冬の迷子娘ー彼の家はどこ?
クリプロ2017参加作品です。
”まもなく細矢です”
車内にそっけないアナウンスが流れた。本当にここでいいのかな?
私・桐谷奏は、釧路から千波尻市行の普通列車に乗ったけれど、不安になってきた。
なぜなら、物置のような小さな駅舎、右側は雪と裸木だけの丘。左側がホームで、見渡せば広がる雪原、遠くに家がポツンと見える。あれが、彼・谷塚 健二の家なのかもしれない。
勇気を出して降りたが、バスもタクシーも駅前にないのに唖然とした。最悪、タクシーで彼の実家、北海道 釧路市細矢町字細矢番外地に連れて行ってもらおうと思ってたのに。
雪にうまりながら強引にキャリーケースをひっぱり、一軒だけポツンとある家を目指した。ブーツのピンヒールが雪道にささって歩きづらい。四苦八苦してるうちに、転んえしまい体は雪まみれ、片方のヒールが折れてしまった。これってなんかの試練?
*** *** *** ***
健二とは、同じ看護大学の学生の時からの恋人で、卒業してからは仕事で忙しく、ラインやメールで話したり、月に一度位だったけどデートも。私の中では恋人だった。
大学時代は、頭のいい彼にレポートを手伝ってもらっり、実習の愚痴を聞いてもらった。働きだしてからは、最先端の看護のあり方を教えてくれたり、手順の飲み込めない医療機械に私が苦労してると、手順早見表を作ってくれた。
彼は私と違って論理的で頭がいいので、かなり助けてもらった。さりげに助けてもらってばかりだったんだ。
雪道をノロノロ歩きながら、今までの事が頭の中に浮かんで来る。
彼が突然、”実家の市の病院に勤める事にした。母親が体調が悪いんだ。”と切り出してきた。びっくりしたけど、その後、”一緒に来てくれないか”と小さな声で言われた時には、飛びあがるほどうれしかった。あの時、すぐについて行けたらよかったのに。
私は東京生まれの東京育ち。両親は私の北海道行に猛反対。勤めてる病院もすぐには辞められず、彼が実家へ帰ってから9か月はたったろうか。私は彼に会いたくて限界になった。両親には黙って、勤め先を平謝りして辞め、ここまで来た。
彼に会いたい。もう一度声が聞きたい。
釧路市。市だから大丈夫だろうと気軽に考えてたけど、それは黒蜜より甘かった。一軒家につく頃には、私は体が冷えてしまってた。
「はい、どちらさま?」
「あの、番外地の谷塚さんのお宅は、どこにあるかご存じでしょうか」
「番外地なら、この道を右に曲がって山をぬけた所だけど・・」
一軒家は”曽我部”さんという家。玄関の表札を見てガックリきたけど、このままじゃどうしようもない。曽我部さんに彼の家の場所を聞いてみたのだ。曽我部のおばさんは、とてもやさしそうで、雪まみれの私を心配しながら教えてくれた。
「あの、バスは・・」
「あそこはバスが通ってないんですよ。ごめんなさいね。歩くと1時間くらいかしら」
絶対無理、死ぬから、凍死するから。
憔悴した私を気の毒に思ってくれたのでしょう。奥さんが、電話帳で谷塚という名前を調べ、家の電話で連絡してくれた。しかも車で送ってくれる事に。
私は何度も頭を下げた。涙がでるほど人の親切が身に染みる。
20分ほどで ”細矢番外地”につくと、何軒か家があり、そのうちの一軒に曽我部の奥さんは車をとめた。
「こんにちは、谷塚さん?この娘さんが、谷塚健二さんを探してるんだけど」
「健二なら、今、牛舎におるけんど、すぐかえってくるべ。本町の曽我部さん、お客人を送ってくれてすまねえ。ま、家さ上がってくれ。茶 入れっから。」
あ、自己紹介しないと。人は第一印象が大事、笑顔を忘れずに。
「はじめまして、私、桐谷 奏って言います。大学時代から健二さんの友達で。すみません。連絡もなしに来てしまって。」
「奏ちゃんって、あんたの事か?やあ、健二から話しは聞いたけど、ここまでよく来なすった。」
曽我部の奥さんを見送ったあと、私は牛舎にいる健二さんに会いに行った。
牛舎って、牛のいるところよね、多分。4棟ある1つに入ると、驚かれて”ブモォー”と、何頭もの牛にブーイングをあびせられた。
ちょっと怖かった。牛って声も体も大きい。彼がいた、通路の真ん中あたりに。
私は牛の不満の声もスルー。健二に向かって走り、そのまま抱き着いた。
「お嫁さんにしてください。お願い」
「もちろん。僕もうれしくて飛び跳ねたい気分。でも、寒いよ、釧路は。」
大丈夫。と大きくうなづいた所で気が付いた。臭い!
「ごめん、コートに牛糞ついたかも。僕の手袋、少し汚れてた」
彼に会うのに新調したコートに、茶色のシミが・・
まあいいか。無事に出会えてうれしいし。
話しはつきなかった。これまでの事や、彼の今までの事。彼は、普段、釧路市街にいて、今日はたまたま、クリスマスで用事で不在の兄のピンチヒッターで、実家に戻ってたとか。
私は牛が見つめる中、クリスマスのプロポーズ。ロマンチックというより、ミッションクリアしたような気分だった。