあああ! ホリだぁぁっ!! ホリ生きてるよぉぉ!!」
レイとイダルゴの二名の声を筆頭に叫ぶ周囲の魔族達。そしてその叫びに負けない音量で泣き続けている、まさに号哭といった様子のルゥシアを引き離そうと思っても全身を使って抱き着かれているので仕方ない、この状態で話を進めるとしよう。
「大丈夫大丈夫! この子も知り合いなので! ほらほらルゥシア、落ち着いて落ち着いて」
「ホリゥイイ! ホルゥゥウウウイイイ!!!」
「ちょっと巻き舌すぎて面白い事になってきてるから落ち着いて、ね?」
ルゥシアが抱き着いている状態で一度立ち上がってはみたものの、視界が真っ暗状態のまま色々としているがまるで離れる様子もない。悲しい思いをさせたのはわかるのだが、こうならない為にポッドに事情を話しておいたのに……。説明する場がなかったのかな?
俺が顔面にルゥシアを張り付けたまま彼女を宥めていると、横の魔族達からどよめきが湧き上がった。
「は、ハーピー!? それもこんなに数が……! どういう事なの!?」
「ボス、どうしますか!?」
レイとイダルゴの叫ぶような声が聞こえてきた。ああ……、どうやらルゥシアを何とか出来る人物が文字通り飛んできてくれたようだ。助かった……。
「ほらほらルゥシア、落ち着いて? それじゃあ話もまともに出来ないじゃない? 私も再会を喜びたいの。ホリさん? 私の可愛い娘を泣かせた罪は重いですよ」
「かあさま……」
顔に張り付いて大泣きしていた彼女が反応を示し、恐らくいるのであろうイェルムに鼻声で小さく呟く声が聞こえた。そして自身の母親に言葉をかけられると俺の頭を基点に起用に抱き着いたまま、するすると後ろに回り込むようにしておんぶするような形になった。
ようやく開けた視界に、まず飛び込んできた映像は拠点のハーピー達が全員集合しているところと、そのハーピー達の登場で驚いているレイ達一行。
空から次々と降り立ち、そしてその降り立った一団の中心から烏の濡れ羽色をしたハーピーが片翼を広げて頭を下げている。
「おかえりなさい、ホリさん。きっと戻ってきてくれると信じていましたよ、ほらルゥシア? その状態じゃホリさんも大変だから離れなさい?」
「やー! かあさまの言葉でもそれはやだー!」
「イェルム様、ここはルゥシアの好きにさせてあげましょうよ。ホリさんには頑張ってもらいましょう! おかえりですホリさん!」
「イェルムもエンツォも皆もただいま、まぁルゥシアが離れないならこのまま歩いて帰りますよ。ルゥシアも軽いし」
何より少しでも抵抗しよう物なら彼女にそのつもりはないのだろうけど、鉤爪が危ない。鉱石粉の布があるから大丈夫だとは思うけど、彼女の爪はスッパリと切れるから怖いのだ。
「あらあら。フフフ、それなら私達が警戒を務めましょうか。そちらの方々は新しい居住者かしら? ホリさんもお忙しい人ね」
羽根で口元を隠すようにしながら小さく笑うイェルムの言葉に甘えて、俺達の頭上をハーピーが滞空しながら拠点へと歩いている。
「ホリさん、貴方は人族なのよね……? どうしてハーピーにそうして普通に接していられるの? というか、貴方は一体何者なの……?」
「まぁ、もうしばらくの辛抱です。この子達が来てくれたおかげで、目的地までの道程も安心できますしね。それに、先程ハーピー達が何名か拠点へと戻っていきましたし、あちらも受け入れの準備をしてくれていると思いますし、落ち着いたらちゃんと腰を据えて話しますので」
レイ達も困惑しながら周囲を警戒するハーピー達を眺めていたり、中にはハーピー達と会話をしている者もいるので不穏な空気はない。どちらかといえばイェルムなどが中心となって和やかな空気で談笑している。その後も拠点へと向かいながら彼女達から質問をされるが、答えられる範囲で返しておいた。
「あっ、やばい」
「えっ? どうしたのルゥシア」
何をしても腕と足でがっちりとロックされて、諦めて背負いながら歩いていたルゥシアが何故か突然体から離れた。あれほどのおよそ執着と言ってもいい程引っ付いていた彼女が離れた事で、何か不穏な気配がする。
そして、それから僅かな時間の後に彼女が俺から離れたその理由が視界に入ってきた。
途轍もない速度でこちらへと向かって来ている白い何か、そしてその後方の山の麓の方面には遠くからでも分かるほど巻き上がり始めている土煙。
「ああ、いつか見たなぁ。あの光景」
あの土煙の原因も大体わかる、何かあっては危ないので少し一団から距離を取っておこう。
そう思って数メートル横へ外れたタイミングでちらりと視線を戻すと、恐ろしい速度を保ちながらこちらへと駆けてくる白銀のケンタウロスが……。
彼女の姿を見つけた他の者達も騒めきが大きくなり、中には大きな声で注意を促す者がいる程。
あれ、そういえば彼女は止まってくれるのかな? これ大丈夫かな?
「ウヴォオッ」
そう不安が一瞬頭を過った瞬間に、俺は飛び込むようにやってきたアナスタシアに体当たりのように抱えられてしまった。
アラクネの布は確かに優秀だ、あらゆる武器の刃を通す事がない。だが以前にペイトンが言っていたのはこういう事かと再認識できるほどに伝わった衝撃。あとで絶対ポッドに見てもらおう。軽い人身事故だぞこれは……。
だがここで痛がる素振りや、苦しむ素振りをしてはいけないというのは男性の矜持として分かる。何せ、普段表情を変える事のあまりない彼女が飛び込んでくる際に崩れるように表情を変えて泣いているのが目に入ったからだ。頑張れ俺の体。
アナスタシアは俺を抱きかかえると走るペースが次第に落ちていき、少し距離を行ったところで止まった。
「馬鹿者っ、馬鹿者……! 私があの時どんな気持ちでお前と別れたと思っているんだ……!」
いつか渡した香水の香りを感じ、目の前にある耳飾りが小さく揺れているのを眺めながら、衝撃によってダメージを負ってしまった心肺が落ち着いてから話すとして、彼女の背中でもさすっておこう。
「ただいま、ターシャ」
「おかえりっ、おかえりホリィ……」
「おごご……」
多少手荒な歓迎やこうして抱き締める力が度を越えて強くなっているのも黙って受けておこう。それだけ心配をかけてしまった自覚もある、むしろこういった歓迎は再会を喜んでいるという事だ。
後でポッドの元へ行き体を見てもらう事を決心しながら、彼女が落ち着くまでの間背中をさすったり軽く叩いて宥める。そうか、この衝撃が来ると直感してルゥシアは逃げたな。勘の良い奴め。
そうしている内にアナスタシアに続くようにオレグ達、拠点のケンタウロスが息を切らせながらやってきた。
「おかえりなさいませホリ様。再会出来た事、これ程嬉しい事はありませぬ」
「ただいまオレグ、心配かけちゃったね。他の皆も、元気そうで何よりだよ」
ここを離れていた期間を考えれば、それ程何かが変わるような時間が経過した訳ではないが、それでもここから離れる際にドタバタとしてしまったからな。
再会を喜んでくれているケンタウロス達の横では、立て続けにやってくる魔族に驚いているレイ達、更に言えば俺を抱き締めているアナスタシアに向かって指を差してあわあわとしている者達が多い。どうしたのだろうか?
「は、白銀の凶駿だ……! ぼ、ボス! あいつケンタウロス族の……!」
「黙っていなさい。今はそれよりも再会の時間に浸らせてあげましょう。そうかあの剣はあの女の、見た事があった筈だわ。ふぅ……、どうやら私達は随分と面白い人に拾われてしまったみたいね」
何やら不穏な単語と空気を感じたが、レイの一言によってぴしりと締まるような表情になったミノタウロス達。
彼女に感謝の念を送りつつ、抱きかかえられた状態が暫く続いたのでその間黙って抱きしめ返しておいた。
アナスタシアが落ち着いたのか、ゆっくりと降ろされて彼女の表情を見ればいつかの時のように、ぽろぽろと込み上げる物が止まらないようなので、服の袖で申し訳ないが肌を傷つけないように拭っておこう。
「ごめんね、心配かけちゃって。さぁ、元気出して拠点に帰ろうか?」
「……うむ、帰ろう! 受け入れる準備は出来ているぞ。スライムやヒューゴー達が色々と準備をしているが、その前にホリはやる事がある」
「そうですよホリ様。帰ってきて早々に申し訳ありませんが貴方にしか出来ないやってもらいたい事があります」
いつもと変わらぬ表情に戻ったアナスタシアが出した言葉に、オレグがそう口にして少し表情を固めている。
「それもやるけど、まずは彼らを一度ポッドの元へ連れて行きたいんだ。怪我をしていたところを薬草汁飲ませて対処したんだけど、他にも目に見えない怪我をしているかもしれないからさ。それからでもいい?」
「むしろそれなら好都合だ。やらねばならない事とは、そこにいる」
「ええ、行けばわかりますので後は任せました! 我らはこのまま川へと狩猟に行っているリザードマン達を呼びに行きます! 行くぞお前達!」
オレグがそう並んでいるケンタウロス達へ叫ぶと彼らも一つ大きく返事を返し、俺の横へやってきて一言ずつ「おかえりなさい」といってくるので、こちらも「ただいま」と返しておいた。
アナスタシアは残るようだが……、二人が話していた内容を聞いて少し他のケンタウロス達も顔色を変えていたんだよな……。どうしたんだろう?
それに『いる』っていう言い方が気になる……。うーん、ポッドのところで何が起きているんだろう。もうそれほど距離もないし、行って見れば解るかな?
アナスタシアが残った事でハーピーの登場で狼狽えていたミノタウロスもその色を強め、頭を傾げてひそひそと話をしているのが聞こえる。その話している内容までは流石に俺には聞こえないが、隣を腕を組んで歩いているケンタウロスやいつの間にか先程と同じ様に全身を使って抱き着いてきたルゥシアにはもしかしたら聞こえているかもしれないな。
拠点の目と鼻の先へとやってくると、大分懐かしい雰囲気に包まれる。
そしてそのままポッド達トレントのいる並木道へとやってくると、ケンタウロス達の言う悩みの種が見えた。
「ああ、アナスタシア達が言ってたのはあれの事かぁ……。確かにあれはどうしようねぇ……」
「我らにはどうしようもない。ホリ、あの御方達を止められるのはお前だけだ。それにお前の顔を見れば、あの子らも落ち着くだろう」
俺の目の前、それ程距離もないので何が起きているのかはわかるのだが……。ああ、やはりグスタールで見ていた夢はどうやらここで起きていた映像を見せられていたのか……。
その騒ぎが起きている中心にいるポッド、その彼の根元付近に問題が一つ、そして彼の枝に禍々しい何かを象った像のような物が吊るされているのだが……。
何より意識と視線を持っていかれるのがその像の近くにいる面々。
「何をやってるんだあの親子とゴブリン達は……」
「お前がいなくなってな、『グレてやる』といっていたぞ、アリヤ達はな。ウタノハは捕まっただけだ、王女様に」
あんな突っ張る事がたった一つの勲章だと思い込んでいそうなスタイルをどうやって再現したかは知らないが、何やら黒い装束を着こんでいるゴブリンが二名。そしてセーラー服を着ているゴブリンが一名とオーガが一名。
そしてその像に向かって釘バットを振り抜いている魔王のツマとムスメ。彼女達は扮装する事なく、黒いドレスを着ている。
大リーグボールでも投げそうな形相をしているその親子の息もぴったりと合っていて、高速で交互にバットを振り抜いている為に叩かれている筈の像が殆ど止まっているようにも見える。
とりあえず彼女達の話を聞きに行くのと帰還の報告に行こう。アナスタシア達は待機していると言って動いてくれないし、どう考えても面倒な事に巻き込まれないようにしているだけとしか思えない。
「王妃様と王女様は何してるんですか?」
「この腐れ精霊を懲らしめているんですわ!!」
「マゾクなめんなよこのヤロー!!」
質問を投げかけてみると、やはり中にはあの精霊がいるようだ。
けたたましい音の連続で注意して聞いていないとわからないのだが、像の中からたまに助けを呼ぶ叫びと、ゴブリン達の足元から首だけ生えてぐったりとしている若い方のドリアードで大体は察した。
彼女達はスイングに夢中だし、ゴブリン達もどうやら俺に気付いていないようだし、まずはゴブリン達に帰還を報告しようかな。
セーラー服を着ているのはシーだったようで、彼の頭に手を置いて判明したのはどうやって作り上げたか不思議だったこの髪型、遠くから見たら茶色のパンチパーマだったのだが実はソマの実を使って数珠つなぎのようにしている、細やかな技が光るな。
更に横のアリヤ達、遠くから見たらリーゼントだったのだがこちらは黒く焼いたパン。あとは誰が作ったんだろうなぁこの扮装。
シーが最初に隣にやってきた俺に気が付き、その動きで気配に気づいたベル、そしてアリヤが信じられない物を見るような顔をしてこちらを見ているので、まず面白頭をしているリーゼントパンとパンチパーマの実を頭部から外しておいた。
「ただいまみんな。もう三人とも食べ物で遊んじゃダメでしょ。スライム君に怒られるよ? はい、罰ゲーム」
「アウッ」
「ウワッ」
呆然としている三人の面白頭状態を解除して、その頭に指を軽く弾いてみるとこつりという小さな音と、それにより小さな悲鳴を出しているゴブリン達。三人共が俺からデコピンを喰らい、指を当てられた部位を押さえながら俯いてしまって表情が見えなくなった。あれ? 強くやりすぎたかな。
ちょっと不安になり、しゃがみこんで様子を見た瞬間にまずシーが、次いでアリヤとベルが跳びかかるようにして抱き着いてきた。
不意をつかれてそのまま倒されてしまったが、それよりも今は大泣きをしているゴブリン達三名だ。地面に横になっている状態で彼ら三人を宥めている内に、気付けばガンガンという高速で鳴り響いていた除夜の鐘は鳴り止み、音を作り出していた原因の二名はゴブリン達と俺を見て事態を全て把握したのか、目元をハンカチで押さえて「ええ話や……!」と呟いている。
そして、ゴブリン達の声から何が起きているのかを把握したウタノハも目元を布の上から押さえていた。ミニスカで。
ゴブリン達三名が泣きつくようにしている中で帰還を報告する。
「ただいま、三人共。心配かけちゃってごめんね?」
「ヴォオオオオリィイイイ様ァアアアア!」
「ヴォオォオオガァアアエリィィィイイ!!」
「もう、何言ってるかわからないけどただいま。色々ごめんね、ほら落ち着いて落ち着いて」
彼らが落ち着くまでの間、背中を擦ったり頭を撫でたりと苦戦をしながらそれなりの時間を俺達四人はその状態で過ごしていたところに、額に何やらヒンヤリとする感触がやってきた。
そちらへと視線を移すとやはりスライム君、ポンポンと跳ねた後に触手のようにした手を使って再度俺の頭を撫でてきた。彼のこういった行動はあまり目にしない為、俺が帰ってきた事を喜んでくれているのだと思っておこう。
「スライム君もただいま。君の料理が食べたくて仕方ないよ、今日は宴会にしようね? おいしい物食べさせて欲しいな」
それを聞くと彼は高く何度も跳ね、喜びを表現してくれているようだ。
俺に抱き着いて泣いていたゴブリン達が静かになり、服を握り締めて嗚咽のような状態で震えている。悪い事をしてしまったなぁ本当に……。
「三人共、いっぱいお土産があるから許してね?」
「イラナイデス、ホリ様ガ、イレバイイデス」
ベルが鼻を詰まらせながら放った一言に同意するように何度も強く頷く他の二名のゴブリン達。
ええ子達や……。
その一言に感動していたのは俺だけではなく近くにいた二名の女性、そしてその横に立っていたミニスカのウタノハも感極まってゴブリン達の上から抱き着いてきた。
流石に重量がそれなりになってきたのだが、再会を喜んでくれているのだし耐えておこう。
「ホリ様、また貴方の声を聞く事が出来て、私は……、私は……!」
「ウタノハも、随分心配をかけちゃってごめんね。ありがとう」
一人増えた状態でまた暫くそうしていると、遠くの方では森へ狩りに行っていた者達と俺が帰ってきた事を知らせにいった者達もやってきていて、ポッドの周りに拠点に住んでいる魔族や、新たにやってきた魔族が勢揃いとなった。
申し訳ないな、と思うのは新たにやってきた魔族達。事態が急変するような事が続いてしまった上に俺のすぐ隣にいるのは魔王のツマとムスメ。混乱の極みにいるだろうし、こちらから何の説明もしていないしなぁ……、あとでしっかり謝ろう。
流石にずっとこうしてもいられないと、魔王のツマが釘バットをしまいながら場を整理してウタノハとゴブリン達を立ち上がらせた。
「ホリさん、ご無事なようで何よりです。私もこうしてまた会う事が出来て、何よりですわ」
先程までの形相もどこへやら、以前会った時と変わらず落ち着いた様子のツマ、そして泣いているゴブリン達やウタノハを慰めているいつもと変わらぬムスメ。
「王妃様、ムスメさん、ご心配をおかけして申し訳ありません。えっと、こちらの事情をあまり理解は出来ておりませんが、私がここから離れてから一体何がどうしてしまったのでしょうか?」
「おー? ここに来たらホリがいない上に、何かナメた事いってた精霊がいたからな! ママがボコボコにして懲らしめたんだ! そしたらコイツがパパと私達のシュゾク全体をバカにしてきてな!? だからシュクセーしておいた!!」
バットを掲げて輝くように笑っているムスメがそう説明してきたので、ツマの表情を伺うように眺めると笑顔を崩さずこちらを見ていた。
その美しい笑顔が多少怖かったので、これ以上彼女達に説明を求めるのは止めておこう。身の安全が第一だ。
「まぁ、あの精霊の無茶苦茶な要求に従うフリをしただけでしたけど、あの時はああするしかなかったと思った物で……。お二人はどうしてこちらに?」
「フフフ、私達の菜園で取れた果実と果実の株をプレゼントに来たんです。先日のお礼に。そうしたらこの精霊が何やら色々とやってくれたみたいで……。私の夫の願いを邪魔する者は許せませんよね、ツマとして」
「ママの愛……、デッケー……!」
ニコニコと笑いながら言い放ったツマと、感嘆するムスメ。よくわからない基準が彼女達にあるようだ。
「今日、というか今回は魔王様はおられないのですか?」
「ええ、最初は一緒に来る予定でしたが仕事が詰まってしまったようです。魔界の人気番組剛腕ダッシャアという物に出るようですよ、農家として」
「今日サツエイ終わるって言ってたぞ! パパ多忙なんだ!」
うーん、色々と言いたい事はあるけど夜に来れそうなら丁度いいな。
「それなら、魔王様の慰労を兼ねて一緒に宴会なんてどうです? 色々と買ってきたのもあるんですが、スライム君の料理が食べたくて先程頼んだところなんですよ」
「いいですね、ならば私は先に魔界に戻ってうちの人にそう言っておきましょう。ムスメちゃん? この精霊が悪さしないように見張っておいてね?」
「ハーイ!」
ここの事はムスメに任せるようだが、大丈夫なのだろうか。
それよりも、今はムスメが下ろした像を引っ掛けていたポッドが心配だ。何も言わないし、葉の色艶も木肌の色も悪く、相当弱っているように見える。
「ポッド、ポッド大丈夫? どうしちゃったの?」
「ほ、ホリか……? ホリなんじゃな……!?」
彼はやはり調子が悪いのか少し反応が鈍く、こちらを見る目も虚ろに思える。
「うん、俺だよ。ごめんね、ちょっと帰ってくるのが遅くなったかな?」
「ホリィ……ワシ今日ほどお前さんの顔を見れて嬉しい事はないぞい。これでやっと……」
彼もそうだし、周囲のトレント達も何か色艶が悪い。一体何が起きているんだろう? ポッドは最後の力を振り絞るようにして葉を揺らした。
「やっと?」
「寝れる……」
そう言って寝てしまった森の賢者。軽い地響きを起こしているような鼾を掻いて意識を手放してしまった。どういう事なのだろうか……?
俺がポッドの体を擦っていると、すぐ後ろにやってきていたウタノハが俺の肩に手を置いて声を小さくして事情を説明してきた。
「ホリ様、ポッド様はホリ様がいなくなられた後に王妃様達が来られてから今日まで、ずっと近くでその……、王女様の言う粛清の悲鳴を聞かされておりまして……」
「えっ? じゃあもしかして俺がここから離れたその日から!?」
「はい……」
ミニスカのウタノハが深く頷く。
彼女が続けてくれた説明では最初は精霊を懲らしめた上で吊るして色々していたのだが、拠点全体に聞こえるような声量で魔王や魔族をバカにし続けた精霊に王妃と王女がブチギレ、怒りのあまり連日のようにこの像に封印されている精霊に色々をやっていたらしい。
「それじゃあ、皆も割と睡眠不足だったりするのかな?」
「いえ、拠点の中で生活している者達は大丈夫ですよ。それよりも、ホリ様がいなくなった、事で毎日のように……、泣いていた者が、者が……。うぅ……」
説明している内にその時の感情を思い出してしまったのか、また静かに泣き出してしまったウタノハ。
「ん? おいミコまーた泣いてるのか! しょうがないなぁ、イッパツで涙が引っ込む必殺技をやってやるから!」
「え、王女様一体何を」
ぱっと姿が消えたムスメは気付くとウタノハの後ろでしゃがみこんでいる。俺はその時彼女の狙いが何かはわからないが、神様がしゃがめと天啓を授けてくれたような気がしたので、ウタノハの真正面にしゃがみムスメの行動を待った。
「ソーレ!」
「キャアッ!」
ひらりと舞う布、中から現れたのも布。だがその新たに現れた布は光輝くように白く、後光を放つように彼女の美脚の頂点に鎮座している。
「ありがとうございまーす!」
俺はそのありがたい布を記憶と心に焼き付けると手を一つ叩き合わせるようにして、気付けば頭を下げていた。




