第125話 それはそれ、それもそれ。
「スライム君のお弁当、よし! 今回取引に使う物品、よし! お金も、よし!」
最後にスライム君の誠意のおかげでバタバタとしてしまったが、ラミア達と和解のような物も出来た。街へ向かう為の最終確認を兼ねて呟くようにしながら荷物を鞄に入れていると、横から色々な物が握られた手が伸びてくる。
「ペトラの新作の薬、ナシ! 虫の抜け殻、ナシ! リザードマンの像、ナシ!」
「ええっ?!」
「そんなぁっ!」
「なぜだっ!?」
置かれた物を元々あった手に戻していくと、ルゥシアやゼルシュが不思議そうに声を出している。ペイトンは悲壮感を出している事から、自分の被害を俺に押し付けようとしたみたいだが……。
「ホリ様、マントをお持ちしました。洗濯もしておきましたから」
「おお、ウタノハありがとう。悪いねわざわざ、大変だったでしょ」
防水加工などの要因でついた汚れが中々落ちず洗濯が大変な品である彼女の手に握られていたファッサァマント。それをその手から受け取ろうとした時に伸ばしていた手を引いた彼女は次に、両手でそのマントを拡げてきた。
「えっと……?」
「さぁ、どうぞ」
このまま着ろという事だろうか? まぁ、いいか。
普段このマントを着る機会は少ない、それでもこちらの世界にやってきてからお世話になり続けているアイテムだ、最初の頃に比べて着るのにも手慣れた物だ。
着用し終えるとマントのあちこちを手で確かめるようにしているウタノハは笑顔を浮かべて強く頷いた。
「私ではちゃんと確認はできませんが……、大丈夫そうですね」
「何だかあれだね、新妻みたいだねウタノハ」
「ホァッ!?」
憧れだったなぁ、朝スーツの襟元やネクタイのチェックをしてもらう奴……!
『あんなのは新婚の最初だけか、ドラマやアニメの世界だけだぞ』と結婚をしていた友人が涙ぐんで言っていたっけ……。
友人の言葉を懐かしみ、ふと視線を横に立っていた女性に向ければ特徴的な紅い肌がより赤く……。おやおや?
「ほ、ホリ様ッ! 新妻というのはふぉごっ!?」
「ウタノハちょっと話が有る。こっちへ来て貰うぞ、拒否権はない」
「フフ、オ・ハ・ナ・シしましょォ?」
「あっちなら人はいなそうね。モォ、油断も隙もないわね」
何かを言い出そうとした彼女はその言葉の途中で三方向からがしりと抱き着かれ、そのまま運ばれて行ってしまった。取り敢えず、手を合わせておくか。
「さて、と色々あったけどこのまま出発かな。ペイトン、後の事は任せたよ」
「わかりました。ホリ様、ホントにコレ、いりませんか……?」
彼の手に握られているペトラの新作、薬草丸薬。
新たに作られたソレは、先日渡された物よりも臭いがキツイ。
製作者曰く、スライム君が忙しそうだったから自分なりに改良を施したらしいが、飲んだら確実に意識を失うシロモノ。
試しにとリザードマンの眼前に持っていくと猫が臭い物を嗅いだ時に見せる顔を硬直させる現象のように尻尾を硬直させ、その場から動けなくなってしまうという破壊力を見せている。
リーンメイラ達ワンコに至っては既に安全な場所まで避難しているし……。
「それはまずポッドの根元に埋めて反応を見よう。変な声を上げる以上の反応を見せたら、俺の権限で使用を禁止する。若しくは仕事をサボった奴か敵に容赦無く盛れ」
「わかりました、ホリ様の命令では仕方ありませんね。そうします!」
ペイトンが何か敬礼のようなポーズをして叫ぶと、周りにいた者達に緊張が走った。
ペトラの薬草はどうやら、サボり癖も治してくれるみたいだ。ダ〇ジョーブ博士かな?
「よし、それじゃあ皆行ってくるよ。頼んだよ」
「イッテラッシャイホリ様、気ヲツケテネ!」
「オ土産、期待シテマスネ!」
「お気を付けて!」
思い思いの言葉をくれる彼らから離れ、ペトラの新作の臭いで少し離れた場所に移動していたカーリン達の元へと向かう。
「もういいのか?」
「うん。あっ、最後に拠点の中の亜人達の家に行ってくれる? マリエンが面倒を見ている子の様子も見ておきたいんだ」
「わかったわ、それじゃあ行きましょ」
カーリンは俺の前で一度伏せるようにして顔でふいと自分の背を示した。
いよいよ始まる、ジェットコースターの道のり。怖いなぁ、とはいっても今更断るのもアレだからな……。
「それじゃあ行くわよ」
「お手柔らかに……」
「フン、行くぞ!」
まずは軽く、という感じで駆け出した彼女達。
それでもやはり俺が走ったりするのとは比べ物にならない速さであっという間に拠点内部の猫人の家に到着すると、家の前に置かれた鉱石のベンチに腰かけているヒューゴー達の姿が見え、彼らの前でカーリンの背から降りるとマリエンが駆け寄ってきた。
「おはよう、二人共。コーヌさんもおはようございます。体調の方は大丈夫ですか?」
「おはようございます! ホリ様!」
「おはようございます」
「ァ……ィ……」
すぐ傍にやってきたマリエンの頭と耳を撫でつつ、コーヌの様子を見てみると先日よりも多少は顔の血色も良くなり、こちらの言葉に応じられる余裕も増してきた。
しかしポッド曰く、喉の方は少し治るのに時間がかかるという事でまだ満足に話せない。それでもこうして持ち直してきている彼女を献身的に支えてくれているマリエンとヒューゴー達やパメラには感謝だな。
「コーヌさん、私は少しの間、ここから離れていますので何かがあったら気兼ねなく誰かに言ってくださいね。マリエン達もそれを望んでいるでしょうから。マリエン、ヒューゴー、任せたよ」
「ゥア……、ィ……」
「ハイ! 頑張りますよ!」
「ホリ様、充分に気を付けて下さいね」
最後に三人に手を振って、カーリンの背に戻ると彼は静かに立ち上がりそのままゆっくりと走り始めた。
「んほぉぉぉぉぉぉおおおっ!!」
「ポッド、枯れないよなぁ……」
徐々にカーリンの駆ける速度は上がりペイトン達に一服盛られたのであろう大木が激しく揺れて叫んでいるのを横目に拠点を出発したのだが、やはりカーリン達の乗り心地は怖かった。
途中こちらが返答する余裕がない中で決まってしまった彼ら独自の最短ルート、木々の中をすり抜けるように走り出した時は色々と心の汗が噴き出してしまった。
その甲斐? もあってか、想定以上に早くグスタール近郊の森までやって来る事は出来た。出来たのだが……。
「ホリ、大丈夫? ごめんなさいね、ちょっと楽しくなっちゃって」
「大、丈夫じゃない……。叫びすぎて喉が……」
「全く、背中に乗っている時にああ叫ばれてはたまったもんじゃないぞ」
鞄から出した水筒の水をゆっくりと飲みこみ、大きく息を吐いて俺の身を案じてくれているフロウの顔を撫でて気を紛らわせていると彼女達もゆっくりとその場に体を落ち着かせたので、一度休憩してもらうとしよう。
「はい、二人共。いつもの奴」
「ありがとう、頂くわね。あら? こっちは……」
「以前に母上が食べていた奴だな」
スライム君の用意してくれたおやつに舌鼓を打っている最中、森の中だというのにここは人の里から近いからか魔物や動物、虫も少ないのでゆっくりと休める。
更にカーリンとフロウが物音に気を配っているので、万が一にも人に見られる事も無さそうという事で完全にリラックスをさせてもらっているが、おやつタイムを終えて程無くするとカーリンが立ち上がった。
「ホリ、我らはそろそろ戻る。ウタノハがもし背中が汚れたらフロに入れてくれると言っていたしな。早く戻ってやってもらうとする」
「気を付けてね。私達はこの先にあるっていう人里に行った事はないけど、そっちから色々な匂いが流れてくるから迷う事もないでしょ?」
「俺は君達程嗅覚が良くはないんですが……。まぁ、何度も通った道だし心配はいらないよ。カーリンもフロウも、ありがとうね」
カーリンと、それに続いて立ち上がったフロウの鼻先を軽く撫でて別れを済ませると彼らは一度視線を交わしてそのまま走り去っていった。
次にここで落ち合うのは二日後の昼、迎えに来てくれるのが誰かはわからないが是非ケンタウロス達に……。いや、乗せてもらう身なのだから選り好むのも失礼か。
「さて、行くとしよう」
周囲に誰もいない森の中、カーリン達がいなくなった事で少し緊張もするが人が通りやすいように切り開かれていたり整理された道のような物があるので問題も無く抜ける事が出来た。
やはり街から近いから定期的に動物などを間引いたりしているのか? 拠点近くの森と違って何かに遭遇するような事もあまりないし……。平穏ってステキ。
時間もそれ程かかってはいないが、街の外でゆっくり出来る程強者でもない。急いで街へと向かおう。
魔物や野生の生き物の脅威がないとはいっても、次に怖いのは人間だ。野盗になんて絡まれたら命がいくつあっても足りないからなぁ……。
「お、いつもの丘が見えてきた。あともうちょい……」
なだらかな坂を歩き、その小さな丘を踏破すると遠くの方には何度も訪れた街の姿。遠目からでも分かるほどに栄えている大きな街を見ると少し安心するなぁ。
この大陸の地図と、この近辺の地図欲しいなぁ……。
「ウタノハに地図作って貰う……はダメか、無理に眼の力使いすぎて倒れそうだ……。うーん、何とかならんかなぁー」
遠くに見える街を眺めながら歩く緩やかに続く下り坂、車と言わないまでも自転車が欲しくなるこのもどかしさ。街までは近いようで遠い、それでもカーリン達のおかげでまだ明るい内に到着できるな。
少しだけ滲む汗を拭いながら歩き、水筒の水を飲み込みながら歩く、只管歩く。
そういえばこの道はいつも走っていたりして景色を見る余裕が無い事の方が多いが、こうしてみるとあちこちに人の手を感じるな。
歩きやすさという点では、うちの拠点もこうして一度整備をした後に出来れば舗装をしたいけど、攻め込まれるという事を考えたら悩ましいところだし……。
「ん……?」
流石商売の街、俺が通ってきた丘の方に幌を張った荷馬車の姿が見える。
ゆったりとしたペースで坂道を下って来ているその姿を遠巻きに見て、情緒があるなーと思いながらまた前を向いて歩いていると慌ただしい足音が聞こえてきた。
先程の荷馬車がもう来ているのかな? やっぱり馬って速いんだな……。
道の中央から横に、馬車が通れるように脇に逸れて歩いていると蹄の音がどんどん強くなりけたたましい車輪の音が響いてくる。
先程まで歩いていた時には感じられなかった騒がしさに、人のいる場所へやって来れたという安心感に包まれるが荷馬車を運転している御者台のおじさんが走り抜けながら血相を変えてこちらへ叫んできた。
「おい兄さん!! 後ろ、後ろ!! 魔物来てるぞ!!」
「はっ? ハァッ!!?」
一度後ろを振り返ると、以前ゴブリンの大発生の時に見たイータルヴォルフと呼ばれる醜悪な顔をした四つ足の犬のような魔物。
それが数頭、凄まじい勢いでこちらへ走って来てその牙を剥き出しにしている。
「ちょ、まじか!」
「兄さん早く逃げろー!!」
おじさんの叫びを聞くまでもなく、迫り来る生物から脱兎の如く駆けだしている俺は前を走っていた馬車に続くようにして街道を激走していた。
いざ、という時の為にあの魔物の顔にぶっかけてやろうと、一本の水筒をまるでバトンのように握り締めて走り続けていると気付けば街は目前。
後方を確認するような余裕はないが、あと少し行けば何とかなる筈と思っていた時に前方からがしゃがしゃという金属音と共に、いくつかの影が前を行く馬車や俺と入れ違いに魔物へと向かっていった。
それが人だとわかったのは一度足を止めて後ろへ振り返ってから。グスタールの衛兵と思われる彼らは数頭の魔物の前で大きな盾を構え相手を牽制するように対峙している。
その内の一人にイータルヴォルフが飛び掛かるとその構えていた盾でそれを受け止め、その飛び掛かる勢いに負けじと叩き返した。
「ヌォォォオラァ!」
魔物を盾で弾き返した衛兵とはまた別の衛兵が、お返しとばかりに鈍く光輝く剣を大きく叫びながら振り抜くと、相手の魔物の横腹に致命傷と思われる一撃が入る。
その攻撃によって激しい血を噴出しながら倒れた仲間を見て、すぐさま他の魔物達は来た道を戻るように逃げていった。
「おい、兄さん! 大丈夫か!?」
「おー、おじさん大丈夫だよ! ありがとー!」
馬車の御者台から顔を覗かせているおじさんに無事だと手を振り言葉を返しながら、こちらへ歩いてくる衛兵達を見ていると、その内の一人が俺の方へ持っていた盾を掲げてきた。
「おっ! いつかの田舎モンじゃねえの! なーんだ、追われてたのお前か!」
「また街へ来たのか? まぁ、何事も無くてよかったな。おい、馬車乗ってるお前、ヤツラはどこから沸いてきた?」
いつもこの街の入り口の門で入国審査をしている馴染みのある顔二つに声をかけられ、彼らと共に残り僅かな街までの道中を話しながらついに到着したぞグスタール!
「ふーん、それじゃあ街道の横にある森の中から飛び出してきたアイツラに追われてそのまま逃げてきたのか」
「はあ……、あんな場所でいきなり出てくるなんて初めてだったもんで。焦りましたわ」
取り調べのように事情を聞かれているおじさんの話を盗み聞いてはいるが、どうやらあのイータルヴォルフ、街道付近に出てくる事はまず稀で、この周辺では森の奥まで行かないといないらしい。
「なんでそんなのが、俺の馬車のすぐ近くに来るんだろうなぁ……。生きた心地がしなかった」
「うーん、そうだなぁ。あいつらがそういう行動する時はゴブリンが乗ってたり、後は……、ああ何か自分達より強い獣や魔物が近寄ると、大移動するらしいぞ」
「ヴぇっ?」
髭面の門番さんと二人でオススメの飲み屋の話を聞いていた時に耳に入ってきた情報につい変な声を出してしまった。
「すみません、安心したら力が抜けてしまいました」
「お、おう……。田舎モンは変わってるな……?」
変な目で見られつつ、入国審査の色々をやっているがもしかしてあの魔物連中、カーリン達に反応して逃げていた訳じゃないよな……?
「んまぁ、この街の中は安全だから安心しろよ。今回はどれくらいいるんだ?」
「そうですね。えっと、明日一日滞在してその次の日の昼頃には村に戻ろうかと。結構な数の住人が新たにやってきたので、彼らにお酒でも振る舞いたいですし」
「そうかい、順調そうで何よりだ。それじゃあ、いつもの通行許可証な」
提出しておいた入国審査の紙、新たにハンコが押された通行証を貰う。
隣にいた馬車のおじさんはまだかかるようなので、お互いの無事だった事を喜び合いながら一足先に街へと入ると久々に味わう活気。
拠点の方も今ではここに負けないくらいの勢いを感じさせるが、絶対的な差の人の数が生み出す熱気は街の入り口に居ても十二分に感じられる。
空を見上げてみても、日暮れまではまだまだ時間がある。今からでも仕入れに動くとしよう。その為にもまずは……。
「お、あったあった。何か久々って感じがするなーってあれ?」
いつも通る道、いつものエリアを抜けていつもの宿へ、と街並みを楽しみながら歩いていると目的の宿の前で少し違和感が。
以前はどちらかといえば男性の、行商人といった様相の人が出入りしていた印象の強い宿の前には意外にも若い女性の姿。それも何人もの女性達があれこれと話をしながら列を成している。
「あらら……? あの可愛い看板娘の子がいなくなって、イケメンでも受付にしてんのかな? そしたら宿変えるとするか」
我ながら清々しいほど現金な理由だが、あの子のおかげでこの街でうまくやってこれたという面もあるしなぁ……。
「はいはーい! お次のお客様、どうぞー!」
俺が抱いていた小さな不安のような物をかき消すように、元気な声が響いて宿の入り口から元気に顔を出した看板娘の姿が見えた。どうやらこの行列は食堂の方へと伸びている様子なので、宿泊目的だがこの列を割り込んでいくのもアレだしこのまま並んでおこう。
並んでいるのも女性が多い、そして中から出てくるのも女性。
口々に何か「美味しかった」と笑顔で言っているのが聞こえた事から、どうやら女性受けのする何かをあの可愛げのある親父さんが発明したのだろう。
もしかしたら宿泊したらそれが楽しめるかな? 期待しておいて良さそうだ。
俺の前にいた女性達が中へ入り、暫くするとまたも食堂のある方から忙しなくやってきた看板娘と目が合ったので頭を下げて挨拶をすると彼女は何か信じられない物を見るようにして、手にしていたお盆を落とした。
「おばけだぁー!!」
あれはいつだったか、魔王が愛する娘に同じ事を言われて大層傷ついていたな。
魔王様、今なら貴方の気持ち、わかります。
※長くなったのと前回分と分けました※




