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私の居場所



 人にとって『自分の居場所』とはとても大事な事である、と私は考える。それは家であったり役割であったり心の在り方であったりと十人十色だけれど、人が前を向いて生きるためには必要不可欠な要素だと思う。自分の居場所が在るかどうかで心の余裕が大きく変わる。心の根底がそこにある。だからこそ人は自分の居場所を守るために必死になるのだ。故に私も今現在徹底抗戦の構えだ。


「私は悟ったのです。ここが私の居場所だと。そしておんもが怖いと。ゆえに私はここにぃ痛い痛いいたたたたたたっ!」

「昨日の事は謝るから!てか何でそこに挟まるのよ!ジャストフィットにも程があるわ!」


 パニカさんの力技によって私は自分の居場所から引き摺り出されてまな板の鯉となった。壁と箪笥たんすの隙間こそが私にとっての理想郷ユートピア。唯一のヒーリングスポットなのに。引っ張り出されて仰向けの状態で転がった私はパニカさんを恨みがましく見つめるも、パニカさんは悠然と仁王立ちしている。


「もう、広場にいけません……。私は前科一犯……。お天道様の陽の光を浴びる資格がありませぬ……」


 両手で顔を覆う私をパニカさんが優しく撫でる。


「あれはただみんなが勘違いしただけよ。わざとじゃないの。詐欺でもなんでもないの。みんな良い事をして気分がいいし、あたしたちも得をしたわ。それに、その勘違いを指摘したらみんな恥をかいてしまうわ?だからあたし達は口を噤まなきゃ。ね?」


 ね?じゃないが。パニカさんがどこまでも優しい声で詭弁を紡ぐ。朝を告げる丸鳥の鳴き声がぴーひょろ聞こえて、それに呼応するかのようにパニカさんのお腹がぐうぐう鳴った。仰向けで顔を塞いだままの私に業を煮やしたのか、パニカさんが私の手の上に本のような物を置いた。何故そこに置く。これでは逆に起き上がれない。間の抜けた空気におかげか、徐々に気持ちが落ち着いてきた。はぁ、とため息をついて、まずはどうやって起き上がるかを思案するのだった。




 転移者達から巻き上げてしまった食材の中から、足の速いものだけをキッチンに集めてうんうん唸る。野菜はサラダに、肉は塩コショウを振って適当に焼いた。そもそも私は料理なんかした事が無かったのだ。長い間コンビニフードに育まれてきた。おっかなびっくり果物の皮を剥きながら、テーブルに顔を置いてゆらゆら揺れてるパニカさんに言う。


「知ってのとおり、私はぜんぜん料理したこと無いんですよ?パニカさんは料理したこと無いんですか?」

「あたしは部族の掟で料理を作っちゃいけないのよ」


 ノータイムで嘘が飛んできた。私は騙されない。パニカさんも料理できないか、ただめんどくさいかのどちらかだと思う。無言の抗議でキッチンに木箱を置いた。パニカさんのお立ち台である。せめて手伝ってほしい。私の抗議を察したパニカさんは、こくり、と神妙な顔で頷き、そのままスヤリと目を閉じた。おのれ。


 出来上がった料理を、まあまあね、等と言いながらにこにこと頬張っているパニカさんを見て、つい頬が緩んでしまう。これが育児の楽しみか。何だかんだ許してしまうあたり、女児姿は本当にずるいなと思う。焼いて軽く味付けした何かの肉は、パニカさんの言う通りたしかにまあまあの味だった。美味くも無く、不味くもなく、である。ぼんやりとサラダを摘まみながら料理本の購入を視野に入れた。




 朝食の後はいつもソファに移動してお茶をする。毎日ソファに転がりながら紅茶をねだるパニカさんのせいで、自然とこういう流れが出来た。食事の世話をされている事に思う所があるのか、情報通なパニカさんは私に色んなことを教えてくれるのだ。迷宮の事や魔物の弱点。有用なスキルの事などを無知な私に叩き込んでくれる。でも、今日は普段と違い静かに本を読んでいた。パニカさんがあまりにも真剣な顔で読んでいるので、私も気になって覗き込んでみた。


「ん?シアも見る?月刊チュートの創刊号よ」

「漫画か何かですか?」

「生徒会発行の情報紙よ。まぁ、シアの言うとおり何故かマンガも載ってるみたいだけどね」


 ぺらりぺらりと小さい手でめくられるページには、街にできたお店や洋服の見本、そして迷宮情報などが載っている。フルカラーで随分本格的である。紙面の随所にかわいいイラストが描かれているけれど、これも生徒会の人が描いているのだろうか。次のページに行くと、打って変わっておどろおどろしく表現された見開きページが出てきた。疑問に思い、よく見ようとしたらパニカさんの手によりサッとページを変えられてしまった。


「あの、今パニカさんに似たイラストが載ってたような」

「気のせいよ」

「七つの大罪って書いてあったコーナーに」

「気のせいよ」


 気のせいだったらしい。


「ここよここ。これが見たかったのよ。超重要機密」

「固有スキルの情報、ですか」


 月刊誌に載るのだから機密でもなんでもないのでは。パニカさんが読むそのページには、他の転移者に発現したという固有スキルの詳細がいくつも載っていた。一定時間スキルのレベルを上げたり、竜や巨人の姿に変身したり、何処にでも温泉を作ったりと様々だ。転移者全員がいずれ目覚める特別な力。


「当たり外れデカいわね~。特定スキルの成長率を上げるってのが個人的に外れっぽいわ。最高はこれね!創造の力!記憶にある物を瞬時に作り出すのよ!」

「……あれ?でもこれ相応のお金を対価にするみたいですよ?パニカさん基本貧乏では」

「何言ってるのよシア。あたしはしっかり貯金するタイプなんだから。今だってほら、200円も……200円しかない!?」

「園児のお小遣いレベルじゃないですか!!」


 パニカさんが悲痛な面持ちで固まった。私はその残金の理由を察する。パニカさんは魔法を失敗するたびにパンツを焦がし、毎回女児パンツの中で一番高価で大人っぽい(?)パンツを新しく通販で買う。主な原因はそこにあると私は睨んでいる。いまのパニカさんに後は無い。もしもう一度魔法を失敗したらノーパン女児の誕生である。


 パニカさんが縋るような目で私を見る。パニカさんは自称成人女性だ。ノーパンは不味かろう。私はパニカさんにこくりと頷いた。


「しあー!とりあえず10万貸してー!!!!!」


 女児が泣きながら飛びついてきた。要求が図々しかったので華麗に避けたら、パ二カさんはボフッとソファに弾かれたあと空中大回転を経て床に落ちた。その後微動だにしない。心配になって様子を窺ってみたら気絶していた。私の家に静寂が舞い戻ったのでそのまま残りの紅茶を飲んだ。




 背の低い金髪女子中学生に変貌を遂げた私は、未だ自分の体形に慣れず何もない場所でよく転ぶようになってしまった。大事な局面ほどころころ転がる。日課なの?という頻度で転がる毎日だったが、そんな屈辱はもう終わりである。ふふ、と笑みが零れた。


  名前:アムネシア

  技能:軽業   1 NEW

     気配遮断 2

     索敵   1


 おそらく今私はドヤ顔を浮かべているだろう。でもしょうがない。【軽業】スキルが生えた。この【軽業】には脚力と身体制御力を上げる効果があり、そうそう簡単には転ばなくなったのだ。世界に向けて自慢したい。私はもう、転ばない。身が軽くなった影響か心が軽い。軽業が私に翼を授けた。


 跳ねるように歩く私の後を、生暖かい目をしたパニカさんがトコトコついてくる。パニカさんは時折おバカな妹を見るような目を私に向けるのだ。一言物申したいが、客観的に自分の姿を想像すると、そんな目になるのも仕方ないとも思える。それでも自然に足が跳ねてしまうのだからしょうがない。


 今日の迷宮1階層はどことなく人気が少ないように思える。みんな先へ先へと進んでしまったのだろうか。迷宮は深くなればなるほど魔物が強くなるけど、その分稼ぎが大きくなるのだ。先へ進むのも道理。でも今の状況はへっぽこな私達にはありがたい。


「スライム独り占めのチャンスですパニカさん。今日は私の軽業スタンプが炸裂しますよ」

「なにそれ弱そう。何にせよちゃんと前を向かないと転ぶわよシアちゃん」


 出来る姉モードのパニカさんが私をシアちゃん呼びした。薄暗い石畳の回廊に私の軽い足音と、パニカさんのコミカルな足音が鳴る。重いリュックサックから解放されたのもあるだろう。極貧姉妹詐欺で入手してしまったマジックバッグは私が持つ事になった。黒のショルダーバッグといった見た目のマジックバッグは、肩にかける紐の部分が調節できない仕様だった。それゆえにちっこいパニカさんが持つと地面を引きずってしまうのだ。中の物は劣化が遅くなるらしいので未だ野菜などが入りっぱなしだが、私とパニカさんの荷物が殆ど収納されてグッと楽になった。実にありがたい代物である。神棚に飾って拝みたい。


 左手に持つランタンが私達の影を壁に映した。華奢な少女とちっこい幼女の影。数日前までひとりぼっちだった自分を思う。いつもわいわい騒ぐパニカさんが近くにいるだけで、あっという間に私を取り巻く空気が華やいでいく。振り返ればパニカさんはエサを待つ雛鳥のように口を開けて待っていた。パニカさんのお腹がぐうぐう鳴る。ご飯を食べて間もないと言うのに食べ盛りにも程がある。私は苦笑いしながらバッグから携帯食料を取り出して、一つパニカさんの口に放り込んだ。今日はスライムを蹴散らして二人で豪華なご飯を食べよう。自然と短剣を持つ手に力が入る。


 【索敵】の反応に従って回廊を進む。1階層に人が少ないせいか、奥の部屋に群れの反応があるのだ。パニカさんに小声で伝えて、慎重に回廊を進んだ。


 やがて見えてきた突き当りの部屋は、天井が大きく崩れて日当たりが良い。キラキラと塵が舞う光の下に、軽自動車くらいの大きさの水袋が鎮座していた。見た事も無い大きさの巨大スライムである。よく観察してみれば、巨大スライムの体内に無数のコアが散らばっている。融合しているのではなくただ集まっているだけのようだ。


「パニカさん……!これでは、これでは軽業スタンプができません!」

「問題そこなの!?周りから削ればいいじゃない!」


 やはりパニカさんは頼りになる。ここは外皮に近いスライムコアを短剣で刺していくのが最適か。私は短剣を鞘から抜き、パニカさんは私のバッグをごそごそ漁り細身のナイフを取り出した。パニカさんのサブウエポンだ。でも、近接戦闘は私に任せてほしい。パニカさんの目を見てこくりと頷くと、パニカさんは心底不安そうな顔で渋々頷いて、杖に持ち替えていた。


 右手に持った短剣を水平に構え、ゆっくり巨大スライムへ歩を進める。まだお昼過ぎだけれど、それでも今宵の短剣は血に飢えている。姿勢をジャッカルの如く低くし、力強く地を蹴った。【軽業】のレベルはまだ1だけど、それでも凄まじく扱いやすくなったこの体に驚く。間違いなく足が速くなった。体が軽い。


 風を切るように疾走し、足元への注意が疎かになった私は石畳の段差に足を引っかけた。【軽業】の効果は凄まじく、身が軽くなった私はいつもより軽快にころころ転がった。


 二転三転した視界が、やがて一面の青になる。


 大量の水を吸い込んでしまった。息ができない。転がった私はスライムの群れの中に突っ込んでしまったようだ。粘着質な水が視界さえおぼろげにしてゆく。幸い下半身はまだ外だ。私はスライムの海を両腕でかき分けて、必死で脱出を図った。


「しあーーーーーー!!!!!!!」


 全身から放電しているパニカさんが駆けてきているのに気付く。助けに来てくれたパニカさんを見て、私は顔が青くなった。スライムの体はほぼ水なのだ。雷はスライムの弱点だと思うけど、今はまずい。ぜったいよからぬ事態になる。増々必死でスライムの体内をかき分けたが、それより先にパニカさんが到着した。発電を強めたパニカさんが私の元に飛びついてきたのを最後に、私は意識を失った。




 さわさわと木々の揺らめいた音がする。ゆっくり目を開けると、強い光が視界を覆った。その光が目に痛くて、すぐに瞼を閉じた。小さく小鳥が囀る声。ここは何処だろうか。私は薄暗い迷宮1階層にいたはずだ。


「目が覚めましたか?」


 落ち着いた女性の声が聞こえる。その声は随分と近くで聞こえ、おそるおそる目を開けた。黒い髪を後ろで纏め、柔らかい微笑みを浮かべた美人が横たわる私を眺めていた。一瞬、これも夢だろうかと考えたが、むくりと体を起こして辺りを見回し、夢じゃない事を知った。ここは1階層のセーフエリア。巨木の間である。


「そちらの子も大丈夫ですよ。まだ眠ってるみたいですけど」

「あ、一応アタシが【光魔法】かけといたから怪我とかは残って無いと思うよ!安心して!」


 巨木の根に腰掛ける黒髪女性の背後から、茶髪の猫耳女性が顔を出した。黒髪さんの言うとおり、パニカさんは私のふとももに抱き着きながらすやすや寝ている。よくよく記憶を探れば、私を助けようとしたパニカさんがスライムも私も巻き込んで自爆魔法を放った。そして気絶した私達をこの女性たちが拾ってくれたのだろう。手当までしてくれたらしい。やさしさが心に染みる。


「あの、ありがとうございます……」

「いやいや、いいって事よ。あ、二人の周りに散らばってた魔石はそのバッグに入れてあるからね」


 元気なお姉さん、といった様子の猫耳女性が言う。手当してくれた上に魔石まで拾ってくれるとは。何かお返しをしなくては。


「いやーしかし、1階層でボロボロになって倒れてる人初めて見たわ。まさか、スライムに負けちゃったの?」

「こら。そういう事は言っちゃ駄目ですよ。状況によっては、その、スライムも強敵になりえるかもしれませんし」


 くらっと視界が揺れた。私はまたころころ転がって、成すすべもなくスライムに飲み込まれ、パニカさんごと帯電した。大敗であると言わざるを得ない。黒髪さんのやさしいフォローが一層心に突き刺さる。私は奈落の底までテンションが落ちたまま始終お辞儀を繰り返した。お礼に差し出した魔石は受け取ってもらえず、代わりに激励されながら頭を撫でられまくった。チュートリアル島最弱決定戦優勝。固有スキル【ドジっ子】。よだれを垂らしながらすやすや眠るパニカさんを背負い、沈んだ気分のままのろのろと帰路に就いた。




 人にとって『自分の居場所』とはとても大事な事である、と私は考える。何故なら、自分が帰る場所があるからこそ人は旅が、挑戦ができるのだと思う。

 私が思う自分の居場所とは、自分を見つめなおす場所、静寂空間クワイエットスペース。世俗の全ては良し悪しも無くいずれ流されてゆく。私は静かな気持ちで壁と箪笥の隙間に挟まっている。


 心配したパニカさんが何か言いたげに口元をもにゅもにゅさせながら私を見ている。唯一雷耐性の無いパンツを焦がしたパニカさんは、今やすっかりノーパン女児である。私は隙間に挟まったまま石版を呼び出し、ひよこプリントの女児パンツを買ってあげた。いそいそと穿いたパニカさんは、引き続き私を見つめ続ける。 パニカさんも挟まりたいのかなと思い、体育座りから正座に変えて膝をぽんぽんした。パニカさんも一緒に挟まった。二人ぼっちの静寂空間。


「……割と落ち着くわねコレ……」


 パニカさんがぽつりと言った。



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