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闇夜に蠢く者たち



 陽の光も入らぬ地下。人目を避けるように作られた空間は多量に闇を孕み、一度立ち入れば二度と陽の光が拝めぬと思わせる。唯一の灯りといえば、壁に点々と灯る紫色の魔法灯のみ。その怪しげな色の揺らめく炎は、地下室の壁際に整列する20名ほどの人物の影を映しだす。一様に黒いローブを纏い、フードを深くかぶり顔を隠していてただならぬ雰囲気を醸し出している。


 地下室の中心には赤いカーペットが敷かれており、その先には鈍く黒光りする巨大な玉座。人骨をモチーフにした禍々しいその玉座には、1人の男が深く腰を降ろしていた。殺気を孕んだ眼光は見る者に死の淵を錯覚させ、歯茎を剥き出しにして微かに震えているその様は奈落の獣といった印象である。目を合わせば死ぬ。誰もがそう思っているに違いない。緊張感が高まる中、玉座におわす魔王陛下が重々しく口を開いた。


「……これは何だ」


 憤怒を押し殺しているような声が響く。されど整列する黒い影からの返答は無く、陛下は奈落の溜め息をついて再度問う。


「説明しろ。これは、一体何なんだ。怒らないから」


 怒らないからと、怒りに満ちた声色で言われた。一切信用ならないが、それでも陛下の問いには答えねばならないのだろう、一人の男が陛下の御前まで歩き、その場で跪く。


「は!陛下の問いに答えたい所ですが、『これ』とは一体何を指すのか見当もつきませぬ!」

「全部だよ!連れてこられたこの場所も!そこに並んでる連中も!この悪趣味な椅子に座らされてる俺の現状全てだよ!!」


 魔王陛下の怒号が響き渡り、数人が肩を震わせて、数人が拍手しながら爆笑した。


「はぁぁ!?笑ってんじゃねぇよ!つかテメェ等提灯通りの連中だろ!声で分かるぞボケナス共!説明しろっつってんだろ!?」


 仕方ないな、と肩を竦めながら跪いていた男が立ち上がる。パサリとフードをとると、黒バンダナを深くかぶった二十代中盤の男性が顔を見せた。


「オレが説明してやろう陛下。魔王軍四天王、『絶影』のジャドがな」

「テメェが黒幕か!?ブッ殺すぞ独り盗賊団!!」

「まぁ聞けよ陛下。空気読めないお前のせいで話にならねぇ」

「ほんと喧嘩売ってんだろアァ!?武器抜けやゴラァ!!!!」


 魔王陛下が早々にキレたが、数人に押さえつけられて立ち上がれなかった。しばしの間陛下は激しく抵抗したが、エールの瓶やスルメなどの供物により渋々矛を収めた。それでいいのか陛下。



「まずここの説明か?そりゃ簡単だぜ。魔王がいて魔王軍の連中もいるんだから当然『魔王城』だ」

「魔王軍て何だよ!?ただの地下室だろが!城要素どこだよ!」

「何言ってんだ?玉座があればどこだって城だろうがよ」

「おかしくねぇかその理論!?つか魔王扱いしてんじゃねぇぞボケ!」

「今更過ぎんだろソレ。転移初日から顔面魔王って呼ばれてんだから諦めろや」


 再度陛下が暴れたがまたも取り押さえられて、玉座の横のサイドテーブルに供物が増えていく。ジャドさんは説明に向かないとみたのか、2メートルを超える巨漢の男性がローブを脱ぎ捨てながら陛下の御前に立った。上半身裸のその男性は両腕が茶色い毛に覆われており、狼のような耳と尻尾を持つ獣人である。


「こっからは俺様が説明するぜ!魔王軍四天王、『酔いどれ獣王』のガウエン様がなァ!」


 陛下は舌打ちしながらも黙っている。とりあえず話を聞くことにしたようだ。ふててしまったとも言える。


「……」

「おいガウエン。何か言えよ。説明してくれんだろ?あ?」

「……何説明すればいいんだっけか?」

「何で自己紹介で全部吹っ飛んでんだよ!この馬鹿どっか連れてけや!おい!真っ当な奴出せ!期待してねぇけど1人2人はいんだろ!?」


 ガウエンさんが首を傾げながら玉座の横の地べたに座り、供物の果物をシャクシャク食べ始めた。それを見た陛下は頭を掻き毟っていて、色々限界が近い事を表現している。



「……そろそろ僕の出番かな」


 陛下の御前に細身の男性が現れた。はぎ取ったローブの下からはこれといった特徴の無い黒髪短髪の青年。Tシャツには『村人A』と書かれている。


「魔王軍四天王が一人。『嫉妬』の卓也、ここに参上」


 嫉妬さん渾身のドヤ顔。魔王陛下全力の地団太。


「あ、ついでに言っとくと玉座から立ち上がらないほうがいい。既に仕掛けといた」

「何で罠仕掛けてんだよ!?真っ当な奴出せっつっただろ!あ!?真っ当の意味分かってんのか馬鹿共!」

「落ち着いて話を聞いて貰いたかったからだよ。察しろよ」

「落ち着いてほしくて罠仕掛ける馬鹿が何処にいんだよ!目の前にいたわ!誰かこいつをひっ捕らえろ!」


 堪忍袋の緒が破裂した陛下が地獄の形相でがなり立て、それを見た黒ローブ達は笑いながら拍手した。レンジさん、超イジられキャラである。しまいには顔を覆った陛下の前に、幾人もの黒ローブがぞろぞろ集まっていく。


「全然話進まないじゃないの。ここは四天王最強のあたし、『発電姫』のパニカ様の出番ね?」

「魔王軍四天王!『狂気のモヒカン』ズィーガー!」

「ま、魔王軍四天王!『夢幻』のシアです!」

「四天王何人いるんだよ!?四人で締め切れよ!つかシア!こんな怪しげな連中にホイホイついてくるんじゃねぇ!お家でふわふわホットケーキ食べてお昼寝してろやアホ娘!」


 ひどい。何故か私だけたくさんツッコまれた。絶対八つ当たりである。臆して後ずさりしていると、後ろから誰かにふわりと抱きしめられた。豊満な胸の感触に思わず硬直してしまう。


 パチン、と背中の女性が指を鳴らすと、女性を覆い隠していたローブが黒い塵になって消えていく。腰まである長い黒髪を掻き上げて、ふぅ、とひとつ息をつく。ゴスロリ服の知的美人、パンドラさんその人である。


「……観測者アムネシアを虐めるの?遊びましょうか踊りましょうか。楽しい遊戯の終わりには、虚空に消えると知りなさい」

「ハァァ!?なんで『崩滅』がここにいんだよ!?一大勢力にも程がある!いい加減誰か説明しろやアホンダラァ!」


 そろそろレンジさんの血管が限界を迎えそう。不憫と言う他無い。提灯通りの愛されキャラに憐憫の目を送りながら、私はサイドテーブルに積まれたお菓子を幾つか貰い、パニカさんはマジックリュックにガンガン供物を詰め込んでいく。もはや強盗といった有様でついつい苦笑い。





 東地区倉庫街の一角には地下室への階段があり、その階段の入り口には『魔王城へようこそ』という看板が設置されている。降りた先には鉄の扉があり、入ってみれば50メートル四方の広い空間。先ほどまでは魔王城の名に相応しい内装が施されていたが、現在はあちこちに絨毯とちゃぶ台が設置され、ごろごろと寝転がりながら酒を嗜む簡易提灯通りといった様子。


 玉座に近い場所を陣取った私と同席してるのは、パンドラさんとジャドさんと、さり気無く魔王軍に混ざっていたトムさんの三人。ちゃぶ台の上には最近話題のハナハナマーケットの食品が並び、懐かしい地球のお菓子を食べながら玉座におわす魔王陛下と話していた。ちなみに強欲女児はあちこちのテーブルにエサをねだりに行ってる。


「……事後報告にも程があるだろ……。なんで部活クランとして認定されてんだよ魔王軍……。俺部長?夏祭り?はぁぁぁあ!?」

「徐々に沸点上げるなよレンジ。まぁなんだ、こっから先も生徒会が幾つもイベント組んでてな?部活対抗みてえなおもろいイベントに参加するにゃあどっかに所属しなきゃなんねぇ訳。じゃあ作ろうゼってなった訳よ」

「基本無所属の人が多いけど、僕が入ってる『スキ研』みたいにイベントに消極的な部活の人も魔王軍に入ってるよ?まぁ、飲み屋街の顔なじみばっかりだけどね」


 脱力したレンジさんにジャドさんが説明して、トムさんがコケコーラの瓶を傾けながら補足した。


「どいつもこいつも腹に一物持ってるような連中の集まりがよく許可されたな。ヤバいのしかいねぇじゃねぇか」

「ブフッ!それお前が言うのか!?笑かすな!」

「……レンジさん。自分を卑下してはダメですよ?」

「よーしお前等こっち来い。そこじゃ刀が届かねぇ」


 嫉妬さんの罠は既に解除されてるらしいが、今まで散々被害にあったレンジさんはそれを鵜呑みにせず、未だに玉座に深く座りながら魔王の威圧を放った。ついポロリと本音を零してしまって青ざめていると、ちょんちょんとパンドラさんに肩をつつかれた。


「……ときが来たわ観測者アムネシア。この封印を開いた先には何が在るのかしらね。虚無?絶望?それとも希望?」

「希望に他なりませんよ崩滅の魔女。私よく食べてましたから、ピザ味」

「僕にも一口分けてもらえないかなシアさん。カップ麺のピザ味ってまるで想像がつかないんだよ。カルボナーラみたいな感じなのかな」

「……う~ん。シーフードヌードルのチーズトッピング、という感じでしょうか」


 実に良いタイミングでパンドラさんに話しかけられたのでなんとか陛下のお説教を避ける事ができた。こちらを睨み付けながらポテチを食べるレンジさんを尻目に、カップ麺を開封してお椀に分けていく。フォークを使って上品に食べ始めたパンドラさんは満足げに頷き、気に入ってくれた様子にホッと胸を撫で下ろす。トムさんも「有りだ」と短く呟きながら麺を啜った。


「はぁー……。部活なぁ……」

「まぁ良いじゃねぇのレンジ。迷宮に突っ込んで武器振るだけじゃあ人生勿体無ぇゼ?部活っつっても別に定期活動するつもりも無ぇし、イベントん時だけ騒げりゃ良いって連中だしよ。つか、組織の長だぞレンジ。ちったぁ喜んでいいんじゃねェの?男なら」


 天を仰いで茫然としているレンジさんに、ジャドさんがぺらぺらと詭弁を吹き込む。色々と面倒な業務を抱えるトップの座を押し付けている図である。


「あー、確かにこうして見りゃ馬鹿やりてえっつー面子ばっかだけどな?そこの2人に違和感しか無ぇ。ゆるふわメルヘンあほ娘と『崩滅』だぞ。訳分からん現象で周りを巻き込む奴と、目につくもの全て滅ぼす奴のコラボだぞ?何、集団自殺同好会か?ここ」

「あ?レンジてめぇ貴重な女子部員になんか文句でもあんのか?シアちゃんはチクリン団長に騙されて入部したがパンドラさんは自ら入ってくれたんだぞ。野郎だけの部活とか冗談じゃねェ。団長入れて3人しかいねぇんだから崇め奉れよ」

「は?なんでチビガキが女子枠に入ってんだよ。アレ性別ちんちくりんだろ。株分けで増える系の生物に違い無ぇ」

「……言われてみればそうだな。広場の花壇に埋まってんのたまに見たわ」


 唐突に始まるパニカさんディス。話の的のパニカさんといえば、いつの間にか私達の席の一角に座り、ハイライトの無い仄暗い眼を玉座に向けていた。復讐系主人公の目をしている。レンジさんとジャドさんに悲劇的な未来が訪れないよう祈るばかりである。


 ふと見回してみれば、魔王軍の人達は酔って騒いで喧嘩して、提灯通りの日常そのままの雰囲気になっていた。ほとんどの人が5階層の遠足での顔見知りなのでそれほど緊張は無い。邪悪な女児に無理やり連れてこられて無理やり入部届けを書かされたけれど、いままで避けていた『部活』というのも案外悪くないのかもしれない。それに魔王軍四天王。正直格好いい。


「……ずっと求めていた原初の青。手を伸ばせば届くのに、わたしを阻むガラス玉。観測者アムネシア、貴女の力が必要よ」

「あ、これはですね、このプラスチック部分で上のビー玉を押すんです。こう……こんな感じで」


 パンドラさんがラムネの瓶で戸惑っていた。前々から思ってたけれど、パンドラさんは元良い所のお嬢様だったんじゃないかと訝しむ。チープな駄菓子ばかりを好む所に箱入りお嬢様感が溢れていて、中二キャラとのギャップがなんだか可愛らしい。パニカさんに拉致された私の後をトコトコついてきて、流れで一緒に入部したパンドラさんもそれなりに楽しんでいる様子。


「ラムネはたまに溢れる事があるから、一応手ぬぐいを用意した方が良いよ?」

「……そう、助言感謝するわ、トム

「え、今僕『鍋』って呼ばれなかった?確かに鍋物は好きだけど……」


 ぼっち仲間のパンドラさんが楽しんでる姿に頬が緩む。私は強欲女児に振り回されているうちにいつの間にか知り合いが増えていき、今では随分賑やかな日々を過ごしている。異世界転移してたった数ヶ月なのに、自分を取り巻く怒涛の変化に驚きを隠せない。友達が増えて嬉しい私の気持ちを、パンドラさんも共感してくれたならと密かに思う。同じテーブルでガツガツとチョコを頬張ってるパニカさんにニコッと笑顔を向けると、頬袋をパンパンにした女児もニッと笑う。




「……つー訳だ陛下。真っ先に決めんのは来月の夏祭りの出し物だな。それぞれのクランハウス使ってもいいし、北地区か東地区の一角を借りる事も出来るゾ」

「まぁ一応納得しといてやるが、それ夏祭りっていうか文化祭じゃね?」

「学園ノリは今更だろ。つかレンジ、玉座まで微妙に距離あって話しにくい。いいかげんこっち来いよ」


 ジャドさんから話を聞いていた陛下がおそるおそる立ち上がった。触れた場所に任意の罠を仕掛けることが出来る『嫉妬』さんの固有スキルを警戒しているらしい。きょろきょろ見回した後、ゆっくりと一歩踏み出す。


 ガコンッ、という音と共に、魔王陛下が落とし穴に落ちた。


「「「ブフッ!!!!」」」


 神妙な顔のまま落ちていく陛下を見てしまった人たちが一斉に飲み物を吹き出し、魔王城の湿度が少しだけ上がった。


「あはははははははは!チンピラがっ!チンピラが魔界に還っていったわ!あはははははは!」


 パニカさんが爆笑しながら立ち上がり、とことこ落とし穴の方へ歩いていく。


 ガコンッ、という音と共に、パニカさんが落とし穴に落ちた。


「「「ブハッ!!!!」」」


 魔王城が爆笑に包まれた。ジャドさんがお腹を抱えて笑い転げ、トムさんは飲み物が気管に入ったのか鼻を押さえて咽ている。そんな中、眉を寄せた嫉妬さんが立ち上がった。


「解除し忘れてたみたいだ。魔王がマジ切れした時用の罠」

「クククッ……!おい卓也、あの落とし穴の中どうなってんだ……?」

「あぁ、小一時間はぐっすり眠る睡眠薬が散布されてる」

「クソ脇腹痛ぇが仕方ねェ。とりあえず出してやっか」


 よろよろ起き上がったジャドさんと嫉妬さんが落とし穴の方へ歩くと、ガコンッと地面が開き、お約束の如く二人とも新たな落とし穴に落ちていく。


「「「ギャハハハハハハハハハ!!」」」


「だ、大丈夫ですか……?パンドラさん。はい、ハンカチ、です」


 パンドラさんはラムネが逆流したようで、口元を押さえながら震えていた。私は笑いを堪えながら介護する。


「こんな部屋にいられるか!俺は帰らせてもらう!」


 一人の男性がフラグを立てながら出入り口に向かい、迅速にフラグ回収して地面に吸い込まれていった。


「やべぇ……!どうなんてんだよこの部屋……!」

「『嫉妬』が起きるまで待つしかないだろ。まぁ動かず座ってればそ……」


 動かずに座っていた人が落とし穴に落ち、とうとう私の限界を超えた。


「あは、あははははは!!も、もう駄目っ!あは、あはははは!ひーっ!」


 笑いすぎて涙がぽろぽろ出てくる。お腹を押さえながらちゃぶ台に頭突きした。人が落とし穴に落ちる様がシュール過ぎて、死亡フラグを立てながら落ちていく魔王軍の人を見る度に声を上げて笑う。


「……シアさんがそうやって年相応に笑う所、初めて見たよ」


 最初、目を丸くして私を見ていたトムさんが柔らかく微笑んで、言い終わると同時にガコンッと座布団ごと落とし穴に落ちていった。


「あ、アムネシア……?ここは、ぷふっ!危険よ……?」

「だっ、大丈夫です……!私、いま翼生やしたので」

「ずるいわ……一人だけ飛ぶのずるいわ……?」


 言いながら、パンドラさんが後ろから圧し掛かってきた。提灯通り崩壊の日に黒い翼で飛んでたのに、なぜ私に乗るのか。まあ私の翼は羽ばたかせる必要のない飾りみたいなものなので不便は無いが。その状態のまま30cmほど浮いて、ふよふよ移動しながら新たなお菓子に手を付ける。


「ふふっ……こんなに愉快な気持ちは何時ぶりの事かしら。あ、観測者アムネシア、隣の世界が滅びたわ。遺産アーティファクトを拾い集めましょう?」

「あーてぃ……お菓子ですね?じゃあちょっとだけ分けて貰いましょうか」


 爆笑と落とし穴と酔っ払いの世界を、魔女を担いだ観測者がふよふよと泳いでいく。人見知りぼっちと中二ぼっちがニコニコしながら火事場泥棒に励んでいるうちに、いつの間にやら魔王軍は悪辣な罠により全滅していた。魔王軍会議第1回はこうして悲劇的な結末に終わり、結局会議らしい会議をしていない現状に首を傾げながら、パンドラさんと共にふよふよ脱出した。



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