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魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
弱者の戦い
61/142

第61話 ひめたる想い

「姫様、戦況は如何でしょうか?」

「そうね、ペイトンさん達の方は怪我人が多数出てるけど早急に回復が必要な人がいるようには見えなかったわ。それよりもイェルムさん達ハーピー、ゼルシュさんもかなりの傷を負っています。戻り次第治療をした方が良いわ」

 オーガをここへ呼び寄せてしまったという自責の念に駆られて心を捕らわれてしまわぬように、ウタノハは嘆きの山の頂上へと陣取り、二つの場所で行われている戦いを自身の力を使い眺め続けていた。

 ペイトン達の数と数のぶつかり合い、それに伴い作り出される多数の骸。戦場で散った者達を手に取るように見続け、胃の中の物を戻しそうな感覚にも耐え、即座に動けるように拠点を守るケンタウロスやハーピー達守備隊に戦況を克明に伝え続けた。

 だがラルバは戦場の映像が与える心的外傷よりも、眼の力を行使し続け、消費し続けるウタノハの魔力と体力を案じている。


 目の前の女性を小さな時から面倒を見ていた侍女長は、彼女の事をオーガの特性をまるで持ち合わせない心優しい子供だと思っていた。戦場に出る事は疎か、つい最近里から逃げる時にも相手を傷つける事すら怖がる臆病で、優しい子だと。

 そんな子供が頑として譲らずに今この頂上で、仲間達の動向を探り続けている。


 呻《うめ》くようにして何かを耐えながら、唸《うな》るように体を強張らせ、それでも仲間達の身を案じて自身の能力を使い続けていた。


 そして彼女が一歩、また一歩と崖際まで歩きじっと何かを眺めていた。

 ラルバもそれに倣い、隣へとそっと佇むように並ぶ。

 ウタノハは左手を侍女長の前に出し、先を見据えるように一点を見つめ続けながら力強く言葉を出した。


「……ッ! ラルバ、弓を」

「はい、こちらに」


 彼女は今まさに、強者になろうとしている。

 守られているだけの子供から、何かを守る為に身を削る一人の大人へと。成長を遂げていく彼女の背中を見て、ラルバは一つ肩の荷が下りるような、そんな表情で姫の背中を眺め続けていた。


「よし、合図を出して」

「わかりました」


 渡されたのは白い弓、それは先日貰った彼女だけの武器。

 ここに来てまだ僅かな日数しか経っていないのに、たくさんの大事な物が出来た。

 それを守る為に彼女は自分の出来る事を全力でやろうという固い意志を示すように、弓に矢を番《つが》える。

 大きく、強く成長していく彼女は今まさに窮地を迎えているゴブリンを救うべく、機を伺う。


 ――ゼルシュが対峙していたオーガが倒されると、一気に躍動感を強めたゴブリン達。自分達も仲間に続こうという意識が溢れるように攻勢を強めていく。


 こんな筈ではと焦るのはオーガ、深い傷と言えば弩に撃ち抜かれた腕と槍で斬りつけられた背中くらいな物で、その後有効打を与えられてはいない。


 だが前から迫り続ける剣、それをサポートする槍、そして側面から背後からと常に意識をし続けなければならない弩で狙われる、その連携の練度の高さで、あちこちの皮を切られて出血を見せていた。


 それでも決定的な一撃を避け続ける事は難しく、青鬼は今、得物を握りしめている手の指を見事な剣術で切り落とされ、更に一歩追い詰められた。


 青鬼はそれを認識すると却って冷静になり、単調な力押しではなく、確実に相手を殺す算段をつける。にやりと牙を見せつけ指があった場所から湧き出るように溢れる血を、火の魔法で焼きつけ即座に止血した。


 そして、その焼き付けた痛みを楽しむように、不気味に笑みを浮かべたまま弩の一撃によって射抜かれた左腕へと力を込めると、解き放つような素振りで腕をゴブリン達へと振り払った。


 アリヤとベルはその行動の意味が理解できず、首を傾げるように相手の挙動を注視していた。だがその観察は意外なところから水を差される。

「アチッ! アツイ!」

「シー!? 何スルノ!!」

 火の魔法を行使して仲間の足、正確には地面と接着している足の底面を燃やし、攻撃したのはこの中で唯一魔法を扱えるゴブリン。

 シーは何かを察知して仲間を第一に助け出したが、自身は紙一重で間に合わず、足の裏から生き物のように生えてきた氷に、みるみるうちに足と地面とを凍らされた。

 そして身動きを取らせまいと迫り上がってきていた氷は着けていた脛当ての中程で動きを止めた。


 青鬼はそれを見越して既に動いている。

 自身の武器は指が無くなった影響で振り回す事は難しい。ならば、直接拳で砕いてやろうと動きが封じられたゴブリンへと一気に迫る。


 それをさせまいと焦って動いたゴブリン達を殴り落とし、目標へと再度迫った。


 鈍器のように重く、大きい拳を振り上げシーに向かって全力で振り下ろす。

 弩を投げ捨て、両腕を重ねるようにしてそれを防ごうとするが、単純な力の能力が生み出す歴然たる差が、ガードの上からでも関係なくダメージを与える。


 相手は動く事が出来ない。


 青鬼はそれがわかった上で大きく表情を崩すように笑うと、押し潰すように拳を振り下ろし、刈り取るように蹴りを捻じ込む。溜められた鬱憤を晴らすように何度もそれを行った。

 オーガの膂力が生み出すその威力を、脆弱なゴブリンが耐えられる筈もなく、殴られた事で片方の腕の装甲のない部分の骨を折られ、攻撃を喰らっても凍らされ動かす事が出来ない足は、衝撃を逃がす事も出来ずに砕かれ、その破壊力を物語るように足を封じていた氷も骨と同じように砕け散る。


 満身創痍となり、ほぼ虫の息となって横たわるゴブリンへと追撃を刺すように蹴り飛ばすと、ずきりと足に痛みが走った。

 不思議に思った青鬼がそこを見れば自分の足も指が本来とは別の向きに曲がって、痛みを発している。

 彼らの体を守る白銀の装甲具により、オーガ自身の体が先に悲鳴を上げたのだ。

 大きく舌打ちをして、忌々しげに倒れた相手を睨みつけて再度攻撃を入れようと踏み出したところへ、二人のゴブリンが立ち塞がった。


 三人から二人へ、それも攻守のバランスを常に考える司令塔のような存在がいなくなってしまった事で、オーガは先程までとは違い一気に攻め立てる事を苦も無く行い、体を斬りつけられたのも構わずに槍を突き出してきたゴブリンの、その首を掬《すく》い上げるようにして掴むと、そのまま地面へと叩きつけた。


 意識を失ってしまったのか、だらりとして起き上がる素振りすら見せないベルを案じて、視線を向けていたアリヤの顔を思い切り蹴飛ばすと、青鬼は再度、シーの元へと一歩一歩近づいて、眼下へ見下ろしてから、その首を鷲掴《わしづか》むようにして持ち上げた。


「大分やるようだが、残念だったなァ……! このまま縊《くび》り殺してやろうか!」


 それを助けようと動いた敵全体へ、血走る目を向けて牽制する。

「おおっとォ! 動くなよリザードマンにハーピー共!! 動いたら即座にコイツを殺す! まぁどちらにしても殺すけどよォ!?」

 高笑いをしながら相手を虚仮にするようにそう言い放つオーガ。

 その手の中の獲物を、簡単には殺さないと言わんばかりの力の配分で少しずつ力を強めて、苦しみを与え続けた。


 ゼルシュやイェルム達、そして武器を頼りに起き上がったアリヤが、どう動けばいいものかと考え、それでもそちらへの警戒を弱めないオーガに対して二の足を踏んでいると、その暴力を受け入れずに最後まで抗おうとしている者がいる。


 シーは、オーガの目を盗むようにしてある物を装着した。

 それはホリが考えた彼の魔法を活かした最後の手段の攻撃方法。彼がゴブリン達の防具製作の際に、ただ子供心に身を任せるように魔法を扱えるゴブリンだけの秘密道具をいくつか作ったのだ。


 ただの遊び心、気分転換にと作られたそれが今、一つの命を助けようとしている。


 目の前のオーガにはシーの魔法では傷を入れる事は出来ない、威力不十分なそれを補う、むしろこのような状況を見越して作られたのではという偶然の産物をつけると、視線を嘆きの山の頂上へ移した。


 そこには天に上るように放たれた炎の灯火が一つ。

 いざという時の為の保険。


 シーは立ち上る炎を見て、準備が整ったと察した事で笑みを浮かべゼルシュ達やアリヤへと視線を向けているオーガに向かって、手を伸ばす。


 こちらに意識を向けさせ、最後の手段をとる為に、オーガと自分との間に小さな火を灯した。


 その静かに燃える炎を見た青鬼は、鼻で笑い嘲笑うようにしながらふっ、と息を強く吹きかけ、それを散らすように吹き飛ばした。


「フン、最後の抵抗がそれか? ざまぁねえな! じゃあそろそろ死んでくれよ?」

 掴んでいる首をへし折ろうと、力を強めたその時、先程とは何かが違う事に気付いた。それが何かはわからない。


 だがもう、このゴブリンは殺せるという思案からそれをどうでもいい物として結論をつけてしまった。


 その勝利の余韻に浸るように笑いながら、ゴブリンの生への執着から伸びてきている手、そしてその一本だけ色の違う指を見た。


 その瞬間に。指先から撃ち出される、白銀の爪。


 その爪がオーガの反応できない速度で眼に突き刺さり、眼球を抉り、潰した。

「ウガァァァアアァァアアッ!!」

 ゴブリンを放り投げ、潰された眼球に手を当て痛みを堪えようとするが、その独特な痛み、深々と抉りこまれた爪、取り出す事も出来ないその爪の痛みに地面をのたうち回り、紛わそうと必死に声を上げた。


 その隙を見て、動く部位を使って必死にその場から離れようと、生き続ける為の行動を取るゴブリンを横目に見て、殺意の感情で痛みを上書きしたオーガ。


 脈打つ度に傷む目と腕、どちらも目の前で這いずり逃げているゴブリンにやられた物。その限界を超えた怒りに身を任せて一歩、また一歩近づいていく。


 そこへ、自身の踏み出した足の前へ、空から星が落ちてきた。


 そう思えてしまう程の途轍もない威力をした『何か』に目をやると、伴っていた凄まじい威力によって抉られた地面に突き刺さり、それ以上歩みを進める事を許さないと語るような一本の矢。


 まさに降って湧いたその矢を眺めていたが、今はそれよりもこの間にも這いつくばりながら逃げているあのゴブリンを殺さねばならないと気を取り直し、再度歩みを進め、その矢を踏み越えようとした時。


「ウギャアアアアアッッ!!」

 今度はその空から降る星に、出した足の膝から下を吹き飛ばされた。


 衝撃と、新たに作られた痛み、足がなくなった事でバランスを崩し、再度地面へと寝転がる形になってしまった青鬼は、自身の足を捥《も》ぎ取り、地面に突き刺さっている矢へと声を張り上げた。

「何なんだよこれはァ!! てめえらの差し金かァ!!」

 それを聞いて、リザードマンが口を開いた。

「その射られた矢は、お前達が『クソ』と吐き捨てた姫巫女が撃ち出した。それと、これもついでだから教えておいてやろう。お前達と戦って、本来なら死んでいたかもしれない我らの命を守ったこの白銀の防具も、お前らが『クソ』と呼んだ人間が作り上げた物だ」

 自身の尻尾につけられた装甲を撫でながら、ゼルシュは上体を起こして叫んでいたオーガに告げた。

「なっ……!?」

「オマエラハ、ホリ様トウタノハニ、負ケルンダヨ!!」

 剣を支えにして立っているのもやっと、という状態でアリヤがそう叫んだ。


 心底バカにし、同族の起こした謀反により里から逃げていく際に斬りつけ、その後も罵詈雑言を吐きながら探し回り、常に命を狙い続けてきた姫巫女による弓の一矢。

 それによって足を吹き飛ばされたのだと教えられ驚嘆する青鬼。



「ラルバ、矢はあと二本ね?」

「ええ、姫様。次の矢ですが……」

「風を読み違えてしまいました。次は仕留めます」


 淡々と矢を受け取り、粛々と矢を番えるウタノハ。

 普通の矢では弓についていけずに、ホリがおまけで貰ってきたミスリルの鏃の矢しかまともに射る事が出来ない。

 それでも一矢目で感覚を掴み、二本目で風の流れを掴んだ。

 そして確実に敵の命を奪える眉間へと照準を定め、眼に力を込めて、指を離そうとしたその時に少しだけ気が緩み、一瞬だが意識が飛んでしまう。

 ふらりと崖から落ちそうになるのを、全力でラルバが支える。


「姫様、もう、もう限界です。戦いが始まってから力を使い続けて魔力ももう残っておらんでしょう! これ以上はいけません!」

 それ以上行かせまいと力強く手元に引き寄せ、目の前でどうみても限界を迎えている者へと叫ぶラルバ。


「大丈夫、大丈夫だから。いいから次の矢を」

 色素の薄い瞳孔、開かれた目からは赤い涙を流し、ぼたぼたと鼻から血が垂れてきても構う事なく一度袖で拭いながら、手を差し出す。許されるのはあと一矢。


 今撃ち出した矢は狙った場所よりズレ、オーガの眉間ではなく隣の地面を抉っていた。決死の表情を浮かべて矢を持つラルバを見つめ、それを受け取り再度矢を番える。

「これは私がつけたいケジメなの。ここまで皆に甘えてきた私の」


 弓を打ち起し、大きくゆったりと頭上から弓を引分けながらその弦を静かに、力強く引いていく。

「例えここで命尽きようとも構いません。私は、皆の仲間になりたい。こんな私でも、守れる何かがあるのなら、全力を以って成し遂げましょう」


 弓が生み出す力を放つ為に、ギリギリと音が響く。

「この矢は私の――」

 言葉を最後まで言い切る事は出来ず、だが確かに狙いをつけた矢を撃ち出したウタノハはそのまま意識を飛ばしてしまう。


 想いを乗せた矢は乱れる事も、逸れる事もなく。

 目標の眉間を貫き、その当たった部位を根こそぎ吹き飛ばした。


 意識を失い倒れたウタノハは満足そうにそのまま眠る、最後の敵を白銀のケンタウロスへと託すように。ラルバは成し遂げた表情を浮かべ、満足そうに眠った彼女を抱きしめ、顔を染め上げる流血を静かに拭い続けた。



 一際破壊力を強めた矢により、眉間を中心に吹き飛ばされたオーガだった物を一瞥し、重傷を負ったゴブリンは大きく息を吐く。

 安心したところへ襲い来る痛みも、生きているという証になりそれがまた嬉しい悲鳴となった。

 そして、アリヤと意識を取り戻しアリヤの肩を借りて歩み寄ってきたベルと生き残った事を笑い合うと、そのまま治療の為にトレントの元へと向かえるよう、まるでこうなると見越していたようなタイミングで、ウタノハの指示により行動していたケンタウロスの輸送班が到着し、ゴブリン達は一名を残して運ばれて行った。


「どうするシュテン? お前以外は全滅したようだぞ」

「ぐぐぐ……ッ!!!」

 鍔迫り合いをするように、今日何度も行われたお互いの力のぶつけ合い。

 鉈と槍が出す音が響き、そして大きく弾き距離を取る。その行為がお互いの力がまだまだ残っている事を証明していく。


 シュテンの大きな誤算だったのは、やはりあの槍。

 以前の勝負では早々に槍をへし折り、剣を出させたが今回は全くと言っていい程傷んだ形跡もなく、まるで今手入れが終わったと言わんばかりの輝きを放っている。


 シュテンもアナスタシアも、鉈で斬られた傷や槍で抉られた傷はないが互いが殴りつけた結果、あちこちから出血をしている。

 アナスタシアは普段シニヨンのようにして纏め上げている髪が解け、白銀の髪が黒ずみ、鼻から血を垂らして。

 シュテンも纏め上げた髪は下り、折れた牙の上から更に殴られた事で口の中は血だらけになり、殴られ続けた顔の右半分は腫れ上がっている。


 お互いが垂れる血を拭い、武器を構える。


 このままでは……という強い焦燥感に駆られ、忙しなく、荒くなった呼吸に合わせるように武器の剣先を上下させるシュテンと、対照的に威風堂々と言った様相で時が止まったように構え、相手を見据えるアナスタシア。


 呼吸を整え、鉈を持つ手を安定させながら少し笑うように表情を変えると、シュテンは相手へと迫り、大きく振り上げた鉈を袈裟に振り下ろし、その鉈に自身の魔力を込めて炎を纏わせた。


 単純な振り下ろしだと思い槍で止める態勢だったアナスタシアは、確かに振り下ろされた鉈の一撃を一歩下がるようにして防ぐ事は出来たが、その炎の刃に一瞬対応が遅れ、熱波で目を眩まされた。


「もらったァ!!」

 その隙を見逃す筈もない、シュテンが振り下ろした得物を返す刀で切り上げ、アナスタシアの腹部を抉り込み、凄まじい威力に吐き出すように息を漏らし、彼女は体を吹き飛ばされ地面を勢いよく転がっていく。

 確実に殺したとシュテンが思ってしまうその会心の一撃、だが鉈に手応えは感じたが、確かに斬ったという証になる血がついていない。


 自身の武器を眺め、不思議に思う。

 そして地面に転がった相手に視線を移した時に、その仕留めたと思った相手の姿は既になかった。


 勝利を手にしたと浮かれた心を喰らい尽くすように、シュテンは闇の中から鉈を握りしめていた腕を削ぎ落すような槍の連撃に襲われる。

 肩口、二の腕、肘、手首、掌と抉られ、握っていた大鉈を落としてしまった。


 ずしん、とその重量を物語るようにして地に横たわった大鉈と、一瞬で奪われた右腕の自由を嘆くように手を当て蹲るシュテン。


「な、なぜ……ッ、なんで生きてんだよォ!!」

「これのおかげだ」

 腕を押さえ、そう叫びながら見上げてくる鬼を冷ややかに見下しながら、アナスタシアは一枚の布を取り出し、シュテンの前へと突き出した。鎧の上から前垂れとして使っていたその布はシュテンの魔法によって隅からチリチリと少しずつ燃えており、その範囲が徐々に広がっていくとキラキラとした粉が風に流されていった。


「そ、そんな布如きでぇ……!?」

「フン、とあるメス蜘蛛が関わっていて気に食わないからつけたくはなかったがな? 伴侶《パートナー》の愛が籠められた物だ、つ、妻として着けない訳にもいくまい?」


 納得のいかない答えを聞いて、地面の大鉈を無傷の腕で掴み立ち上がる。

 振り絞るようにして大鉈を振うが、相手はそれを読んでいたように一気に距離を取り、槍を地面に軽く突き刺し、手を離した。

 持っていた白銀の布についた火の粉を払うようにして、火が消えた事を確認するとそれを使って、解けた髪を一つに纏め直すと、髪で隠れていた青い耳飾りが顔を出した。


 髪を束ね終わると槍を地面から抜き放ち、くるりと弄ぶようにして構え直し、その穂先にシュテンを捉える。


「その腕ではもうこの先、満足に戦う事も出来ないだろう。今楽にしてやる」

「ざけんなぁっ!? オレは勝つ!! オレに敗北はねえんだよぉ!!」


 言葉が終わるのと同時に、大鉈に炎を纏わせたシュテン。


 風を切るように駆け出したアナスタシアは自身の力の全てを槍に込めて、魔力の全てを注ぎ込むように風を纏わせた全身全霊の突きを構えられた大鉈に向かって放つ。


「これで……」


 炎の大鉈と風を纏う槍が激突し、シュテンが今日何度も見舞われた太刀筋、槍の一閃。

大鉈でその槍を防ごうとしたその瞬間。


 鉈が鈍い音を上げた。


 先程までと同じ槍の筋、だが圧倒的に違うのはその威力。そして、ここまで同じように攻め続けた結果として、そのオーガの象徴のような大鉈はダメージを積み重ねられ、それがついに結果となって表れる。

 削り続けられた大鉈は、その一撃に耐えられず砕かれた。


「私達の勝利だァア!!」


 砕けた鉈の中から伸びてくる風を纏った白銀の槍がシュテンの天突を穿ち、アナスタシアはその勢いのまま槍を深々と差し込むと、そのまま駆け抜けた。


「ガァッ……!? アァッ……!! ガハッ……」

 何かを言おうとしたシュテンは、鎖骨と鎖骨の間から溢れる血の泡と口から漏れだす血によって言葉を遮られる。

 槍を突き刺され血を噴出しながらも、根元から折れてしまった鉈の柄を離さずに振り回し、遠くの敵へと届くはずもない攻撃をしながら、よたよたと相手に歩み寄る。

 対峙していたアナスタシアは、オーガの命が燃え尽きるその時まで、最後のその瞬間を見逃すまいと見つめ続けた。

 相手にどんな事情があってこういう結果になってしまったのか、それはわからない。

 だが一騎打ちをした相手に対して、その死の瞬間を見届けてやろうという彼女の配慮がシュテンに伝わったかは不明だが、その歩みがアナスタシアの元へと届く事はなく、その道の半ばで倒れシュテンは息を引き取った。


 髪を束ねていた布を解き、シュテンの元へ歩むアナスタシア。

 首に突き刺さり、天に向かって墓標のように立つ槍を抜くと穿った穴から溢れるように血が出てくる。

 その顔へと布をかけて、せめてもの慈悲をかけてその場を後にする。


 普段の彼女からは想像も出来ない程疲弊していて、呼吸が荒く足元も覚束ない。

 それでも一歩一歩ゆっくりと歩く。勝利の余韻を確かめるように。


 途中で視線を上げると傷だらけのゴブリンが一匹、いつの間にか合流していた泥だらけのオークが一匹、切り傷だらけのリザードマンに、唯一ほぼ無傷のケンタウロス、そして黒焦げのハーピー達が笑顔でこちらに向かって親指を立てていた。


 アナスタシアは血で汚れてしまった顔で、いつもの表情を崩して軽く笑みを浮かべて彼らに合流し、昔馴染みのケンタウロスに手を借りながらトレントの並木道の方へと歩き出した。


 そのトレントの並木道へと辿り着くと、一際大きなトレントが声をかけてきた。

「ファッファ、おつかれさん。見事な闘いじゃったな。今ウタノハの治療をしておるからその後に治療を開始するぞ。その間、これでも食っとけ」

 ポンと目の前に落ちてきた物を咄嗟に手で受け取る。森の賢者の実が爽やかな香りを放ち、血の匂いを忘れさせてくれた。

「無用かもしれんが、素晴らしい戦士達へのワシからのプレゼントじゃ。まぁ一個しか出せんから他の者には内緒じゃぞ」

 そう言われ、嬉しさからその実へと噛り付くと口の中の傷に染みる。その痛みすら味わうように、アナスタシアは大事に大事に果実を頬張った。


「あらァ? フフフ、勝てたみたいだけどォ、随分ズタボロねェ」

 憎まれ口を叩きながら現れたアラクネに負けじと舌打ちを返す。だが現れたアラクネの表情もどこか綻ぶように笑みを浮かべていて、喜びの感情を滲ませている。

「チッ、こっちは疲れてるんだ。あとにしろあとに!!」

 シッシッと手を払うようにさせたところに、アラクネがポンと肩に手を置いた。

「おつかれさまァ」

 そういって立ち去ろうとするラヴィーニアに声をかけたアナスタシア。

「おいラヴィーニア、布、まぁまぁ使えたぞ」

 彼女が吐き捨てるように背中に向かってそう言うと、手をひらひらとさせて返事をしながらアラクネは振り返る事なく、その姿は闇の中へと溶けていった。


 何をしに来たんだあいつは、とアナスタシアが不思議に思っていたところへ、ポッドの根元で寝言を話している人間を見つけた。

 彼女はそれを見て微笑むと隣へと座り、その人間を上から軽く抱きしめて報告をする。


「ホリ、私達は勝ったぞ。深手を負った者もいるが、死んだ奴はいない。褒めてくれるよな……?」


 ――彼女のその言葉に、ホリに代わって答えるようにトレントの木々が揺れて騒めきを返し、葉擦れの音で勝者達を称えた――


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