第20話 旅立ちの朝です
明くる日の朝、人里に行く為に早く目を覚ました。
それに合わせるように、早々にリザードマン達が拠点の前に集まってきた。まだ空が白み始めている時間帯というのに期待からなのか待ちきれないと言わんばかりだ。
朝が早いのは種族の特性なのか、それとも新しい住処への期待なのか。
正確な事は不明だがこちらも早めに案内をしておきたかったので、それは構わないのだが一族並んで出口のところにいると威圧感がすごい。
その中からゼルシュが近くまで歩み寄ってきた。背中にはト・ルースがいる。
「おはようさん、ホリ殿」
「おはよう、早いね。今用意するから待っててくれ」
「すまんな、先に昨日言っていた餞別を置いておく。使ってくれ」とゼルシュが荷物を持ってくる。
どさりと置かれた荷物からかなりの重量なのは見て取れた。戻り次第中を確認しておこう。
「ありがとう、大事に使うね」
「いや、こちらは世話になる身なのだ。これでも足りないくらいだろう。改めて昨日の飯もすまない。うまかったぞ」
少しは落ち着けただろうか。昨日よりも向けられる敵意も多少は少ないように思える。休めたようで何よりだ。
「よし、それじゃあいこうか。ト・ルースさん狭いところ通るので、気を付けてね」
「はいよ、年甲斐もなく少しワクワクするね。楽しみじゃ」
そこまでハードル上げられても困っちゃうなぁ……。
引率するバスガイドよろしくリザードマン達の先頭を歩いている。螺旋階段までの坂道を上っている時に少し違和感を感じた。
うーん? なんか気持ち道が広くなっているような……。
そんな疑念も、螺旋階段を登っている時に確信へと変わる。やっぱり道が使いやすくなっている……! HCパッサンGの力か!
使ってよかったのやら悪かったのやら、余裕がない時に頼るという選択肢の一つにはなりえるな。
「ホリ、これをこの数日で作ったのか? 凄いな君は」
「ん、ああ、魔王様に貰った薬を使ってみたんだけどなんか凄いことになっていたらしいよ。自分じゃ覚えてないんだけどね」ハハハ! と頭を掻きながら感想を述べてみた。
「お、おう」と反応に困っているゼルシュ。困るよな、自分でも困るもん。
パッサンとは一体どんな人物なんだ……! 武闘家で建築家なんて……!
「もう少しで頂上だ。がんばってね」と言い最後の坂道を上ると、そこには自分でも信じられないくらいの光景が映し出されていた。
まず出口のところに雨避けの屋根が設置されている。
次に歩く道が設立されており、少し凹むようにしてリザードマン達が住む場所へのルートが続いている。
更に、よく道を見てみると雨水を排水する為の水路まであり道に沿っている。
ルートの途中にはベンチのように鉱石で作られた椅子が置かれており、登山者を癒すような気配りを見せ、その上には勿論雨避けの屋根が。
「な、なんじゃこりゃ!」とつい口から出てしまった。リザードマン達もこの様相に少し戸惑っている。それ以上に戸惑っているのが俺自身だと思うのだが。
とりあえず早く彼らを例の場所まで案内しよう。
顔には出さないように冷静に努めて、彼らを誘導する。
事前にここにきていたリザードマン達の三人は元より、他のリザードマン達、ト・ルースが驚いていた。
「嘆きの山っちゅうのは、大魔法を喰らってもビクともしない強度を誇ったはずじゃ……。それをこんなにしてしまうなんてどういう御業なんじゃ」と大口を開けていた。やっぱりトカゲだからか、口が大きい。
「こ、ここになります。気に入ってもらえたらいいんですが」と彼らを誘導して入れてみる。
リザードマン達が入っていき、しばらくすると声が聞こえる。
自分も中に入ってみたところHCパッサンGの力の認識を改めるレベルで改築されていた。
暗さ、涼しさはそのままに外部へのアクセスがまず増えている。
そして水周り。あの女神像は何故ツボを持っていて、そしてなぜツボから水が溢れているのだ。
他にも、水路が確立されており雨が降ってもし鉄砲水などが起きても安心なスペースを作っていたりと技術が光る。
次に住居スペース。
不思議な事に二桁ほどの部屋が作られていて、部屋自体の広さも中々の物。
一時的に住む分には全く問題はないだろう。
調理室なども設立されていて、竈のようなものがいくつか並んでいたり、水場から引っ張ってきているのか水がこちらに流れてきていた。
そして極めつけはトイレである。
座るタイプの便座で、いくつかの個室があり排水はすぐ下に溜まるようになっていた。これはどういう事なのだろう。後で誰かに聞いてみよう。
他にもバリアフリーに対応した部屋があったり、憩いの空間が広がっていたりとパッサン恐るべしと言える。
「ホリ、これはどういう事なのだ……? 前回来た時より様変わりしすぎていないだろうか」
「正直自分でも覚えていないので、こんなことになっているとは……、住みにくいとかあったりする? 戻せないけど」
そういうと、ゼルシュは高速で首を振る。後ろのおばあちゃんが揺れてるよ。
「こんな贅沢な空間で住むことを許されるのか!? 里の時よりも華美な空間なのだが!!」
「コラ」とポカリ、頭をト・ルースに殴られ我に返るゼルシュ。
「まぁいいんじゃないかな。住みにくいとかないんだったらよかったよ。それじゃあ今日からここはリザードマン達の場所ってことで」
周りを再度見渡し、ト・ルースが口を開いてきた。
「ありがたくここに住まわせてもらいますよ。それに、他の種族がきたらこちらにも受け入れられるようにしときますわい。これだけ空間があればそれも可能じゃろうし、あたしもここまでの物は想像しとりませんでしたでの」
そりゃそうだ。なんせ俺自身が想像できない次元だもの。これはHCパッサンGをまた使う事になるな。絶対。
「さて、リザードマンの皆さんも案内できたし、俺は戻って旅支度するよ。ゼルシュ、ト・ルース、後は任せるよ」
「ああ、ありがとう。任せてくれ」「ホリ殿、此度は誠に感謝しますぞ」と二人が頭を下げてくる。周りのリザードマン達もそれを見て、急いで頭を下げてきた。
いやいやそんなそんな、とこちらも頭を下げ、その場から逃げ出す。
――「オババ、この空間想像以上だったろう」
「ああ、あたしも長い事生きてるけど、こんなもてなしされた事なぞないよ。みんなも、彼には感謝するんだよ! 人間だからと舐めた態度取ってたら皮剥いで防具にしちまうからね!」
彼らは全員力強く頷いた――
拠点に戻ってきたので、急いで貰った素材を改めて荷造りをしてしまおう。リザードマンらあの場所を気に入ってくれたみたいだし、よかったかな?
HCパッサンGの影響をちゃんと確認しておけばよかったな。他の場所にもかなり手が入ってそうだ。
あのリザードマンの拠点も、頂上のルートも最終的には全部削っちゃうのにな……。少し勿体ない気もする。
なんとか残しておけば、リザードマン達の癒しスポットになるかな? ト・ルースとその内にでも相談するか。そんなこんなで荷物の整理も終わった。
皮や魔石、あとはうれしいことに通貨が少し入っていた。
どうやって入手したのか、殺した人から奪って……? 想像するのはやめておこう。金は金だ。
あとはこれが使える金かどうかが問題だな。共通貨幣なら助かるけども。
「ホリ様、準備、デキタ?」とアリヤ達が声をかけてきた。
「うん、大体ね。ごめんね素材殆ど持っていくことになっちゃうけど」
彼らは首を横に振り、構わないと言った感じだ。
「ホリ様、左ノ腕、出シテクダサイ」とベルに言われ、聞いた通り左手を出すと細部までよく作りこまれたブレスレットのような物がつけられた。
魔石とかが使われてるのかな? 様々な色をした石に模様が刻まれており、美しく輝いている。
「どうしたのこれ?」
「オ守リデス、作リマシタ!」と三人のゴブリン達が満面の笑みを浮かべている。
「そっか、ありがとう。大事にするね」と一匹ずつ感謝を込めて頭を撫でさせてもらった。
「ホリ様」と後ろから声をかけられる。いつの間にやらペイトン一家も揃っていた。
「ペトラ、あの短刀をホリ様へ」とパメラに言われ、ペトラがこちらに短刀を持ってきた。
これは何時ぞやの短刀じゃないの……? どうしてこれを? と思っていたらパメラが説明を始めてくれる。
「ホリ様、これは私の母の形見の短刀で、持ち主が致命的な傷を負うような時に身代わりになってくれる魔道具です。是非お持ちください」
「え、そんな大事な物持っていけないから……」
「いえ、何もなければ帰ってきた時にペトラに返してくだされば結構ですので、お願いします」
うーん、なんだかどんどん話が重たくなっていくな。ただ街へ行って買い物したいってだけなのに。
「それじゃあ、借りていこうかな。無事に戻ってきてちゃんと返すからね」
ペトラから短刀を受け取り、腰巻の横に差し込む。落ちないようしっかりと固定しておこう。
大体準備は完了したか。後は魔王を待つばかりだ。
「それじゃあ皆、魔王様が来たらバタバタしちゃうかもだから今言っておくけど、後は頼むね。暫く留守にするけど、無理な事しないように。あとリザードマン達の様子にも気を配っておいてくれるとありがたい。あとは……」
ペイトンが笑いを少し零し、口を開いた。
「フフフ、改めて言わなくても大丈夫ですよ。こちらはお任せください。無事に帰ってこれる事を祈っております」そういうとペイトンは頭を下げてくる。
「うん。少しの間で戻ってこれると思うし、頼んだよ」
何処かで見ていたのかといわんばかりのタイミングで魔王がやってきた。
「ホリ殿、皆の者おはよう。準備は……できているようですな」
こちらに視線を向け、準備が出来ていることを確認すると魔王が一つの鞄を取り出した。
「ホリ殿、この鞄をお使い下さい。魔法が付与されたスグレモノで、収納量増加や重量軽減など便利な機能が付いております。魔王軍開発部が二日ほど徹夜で仕上げてくれましたぞ!」
おお、便利そうだ! 何より重量が軽くなるのは最高だ!
「スゴイですね! これ収納どれくらい入るんでしょうか? 量を把握しておきたいんですが……」
「容量としては巨大な竜が入るとかなんとか。ホリ殿の望む性能をしていると思いますよ。それに荷物を纏めてしまった方がいいでしょう」
そう言われショルダーバッグのような鞄の口を開いて、バックパックの中身を移す。消えるように入っていくが……、取り出す時はどうすればいいんだろう? 中に入れた鉱石を取り出そうと腕を突っ込んでみる。
鉱石鉱石……と思い描き何かを掴んだので、引っ張り出すと目当ての品が出てきた。おお、これは便利。どういう仕組みなんだろう? 不思議だ。
「便利ですねこれ。ありがたく使わせてもらいます」
魔王は満足そうに頷き、こちらに近寄ってきた。
「ではそろそろ行きますか。早い方が人目にも付きにくいでしょうしな」
「ええ、じゃあみんないってくるね――」
そう俺が言ったと同時に浮遊感に襲われる。彼らが小さくなり、見えなくなるまで手を振っておいた。少し、いやかなり寂しい。あと少しの不安が胸を襲う。
「これから行く街は商業国家グスタールというところですが、他の人族の主要国家と大きく違い、戦争方面より経済活動をすることに重きを置いている商人の街です。今回の目的に丁度良いでしょう?」
「ええ、それならこちらが望む物があるでしょうね」
魔王はこちらに視線を移し、俺と目が合う。
やだ、怖い顔。
「このような事をさせてしまい、申し訳ありませんな。魔界から物資を持ってくる訳にも行かず、出来る援助もかなり少ない。お恥ずかしい限りです。無事に帰ってきてくれることを信じておりますよ」
「ええ、大丈夫です。それに援助が、という話なら沢山助けてもらってるじゃないですか。むしろ甘え続けていて申し訳ないですよ」
魔王にも事情があるのだろう。
以前に体調が万全になるまで時間が必要と言っていたのもあるが、それ以外にも問題が起きていたりしているのかもしれないし。
「そろそろ目的地の周辺ですな。見つかるのを避ける為、少し離れた位置に降りますが一本道ですぐの筈です。次に落ち合うのはいつにしておきますかな?」
「そうですね、出来れば今日を含めて四日は欲しいと思っています。四日目の昼頃にこの辺りに戻ってくれば大丈夫ですかね?」
「わかりました。ではそのように……」
話が終わると、そのまま森の中の少し開けた場所に降り立った。
上から見たからわかるが、すぐ横に道のような物もあるしこれを辿ればいいのだろう。街のある方向も教えてもらった。
改めて隣の魔王に向き直り、挨拶をしておく。
「じゃあ魔王様、行ってきますね。ご面倒かけますが、またお願いします」
「ええ、ではまたその時に。ホリ殿、用心を心掛けてください」
ありがとうございますと頭を下げて、魔王と別れる。
道を歩き続け、まず林道を出た。緩やかな丘に道が続いている。そういえば、この世界で一人で行動することなんて殆どないな。一人旅もいいもんだけど、やはり寂しいものもある。
「これから行くところ、グスタールだっけ。どんなところかな……」
楽しさと期待、恐怖と不安、様々な感情が浮かんでは消え、また浮かんでくる。
気を引き締めないとな。
目標としては食料と武器が最優先。次に情報も欲しい。服や布もできればあると助かるし、他にもほしいものは山のようにある。
やることの多さを考えたらもう少し日数貰いたいけど、仕方ないな。
少し丘のようになっている坂道を上り切ったところで、街が見えてくる。
防壁のようなものは見えず、堀があるだけで、門のところに大きい橋が架けられている。
さぁて、頑張り時だな。
初めての人間の街で三泊四日の冒険、どうなることやら……。
できれば、今日の夜にもう一本上げます。




