第75話 時間が解決します
俺は今虫の息になりかけている、天寿を全うしかけている蝉が道端でじたばたと最後の力を振り絞っている状態と酷似しているだろう。
「なるほどな、それで説明を渋っていた訳か。それで責任というのはどういう事なんだ?」
喋る事すら億劫になるほど疲弊しているので、何度も頷き返答だけはする。
彼女達、アナスタシアやラヴィーニアに加え他にも数名が事情を聞きに一緒に来るのは構わないのだが、フォニアのしてしまった失態を広めるつもりもないのでそこは聞かないで貰った。
彼女達の方もそこはどうでもいいという印象を受ける程に淡泊な返しだったのだが、その『責任』という単語の意味が判らないのは俺も同じ、彼女に聞いてしまった方がいいと思う。
そう言いたいのだが、今はとにかく体へ酸素を送り込まねばならない。
限界ギリギリの重さの棒をとにかく素振りをさせられ、更にそれを面白がったラヴィーニアが伸縮性の高い糸を棒の先と地面にくっつけた。それによりただでさえ重い棒が下へと引っ張られ、常に全力で支え続けないと棒を落としてしまう。
更に棒が地面に当たると、十回ずつ素振りの回数が増えていくという訓練を考えた白銀の教官は満足そうに微笑んでいた。
「これは今度皆の訓練にも使えるな。おいラヴィーニア、今度訓練に付き合え。そして素振り用の剣に今みたいに糸を張り付けてくれ」
「ええェ? 面倒ねェ、やってあげてもいいけどォ高いわよォ?」
俺がオレンジと紫のグラデーションが美しい境界線を眺めながら息を整えていると彼女達は楽し気に話をしている。
やっぱり仲が良いなぁ、ウマが合うってか? 片方ケンタウロスだけにね! HAHAHA! などと下らない考えていないと、とにかく辛い。
「うぐっ、何を要求するつもりだ……!?」
「うーん……、そうねェ。あっ、今度ホリが何か新作を作ったらァ、無条件で私にくれるとかでどォ?」
勝手に何か交渉が始まっているが、こう疲れている時には甘い物が欲しい。そういえば前にスライム君に渡した調味料の中に砂糖みたいな物があったな。
といってもな、砂糖だけでは焼き菓子が精々だし他に甘い物も……。ポッドがたまにくれる果実くらいか。果物で何かできるかな。
地べたに寝転がりながらも、交渉をしている彼女達の目を盗んでポッドの元へ這いながら向かう。
「ぽ、ポッド……、あの果物って今貰える……? アレが食べられないと死んじゃう……」
「お、おうホリ、一個くらいなら出してやるぞ。それで体を休めたら水をくれればええから、お前さん大丈夫か?」
「うん……ありがとう、大丈夫じゃない……」
ここに這ってくるまででも全身が悲鳴を上げている。パッサンのアレを思えば動く分だけマシかもしれないが、辛い物は辛い。
上から体の真ん中へと落とされた果実を受け止め、渇いた喉へと流し込むように噛り付く。うまい、涙が出そうだ。体が疲れている時に食べると尚うまい!
しかしそれを二口、三口と食べて少し離れた位置で交渉をしている二人を眺めていたら、横から果実を掠めるようにして奪われてしまった。
「なぁにこれ? 美味しそう、ちょっともらうね!」
「フォニアさん? いつの間に」
ポッドの実による効果か、暫く休めた事によるものか。
いきなり現れた彼女と会話をするくらいには息も落ち着いてくれた。
彼女は俺から奪った果実を頬張ると、その味を堪能するようにして笑顔を浮かべている。
「んー、これは美味しいね! はい、ありがと! 返すね」
「ポッド……、森の賢者の果実ですからね。貴重な物みたいですよ。それで、何か御用ですか?」
快活そうな美女から差し出された食べかけの果物、人によってはお金を払うレベルだが当の本人が気にして無さそうだ。残りも食べてしまおう。
彼女は俺の質問に首を傾げているが、こうしてみると結構若い印象を受けるな。茶髪のショートカットでそう見えるのだろうか? 瞳孔の色は青いが、こうしてみると彼女の物とアナスタシアの物とでは同じ青でも色味がかなり違う物だ、彼女は濃い紺色と言った具合で、アナスタシアは透けるような青さが際立つ。そしてオラトリに潰されたという目には白い布を巻き付けて眼帯のようにしている。
種族による違いもあるだろうし、オーガは夜目が利かないとも言っていたな。
「いや、面白そうだから見に来ただけだよ!」
「ああ、そうですか……」
先程纏っていたマントを脱いでいるが彼女を眺めて確信した、オーガは全体的に美脚。惜しげもなく披露するようにしている短い履物で見える足、美しい。
ウタノハもオラトリも足が綺麗だものなぁ……。普段は長い履物だから姫巫女の一族全員の足を拝めるチャンスはないし。貴重な人材。
こういった点からも活発な印象を受けているのだが、その彼女はポッドに背を預けている俺の横へ膝をつき、そのまま頭を下げてきた。
「この度は、多大な御迷惑をかけて誠に申し訳ありませんでした。償い切れるとは思っていません。ですが貴方に助けられたこの体が果て、命が尽きるその時まで不変の忠誠を誓います」
「お、おう……?」
彼女がそう言い終え、俺が反応すると顔を上げて悪戯をする子供のような笑顔を浮かべた。
「まぁ、似た様な事を姫様に言ったのに裏切ったけど」
「ダメじゃん……」
彼女の笑顔に呆れの感情を視線に込めて送っていると彼女は指を一本立てて俺に向けてきた。
「ソレ!」
「どれ?」
「それそれ!」
「どれどれ?」
全く要領を得られないので、ついオウム返しのようになってしまっている。傍から見れば滑稽な事だろう。彼女は少しにじり寄るようにして顔を近づけてきた。
「敬語。さっきまでの話し方、なんかむず痒いからやめてね。『さん』とかもいらないから! 呼び捨てでいいよ!」
「ああ、はい。了解」
「ヨシ!」
彼女は満足といった表情で立ち上がり、俺の手を取ってそのまま肩を貸してくれるようにして立ち上がらせた。
「そろそろ飯の時間でしょ? 私もお腹減っちゃったから何か美味しい物食べさせてー?」
「そういえばいい時間になっちゃったな、拠点に戻るとしようか」
交渉により次に何か美味しい新作が出来た時に半分譲るという事で手を打ったアラクネとケンタウロス、その二人も加えて四人で歩いている。
「結構汗かいちゃったなぁ。今日の風呂は男が先だったっけ? 間に合うかな……」
「大丈夫じゃないか? 何だったら少し女性の時間を遅らせるように言っておくぞ」
アナスタシアがそう言ってくれるのは嬉しいが、風呂を楽しみにしているのは皆一緒だろうしなぁ。
「いやいいよ、あとでヒューゴー達に頼んで俺だけ入れさせてもらうとするから。順番は順番だしね、少し待って貸し切り風呂を楽しむとするよ。排水するだけなら俺だけでも出来るし……」
足取りがつい重くなってしまっている、ポッドのおかげでこうして歩けるようになったのはありがたいのだが、それでも疲労により道にあるちょっとした起伏に足を取られたりしてしまう。
「ホリィ、まだフラついているわねェ。手ェ貸すわァ」
「ああ、いいよいいよ。俺今汗臭いと思うし、汚いから」
「そうかな? あんまり汗臭くないよ?」
首元へ鼻を近づけて臭いを嗅いでいるフォニア、それに倣うように他の二人も同じ様に嗅いでいる。なんというか、とても落ち着かない。
「まぁ臭いという事はないな。それに頑張った証を汚いなど、そのように言う物じゃないぞ」
「あれよねェ。何ていうかァ、美味しそォ……?」
最後に呟かれた言葉には反応すると怖いので気にしない事にしよう。結果的に臭くはないという判断と共にアナスタシアの馬体に乗せてもらえるという待遇になった、これは有難いが以前の疾走が尾を引いていてまだ若干怖い。
「あれだね、皆仲良いよねここにいる人達。色々な種族がいるのに」
「そうかな? そう見えたら嬉しいね」
「そうねェ」
そう言ってきたフォニアは既に馴染み始めている感じがする、アナスタシアやラヴィーニアとも普通に会話をしているし。
というかここに住んでいる魔族は新たに迎えた人達に分かりやすく拒絶する事も少ないからなぁ。
細かい衝突はあるかもしれないがそれ程大事になった事はまだないし、注意をしている部分でもあるけど、それでもラヴィーニアやイェルムの時を筆頭に、他にも各種族の代表者達がうまく纏め上げてくれているからだろう、感謝をしておかないといけないな。セクハラしてお叱りの稽古をしている場合じゃなかった。
「何か甘い物が食べたいなぁ。果物がもっと採れれば色々作れるのに」
「甘い物か、いいな! 私は前に食べたような焼き菓子が食べたいぞ!」
「焼き菓子かぁ。私あんまりお菓子自体それほど食べた経験ないんだよね。どんな味なの?」
「説明するのも面倒ねェ。ホリィ、今度何か作ってあげなさいよォ」
ラヴィーニアに言われて考えてみたが、やっぱり牛乳がないのは厳しいよなぁ。それでも出来る物があるだろうし、スライム君に相談してみよう。
砂糖のような物があるという事は、恐らくこの世界にもサトウキビに近い物があるという事だろう。それを手に入れられれば砂糖が安定して供給できる。栽培には気候の問題があるだろうけど、探してみても損はない……かな?
「何か考えておくよ。取り敢えず三人はお風呂に行ってきなよ、やっぱりもう女性の時間っぽいし」
噴水の元へと戻ってくると俺達の姿を見かけた者達が迎えるように手を振ってきたので振り返す。男性達は血色の良い顔をしていたのでお風呂後というのも見受けられる、噴水の近くで涼んでいるようだ。俺もついでに手を洗っておこう。
彼女達はそのまま風呂へ、俺は自分の住む洞穴へと向かう。
その帰りの道中に新たな試みであるプランター近くでヒューゴーの孫、マリエンや数名のケンタウロスがプランターの傍にいるのが見えた。
「あ、ホリ様。お疲れ様です、どうかされたんですか?」
「うん、何してるのかなって気になって。水撒いててくれたんだね、ありがとう」
彼女の手には木製の水差しのような物が握られている。
どうやら一つ一つのプランターに水を入れているようだったのだが、数も多い。他にも数名同じ物を握って水を撒いていた。
少し気になる事を不躾ではあるが聞いてみよう、ちょっと聞き難いのだが……。
「猫人の人達はさ、フォニア……、あの黒い肌のオーガがここに住む事について何か思う事はない? 言ってしまえば君達から里を奪った一団の一人な訳だし」
俺の唐突な質問に彼女も少し困惑するように表情を変え、水差しを握る手に力を込めているように少し震えている。
「私は……、私はまだ少しだけ許せません。あれだけ辛い目に合わされて、あの時ホリ様達にあの人間達から助けて貰わなかったら、きっともっと辛い目にあってました」
彼女は俯いて気持ちを吐露するようにして、当時を思い返しているようだ。
狩人と名乗っていた奴隷売買の者達に捕まったという不運はあったけど、大怪我をしていた訳でもないし即座に俺達が救出できたのは不幸中の幸いではあった。
それでもその発端には、あのオーガ達に自分達の住んでいた所を焼かれたという事があるのだし、恨みの一つもあって当然だ。
「でも」
「うん?」
彼女は俯いていた顔を上げた時には少し晴れやかな表情を浮かべ小さな笑顔を見せると、垂れ下がっていた黒い尻尾もピンと上を向いている。
「ここに住んでいる他の魔族の人達に聞いたんです。どの種族も最初はホリ様に対して敵対心を見せていて、酷い時は攻撃されて怪我をする事もあったと。ペトラさんやアナスタシアさん、トレニィアさんが教えてくれました」
そういえばそうだな。
ペイトンには殺されかけたし、リザードマン達には物凄い敵意を向けられてたし。アラクネ三姉妹やケンタウロスの時もハーピーの時も……、あれ? 俺不憫!
驚愕の事実に打ち震えていると、目の前の彼女は水差しを置いて俺の手を握り締めてきた。彼女の小さな手にも肉球はない、残念。
「それなのに今ではその魔族の方々と、とても仲良くしているホリ様を見習おうって思ったんです。許せる心を持とうって」
「こんなダメ人間を見習っちゃダメだと思うけど……。よく怒られてるし」
真っ直ぐに見つめてくる彼女の視線に少々の照れ臭さが出てしまい、ついおちゃらけた発言をしてしまった。
「フフ、そうかもしれないです。さっき改めてフォニアさんが私達のところへやって来て謝ってくれたんです。まだ少し、時間は掛かると思うんですけど、私はフォニアさんを許せるようになりたいです」
「偉いなぁ……。俺がマリエンくらいの大きさの時なんてそんな賢くなかったよ。多分深夜のちょっとエッチなテレビみて親に怒られていたような」
おっと、自分で言ってて悲しくなる。
彼女は見たところ人間で言えば十歳かそこらというところだし、この拠点の中で一番幼い見た目をしている。
その彼女がこれだけ周りを見て色々と考えているのは命の重さが軽い世界ならではなのかな。割と死ぬ事が身近な存在としてあるから精神が早熟というか……。
「てれび? というのはよくわかりませんが……。少し、時間が欲しいんです。まだフォニアさんを許せる事が出来ません、おじいちゃんもシュレン姉さんも他の皆もそうだと思うんです。でも、私達は大丈夫です。きっと皆許せる筈です」
その時、俺の肩に手が置かれた。振り向くとそこには猫度の高いふさふさのお爺ちゃん猫が目に涙を浮かべて俺を見つめていた。
「ホリ様……ッ!!」
「お、おじいちゃん?」
「ひゅ、ヒューゴーどうしたの? 傷んだ魚でも食べた? お腹痛いの?」
彼は目を瞑って数回軽く首を振り俺の発言を否定すると、空いていた手で自分の孫を指差した。
「私の孫、天使じゃありませんか……ッ!?」
「そっちかよ……。いやうん、いい子だよね。天使だろう、こんな孫がいたら」
そこから始まった孫自慢、それに付き合っている最中の当人である孫は恥ずかしそうに赤面して暴走する祖父を眺めていた。
不憫だったので、その孫自慢を聞きながら彼女の頭を撫でているとやはり猫人、物凄い猫っ毛。ついその触り心地に日本時代を思い出し、飼っていた猫にやるように撫でてみると……。
「? 何の音……、ッ!? まさか!」
「どうされましたホリ様?」
正面にいるヒューゴーが様子の変わった俺へと質問を投げかけてきたがそれどころではない。今撫でている目の前の小さな子に耳を近づけてみると、ゴロゴロという音がする。
猫人族も喉鳴らすんだなぁ。
後ろからなのでその表情は伺えないが、その後も寝ている耳の根元をさわさわしたり等々、色々な撫で方をつい堪能してしまった。
「ああ、そうだヒューゴー。あとで俺だけ風呂に入れさせてもらっていいかな? 稽古していたら時間間に合わなくって……」
「ええわかりました。それではそろそろ食事時ですし、我々も一度家に戻ります。ホリ様もお食事が終わったら我々にお声がけください。お湯の温度も見たいですしね」
お礼を言っている時にふと、前で喉を鳴らす少女を見たが目を瞑りいい笑顔を浮かべていたので、撫でられて嫌という事では多分ないと思う。それでも一応彼女にも謝っておこう。
「マリエン、ごめんね? ついつい懐かしくなって撫でちゃったよ。嫌だったらもうしないから言ってね?」
目を瞑っていた彼女はその黄色の瞳がよくわかるくらいパッと目を見開き、こちらを見て慌ただしく首を振る。
「い、いえ! これからもお好きな時にどうぞ!」
「そう? ありがとう。いい撫で心地だったよ」
二人は一緒にこちらへ一礼するとそのまま帰宅した。
俺もそろそろ洞穴に戻らなければ……。
大分長い時間彼らと話をしていたようで、疲れた体でゆっくりと洞穴に戻る頃には風呂上りのアナスタシア達が後ろから追いついてきた。
風呂上りのフォニアは何やら興奮している。どうやら浴場の鉱石の煌びやかさにまず度肝を抜かれたらしい。
「ここの風呂凄いね! なんかこう、キラキラーってしてて! あれ人族が作ったの!? なんかめっちゃいい匂いしたし!!」
「俺だけじゃなくて、皆で作ったんだよ。風呂の香りは前に人里で買ってきた奴をウタノハがその日の匂いとして色々入れてるんだ」
晩飯時に興奮しっぱなしだった彼女は、その後俺が一人で風呂に入るという事で「自分もまた入りたいから、一緒に」と言い出し、俺が心をときめかせていたところ他の面々に止められていた。
入浴出来ない事を残念そうにしていた彼女だが、一番残念に思っていたのは間違いなく俺。
止めていた俺以外ほぼ全ての者達は「間違いなくエッチな目に合わされるからやめておいた方が賢明」と言っていたのだが。
マリエンさん、貴方が見習おうとしてくれている人の評判はこんな感じです。




