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魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
家に帰るまでが遠足です
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第81話 魔王のツマの最終兵器

 不思議な夢を見た。

 まだ一度しか会った事はないしまともに喋った時間も全然少ないが、常に上品でおしとやかであり、魔王の事となると多少タガが外れやすくなるほど愛している女性、魔王のツマが赤い瞳孔を光り輝かせ、怒り心頭というような形相であの腹の立つ精霊をボコボコにしていた夢だ。


 やたらとリアルだったな、そのすぐ横では大はしゃぎのムスメとゴブリン達にルゥシア。その他の者達は目を見開いてツマの動向を見守っていたのだが……。


「フフフ、皆流石に呆けすぎてて面白かったな……。いい夢だった、皆もきっと楽しくやってるだろうな。早く戻りたいなぁ」


 胸が温かくなる気持ちにさせてくれた事をリザードマン像に感謝して祈り、鞄にしまう。

 そんな時に宿の看板娘から声をかけられたので、早速食事にしよう。今日は少し忙しくなるしな。気合を入れねば!


「あれ? これって……」

「えへへ、お兄さんが昨日作った奴だよ! お父さんが見様見真似でやってみたから味見してくれって! 私もさっき食べたけど美味しいから大丈夫よ!」


 作り立てのように香るホットケーキにいい感じに溶けているバターが食欲をそそる。早速ぱくりと頂いてみると味も昨日の物に負けず劣らずおいしい。


「おいしいよ。凄いね、見ただけで出来るなんて流石専門家はやっぱり違うなぁ。それにバターにも何か入れているみたいだし、いいアレンジしてるって親父さんに言っておいてくれる?」

「うん! お父さんも久々にアレコレやって楽しかったみたい! ありがとうねお兄さん!」


 朝から甘い物を頂ける、量としては少し足りないかもしれないけど女性には充分かもしれないな。それに一緒に出されたお茶が少し渋い物だったのだがこれもまたホットケーキに合う。

 いい夢は見たし朝食も美味しく頂けたし、今日は良い事ありそうだな。


 食事も済ませた事だし早速魔石店へと急ごう。

 ここからも近いし、朝も早いがこちらにも時間の余裕はないしな。


「すいませーん」

「お、兄さん。まだ街にいたのかい? いらっしゃい、どうしたね?」

「旅人のおっさん! いらっしゃい!」


 魔石店へとやってくると二人が何やら魔石を拭いたりと色々やっていたところへ声をかけてみた。

「実は……」


 欲しい物というのは拠点にはない魔石、特に昨日見せてもらった氷属性の物だ。アレがあれば出来る事も増える、保存にも良いだろうし是非欲しい。

 その旨をお爺さんに言うと、二つの魔石を出された。


 昨日は水の中にあったからよく見えなかったけど、こうしてみると水の魔石より少し白い、薄いブルーっていう感じの色合いだな。


「この二つがオススメじゃな。一つは水を凍らせる物、もう一つは氷を生み出す物」

「どちらがいいですかね? ちょっと判断できる程の知識がないので教えて貰えます?」

「あのね、こっちは水から氷をつくるからながもち! こっちは水がなくても氷ができるんだよ!」


 お爺さんが可愛い説明をした孫を褒めながら補足をしてくれた内容によれば、どうやら片方は水を冷やして氷を作り出すタイプ。水が綺麗なら綺麗な氷が出来る上に比較的長い時間使えるが、一定量の水がないとまるで意味のない代物。

 もう片方は氷を生み出す事が出来るのだが、使っていると魔石の効力が割と早く無くなってしまうらしい。


「ふーむ……」

「ふうむ……」


 魔石を眺めている俺の真似をして顎に手を置いて同じ様に眺めているリリ、彼女を抱き上げてお爺さんが説明を続けてくれる。


「水の魔石があれば事足りるんじゃがな、魔石から出る水もたまに質の悪い物もある。じゃから氷自体が欲しい人はこっちを買っていく事も多いのう」

「これ一ついくらくらいします?」

「あのね、こっちがきんか二枚で、こっちが一枚だよ!」


 水から氷を作るのが一枚、氷単体を作る物が二枚か……。

「じゃあこれ、こっちの水から作る物を十個程貰えますかね?」

「結構買っていくんだねえ。あいよ、ちょっと待ってな」

「まいどありー!」


 代金を支払い、お爺さんが魔石を纏めて小さな小袋へと入れて渡してきた。

「あ、そうそう。これ皆さんで食べて下さい。美味しそうなお菓子を買いすぎてしまったのでお裾分けです」

「お、悪いねえ。じゃあ後でリリと妻と三人でおやつに頂くよ。リリ、お礼を言いなさい」

「ありがとーな! 旅人のおっさん!」


 これ、と孫の言葉遣いを注意するお爺さんとその孫にお礼を言って店から出る。

 割と早く済んだな。これなら宝飾品のところでぶらついても大丈夫だろう、明日街を出ると言われてもいいように、食品以外は目を通して良い物があれば購入しよう。


 やはりこの街の盛況ぶりは凄いな。あちこちで客に呼びかける声とそれに応える声と、それに様々な嗜好品の香りがする。


「お、これは……?」

「兄さん、久々だねえ。俺の事覚えてる?」

「ん……? ああ、前に取引したおじさんじゃん!」

「覚えててくれて嬉しいよ! それ、気になるかい?」


 俺が今覗き込んだ物、それは色々な箱に詰められている香りの強い色とりどりの物体。多分だけどこれも水周りで使う品、現代でお世話にならない人はいない必需品だろう。


「これね、前に売った香料と同じところで作られている物なんだ。使うと汚れが良く落ちるってもんなんだけどよ……」

「売れてない……みたいだね?」


 おじさんは大きく息を吐いて頷いた。


 並べられている物はやはり石鹸だった。ただ他の物より断然数が多い。売れ残っているというのが分かるのだが、不思議だ。石鹸だと言うなら人気も出そうな物だけどな、どうして売れないのだろう? 香りも相当いいのに。


「前によ、兄さんに褒められて少し調子に乗っちまったんだよ。それでちょっと気合いれてコレ! って物を見つけて仕入れてみたもののよ、ちょっとお高いんだわ」

「いくらなの?」


 おじさんは箱を一つ手に持ち、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。そして箱を持つ手とは逆の手がその金額を教えるように指を一本立てた。


「一箱金貨一枚。高くても絶対売れるって思ったんだが……。このままじゃカミさんに殺されちまうよ……」

「あらら。俺もこれ売れると思うけどちょっと高いね……。でも買わせてもらうよ、是非欲しい。浴場で使おうと思うんだけど、大丈夫かな?」


 俺が買うとわかっておじさんは手を組んで何かに祈りをあげている。それ程奥さんが怖いのだろうか? この世界ならほぼ確実に自然由来の石鹸だ、現代でもそれなりの高級品だしな。

「ああ、俺が買ったとこじゃ色んな物に使ってたぞ。体や髪を洗ったり、皿洗ったり、寝る時枕元に置くと安眠できるなんて言ってる奴もいた。眉唾だけどな」

「そりゃ面白いね。それじゃあこれ全部貰っていい? 前に買わせてもらった物も良かったよ。これもいい品だ、流石だね」


「ありがとよ!」とおじさんが照れ臭そうにはにかみながら箱を纏めてくれているのを他の商品を見ながら待つ。ちょっと数が多いな、一つはあの宿にプレゼントしようかな? 

「俺もそろそろ街から出るからよ、兄さんに会えてよかったぜ! また買ってくれよな!」

「うん、こちらこそありがとう。次の商品も楽しみにしておくね」


 彼の露店を後にして他にも覗いてみると、面白い小物や食器も見つかり、値段の手頃さもあってか結構な数と量の購入をしてしまった。石鹸を買った流れで髪油、それも様々な香りがあるとついついどれも気になったので、購入してしまったし。


 更に冷やかしで入った店に並べられた数々の品にもあれやこれやと……。この街は危険だ、お財布の紐の危機だ! 


 そこから身を引き締め直し、何やら袋や不思議な絵が描かれた看板が置かれた通りにやってきた。ここが魔道具通りか、セバートのオススメの店の特徴は確か……。

「ここだな、看板に黒い猫の絵。間違いない」

「な、何か用でしょうか……」


 後ろからそう声をかけられ振り向くと少し小柄で前髪の長い、肌が青白い茶髪の男性がこちらを見ていた。この人がこの店の……。 

「すいません、セバートさんに紹介されてきたんですが……。オススメの魔道具をいくつか頂きたいです」

「はい……、な、中入って」


 店内へと足を踏み入れると、まだ昼だと言うのに薄暗い。俺の前を歩いていた男性が上に向かって指を差すと灯りがついて店内がよく見えるようになったのだが、これがまた面白そうな空間。


 様々な形をした物を直接触りたいけど、何かの拍子で壊れたりしたら嫌なので眺めさせてもらう。このごちゃごちゃとした品揃えが却って何があるのかという好奇心を掻き立てさせる。


 それでもどういった効果がある物かは判断できないので、用件を男性へと聞いてしまおう。


「そ、それで、どういう物が欲しいんだい……?」

「えっと、野営というか野宿に役立つアイテムを……。あと屋外で活躍する道具とかを見せて貰えませんか?」


 彼は店内をぐるりと回り、様々な商品の中から選び出した物をカウンターへと置いていく。この鈴と御札がセバートが言っていた例のアイテムかな?


 見た目は白い色のただの鈴、御札の方は黒い板に紫の文字が何やら書き込まれている。あと並べられているのは……。

「この本のような物は何でしょうか……?」

「これは、『迷い子のメモ帳』っていう物で……、中のペッ、ページを破って使う。破ったページが、その、メモ帳本体に近づくと光る」


 彼は長い茶髪を揺らしあたふたとしながらも、ゆっくりと説明をしてくれた。


 暗い洞窟や薄暗い森、そして夜でも来た道、そして帰る道を分かりやすくしてくれるアイテムで、破ってから一日程で光らなくなってしまうがメモ帳本体が近づいた時の光は割と強い物で分かりやすいと。

 どちらかと言えば冒険者や探索者などが購入していく事が多いこれも人気商品らしい。全二十ページあるので、ちょっと高いけど一冊あるといいよと彼は言う。


 正直使いどころはあまり思い浮かばないが、何かの折に使う機会はあるかもしれないな。確かに一冊は持っておいてもいいな。


「いいですね、これも頂いておきます。こちらのマント……? コートのような物は何でしょう?」

「こ、これは『カエルの肌』っていって……。水を弾く、すごい弾く」

 またも慌てるようにして説明を始めてくれる。

 こちらのマントのような物、彼が言う分には雨合羽に近い使い方だが魔力を込めると、冷たい雨の中でも合羽の中は一定の温度以下にはならないので体温を奪われる事がない。


 多少魔力を使ってしまうがそれほど疲れる物でもないので、こちらも人気の商品。

 買っていくのは主に野外で活動をしている者達、体温を奪われないから風邪の予防にもいいんだろうな。

 これも欲しいな、複数買っておけば拠点の皆も使える。値段と相談だな。


「こちらの白い布は?」

「こ、これは『命の呼吸』っていって……、か、顔に巻いて使う。口や鼻から入る粉とか、す、砂とか、そういう物から呼吸を守ってくれる」


 凄いな、マスクがあるのか。

 大層な名前だけど、その理由は一番多く使われている場所が炭鉱などで作業をしている者達が愛用しているから。風の魔法と樹の魔法を使われている品で、空気の酷い場所で深呼吸しても一切咽る事もない優れもの。数回使ったり、洗ったりすると効果が無くなってしまうらしい。


「これもいいですね、野外で寝る時に顔に巻いておくだけで随分変わりそうだ。これも頂きます」


 彼に出された物は全て購入する形になってしまった。

 カエルの肌と呼ばれていたアイテムは複数買おうと思っていたのだが、在庫もこれしかないらしい。それにどれも数回使ったりすると効果が無くなる為、大量購入していく人も多いのだと彼が教えてくれる。残念。


 代金は全部で金貨二十枚程。

「そういえば、ちょっとお聞きしたいんですけど。姿が消せるマントや、物凄い量が入る魔法の鞄とかってあります? 金額をお聞きしたいんですが」

「鞄は入る量にも、よるけど、高いよ……。すっ、姿が消えるマントっていうのは聞いた事がないなぁ」


 そうなのか、やはり俺が持っている魔道具、かなりの品だな。今まで以上に大事にした方がいいかもしれない。

 代金を支払うと、彼は紙袋のような物に商品を入れて行ってくれる。商品を手に取った際に注意点や使用方法、使用上の注意を改めて説明してくれるのでいい店だなと再認識。

「ありがとうございました、また何かあったら寄らせてもらいます」

「ま、ま、またのおこ、お越しを」


 彼に頭を下げて店を後にすると、大分日が高い。時間としては頃合いだが腹も減ってきたのでまた露店を覗いておいしそうな物を購入していこう。


 ジャンクフードのような物が並んでいて飽きにくいのはあるけど、体には良くないな。宿の親父さんの料理も美味いのはわかるんだけど、スライム君の料理によって甘やかされた舌の影響で大満足、っていうのはないんだよなぁ。


 バーニーの店の近くの露店で、赤黒い肉とこれまた赤黒いソースのかかったサンドイッチを見た目のインパクトで購入し、甘いソースと辛い肉という味を楽しめた。


 バーニーの店へとやってくると、彼と昨日も会った彼の奥さんがいてこちらが店内に入ったところであちらに気付かれ挨拶をされた。

 どうやら待っていてくれたようだ、そして昨日のお礼にと奥さんがサンドイッチを用意してくれていたのでコレも頂いておく。

 先程の訳のわからない味のサンドイッチとは違う、ハムやチーズ、野菜を使われたシンプルながらに美味しいサンドイッチでお腹を満たしながら彼らと商談を進めて行った。


 その際に、あの宿のおじさんが渡してくれたあの蜜、どうやら相当な高級品だったようで、あの小瓶だけでも銀三十から五十枚というお値段。悪い事をしてしまった……と罪悪感に駆られた。

 先日かなりの金額を使って食料を仕入れ、今日も金貨六十枚近い購入金額。


 やはり贅沢品は高いな。

 うちの拠点は人数もいるから量が必然的に多くなる上に皆よく食べるからなぁ。作った側としては並べた料理がすっきりと無くなり、おいしいと笑顔で言ってもらえるから遣り甲斐はあるけど。


 バーニー達と商談を済ませ店を出ると、時刻は既に夕方。

 色々な話をバーニー夫妻から聞けたので、あっという間という感覚だが人を待たせているのだし、急がないと。


「すいませーん。セバートさんおられますかー」

「あ、ホリさん。いらっしゃい。あの人なら裏にいるので呼んできますね」


 セバートの店へ駆け足でやってきて声をかけながら入ると、カウンターには彼の奥さんが座っていた。

 どうやらまだ相手の人は来ていないようだ、良かった。遅れてやってきて印象悪くしてもよくないしな。一体どういう人がやって来るんだろうか。


「おう、来たな? 相手の方ももう少しで来るはずだ。それまでその剣ちょっと貸しとけよ。昨日気になったところを直しといてやるから」

「え? いいんですか? こちらとしては助かりますが……」

「おう、昨日の甘い物のお礼だ。いいから貸しな!」


 腰の剣を渡すと、彼は数点の器具を出して持ち手の部分に色々とやっている。アナスタシアは人間に見てもらう事に何て言うかはわからないけど、プロにメンテナンスして貰えるのだし彼女の為にもなるだろう。

 鞘から抜いた細い刀身と持ち手を何度も繰り返し確かめるようにしながら、セバートは甘い物を食べている時のようなおちゃらけた空気ではなく、何かを射貫くような目つきで剣を調整している。


「どうでしょうか?」

「おお? いやな、この剣の持ち主凄腕って言ってたが、力もすげえんだろうな。剣が少しだけ歪んでるんだよ、それを直してやっただけさ」

 彼は一通りの調整が済んだようで、満足そうに一度眺めた後に鞘に剣を収め、俺に返してきた。

「おーいセバートさんいるかー?」

「お、来たみたいだぜ? おーう、こっちだ」

 薄暗い空が見える入り口、気付けば灯りがつけられていた店内に入ってきた人物は、つい先程顔を合わせた男性だった。


「あれ? 兄さんじゃないか。こんなところで何を……? もしかして俺の馬車に乗りてえってのは」

「おじさん、もしかして目的地の傍まで乗せていってくれるかもしれないって人は……」

「何だ何だ、お前ら知り合いか? なら話は早えな! おうジーヌ! こいつが例の行商の兄ちゃんだよ! お前の馬車に乗りてえっていう」


 世の中は狭いという言葉が身に染みる。まさかいつも購入する露店のおじさんが相手だったとは……。相手も同じ事を思っていたのか、お互いに指を差すような形で止まっているところへとセバートがそう口にした。

 ジーヌと呼ばれる露店のおじさんは俺との以前のやり取りをセバートに説明をしながら話をしていく。


「そっか、『やり手』って聞いてたけどあの商品の選び方なら納得だよ。それにしても、何であそこで露店やってるの?」


 俺の質問を聞くとおじさんは頭を掻きながら少し苦笑している。

「いやな、あそこで販売しているモンは俺の小遣い稼ぎの延長でな。店に卸したりしてない商品をあそこで売って小遣い稼いでんだ。今日も兄さんのおかげでうまい酒が飲めるしな!」

 やり手のおじさんは悲しい現実を少し見せてくる。奥さんがかなりしっかりした方のようで、財布の紐が固いのだとか。


「最初はどんな奴がそんな事言ってきてんのか知らんけど、断ろうと思っててな? こっちは家族の命預かってんだ、どこの馬の骨ともわからねえ奴を乗せる訳ねえだろってよ。でも兄さんなら許す! 何度も世話になってる上客だしな!」

「いやあれはおじさんのセンスが光る物に俺が魅了されて買わせてもらってるだけだから……。乗せていってくれるならありがたいな、御家族の人には言わなくていいの?」


 セバートが奥さんにお茶を取りに来てくれと言われて席を離れている間も、こうしておじさんとお互いの話をしていく。どうやら俺以外にも護衛が一人、それも凄腕の傭兵がいるらしい。それもそうか、護衛いないとモンスターに会っただけでお終いだもんな。


「おう、大分いい感じに話も決まったみたいじゃねえの? んでいつ出発なんだ?」

「そうだな、明日の朝に出発ってうちのと話をしてたんだけど、どうするよ兄さん?」

「こっちはお世話になる立場だからね、そちらの都合に合わせるから大丈夫だよ」


 相手からしたら、いきなり乗せてくれって言ってきた奴の都合なんて本来知った事ではないというところなのに、こうして聞いてきてくれるのはこのおじさんの人柄の良さから来る物なんだろうな。


 それにしても明日か、今日はこのままもう一度食料品通りに行って酒のツマミを買わなくてはいけないな! 時間が一気に迫ってしまったが、拠点の方もやっぱり心配だし早めに戻るとしよう。アノ精霊も流石にもういないだろう。


 宿屋の子には申し訳ないが、明日の早朝には帰路に就く事になりそうだ。


「おじさん、それであの山の近くの森には何時頃到着するかな? こちらもこれから何か用意しておいた方が良い物とかあれば教えて欲しいんだけど」

「ん? そうだなぁ。何事も無けりゃそこの森までは一日から二日、天気が悪かったり何か問題が起きたらそれ以上かかるかな? 用意しておいた方が良い物か……、自分の好物とかありゃいいんじゃねえかな。暇だぜ多分」


 とりあえず保存食となる物や保存が利く物だな、今回はナマモノの購入は避けておいた方が賢明だろう。あとは怪我をした時用のポーションがあるといいとおじさんはいうが、鞄の中に薬草汁が大量に詰められていたからそれは必要ないな。

 今日でこの街に滞在して四日、戻るのに数日、やはり最初に拠点を出た日から一週間くらいは掛かってしまうか。これ程拠点を離れたのもこの世界にきてから初めてだ。


 今まで往復するのに、魔王が空を飛んで送ってくれたりアナスタシアやオレグが頑張ってくれてたんだもんな……。

「それにしても兄さん、森の傍で降ろすだけでいいって大丈夫か? あの辺りはおっかねえからすぐ移動するし、それに兄さんどう見てもそれ程荒事に向いているタイプじゃねえから、死なれても寝覚悪いぜこっちは」

「大丈夫だよ、気遣ってくれてありがとう。おじさんはいつも通りにやってくれればいいよ、俺も邪魔しないように心がけるからさ」


 それからも話を詰めていくと、おじさんを迎えにやってきたのがこれまた以前に露店で見た事のある茶髪の女性だった。ミリーと名乗った彼女の事は、少しふくよかでニコニコと笑顔の絶えない人だったのでよく覚えている。


 話を聞いてみると彼女が露店をやっていたのはお小遣い稼ぎにという訳ではなく、客との距離が近いというか客とのやりとりが好きで露店をやっているのだとか。確かにこの街はその手のやり合いが頻繁だし交渉がうまい人にはたまらないだろう。


「それじゃあジーヌさん、ミリーさん、明日から数日間お世話になります。代金の方はいくらになるでしょうか?」

「アッハッハ! いらないいらない、そんなの渡されてもこの人の酒代に消えちまうからね! ああ、でも飯はどうする? 私が用意したのでいいのかい?」

「うちのかーちゃんの飯はうめえぞ。是非食っとけ!」


 それならば相伴に預かるか、こちらの世界の家庭料理も食べてみたい。鞄から金貨を一枚出して彼女に渡しておいた。

「それならこれ、せめてもの気持ちです。受け取って下さい」

「きっ……!? ちょっとこりゃ貰いすぎだよ! 数日分の飯代どころか、長い事美味い肉が食えるよ!?」

 彼女は俺が握らせた金貨を眺めて少し困惑しながら声を荒げたが、色々と迷惑をかけることは明白だ。迷惑料の意味もある。


「いえ、これは受け取って下さい。こちらはお世話になるんですし、せめてそれを受け取って貰わないと気が引けて折角のおいしい食事も楽しめませんから」

「かーちゃん、貰っとけよ。その分美味い酒買って兄さんに振舞えばいいのよ!」


 おじさんはそう言って腕を組んで大きく笑っている。だがすぐに睨みを利かせた彼女が彼の頭を叩き、その態度を改めさせた。

「こりゃ気合を入れて飯作らないとね。そう言うなら兄さん、これ確かに頂いておくよ。それじゃあセバートさん、店の中で長々と悪かったね。兄さん、また明日!」

「おう、また甘い物の上物があったらよろしくな! ついでに武器も!」

「ええ、また明日。これからよろしくお願いします」


 彼女に叩かれた頭をさすっている男性の手を掴み、彼らが店から出ていくと少し静寂に包まれた。

「さて、と。セバートさん俺も帰ります。ちょっと急ぎで色々見回りたいので」

「おう、よかったな。まぁまたこの街に来たら顔出してくれよ。また美味い物作ってくれてもいいしな!」


 色々と世話になった彼に頭を下げて店を出る。

 光の魔石が使われている街灯が優しく照らす街の中、夜だと言うのにあちこちではまだ盛況な声も聞こえるし、店じまいだと言わんばかりに荷物を纏め始めている人達もいる。

 あまり夜に出歩いた事はなかったが、それでも今は急いでアレコレを買っておきたい。何か面白い物があればいいけど。


 それから食料品通りをぶらつき、酔っ払いが現れ始める頃に宿へと戻る。

 目ぼしい物はあまりなかったので良く使う物を少し多めに購入しておいたが、宿へ戻って荷物を置くと少し疲労を感じる。

 受付の子にすぐ食事に、と頼んでおいたので食堂へと行くとあちこちでお酒を楽しんでいる少しゴキゲンな人達が生み出す賑々しい空間が出来上がっていた。


「はい、お兄さん! 召し上がれー!」

「ありがとうございます。あぁそうそう、明日やっぱり出発っていう事になったから、よろしくね」

「ええっ!?」

 今日はこれ、鳥かな……? 香草焼きとスープ、それに何かを混ぜ込んであるパンがバスケットでテーブルに置かれた。そしてリクエストした飲み物はワイン。このお肉に齧り付いて生ビールが飲みたいがこの世界にはないだろうしな。


「お兄さん、明日行っちゃうの?」

「うん、もう少し滞在したかったんだけど向こうの都合に合わせたんだ。こちらはお世話になる身だしね」


 彼女はいつもの元気が鳴りを潜め、少ししょんぼりといった空気を出している。

「残り少ないけど、お世話になります」

「うん、わかった!」


 俺が声をかけると、また元気な声と笑顔に戻りそのまま食堂内をパタパタと走り回っている彼女。今回も彼女にはお世話になったなぁ、おかげで色々な食材を見る事が出来たし、ある程度購入する事も出来た。


 明日は朝も早い、お酒も程々にして今日は休もう。


 枕元にリザードマン像、その像の掲げた手には虫の抜け殻、腰にはアラクネの作り出した白銀の布が織り成すフンドシ、そして今日はこの白い鈴を首にぶら下げておこう。


 姫巫女よ、このメッセージが伝わるか? 俺にはさっぱり理解が出来ない。


 ベッドに横になり、明日の事を考えると緊張と不安が襲ってくる。もっと何か良い物があったかもしれないが……。


 うだうだと考えている内に眠りにつくと、またも拠点の夢を見た。


 足というか、足元の木の根にアラクネの糸で作り出したであろう白銀の紐を縛り付けられ、ポッドの枝に吊るされた例の精霊がやはり魔王のツマにボコボコにされている。


 なぜ釘バットがこの世界にあるんだ……!? 

 同じような夢を二夜続けてみるなんて、不思議な事もあるもんだなぁ。

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