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新たなる道を見出す自称姉

※パニカ視点




 あたしは内心焦っていた。あほ可愛いシアが急激にパワーアップし、戦闘中のあたしはいつもフォローされる側になってしまった。このままではいけない。あたしTUEEEして「流石ですお姉さま」と連呼されるのが密かな野望だったのに、今では怪我ひとつ許さないほどに過保護に守られる溺愛系だ。いや、それも案外悪くないと思うのだけど、でもそんなのは姉のプライドが許さない。あたしは、ふんっ、と鼻を鳴らして腕を組んだ。


「はぁい。これが【魔導】についての報告書」


 机の対面に座るうし乳が数枚の紙を渡してきた。その際、チュートリアル島最高峰と謳われる巨乳がぶるんと揺れて、周囲に座る男性部員の視線が集中した。そのおっぱいに針を刺したら破裂するかな、と益も無い事を考えながら受け取る。


「何よ。報告書って枚数じゃないじゃない。三枚って」

「それは仕方ないのよぉ。そもそも魔導持ちは希少だし、チンちゃん含めて4人しかいないんだから」

「パニカよ。あたしの名前はパニカ。『落雷女帝』パニカよ」


 いそいそと報告書を読み始めたあたしの姿を、うし乳はため息つきながら見守る。詠唱して放つ通常の魔法とは違い、イメージを乱暴に具現化して放つ【魔導】には謎が多い。独創的かつ消耗の激しい【魔導】の力は、どこかシアの固有スキルに似たものがあり、だからこそ、よけいに悔しいものがあるのだ。今の所その嫉妬心は毎朝シアのほっぺをつねる事で解消しているが、なんとかせねばなるまいと思っている。


 他の魔導持ちの報告書には端的に言って碌な事が書かれていなかった。【魔導】の使用感はそれぞれ異なっていて、『イメージ』という単語ばかり無駄に羅列されている。空中で脱糞するような気持ちって何だ。最終的に気持ちよくなるって何だ。ふざけてるとしか言いようが無い報告書に憤慨してうし乳を睨み付けたが、うし乳は渋い顔で首を横に振った。あたしは、ふんっ、と鼻を鳴らして続きを読む。


 うし乳は自分の茶色いくせ毛をいじりながらあたしを眺めている。というか、監視している。何かやらかさないか心配なのだろう。マジカ・マギカの部長としての責務か、あたしの一挙一動を警戒し続けている。でもそれは杞憂だと声に出して言いたい。


「ねぇ、うしち……部長。そんな災厄の芽を見るような目はやめてよ。あたしは小心者なのよ?ここに来るといっつもイジメられて、悲しさゆえにパニッシュメント・グラビティーなのよ」

「私の中の『小心者』の概念を覆さないでよぉ。パニカちゃん見て、周りを」

「?……みんな真面目な部員たるあたしを微笑ましそうに見てるわね」

「パニカちゃんの心はオリハルコン製なの?」


 魔法塔の広大な室内を見渡せば、多くの女子部員は殺気を孕んだ目であたしを睨み付けている。どいつもこいつもあたしがざまぁした奴だ。あたしはワザとらしくメモ帳を取り出して、睨んでいる女子部員の顔を確認しながら名前を書き込んでいく。とたんに顔面蒼白になっていく様が面白い。ざまぁ。第2部出版決定。うし乳と男子部員は対岸の火事ゆえに苦笑いするだけ。


「もう許してあげたらどうかしらぁ。あれだけいろんな秘密をバラされたんだもの。反省してると思うわ~」

「なに言ってるの?あれが反省って面?あたしは魔法を乏しめられた挙句にちんちくちんちくイジメられたのよ?奴らは一匹の復讐鬼を作り出したのよ」

「え……?最初に挑発したのはチン……パニカちゃんだったと思うけど……」

「丸っとサッパリ記憶にないわね」

「む~~~~!!!むむ~~~~~~!!!」


 部屋の隅で捕縛されてるエセツンデレ貴族令嬢、否、妖怪ムネナシが呻く。椅子に縛られた挙句に対魔結界に囲われるという豪華仕様。堪忍袋の緒が千切れ飛んだのか、顔色がドス赤く変貌していて正直引く。


「……で、パニカちゃん。一体ローズに何したの?解き放てばすぐにでも火の海になりそうなんだけど……」

「んぅ?別にあたしは何もしてないわよ。でもちょこっと噂で聞いたんだけど、ほら、あの絶壁には『男の娘』疑惑があるじゃない?胸が無さ過ぎて」

「それ、パニカちゃんの雑誌から……何でもないわ……」

「そんでね、昨日銭湯に行ったら治安維持の奴らに捕まったらしいわ。女湯に入ろうとした罪で」


 ぶふっ、と周囲の部員共が一斉に噴いた。うし乳も机に突っ伏して肩を震わせている。全力で身悶えする平たい胸族に、あたしは満面の笑みを向けた。ざまぁ。あたしのちんまい体を嘲笑ったコイツには念入りにざまぁしなくてはいけない。これは使命である。


「もう読み終わったから帰るわ部長。あんま役に立たなかったけど、でもちょっとスッキリしたし、概ね満足よ」

「そ、そう。またねぇ、パニカちゃん」


 未だ突っ伏してるうし乳に一声かけて、あたしは颯爽と魔法塔から撤退した。





 時刻は大よそ昼下がり。昼飯がてら広場の露店をぶらぶら巡り、必殺の魔眼(涙目上目使い)を炸裂させて食べ物を巻き上げていく。異世界定番の謎の串焼き肉をもぐもぐ頬張りながら歩く。今日も街は平和で、騒がしく、カオスだ。どこかのアホが固有スキルを暴走させたのか、巨大な緑色のドラゴンが暴れ狂い、次の瞬間8分割されて亡骸と血潮が街に降る。街のお掃除部隊『メイド部』が出動し、メイドのパンチラを求める男たちがカメラ片手に尾行して、その男たちを捕縛するためにロイヤルガードが走っていった。ここはアホの博覧会か。



 広場を抜けて北の方へ歩くと、徐々に建物が減っていき、その代りに青々と茂った木々が姿を見せる。北地区にはコロッセオのような見た目の訓練場や、転移者が死に戻りする教会等の巨大建築が数件ある他は、ちょっとした森や湖があって、住人には自然公園と呼ばれている。ドワーフ達は東屋で談笑し、エルフ達は湖に浮かぶ鳥にエサをあげていた。癒しを求める住人の憩いの場だ。


 その自然公園の奥の奥。森の小道を進んだ先に一軒の平屋が建っている。ぽっかりと森の開けた場所に建てられたその家は、平屋といえどもなかなかに大きくて、森の奥の巨大な秘密基地みたいな印象である。通称『トムハウス』。通称というかあたししか呼んでないが、定期的に爆破騒ぎを起こすトムさんが追いやられた街の隅っこの家だ。ちなみに言えばトムさん自身はこの立地を大層気に入ってる。


「やあ。いらっしゃい、パニカちゃん」


 広い庭先に立っていたトムさんに声をかけられた。ハーフパンツにTシャツという軽装で槍を担ぐ戦闘訓練スタイル。いや、槍じゃない。穂先がドリルだ。ぎゅいいいんと鳴っている。ワザとらしく見せている所を見るに自慢したいのだろうと察したが、でもツッコんだら負けみたいな気持ちになり、あたしはドリルを見なかった事にする。


「おっすトムさん。どう?シアの様子は」

「あぁ、眠気が限界に来たみたいでね。ほら、ベンチで眠ってるよ」


 トムさんが指さす先には、軒先の日影で安らかに眠るシアの姿。そしてその近くには地面に大の字で寝そべるチンピラの姿もあった。


「凄かったでしょ、シアのロボモード」

「恐ろしいほどのスピードだったよ。足の裏と翼のブーストが目で追えないほどの速度を出して、移動は元より回避力の上昇が凄まじい。難点を言えば、今はまだシアさん自身の経験不足から速度に振り回されてる所と、あとは消耗の激しさかな」

「あー。やっぱそこ難点なのね。戦闘継続力の無さがあたし達の課題なのよ。ちょっと今のままじゃ6階層厳しいわ」

「う~ん。コメットちゃんも連射型だからね。改造案もいくつかあるから後で見せるよ」


 話しながら日影へと歩き、あたしはシアの眠るベンチに腰かけた。シアのサラサラな前髪をかき分け、少し汗ばんだ額をハンカチで拭いてあげる。ハンカチの感触が心地よかったのか、シアの寝顔がふにゃりと緩んだ。かわいい。


「んで、なんでチンピラは白目剥いて気絶してんの?やっぱり日光でダメージ受ける系の生き物なの?」

「レンジ君はシアさんと模擬戦したときにね、鳩尾にいいのを貰っちゃったんだよ。アレは素晴らしい頭突きだった」


 地面に胡坐をかいたトムさんは苦笑いしながら煙草を取り出し、あたしに許可を貰った後に火をつけた。よくバランスを崩してコケるシアの事だ、速度に翻弄されてたまたま頭突きが決まったのだろう。見たかった。



 やわらかな風が吹いて、チリリン、と涼やかな風鈴の音が鳴る。風流や粋を大事にするトムさんはさっそく夏の小物を購入したらしい。異世界ファンタジーに全力で反逆する姿勢だが、それはこの街に住む転移者には今更な話だろうと思う。


「戦闘継続力の話なんだけどね」


 煙草の煙を燻らせて、未だにドリルをチラチラ見せてくるトムさんが口を開く。


「【調薬】とかどうだろう。もしシアさんかパニカちゃんが薬を作れたら高価なマジックポーションを自作できるし、眠気覚ましの薬なんかも作れるんじゃないかな。僕はその辺詳しくないんだけど、パニカちゃんは【採取】スキルがあるから丁度いいと思うんだよ」

「……その発想は無かったわ。あれ?結構ありじゃない?もしかして今この瞬間から『パニカのアトリエ』の始まりじゃない?ポーション無双できるんじゃない?」

「それは分からないけど、でもマジックポーション代を考えればいい手だと思うよ?生産ギルドを通せば教えてくれそうな薬剤師もいるし。後、アトリエは錬金術だね」


 薬剤師、ありだ。正直あたしの見た目で乳鉢をゴリゴリするのは知恵菓子を作る園児に見えるだろうけど、でもそんなのは些事に過ぎない。将来的にチュートリアル後の異世界を旅するのに丁度いい副業だ。薬剤チートで異世界無双。これはシアに尊敬されるに違いない。いまこの瞬間、あたしの世界が広がった。





 トムハウスの居間の広いテーブルの上に、夏の風物詩たるそうめんとざるそばの2種類がドカ盛りで鎮座している。少々遅めの昼食にこのチョイス、さすがトムさんである。うぬぬっ、と暫しの間唸った末、あたしは喉越し爽やかなそうめんを選択した。


「いや、パニカちゃん。別に両方選んでもいいんだよ?」

「順番を考えてたのよ。交互に食べるなんて麺類への冒涜だわ」

「なんだよその麺類への信仰。他のもんは関係なくかき込んでるじゃねぇか」


 呆れたような目で見てくるチンピラの野次を無視してそうめんを啜る。生姜とネギがピリリと効いて、白い波が喉をするする泳いでいく。そうめんに乗せられた氷が見目涼やかだ。最高。トムさん作の危険な魔導具に囲まれた部屋に、ずるずると麺を啜る音が響き渡る。トムさんは満足げに頷き、チンピラは親の仇みたいな形相でそうめんを食べ、シアは涙目で器を睨んでる。ざるそばを選んだシアはわさびを入れ過ぎたのだろう。そっとシアの器につゆを足した。


「調薬の本読んでたみたいだけど、いけそうかい?パニカちゃん」

「そうね、マジックポーションまでの道のりは長いけど、でも割といけそうよ。素材も知ってる物が多かったし、手始めに覚醒剤から作ってみるわ」

「「ごふっ!」」


 トムさんの問いに答えたらシアとチンピラが同時にむせた。


「……おいチビガキ。早急に生徒会へ自首しに行け。道知ってっか?広場にある3階建ての建物だ」

「いきなり何言ってんの?沸いたの?」

「何言ってんのはこっちの台詞じゃボケ!ヤバい薬作ります宣言しといて何首傾げてんだよ!?」


 がなり立てるチンピラを無視してトムさんに目を向けると、安定の苦笑いを返された。シアも眉を下げて不安げな顔をしてるし、なにやら誤解されてるらしいと察した。


「違うわよ。ただの眠気覚ましの事よ」

「ほう。眠気覚まし目的でヤバい薬を使うと」

「違うってば。本に載ってた『眠気覚ましの薬』って呼び名が長いし安直なのよ。眠りから覚醒させるんだから覚醒剤でいいじゃないの」

「呼び名を変えろ呼び名を!怪しすぎんだろ!」

「んっと、じゃあNSD(眠気スッキリドラッグ)とか天使のキスとか」

「お前わざとやってんだろ!?一周回ってヤバさ増してんじゃねぇか!」


 食事時だというのにチンピラがピラピラと喧しい。一応誤解は解けたので、安心してそうめんをつるつる啜る。時折そうめんに混ざってるこの緑とピンクはなんなのか。



「なるほど。パニカさんが真剣に本を読んでるのを不思議に思ってましたが、調薬ですか」


 シアがふむふむ頷きながらそうめんをよそった。その器ざるそば用だったはずだけど気付いてるのだろうか。寝起きのシアは冷静に見えてアホ度が増す。


「そうよ。あたし達には継続的に戦う力が足りないのよ。バカ高いマジックポーションを買い続けるのも地味に痛いし、NSDを作ればシアだって長く戦えるはずだわ」

「懐も考えての調薬の出番ですか。納得です。…………あれ?もしかしたら【夢】から薬を出せるんじゃ」

「いや、シアさん。成分が分からない薬を使うのは止めた方がいいよ。もしかしたら本当に覚醒しちゃうかもしれないし」

「そ、そうですね。やめます」


 慌てて前言撤回したシアは大人しくそうめんを啜ったが、その味に不可解なものを感じたらしく、訝しげな顔で首を傾げた。トムさんの言う成分云々はもっともな話だが、それ以上に【夢】が絡んだ場合何が起こるのか分からなくて怖いものがある。夢産の食べ物は食べた事があるけれど、それが薬となると怖さが増す。


「素材はまだ変換してないのが山ほどあるからお薬の事はあたしに任せときなさいよ。あたしの武器はトムさんが改造してくれるし、シアは安心して訓練に励むがいいわ」

「分かりました。私もがんばりますね」

「うむ!」


 会話が一段落し、あたしはそうめんのおかわりを盛っていく。


「あ、生姜がもう無いわ」

「生姜が無くなっちゃったんだね。もう、しょうがないなぁ、なんてね」


 トムさんの台詞が涼しげな空気を生み出し、室内は一気に冷気と静寂に包まれた。わいわいと騒がしかった先ほどまでの反動が凄まじく、耳が痛いほどの静けさの中でもくもくと麺を啜る。


「えっと、わさびも無いなんて、わっさびしい……」


 何を勘違いしたのか、空気を読んだつもりのシアが更に温度を下げてきた。これでどうですか、みたいな不安げな目をあたしに向けられても困る。


「あ?ざるそば用の薬味ならそこにあんだろ。ほら、ざるのそばに……」


 たまたまオヤジギャグめいた台詞を吐いたチンピラが己が失態に気付き、静かに顔を手で覆った。順番が来たよ、とでも言いたげなトムさんの視線を無視して、あたしはざるそばの殲滅に移行する。『薬剤師』『薬味』『調薬』の単語で思考が埋まっていき、無意識にオヤジギャグをひねり出そうとしている自分に内心愕然とした。ミミミミ、と蝉に似た虫の声と生ぬるい風が、静かな室内に夏を運んできた。



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[一言] 好きです。
[良い点] 初めて感想を書きます。お盆が暇で読まみ直しましたが、やはり、今まで読んだ中で1.2を争う小説てす。またいつか気が向いたら投稿をいつまでも待ってます。
[一言] 面白かったです!一気に読んじゃいました! また再開する機会があれば教えてください、
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