第134話 浄火
ざくざくと地面を掘り進む。
スコップを一振りする度、土を一掬いする度に、徐々に徐々に地面の色が変わっていく。
それは地表から掘り進んだ事で色が移り変わるだけではなく、ここに眠らされている者達の何かが染み出た結果だろう。
そこまでやってくると今度は別の、虫を誘き寄せている原因が鼻に付いてまわる。
苛立ちや逸る気持ちをスコップに乗せ振り下ろした時に、どうやら地中の何かを傷つけてしまったらしく、液体のような何かが顔に飛んできた。
酷く臭い。
「くそ……」
顔についた何かを拭いつつ悪態をついてしまったが、この作業に弱音を吐いてはいられない。こうしている今も、ここに向かって敵が来ている。そしてそれを阻止する為に仲間達が頑張っている。
俺もこの拠点に住む一人、彼らにいつも甘えてばかりはいられないのだ。
「ホリ……、ウッ、大丈夫か?」
「カーリン? 離れろって言ったのに。君にはこの臭いは辛いだろう」
話しかけられたその声で我に返ると気付けばかなりの大穴が生み出されている。そして、一度でも集中力が途切れると悪臭も一層強く感じられてきた。
地面を掘る前とはまるで違う、嗅覚が並みの人間の俺ですら感じられる強い悪臭は彼女には耐え難い物だろう。
「だ、大丈夫だ、まだ大丈夫。ホリ、お前は大丈夫か? 思い詰めた顔をしてるが……」
「ああ、問題ない。カーリン、これからもっと臭くなる。今の内にポッドのところで休んでるんだ、後は俺に任せろ」
彼女に離れるように伝えてみたが、少しだけ距離を置いてその場に体を下ろしてしまった。どうやら見守ってくれるようだ。
「カーリン、ホントに耐えられなくなったらこれを使うんだ。もしかしたら君にはあまり効果はないかもしれないけど、ないよりはマシだと思う」
「わかった、何がしたいのか知らんが頑張れよ」
彼女に魔道具の布を一つ渡し、作業を再開した。
トロルクイーンの眠る、掘り返した穴の傍に虫よけの鈴を括りつけた棒を差しておいた。風が吹く度にちりちりと鳴いている鈴の音、敵にどれだけの効果があるかはわからないが無いよりはマシだろう。
ざくざくと掘り進める度に、地面の色がどす黒い物へと変わっていく。
それに伴って臭いもどんどん刺激の強い物へ。
「二度と会いたくなかったぞ、グリ子……!」
火事場の馬鹿力による物か、僅かな時間でいよいよ目的の物がお目見え、というところまで掘り進める事が出来た。
埋まっていた期間が短いとはいえ、死んだ時と変わらないポーズをしている一際大きなトロルの亡骸とそれよりも小さなトロルの亡骸の数々、そして死んだ時より段違いに酷い物になっている悪臭。
この臭いに釣られているんだな、虫連中は……。
「全く、死んだ後にまで迷惑かけてくれちゃって……。せめて敵を一掃するのに役立ってもらうぞ」
最後の最後まで迷惑をかけてくれる原因を見下ろした俺は、鞄の中に手を突っ込み一つの大きな箱を取り出した。
これで決着をつけてやる、どうせやるなら盛大にな……!
悪臭で目が痛んだり、喉が焼けるように痛むがその甲斐あって何とか形になった。
仕掛けを施すのに大分時間もかかってしまった、空が赤らみ夕日が臭気で痛む目に染みる。
「終わったのか? うぐっ……」
「カーリン、俺はここで敵を迎え撃つ。もし長期戦になった時に備えて、スライム君に頼んで簡単に食べられる物を準備して貰ってくれ」
紫に彩られる地平線の向こうにヤツらがいると思ったら折角の食事も味わっていられない。
今回求められるのは短期決戦、一夜だけで勝利を決定付けるように確実な致命傷を敵にぶつけてやらねば……。
「あ、あぁ……ホリ? 大丈夫……、か?」
「カーリン? 早く行ってくれ、時間が無いんだぞ」
何かカーリンの様子のおかしい気もするが、今はとにかく決戦に備えねばならない。スライム君の元へ急ぐように促すと、こちらをちらちらと見ながらも彼女は駆けだした。
「おし、どうせだから盛大にぶちまけといてやるか。落ちたら二度と這い上がれないくらいべっとべとにするのもいいな!」
グスタールで購入しておいた油を腕輪のスコップを使って穴の中に振りまき、更に魔王などに頂いたりして余らせている空になった酒樽をバッキバキに砕いて用意した木片をぽんぽんと穴の中へ投げ込んでいるが、これでもまだ足りない気がする。
「うーん、何か、何かいい物はないかなぁ」
細工は流々、後は野となれ山となれ、と思ってみてもそれでも何かが足りないのではと不安に心が苛まれていく。視線の先にある絶対に逃げられない、蟻地獄をイメージして掘り続けた傾斜のきつい穴とその中心にはヤツラを引き付ける餌とそれを囲う箱。
これに加えて何か、もう一つ何かが欲しい……。
「あ、そういえば前に何かで読んだな。確か必要な物は、粉……」
最後に思いついた仕掛けに必要な装置を設置していると、大地を揺らすような地響きと共に大勢の魔族達がやってきた。
その先頭には慌てた様子の、珍しく息を切らしたアナスタシアの姿。そして続々とやってくる馴染み深い仲間達はみんな泥だらけの状態で、アナスタシアと同じように息を切らして俺を見ている。
「ほ、ホリ……? 一体何をしているんだ?」
「ただいま、アナスタシア。この拠点に迫る脅威を纏めてぶっ飛ばしてやろうと思ってね? 皆も、これで頭を悩ませなくて済むよ!」
「ほ、ホリ様? 纏めてとはどういう、一体どういう……!?」
「ホリ様! 何スルツモリナンデスカ……?!」
アナスタシアもペイトンも、そしてベル達も相当疲弊しているのか歯切れの悪い言葉が続いているようだ。拠点の皆の手を煩わせるなんて、やはりあいつらには一片の慈悲もいらない。盛大に屠らねばならないと決心を強めさせてくれる。
「お、おい……!」
「やべえ、やべえよ……!」
「おい、ホリ! 一体何なんだこれは! そんな物を掘り返して、お前は一体何がしたいんだ!!」
「ゼルシュどうしたの、そんな大声出して? これはね、アノ連中がコイツを目指して進行してきてるって聞いてね? それならいっそ一度に両方とも消し飛ばした方が後々楽でしょ?」
ゼルシュや、その隣にいるリザードマン達も皆、例外なく薄汚れている。
相当大変な思いをしてきたのであろう彼らは後で労うとして、最後の仕上げに鞄の中から一際大きな袋を取り出して準備は完了した。
「来たか……!!」
話している内に夜の帳が下り切った地平線、闇に覆われた荒野の彼方にヤツラの気配を感じる。それも途轍もない数の気配。アレらも生き残る事に必死なのだろう。
しかし、今日を生き抜く糧を得る為にここへ侵略してきた事を、その命を持って後悔させてやらねば。
「ほ、ホリ様っ!? その袋は、あの穴は……、一体何をしようとしているのですか!?」
「オラトリ、ちょっと静かにしてくれない? 集中したいんだ。それと、耳の良い種族と火に弱い種族は離れた方がいい。奴等に現代日本の知識を試してみるだけだから」
「! 総員ッ、退避だ! 全員全力でこの場より離れろ!!」
俺の言葉を聞いたアナスタシアが血相を変えて叫んだ声が響き渡ると、まさに蜘蛛の子を散らすように俺の傍から離れていった住人達。やっぱり皆アノ虫が嫌いなんだろうなぁ……。うんうん、わかるよ。
今日全身が汚れるほど頑張ってくれた彼らには休んでもらって、あとは俺の勇姿を見てもらっておくとしよう。
「さぁて、と……。まずは鉱石で完全防備しておかないとな。流石にあの波に巻き込まれたらまずいだろうし」
先程鞄から取り出した袋、そして自分自身を空気の通る小さい穴以外は完全に密室な鉱石の箱で覆えば防御は完璧。この状態で暫く耐えて、最高の状態で装置を作動させないといけないから大変だなぁ……。
「うっげっ!! 何じゃありゃこの世の地獄か!? うひぃいいい気持ち悪い!!」
小さな、ほんの微かな小さな穴から見える映像は阿鼻叫喚としてしまうような物だった。黒いテラテラした連中が一斉にトロルやトロルクイーンの亡骸が収まっている箱を覆いつくし、ガサガサガサガサ、という音を出して集っている。
恐らく、というかまず間違いなく今アノ連中はお食事中なのだろう。
視界に入ってくる情報だけで全身が強張るが、必死に目の前のホラー映像を耐え、虫の群れが穴へハマっていくのを只管待った。
必死に、それはもう気が遠くなるような映像を体中を抓ったりして必死に堪え続け、目と鼻の先にある穴がどす黒く覆われたタイミングでいよいよと大きく深呼吸を済ませる。
「頃合い、だな。ふぅ……、頼むぞ火の魔石。これによって作戦の行方が変わってくるんだからな」
心の底から絞り出すように、指先から目的の場所へと届くように祈りと想いを込めて魔力を放つ。
まずは穴を囲むようにして設置した風の魔石から、そして次にこの装置の本命、穴の中に大量に設置してある火の魔石へ届くようにと。
祈りを捧げ、時間にして僅かな物だったろうが気持ち的にはとても長く感じられた直後に俺の目と耳に素晴らしい結果が伝わってきた。
轟音と共に立ち昇ったのは空高く舞い上がる炎、天にも届かんとする火の渦が敵を焼き尽くし、油や穴の中へぶち込んだ木片にも燃え移った事で勢いを加速させ、それは煌々と輝いた火柱となって更に強く敵を燃やそうと猛り狂っている。
凄まじい、魔石店の店主が言うように火の魔石を纏めて置いておくのは危険だな。扱いには注意するよう皆にも言っておかねば。
ちりちりとした燃えカスが空を舞い、それが敵の一部なのかトロルの一部なのか、それともまた別の何かはわからないが順調に燃え上がっている。
「よし、まずは成功だな。それじゃあ本命のヤツに移るか……」
穴の中を覗きこむような事は出来ない、顔に連中が飛んできたらショックで失神してしまいそうだから。
確認ができないのならば、これ以上ないという程に徹底的にやるしかないだろう。
そう自身に言って聞かせるように、すぐ傍に置いてある袋をパンと一つ叩いてみた。
いい重量だ、少々勿体ないが大事の前の小事、拠点の作物を守る為にこの袋の中身だけで済むのなら安い物だろう。
来るべき決戦に向けて耳栓をして、顔全体を覆うように魔道具の布を巻きつけた。
服の裾などを糸で縛り上げ服の内部へ入られないようにしたりと、完全防備になった全身を一度見回し、最終確認を終えて鞄の中に俺と袋を守ってくれていた鉱石の防護壁を取っ払うようにしまい込んだ。
壁から出た世界はまさに地獄、火柱の灯りで見えるのは何かが燃え盛りながら激突し合っていたり、空から敵が落ちてくるといった惨状。
耳栓をしているから聞こえないが、不快な音もこの辺りに響いているだろう。
だがここで挫けてはいけない、トドメの一撃を差さねばまたこいつらは現れる。弱い自分の心を鼓舞する為に高鳴る心臓を一度強く手で叩き、大きく息を吐いて袋を抱えて風の魔石の傍へとやってきた。
「火が燃える条件、か……。ガソリンでもあればもっと楽にやれただろうに。これでダメだったら後はどうしようもないけど、頼むぞ小麦粉」
実験の前に一度、袋の中に手を突っ込み手掴みで粉を取り出して火の中へと放り込んでみたがいい感じだ。一瞬ではある物の、火の手が一際大きくなり空へ逃げようとしている一匹の敵を飲み込んでくれた。
これにより更に期待が高まった俺の視線の先にはグリーンに輝く魔石。ここは鉱石で覆い風向きを固定するように数個魔石が設置してある。その石達からは風が吹き込み続け、今も火柱に空気を送り続けている。
「よし、どうせなら一気にやってみるか! くらえーい!」
魔石の吹き出し口の方面に袋の中身をぶちまけると、風の流れに乗って白い粉が吹きすさぶように炎の中へ。
その流れを見守る事は許されない、何せ危ない。
火柱から離れるように走って避難をしていると、恐らく今日一番の火力と何かが爆発したのであろう振動が背中に襲い掛かってきてつい転んでしまった。
その火力を証明するように、真っ暗な空間を照らしていた灯りが一層強い物へ。
俺の居る一帯はまるでそこだけ日中のような明るさになり、その場で振り返ってみたがその猛々しい炎の勢いについ無心で右手を掲げ、歓声を上げてしまった。
「ふぁいあー!」
明るくなった一面、盛大という言葉がぴったりハマる一段と大きな火柱が敵を燃やし尽くし、陰鬱とした俺の気持ちを明るく照らしてくれた。
「ふぅぉおおおおおっ!」
すぐさま穴へとUターンをして、抜け出そうとしている敵や空から落ちてきた敵を炎と共に燃え上がるテンションと気持ちを込めたスコップで炎の中へと放り投げていく。
相手の数も地平線を染め上げていた時とは打って変わるように陰りが見え、更にどいつもこいつも瀕死の状態。勝負の終わりが見えてきたが、まだ油断をしてはいけない。
気を引き締め直して暫く周辺の掃除をしていると、炎も落ち着き始めるがまだまだ穴の周りには敵の姿が見える。瀕死の状態とは言え、引き続き火の方にも頑張って欲しいところだ。
「うーん、もうちょい、もうちょい火力欲しいなー。よし!」
鞄の中にある酒樽や小麦粉を追加して、再度火柱の中へと混入するとまたも元気を取り戻して立ち昇る火柱。
その強まる火の気で照らし出された世界にも、先程までの恐怖を駆り立てるような映像が目に見えて減っていた。
もう少し、もう少しだ……。
「クッフッフ……」
最後の大盤振る舞い、と木片と油を新たに投入し、最後に燃え上がった炎と共に戦い続け、それが終焉を迎える頃には俺も先程見た仲間達と同じように泥だらけ、煤だらけになってしまった。
ただそれによって得られた、あまりにも、あまりにも完璧な完全な勝利に笑いがこみ上げてきた。
ごしごしと滲む汗を拭えば、裾も真っ黒になってしまうくらい夢中でやっていた作業も残す敵は目の前のこの一匹のみ。
最後の仕上げだ、と語り掛けてくるように炎も燃え、その赤々とした空間に最後の一匹をスコップで掬い上げ放り投げた。
「フゥァアーハッハッハッハ!」
勝った、またしても俺が、忌々しいあの連中に勝った。
だがこの勝利も今日だけの物。またこいつらは力を溜めてここへ攻め込んでくるかもしれない、だがしかし、次も俺が勝つ!
俺の勝利を祝福するように最後に大きく火の手が空へ昇り、徐々に徐々に仕事を終えた炎はその身を小さくしていき、どす黒い煙によって相当な悪臭がこの辺りに充満しているのだろう、唯一露出している目には小さくなる火が滲んで見える。
おっと、夢中になりすぎて忘れていた。最後の最後になってしまったが、いつものアレを言っておくとしよう。
「汚いたき火だ……」
残るは一仕事を終えて燻る炎の後始末や、使った道具の回収、そして鞄の中に入れておいた山のような土を戻す作業。目標となる敵の姿が消え気が楽になったからか、辛い筈の作業もついつい鼻歌が出てしまい、チリチリ、パチパチと燻る中心へ向かいスコップを振るう。
「あ、鉱石どうしよう……。勿体ないなぁ、あれ」
半分ほどまで埋まってしまった鉱石の箱。
アレの中に収まっている物を考えてみたら、このまま埋めてしまった方が良いというのはわかるんだけどなぁ。鉱石の価値が、というよりもまたアレが来た時に使えるかもしれないからいざという時の為に鞄の中に入れておきたい。
でも中身は見たくない……。
「まぁ、いいか! トロルの棺桶と思って、コレは諦めよう」
ざくざくと作業を進め、埋め立ても終わり最後にパンパンとスコップの剣先で地面を叩く。墓標という訳ではないが、目印代わりに慰霊の棒を突き立てておくとしよう。
「ぷぁー! 終わった終わった! 後は経過を見守るとするかー!」
周りを確認してみても虫の姿は見えず、埋めていた最中にもヤツラは姿を現さない。
文字通り溢れかえるようにいたあの連中の姿が一切見えないのだから作戦は成功と言ってもいいかもしれないが、それでも自分自身にも拠点の皆にも警戒を促していこう。
悪臭から守ってくれた顔を覆う魔道具の布、そしてあの連中が生み出していたであろう不快な音を遮断してくれていた耳栓などを外していくと、夜風が吹き抜ける音がして火照った顔や体を冷やしていくのを強く感じた。
一汗、というには多すぎるくらい汗を掻いてしまったなぁ。
あ、カーリンとお風呂に入る約束を一方的にしていたんだった! ヒューゴー達に頼んで風呂を入れてもらわなきゃ!
ついつい晴れやかな気持ちが前面に出てしまい、ついつい浮かれて鼻歌混りに軽くステップを踏んで仲間達の待つ場所へ向かってしまう。
相当な距離を取っていたのであろう仲間達が見え、浮かれたノリのままついつい大きく手を振ってしまう。
「おぉーい! みんなー! おわったよー!」
あれ、何か皆の反応が悪いような……? あっ、もしかしてまだ生き残りがいたのかな? ホントしぶといなあの連中は!!
再び現れたかもしれない敵に緩み弛んだ精神を再び叩き直すように両手で一つ顔を叩き仲間の待つ場所へと駆け出すと、先程姿の見えなかった亜人の姿も見える。
「いやぁー、ごめんごめん。少し手間取っちゃった! 取り敢えずやりたい事は出来たよ、見えてた奴は殲滅できたから!」
「お、おう……」
「よ、良かったなホリ……」
「お、お疲れ様です……」
アナスタシアやゼルシュ、そしてペイトンが何やらよそよそしいような……? そして俺の言葉に反応を示した彼ら以外の大多数はしん、と静まり返ってこちらを見ている……。
あっ、そうかやっぱり疲れているんだな。そして俺をこうして律儀に待っていたから尚の事疲労を感じているのだろう。
「それにしても皆浮かない顔してどうしたのさ? やっぱりまだアイツラがいるの? それなら皆は風呂でも入って来てよ、後は俺がやっとくからさ!」
こんな時くらい、せめて荒事以外でなら彼らの手を借りずに俺一人でも何とか出来る。適材適所、という訳ではないし虫嫌いな俺ではあるけど、少しは役に立てる筈だ。
そう彼らに伝えてみると少しの沈黙に包まれた後、ペイトンとオラトリが血相を変えて口を開いた。
「いえっ!! ホリ様そんな、奴等はもう影も形も見えませんよ!!」
「そうですっ! そうだ、ひゅ、ヒューゴー殿! 風呂に、一仕事終えたホリ様には風呂に入ってもらいましょう!! 準備は出来てますよね!?」
「はっ、はい!! ホリ様、どうぞこちらに!!」
オラトリの叫びに、亜人達の中からヒューゴーが応え、そして俺の傍までやってきたお爺ちゃん猫が俺の手を取った。
「さ、さぁホリ様行きましょう! 今日の香りは先程ウタノハ殿が入れてくれた香木の香りですよ、ホリ様好きでしたよね! さぁ、さぁ!」
「う、うん? どうしたのヒューゴー。ひとっ風呂浴びたいなとは思っていたけど、敵を皆殺しにしないと落ち着いて入ってられないでしょ? それに俺一人だけで入るのは気が引けるよ。敵がまだいるかもしれないんだし」
「大丈夫だ、後は我らが見回っておく!! ホリは旅の疲れがあるだろう! ゆっくり風呂に入ってこい!!」
「イッテラッシャイ!」
そう叫んだイダルゴや、アリヤ。そしてそれに同調するように頷いたプルネスやレギィにも力強く背中を叩かれ風呂場へ行く事を促された訳だが、ここまで言ってくれるのなら彼らの厚意に甘えるとしよう。
自分ではあまり感じないが、悪臭の中にいたのだから俺も臭いだろうし。
もしかしたら、遠回しに『お前は臭いから』という意味合いで早く風呂に入れという事かな? と服の臭いに首を傾げつつ、手を引くヒューゴーや、続いてやってきた猫人族の人達と共に風呂場へ向かった。
「ホリ、ホリ。終わったのか?」
「カーリン、俺臭いかな?」
スライム君のところへおつかいを頼んで戻ってきたカーリンとも途中合流して一緒に風呂場へと歩いている時に臭いのチェックをしてもらったが、体を強張らせるように硬直させる反応を見せてくれた。
やはり相当酷い臭いがこびりついてしまっているようだ。
「臭い、それも途轍もなく臭い」
「それならしっかりと洗っておかないとなぁ。長風呂になっちゃうけど、カーリンはのぼせないように自分で体調見ておいてね」
「ああ、わかった。あの風呂場に入るのは初めてだから楽しみだ」
ヒューゴー達は俺とカーリンを風呂場まで送り届けると、一言二言残してそのままそそくさと戻っていってしまった。貸し切り、と思って良さそうだな。
布一枚を腰に巻いていざ、と浴場に入るとふわりと良い香り、だがまだ入浴は出来ない。しっかりと洗って汚れを落とさねば……。
「カーリン、ちょっと待っててね。先に自分の方洗っちゃうから」
「わかった」
俺が全身をくまなく洗っている間カーリンはキョロキョロと浴場内を見回し、あちこちへ歩き回っていたり、石鹸やサウナなどを興味深そうに眺めていたりと、楽しんでいるようだ。
その後貸し切りという事もあってか、ゆったりと風呂を楽しむ事が出来た。
お互いに身を清め終わり、ワンコも熱いお湯に入る際には唸るという発見があったりと笑っている時に、カーリンが何かを思い出したようにぶるりと体を震わせた。
「さっきのホリ……、少し怖かったな。スライムに、『暫くここに残れ』と言われたから洞窟の前で待っていたが、あの大きな火が消えるまで気が気ではなかったぞ」
「うん? アレは嫌いだし、徹底的に叩き潰さないといけないって必死だったんだけど、そんなに怖かった?」
「ああ」
熱いお湯に入っているのに、ぷるぷるとしているカーリンの揺らめく緑の毛並みを弄びながら先程までの映像がフラッシュバックしてくると、同じように俺も体をぷるぷるとしてしまった。
夢に出てしまいそうなその映像を少しでも消し飛ばそうと頭を振っていると、カーリンは何かを思い出したように「あっ」と声を出した。
「そうだホリ、この後は宴会にするようだ。スライムがそう言っていた」
「おお、そりゃいいね。それならそろそろ上がって、カーリンの体を乾かさなきゃ」
風呂から出よう、という時になって大変な事に気付いた。
「あっ」
「うん?」
この毛だらけの浴槽、掃除しないといけないじゃん……!?
お酒はまだまだ頂けそうにないな、とがっくりと肩を落としてしまったが、気合を入れ直してもう一働きする為に桶を手にした。




