七色小鳥と流星群
水色の紙飛行機がふわりと窓から入ってきて、音もなくベッドに着地した。閉め忘れた窓から春めいた風が流れてくる。ぼんやりと暖かくて、微かに花の匂い。水色の紙飛行機が風に揺られて、音もなくカーペットに落ちていった。
窓辺から外を眺めていたら、ちょうど私の家を尋ねに来たパニカさんが見えた。パニカさんも私に気付いて大きく手を振っている。今日のパニカさんはずいぶん機嫌が良いみたいだ。パニカさんは機嫌によって増えたり減ったりする。今日のパニカさんは5匹もいて、一様にみいみい鳴きながら手を振っている。私も笑顔で手を振りかえした後、窓辺に腕をついてパニカさん達の様子を眺めた。
パニカさん達は神妙な表情になり、一糸乱れぬ動作で円を作った。瞼を閉じて集中し、やがて両手をパタパタさせて踊る。雨乞いの儀式である。ゆっくりとした動作で回り始め、時折転んだりしながらも粛々と儀式は続いた。空気が澄んでゆく。10数分ほど儀式は続いたが、空は雲一つない快晴のままである。パニカさん達は残念そうに「みー」と鳴き、私も少し悲しくなって「みー」と鳴いた。
5匹のパニカさん達はふわりと浮かび上がって、そのまま空に帰ってゆく。私は手を振って送り出した。ちっこいパニカさん達が、ますます小さくなって空に昇ってゆく。私はパニカさん達が見えなくなるまで手を振り続けた。
白い角砂糖を10個。慎重に慎重に、お皿の上に角砂糖の塔を作る。10個で一つの塔になる。もう出勤して1時間になるというのに、私はまだ2つの塔しか作れていなかった。不器用な自分を残念に思う。
カボチャさんは、焦らなくてもいいよ、と言ってくれたが、私自身が納得していない。お勤めはしっかり果たさなければ。そんな私の様子を、カボチャさんはカウンターの向こうでハラハラと見守っていた。
リンッ、とお客様来店のベルが鳴る。一つ目のオバケがふよふよと来店した。丸い体で、窮屈そうにドアを潜る。私は塔を作るのに忙しいので、お客様への対応はカボチャさんがしてくれた。店内にブレンドコーヒーの香りが広がる。サンドイッチなら私の出番だったのに。残念に思いながら引き続き塔を作った。
リンッ、と来店のベル。いつもは閑古鳥が鳴いているのに、今日はお客様が多い。全長1メートルくらいのヒヨコが、ぴよぴよと群れを成して来店した。黄色い毛玉達は店内のほとんどの席を占領して、そして全員コーヒーだけを注文した。また私の活躍の機会は無く、おとなしく隅っこで塔を作る。カボチャさんが楽しそうにコーヒーミルを回していて、私はじっとりとした視線でそれを見た。
ヒヨコたちはコーヒーに舌鼓を打ちながら、せわしなく拳銃をいじっていた。これからカチコミにいくのだろう。ぜひ頑張ってほしい。私も頑張る。そう決意した私は引き続き塔と向かい合おうとしたが、急にグイッと腕を引っ張られた。せっかくの塔がばらばらと崩れていく。かなしい。
ふと横を見れば、黒髪の少女が私の腕を掴んでいた。顔も見えないし服もよく分からない。けれど、黒髪をポニーテールにしているという事だけは分かった。黒ポニさんは私を強引に立たせると、スタスタと店の外へ連れてゆく。私は困惑してカボチャさんに助けを求めたが、何故かカボチャさんは手を振って私を送り出した。カボチャさんだけではなく、他のお客様も手を振っていた。勤務時間なのにいいのだろうか。黒ポニさんは脇目も振らず街を横切っていく。腕を掴まれたままの私もおろおろ着いていく。
私は赤いオープンカーの玩具に乗せられて、行先も分からぬまま輸送されてる。大きさは本物の車と変わらないのに、至る部分がチープで玩具染みている。ハンドルの無い運転席に黒ポニさんがいて、私は助手席でおろおろしている。乗車中もずっと私は腕を掴まれていた。デパートの中のような、商店街のような、そんな景色の中を赤い車は突き進む。
どのお店もクリスマスの日みたいに華やかで、お客もみんな楽しそうで、でも私はそのお店に行けないのが悲しい。黒ポニさんは私の話を聞いてくれないのだ。楽しげな風景がテレビ越しのようで、決して入り込めない場所のようで、私はどんどん悲しくなった。
七色の小鳥が夜空を舞う。巨大な無数の惑星が私達を見下ろしていて、その惑星群の影響か夜がずいぶん明るい。星の瞬きが呼応するように光り合う。仄青く光る稲穂が地平線の遥か先まで広がっている。360度の地平線。私は背が低いせいか、稲穂が胸元まで伸びていて歩きにくい。私より背の高い黒ポニさんは稲穂を気にせず、ずんずんと進んでいく。私の手を握り、けっして離そうとはしない。
宙を回遊する魚たちが私の元に集まっては、黒ポニさんが散らしてしまう。私は黒ポニさんに嫌われているのだろうか。稲穂のさざめきと、小鳥の歌声が夜空に響く。
稲穂畑を抜けて、巨大な湖に辿り着いた。黒ポニさんは少しだけ歩みを遅らせ、それでも止まる事無く歩き続ける。波の無い静かな湖の上を、足音鳴らしながら歩いていく。自動的に私も湖の上に来たが、足の裏の感触はコンクリートみたいに硬質なものだった。こつんこつんと音が鳴る。
宙の惑星群が湖に映り込み、まるで宇宙を歩いているみたいだった。青白い流れ星がいくつも流れて、その度に世界が明るくなる。私達は流星群の中にいる。とても綺麗な場所だけど、私はこれ以上先へは行きたくない。私の右手は黒ポニさんが握ったまま。少し抵抗して体重をかけてみたけど、何事もないように黒ポニさんは歩き続ける。引きずられて、すぐに抵抗をやめた。
やがて門に辿り着く。巨大な門だけが宇宙の中にぽつんと佇んでいる。目を細めてみたけれど、門の奥には何も見えない。光も闇も無く、ただ、何も見えない。その場所について、やっと黒ポニさんが手を放してくれた。私はそこで、ただ茫然と立ち尽くして動けない。門の先へは行きたくなかった。あの街に戻って仕事の続きがしたい。だだっこみたいに動かなくなってしまった私を、黒ポニさんは軽くチョップした。ぽふっという感じだった。私は額を押さえて黒ポニさんを睨む。
ふわっとした感触。視界が何かに覆われた。
抱き着かれた、という事に気付くまで少し時間がかかった。困惑して固まる。いつの間にか、黒ポニさんはしゃがんだ状態で私を抱きしめていた。知らぬ間に私はずいぶん幼い姿になっている。モミジみたいな掌。黒ポニさんから伝わる体温。何故だか郷愁の念が浮かび、私は暫くの間そのままでいた。
ぶかぶかになった服を引きづりながら門へと歩く。見送る体勢でいた黒ポニさんに肩を叩かれて振り返った。何だろうと窺うと、黒ポニさんに一本の短剣を渡された。仄かに青白く光る、水晶製の綺麗な短剣。幼い姿になった私には少し大きくて、小さな両手でしっかり受け取る。
何度も後ろの黒ポニさんを振り返りながら、何度も行きたくないと思いながら、私は門をくぐった。
ローテーブルに夕日が射していた。置きっぱなしの茶器の周囲にはお菓子が散らばっている。私はソファに座ったまま眠っていたようだ。反対側のソファにはパニカさんが転がっていて、ぐうぐうイビキをかいている。状況的に、朝食後のお茶会の途中で眠ったらしい。掛け時計を見て計算してみれば、9時間弱の二度寝。随分寝過ごした。
立ち上がろうとした時、頬から落ちた水滴が腕に当たった。また私は夢を見ながら泣いていたのか。よく覚えていないのに、未だ夢の残滓が残っているみたいで涙が止まってくれない。拭おうとして腕を上げてみれば、いつの間にか透明な水晶で出来た短剣を持っていた。青白く光っていて、ホッとする色合い。こんな高そうなもの、一体どこで手に入れたのだろうか。記憶を探るが思い当たらない。
未だ泣き止まない状態のまま、窓辺で軽く振ってみる。短剣の青白い光の軌道がきらきらと輝いた。小さな粒になって落ちてゆくその光が、まるで流星群のように見えた。