第68話 イケル味
王女が釣り上げた魚、『魚雷』。雷が落ちたような衝撃と、背中の金色が雷光のようだから、そして魚だから魚雷という事なのだがとても元気。
釣り上げられた魚は多少弱ったりするものだと思っていたのだが、試しにと餌を入れてみたところ即座に食いついていた。魚に触る時は一応、水で手を洗ってから、触りすぎないようにとは言ってある。大丈夫だろう、多分。
「魚雷ー、オイデ魚雷ー」
その様子を笑顔を浮かべて眺めているムスメ。彼女が釣り上げた事で周りにもいいデモンストレーションとなったようで、釣りをやった事がある種族も、ない種族も釣り糸を垂らしている。
川自体が大きいからと、暫くして釣りに慣れてくると冒険心の抑えられない者は上流、リザードマン達のオススメ魚スポットがあるらしく、魔王やムスメは御供にゴブリン達やペイトン、ゼルシュなど男性を中心に行ってしまった。
今回ハーピー達が周囲の警戒をしていたりと、安全性は確保されているのでお偉い方々の面倒は他人に任せて、俺としては特にしがらみのような物もなく肩の荷を降ろして安心して釣りができる。
こちらの中流組の釣果の方もボチボチといった様子で、魚が掛かったりすると割と騒いでいるのに魚が釣れなくなるという事もあまりない。
上流組にも期待はしているが、こちらの方の荷車に積んだ水槽にも既に様々な種類の魚がいる。
「ト・ルース、この中に目標の魚はいる? 色々な魚がいるんだけど」
「いえ、ここにおる中にはおりませんねぇ。先程うちの若い子が罠を見てきたらそちらの方にかなり掛かっていたと言っとりました、気にされんでもええですよ」
そうか、もしかしたらそっちに目的の魚が寄っていって、こちらにはそれ以外の魚が来ているのかもしれないな。
それなら俺も久しぶりにのんびりとさせてもらおう。
川辺の手頃な石に腰掛けて釣り糸を垂らす。
タモも最初の一本を作ってから十本以上増産して渡してあるので、いざという時も大丈夫だろう。
釣り糸を垂らした所で竿を一度置いて、水筒の水を一口飲んでおく。
こうして見ていると皆結構自由にやっているな。アナスタシアとラヴィーニアは釣り勝負をしているし、ウタノハとラルバと幾人かのオーガ達はツマの相手をしている。丁度ツマの竿に獲物が掛かったようで、オーガ達があたふたしている様が面白い。
レリーアとトレニィアが猫人族と何やら網のような物を造り上げているのだが、あれは最終手段にしよう。
川の付近は時折冷たい風が吹き抜けてとても涼しい。気付くとすぐ隣にスライム君が来ていた。彼が何かを訴えるようにプルプルと震えている。
「スライム君もやる? ごめんね、俺はまだ一匹も釣れてないや」
持っていた釣り竿を渡そうとするとポンポンと跳ねて触手を伸ばしてきた。その手で釣り竿を握り? しめたので、やはりやりたかったようだ。
「そうだスライム君、今朝頼んでおいた物の仕込みできた?」
ポンポンと跳ねている、仕込みは終わったようだ。流石仕事が速い。
よく見れば既にキャンプでもするのかという程の立派なかまどが出来上がっている。一人でやらせてしまったか、申し訳ない。
その後もスライム君と二人、ゆったりとした時間が流れる。
キャンプか……、今日はここにキャンプしても面白いかな? 魔王一行はそちらの方が楽しいかもしれない。
隣のスライム君の竿の糸が力強く引かれているように見えた。糸の先の目印を見ればそこには魚が掛かっているという信号を出すように水の中へと入っている。
「おお、スライム君来たね。手を貸そうか?」
プルプルと震えて否定のサイン。それならば見守っておこう。
あちらこちらへと糸が走り、釣られまいと必死な魚と竿をうまく操り勝負をしているスライム君。何故だろう、彼は真面目に釣りをしているだけなのに笑えてくる。
すぐ近くまで寄せてくれた彼の頑張りにタモで応えるとサイズも重さも中々の大物。スライム君もポンポンと跳ねて喜びを体全体で表現している。
「やったね、水槽入れてくるよ。ちょっと待っててね……ん?」
彼は拒絶を示すように体を震わせている。ああ、これはもしかして……。
「すぐに捌きたくなっちゃったかな?」
肯定してきた、どうやら釣った傍から調理をしたいようだ。彼の拵えた簡易キッチンに魚を置くと、彼は魚にショックを与えて気絶させ、その後見事な包丁捌きで三枚に下ろしていった。
そうだ。出来るかはわからないけどまだ飯までは時間がある、それにいつご飯になるともわからないから、気長に作れる物で試しにやってみよう。
「スライム君、ワインと結構な量の塩、濃い目の塩水、あとは香草かな……。漬け込み液を作りたいんだ。協力してくれる?」
ポンと大きく跳ねた。
彼と二人で簡易キッチンで試行錯誤を繰り返し欲しい物は出来た。というより、酒や塩、多種多様な香草や薬味を配分を変えて作ったのでかなりの量の漬け込み液が出来てしまった。
魚が釣れた子達から追加で魚を貰う事になり、多少申し訳ない気持ちが生まれてしまう。
気を取り直し、魚にたっぷりと塩を塗り込んだ物と漬け込み液に漬けた物を準備をしていく。
そしてこの世界の利便性というか、魔法の利便性というか……。水の魔法を使うと水分を抜いてカラカラに出来たり、逆に漬け込みの深さというか度合が弄れたりするのだ。なんたるインチキ。
それを普段からやっていたらしいスライム君は少し自慢げだったので、常日頃のお礼も含めて崇めておいた。
スライム君に切り身にしてもらった魚を漬けてみて、よくよく考えたらこの世界で結構やばい物を食べてるが、寄生虫の事とかどうしよう。判断のしようがないな。
「大事なのは乾燥と温度管理だよな……、高熱で数分もやれば大丈夫かな? カラカラに乾燥している状態で高温を維持して煙を当てて様子見だな」
他にも肉などを液に漬けて、一度カラカラに乾燥してもらう。この水分が絞られていく様が凄い、ファンタジー感溢れるな!
「肉の保存は確か干し肉が中心って魔王様が以前に言っていたな。なら三枚に下ろした刺身と肉、あとはチーズを燻煙してみるか」
スライム君と漬け込み液や塩漬けされた食材の状態を味わいながら下準備を続けていく。
魚の方には特に注視して作業をしているが寄生虫の類はまだ見られない。スライム君が魚を気絶させるのに使っている雷の魔法で死んでたら楽なんだけど、それでも用心しよう。
試行錯誤を繰り返しいくつかの試作品が出来た。漬け込み液を使った比較的味が濃い物、薄い物、それとは別に香辛料多めの辛い物、塩だけの物。
それを一度完全に乾燥してもらう。見た目は完全に乾いているし、触ってもカチカチなのだがまだ不安なので日陰に少し置いておこう。
スライム君にそちらを見守って貰っている内に鉱石を使い燻製機と中に敷く網を作成。中に食材を設置し、更にスライム君と燻製用の木々を拾う。
広葉樹の木がいいんだったか……? 落ちている木の中から条件に近い物を探す為に周囲を目を凝らして見回していると、やはりここでもスライム君が活躍する。
彼は、頭と思われる場所に大きめの木材を突き刺していた。残っていた葉から広葉樹の物に似ているので試しにこれでやってみよう。
鉱石のナイフを使って木片を作り、スライム君に木を完全に乾燥してもらってから火をつけてみるといい具合に煙が出る。
「流石にこれ以上の物をまた探すのも面倒だな。ダメで元々だし、これでやろうか」
ポン、と跳ねるスライム君は俺が削り出した木片をあっという間に乾燥させる。
彼は何故ここまで多芸なのだろう。スライム君が凄いのか、スライムという種族が凄いのか……。
不安を払拭する為に一度火を起こして食材を再度加熱と乾燥をさせる。これで下準備も終わった事だし、もう少ししたらいよいよ煙を出して食材に当ててみよう。
「木もかなりの量集められたし、あとはやってみないとわからないな。大事なのは乾燥って話を聞いたことがあったけど、まぁ生の魚を丸ごとバクバク食べているような種族には無縁なのかな、寄生虫」
リザードマン達はたまに小さな魚や頭だけ落とした魚を丸呑みにしている事もある。大丈夫なのかな? と思いながらも止めはしないが、真似は絶対出来ない。
いい具合に燻製機の中の温度が上がっている。
確か燻製前に少しの乾燥と燻製後にも少し乾燥させるんだったな、あとは食材から汁が垂れて燻煙材の火が消える場合があるんだっけ。
まぁ少しずつチェックしながらボチボチやっていこう、食べられるようになるのも夕方か夜だろう。
「さて、スライム君。日頃のお礼にこの中で燻煙が終わり次第食べられるチーズを後で二人でおやつにしちゃおうね、手伝ってくれてありがとう」
ポンポンと跳ねて喜びを表現しているように見える彼とまた釣り竿を握り、川に糸を垂らす。
入れ食い、というような事にはならないが、彼の釣り竿にはボチボチアタリがやってきては魅惑の釣り竿捌きによって魚を釣り上げる。
乾燥が終わり、煙を当て初めてから暫くしてから燻製機の中を見ると、チーズは早くも色が代わり触ってみると柔らかい。
一つ食べてみるか、スライム君と半分ずつにしよう。
「スライム君、ちょっと燻製されているっぽいから味を確かめようか。はい半分」
少し冷まして半分にしたものを触手で受け取ると、彼はそれを吸収していく。
俺もそれを眺めながら口に入れるとこのチーズ独自の塩気と燻製の風味がマッチしていてとてもうまい。
これはもうチーズはこの辺で燻製しなくても良さそうだ。スライム君もポンポンと跳ねている事から、多分賛成してくれるだろう。
確かここから少し寝かせるといいんだっけ……。
「スライム君、このチーズを少し寝かせておきたいんだけど、処理頼んでいいかな?」
彼はポンと弾けるように高く飛び肯定してくれる。なんていい子。
「そうだ。少し誰かに幸せのお裾分けしてあげよう」
「ホリ、煙が気になるのだが何をしているんだ先程から。今日は王妃様も居られるのだ、行動には注意しろよ?」
先程までアラクネの長女と魚の大きさを大声で競い合っていた人に注意されるのは心外だが、丁度よくやってきたアナスタシアにしよう。
「いいタイミングでくるねアナスタシア。ちょっとしゃがんでくれる?」
「? こうか?」
座り込むようにして目線が近づく。
「目を瞑って口を開けてもらえる?」
「? ……こうか?」
言われるがままにしてくれるのは信頼してくれていると思えて嬉しいけど、無防備すぎませんかね……?
「はい、あーん」
小さな口の中で綺麗な歯が規則正しく並んでいる、そこへ小さく切ったスモークチーズを入れてみる。ちゃんと冷ましてあるから火傷もしないだろう。
チーズが口に当たると驚いたように目が開かれ、唇でチーズを咥えたまま微動だにしない。
「幸せのお裾分けだよ。食べてみて、チーズ大丈夫だったよね」
コクリと頷いてそれを口の中へと迎え入れるようにして、咀嚼を始める。
「おお、これはうまいな。私はあまりチーズは得意ではないが、これなら食べてても大丈夫かもしれない。これがその煙でやっている事の正体か?」
彼女はチーズを食べ終えると、少し驚いたようにそう感想を伝えてきてくれる。
「良かった。そうそう、こっちで何て言うか知らないけど、燻製って言ってね。煙を当てて保存食を作ったりするんだ。魚と肉とチーズを実験中だよ」
俺がそう言うと彼女は少し、それこそ煙たい顔を浮かべるようにして眉に力を込めた。
「保存食、か……。別に作らなくてもいいんじゃないか? 私はアレがあまり好きじゃない。塩辛いし固いからな。戦時以外は食べたくないぞ?」
「ああ、そうか。こっちじゃカチカチにした肉が普通にある物なんだよね。じゃあ皆にも余り受け入れられないかもしれないなあ」
勿体なかったかもしれないな、ただ久しぶりにビーフジャーキーが食べたかっただけなのだが……。
俺が落ち込んでいるように見えたのだろうか、アナスタシアがフォローするように言葉を繋げようと多少の焦りを見せている。
「まぁ、その、あれだ。好きな者はいるかもしれないし、有って困る物じゃない。落ち込むなよ」
「うん、ありがとう。そっちの釣り勝負の方はどう?」
俺が話を変えようとラヴィーニアの方にチラリと視線を移すと、彼女は釣り竿を二本、両手と一番前の脚を使って巧みに操っている。糸が絡まったりしないのか……? 絡まっても彼女なら即座に解きそうだが。
「奴は卑怯なんだ! こっちは一本しか釣り竿が使えないのに二本も使って、しかも糸を操ってこっちの糸と絡めて竿を使えなくしてくるしな!! まぁ一度川に落としてやったらやらなくなったが」
表情を変えずに高笑いをしている白銀のケンタウロス。確かに遠目でもラヴィーニアの衣服や髪が濡れて……!? ッ!? 服がピッチリ張り付いている! エッロ!! これは近くで眺めねば……! と駆け出そうと踏ん張った時にスライム君に服を引っ張られた。
彼は空というか、太陽を指差している。そろそろ昼飯時だろうか? 日も高く、燦々と降り注ぐような光で目が焼ける。
「もうこんな時間か、ご飯用意しておこうか」
「おお、今日は何だ?」
「お昼は蕎麦だよ」
アナスタシアの質問に答えると、彼女はちょっとがっかりしている。
話を聞くと蕎麦が嫌いという訳ではなく、こういう状況なのだからいつもと少し違う何かが出ると思っていたらしい。
それは他の者達もそう感じていたようで、目的の魚以外の釣れた魚を使った何かだと皆で予想をしていたのだとか。
それに加えて俺とスライム君が何か変な行動をしている事もあり、期待値が高まっているようだ。
「あらら、まぁ昨日の天かすを入れるからいつもとは少し違うかな? そうそう、スープがかなり違うと思うよ? 魚類出汁だからね。後はスライム君がいくつか作ってた物くらいかな?」
「うーむ、また山菜のテンプラが食べたいなぁ……」
チラッチラッという彼女の視線に、笑顔で応える。
「昨日アレだけ食べたでしょ? 今日は我慢してね?」
「むぅ、残念だが我慢しよう」
聞き分けのいい彼女を撫でながら、ラヴィーニアの方を見ると大物が掛かったようだ。
「む、こうしてはおれん! ホリ、また後でな!!」
彼女が釣り竿を懸命に操り奮闘していると、バシャバシャと強く水面を叩き水際で暴れながら近寄ってきた魚を、アナスタシアがタモで掬い上げてラヴィーニアに渡す。仲が良いのか悪いのか、きっと良いんだろうな。
スライム君が仕込んだ鍋には大量の汁が出来ている。そしてここからが俺とスライム君の頑張り所。何せ……。
「数十人分の蕎麦を打つって結構っていうかかなり大変だよねぇ。言ってても始まらないし、頑張って終わらせようか」
ポンと跳ねる彼は楽し気に見える、料理という行為を楽しみ、そして最高に美味しい物を作ってもらえる事に感謝をせねば。
そうこうしていると、上流組や下流組、秘境探索組がそれぞれ俺達の近くまでやって来る。
「オナカすいたー! ホリ、飯はなんだ!?」
「ムスメさん、今日は蕎麦ですよ。食べた事ありましたっけ?」
ぽかんとした表情で口を開けて、空へと視線を泳がせながら顎に指を当てて思い出している。
「覚えてないな! まぁウマけりゃ何でもいいぞ!」
「じゃあもう少し待っててくださいね。すぐ用意しますよ」
「ホリ様! オレ達何カ手伝イマショウカ!」
アリヤ達が遊んできた影響か、多少泥に塗れていながらも笑顔でお手伝いを申し出てきてくれた。まぁ後は茹でるのと、特定の人物達にひと手間かけるだけだしな。大丈夫だろう。
「フフフ、楽しんできたみたいだね? こっちは大丈夫だからムスメさんの相手を引き続き頼めるかな?」
「ハイッ!」
元気良く返事をすると、ムスメと共に釣り上げた魚達が泳ぐ水槽へと走り出す。
今のうちに仕込んでおくか……。
昨日使った油と鍋を出して火にかけてから少し待つと、頃合いの温度になる。俺が用意していた物を油に投入して香ばしい音を出し始めると、周囲からざわめきが聞こえ始めてハンター達が鍋を凝視するように睨みつけてきた。
「これは君達にはないよ、ごめんね」
「そんなぁ!!」
「この音を聞くと我慢が出来ませんよぉ!」
「酷い、ホリ様酷いです!」
ハンター達の断末魔のような叫びが聞こえるが、これは魔王達の分。ただし俺やスライム君の分も隠れて用意してある。フハハ! 作り手の特権なのだよ!!
俺達の元へとやってきた魔王とそれに連れ添うツマ、騒がしく叫んでいた彼らがピタリと静かになり、頭を下げている。
「む? ホリ殿、どうかされたのですかな? 何やら騒がしかったようですが……」
「ああ、腹ペコ達の叫びですよ。気にしてはいけません。魔王様、王妃様もムスメさんと一緒にご飯にしますか?」
「ええ、頂きます。すみません、私は料理が出来ませんので、何も力になれず……」
静かに頭を下げてくる彼女と魔王に、スモークチーズを差し出した。
「いいんですよ、貴方達は家族で団欒をしにきているのですから。魔王様、王妃様とこのチーズでお酒でも飲んで待っていて下さい」
「おお、何やら新作ですかな? フフフ、ツマよ! 久しぶりに一献やろうではないか」
「フフ、そうね。何故久しぶりなのかは忘れないでね? またあのような事があったら次はどうなるかわからないわよ」
「うぐっ」という声と共に用意してあった場所へと向かい腰を下ろした二人。
チーズを食べた様子を見ても何か抵抗があるようには思えないし、急いでご飯にしよう。俺も酒が飲みたいのだ。
そうこうしている内に揚げ物も油を落とせたので、スープがたっぷり入った器に茹で上げた蕎麦を入れ、いくつかの具材を乗せその中心に揚げた物を入れる。
作った物はかき揚げ。使った食材は色々と入っているが野菜がかなり多めだ。
スープも魚介の出汁が利いている薄味な物だが、その色味が素晴らしいのだ。まさに小金色に輝くこのスープ、こちらの方が俺個人としては蕎麦の風味に合っていていい味を出している。
「こんな物で申し訳ありませんが、かき揚げ蕎麦です。熱いので注意してください。かき揚げはすぐに食べればサクサクでおいしいんですが、スープに浸して柔らかくした物もまたおいしいんですよ」
いい匂いを嗅ぎつけてムスメ達も戻ってくる。
そしてどんどんと蕎麦を作っては周囲を囲んでいる者達へと蕎麦を渡す。そして俺のすぐ隣に山のようにある天かす、大きな皿の上に山と積まれたそれとスプーンを指差して声を大きくして彼らに説明していく。
「昨日作った天ぷらの天かすがあるんだけど、皆はこっちを使ってみてね。俺はかなり入れるタイプだけど、最初は味を見ながらどんな物かを自分で確かめてね」
あちらこちらから蕎麦の入った器を持って、試しにとスプーンで掬った物を蕎麦に入れていく彼ら。
サクサク派かフニャフニャ派かで別れるからな、自由にやってもらおう。
魔王達も美味しそうな笑顔を浮かべている、大丈夫そうだ。蕎麦に対してがっかりしているように見えた他の者達も、魚介の出汁が効いたスープにかなりハマっているのかおかわりが早い。
そして、アナスタシアやアラクネ三姉妹達もご飯にしようとこちらへとやってきた。ラヴィーニアの服は乾いている、くそう!
「釣果はどうだった?」
「ダメェ、数は勝ったんだけどォ大きさでアナスタシアに負けたわァ」
「フフ、最後に釣れた奴が一発逆転の超大物だったぞ」
彼女達は魔王達がいるという事を忘れている気がする。というか相当釣り上げたのだろうか? 釣り竿に巻き付けてある糸の先の毛鉤、ハーピーの羽根がズタボロなんだけど……。後で新しい毛鉤に変えておいてあげよう、楽しんでいるのなら楽しませてあげたいし。
「それじゃあラヴィーニア達アラクネには、特別にかき揚げそばね。昨日天ぷら食べられてないんだから、これで元気出してね」
「あらァ? これがテンプラァ? フフ、ありがとねェホリィ。元気出すわァ」
「フン、食料に罪はない。まずかったらお前の顔に叩き返してやるからな!」
「もう、レリーア姉様……。ホリありがとう……。おいしく頂くね……?」
四人ですぐ近くに腰掛けた彼女達。横でレリーアがかき揚げにかぶりついて、少し足をばたつかせている。
熱かったかな? と注視していたらそのまま大きくもう一口と食べていたので、天ぷらが気に入ったのだろう。彼女はその後、天かすもたっぷりと入れて楽しんでいた。
「他の皆には内緒だよ」
「ホリ……! ああ、ありがとう!」
アナスタシアがラヴィーニアのかき揚げを羨ましそうに眺めていたので、皆には内緒で俺の分のかき揚げを半分ほど入れておく。お世話になってるせめてものお礼だ。
俺とスライム君の代わりにパメラ始めとする料理班が調理を見ておいてくれるようなので、俺達も食事となった。
魔王の前に空いている場所があったので、そこへスライム君と座ると蕎麦を食べきり満足そうにしている魔王が笑顔を向けてきた。これがまた怖い。
「ホリ殿、美味かったですぞ! 前のように塩で食べるテンプラも美味かったですが、カキアゲ……、でしたかな? あれはまた別の良さがありますな!」
「本当に美味しかったです。城で偶に出てくる揚げ物とはまた少し違って、新鮮でしたよ」
魔王夫妻にそう言ってもらえると少し安心できる。どうしても彼らは良い物を食べているだろうから、ハードルを高く感じるし。
「それに私としましては、こちらのチーズがクセになってしまいそうです。堪りませんわ、この風味」
「うむ、この酒のうまさを倍にするような気がしますな」
ツマの言葉へ魔王がそう返すと、スモークチーズの最後の一切れを小さな手がヒョイと奪い去った。
「そんなにウマイの? もーらい!」
「ああっ、ムスメちゃんひどい……!」
ムスメがパクリとそれを一口で頬張ってしまった。そしてそれを悲し気に眺めていたツマと魔王。虎視眈々と狙っていたようだ。何より、ツマのショックが大きいようにも見える。
表情を崩し、悲しげな視線をムスメに送り、チーズの行く末を見守っている。
「おお? いつも食べてるチーズと違うな、これはこれでウマイ!」
「フフ、ありがとうございます。まだもう少しあるので、気に入ったのなら後で摘まんでください」
わかった! と大きく返事をする笑顔のムスメとまだ在庫があるとわかり安堵する魔王夫妻。
「他にも肉と魚でこの保存食を作っていますから、何でしたら少し食べてみます? 焼けば多分味付けはわかるでしょうし」
「ふむ、私は後にしておきましょう。楽しみにしておきますよ」
「あら、それなら私は頂いてみようかしら? ホリ様、少しでいいので貰えます?」
自分の分の蕎麦はほぼ食べたので、ツマに少々待ってもらい一部の燻製した物を出し、火で炙った肉と魚、少しのチーズを皿に盛る。
「ホリ、それは何だ?」
「これは煙を使った保存食みたいな物だよ。お肉と魚とチーズの。あとゼルシュ、天かす盛りすぎじゃない?」
ゼルシュの持っている器には、蕎麦が見えなくなるほどの天かすが入れられている。ああ、そうだ。彼に保存食の魚の味を見てもらおう。
リザードマンなら生で食べても特に問題はないみたいだし、現状で食べても問題は出ないだろう。多分。
「ゼルシュ、ちょっと実験台になってよ。はい、あーん」
「不穏な響きだな……。あーん」
魚の干したものをナイフで薄く切り出し、彼の口に放り込む。スライスした見た目は鮭とばのような感じで、いい具合に完成へと向かっている。
「すぐに飲み込まないで、噛み続けてみて?」
「うん……、うむ……? うん……!?」
何度か頭を揺らすように頷きながら噛んでいる彼は、最初は疑問に感じていた旨味がやってきたのか、驚いたようにしてこちらへ視線を投げかけてきた。
「これはうまいなっ!? 最初はよくわからない味付けだったが、噛めばそれだけ旨い! これが保存食なのか!?」
「うん、本当なら何日も掛かるんだけど、魔法でちゃちゃっとやってみたんだ。スライム君凄いよ、おいしかった?」
「ああ!」と大きく頷いてくれた彼に実験台になってくれたお礼を伝えてツマの元へと向かう。
「どうやら今の所はうまくいっているみたいです。さぁ、どうぞ。チーズとお肉を一緒に食べるとまた先程とは違う美味しさがありますよ」
「まぁ、楽しみです。私、このような保存食って食べた事が無いんです。フフッ、いい経験をさせてもらってありがとうございます」
そうして一口サイズに切った炙った肉の上にスライスしたスモークチーズを乗せて頬張った彼女。だが、その感想などを何も言わずに次の魚の炙った物へと手を伸ばし、そちらをまた一口で食べてしまった。
彼女は今日初めて見せる表情、美しい顔に似合わぬそれは形相と呼ぶにふさわしい物で、持っているビーフジャーキーになる前の肉を眺めている。
「アナタ、私に嘘をついたのね?」
彼女は隣でワインを飲んでいた魔王へと視線を移すとそう口を開いた。魔王は言われた言葉が理解できないとばかりに首を傾げている。
「何ですと?」
「『保存食のお肉は固くて塩辛いからマズイ!』と言っていたじゃない!! どこが不味いの! 夫婦なのに嘘をついて私を騙して自分だけこんな美味しい物を食べていたのね!!」
彼女は魔王の両肩を細く長い両腕を伸ばして掴み揺らした。がくがくと揺れる魔王の体、この世界でこんな事が出来る人は彼女だけなのだろうなぁ。
「私の事を愛していないのねッ!? だから自分だけでいつもこんなに美味しいものを一人で食べていたのねッ!! 私はアナタをこれだけ愛しているのに!!」
「ツ、ツマよ落ち着きなさい……。一体何の事を言っているのか私にはさっぱり……!?」
じゃあこれを食べてみなさい!! と肉片を口の中へと放り込まれて、魔王は目を瞑ってそれを咀嚼する。俺とムスメ、ゴブリン達、スライム君は魔王の次の言葉を待っていて、興奮したツマはワインを一口飲み込み、落ち着きを取り戻そうとしている。
そしてそれを一度飲み込んだ魔王が、次にスライスしたチーズをお肉に乗せて一口でまた頬張った。
俺達は沈黙しその様を眺め、ツマは魔王の挙動を見ながら睨みつけている。何がそんなに琴線に触れてしまったのか。
そして俺が周りの種族達が固唾を飲んで見守っている事に気付くと、魔王が勢いよく立ち上がって空へと吠えた。
「ウマーイッ!!」
それは以前に見た、天ぷらの時と同じリアクション。その叫びで頭上に在った雲に大穴が開き、不思議な形を形成した。
彼らにもこの保存食は通用する。そう確信した俺は強く拳を握り締め、勝ちを確信した。




