貢ぎ系女子と貢がれ女児
明鏡止水。瞼の裏の暗闇に身を委ね、深呼吸するたびに少しづつ内面に沈んでいく。静寂に包まれた部屋に、私の小さな息遣いと鳥の鳴き声が小さく響いている。雑念が溶けてゆくにつれて、仄かな孤独感が芯から湧いてきた。精神統一した先の心細さは、どこか迷子になった時の心境に似てると思う。心地よい意識の漂流。
微かな物音がして、深く息を吐いてゆっくり目を開けてみれば、部屋の真ん中に大きな籠を棒で支えた、小鳥などを掴まえる簡易の罠が設置されていた。その罠の中にはお皿に乗った肉の串焼き。罠についた糸を辿れば、半開きのドアの向こうで女児が神妙な顔でこちらを窺っている。
こんな古典的な罠に誰が引っかかるのかと呆れた目で見ていると、【夢】から勝手に出てきたウサ丸が引っかかって籠の中でキュウキュウ鳴いた。パニカさんは残念そうに眉を下げてそれを見ている。
私は何も見なかった事にして、再び目を閉じて精神統一に励んだ。壁と箪笥に囲まれたこの小さな秘密基地は、私をあらゆる物から守るのだ。最近人目に晒され過ぎて私の精神はボロボロである。昨夜なんてナイトパレードしてしまったのだ。夢生物たちが大いに張り切ってしまったのだけど、主として慕うのならば少しでもいいから私の心を慮って欲しい。頼む。
「にゃ!?」
変な声がして目を開けてみれば、今度は白猫が罠にかかっていた。ウサ丸を抱っこしたパニカさんは残念そうにそれを見ている。
いつまでも壁と箪笥の隙間から出ようとしない私に焦れたのか、実力行使に出たちんちくりんとネコ達の裏切りにより、私は迷宮へと拉致されてしまった。
6階層『天空遺跡』。雲の上にあるその滅びた都市は、やはり高所にあるせいか気温が低く、深すぎる青空はむしろ黒っぽく見える。エリアの大半は植物に覆われていて、苔に紛れて小さな花や、淡い色合いの木の実などが群生していた。採取大好きパニカさんはちょろちょろと動き回っては、背負っている黄色いリュックにガンガン木の実を詰め込んだ。女児サイズの黄色いリュックは私がプレゼントしたものだ。私の持ってるマジックバッグと同様の効果が有り、120万ポイントという高価な代物だがお金持ちな私には痛くも痒くもない出費である。『どこでもトイレ』を買ってくれた恩返しだ。
パニカさんは跳ねるような足取りでパニパニ歩き、石壁に張り付くように生えていた木の実をひょいひょいもぎ取っている。でもいかんせんちっこいので、小高い場所の木の実は私がもぎ取る。そんな私達の元に小さな影が駆け寄ってきた。
「おやび~ん!ナスっぽいのみつけたよ~!」
「んぅ?これヌタの実っていって、インクの材料になるけど食べれないわよ?変換しても全然ポイントにならないからイマイチね」
「でもかなりの数が群生してたでやす。塵も積もればいいペイでやすぜ?」
桃色の髪の正統派ロリ、未だ強欲の闇に染まっていない無垢なホルンちゃんと、強欲に染まりきった下っ端口調のショタ、林田くんである。たまたま街の広場で見かけた二人をパニカさんが誘い、今日はこの子分二名を連れての新エリアわくわく採取ツアーと相成った。
パニカさんの説明を聞いたにも関わらず、ナスっぽい何かを一口齧ったホルンちゃんは口元を真っ黒にしながらしかめっ面で呻く。毒だったらどうするのかとガミガミ叱るパニカさんを、まあまあと林田くんが宥め、ホルンちゃんがしくしく泣く。いいトリオだと思う。私は苦笑いしながらホルンちゃんの口元を拭いた。
採取ツアーを続ける中、私達は奇妙なものを見つけて思わず立ち止まった。苔に埋もれた3メートルほどの巨人である。遺跡群と同じクリーム色で丸みを帯びた体を持ち、頭部には黒っぽい魔石がはまっていて一つ目巨人といった印象である。遺跡に腰掛けた状態のその巨人を見て、どこか既視感を覚えた。
「なにアレ。やっぱりここ宮○駿プロデュースされてんの?」
「生徒会情報だと、たぶんアレがクレイゴーレムでやすよ。動き出すまでは【索敵】に反応が出ないいやらしい魔物でやす」
ふーん、と納得しながらパニカさんは魔法銃を取り出した。好戦的女児。
「えっと、確か目を壊せば倒せるって書いてあった気がしやす。クレイの名の通り、体は粘土みたいな材質らしいでやすからね」
「……任せなさい。あたしはパニカ。『魔弾』のパニカよ」
ピンク色の魔法銃『コメットちゃん』で素振りしながらカッコつけてる。なぜ素振り。ホルンちゃんもマネしてるけど、ホルンちゃんはヒーラーのはずだ。
「決めるなら遠距離からの弱点破壊でやす。援護するでやんす」
口調の定まらない林田くんがクロスボウを構えた。戦う流れらしい。ちびっ子たちはみんな後衛なので、前衛たる私は決して油断できない。
「おいで、ウサ丸」
呼びかけると、光と共にまん丸の守護者が現れた。つぶらな瞳で辺りを見回し、「キュ!」と鳴いてパニカさんの元へと跳ねて行った。
遺跡の壁に囲まれた小さな広場。その最奥に居座るクレイゴーレムからおよそ30メートルほどの距離に武器を構えたパニカさんと林田くんが立ち並ぶ。簡易障壁を使えるウサ丸が最前列で鼻息を鳴らし、回復魔法専門のホルンちゃんは遠距離攻撃の二人の後ろで杖をギュッと握った。
久しぶりの実戦だ。目を破壊すれば一撃だと聞いたけれど、それでも一切気を抜かず、私は自分に【夢】を混ぜて翼を広げた。
パパパパンッ、と断続的な発砲が響き渡り、クレイゴーレムの上半身は雷の黄色い閃光に包まれる。細やかな電気が空気を伝い、植物の焦げたような香りが風に流されてきた。
閃光が収まり、薄い土煙が辺りを覆う。一転して辺りは静寂に包まれ、無事に倒せたかと安堵した次の瞬間、土煙が晴れたその先に立ち上がってこちらを見据えるクレイゴーレムの姿が見えた。
「……え!?全然効いてないの!?目に当てたわよ!」
「これは……相性の問題でやすかね?」
クレイゴーレムが緩慢な動きで一歩を踏み出すと、地面に敷かれた石畳が粉々に粉砕されて粉塵が舞う。超重量級だがそれに比例して動きは鈍い。
林田くんの撃った矢がゴーレムの目に命中したが、硬質な音を立てて弾かれてしまった。
「はぁー!?ザコっぽい見た目でなんなのよその性能!!!」
「あ!【鷹の目】で確認したでやすが、おやびんの攻撃が多少利いたのか小さくひび割れてるでやすよ!」
「撃って!おやびん撃って!」
「そういう事ならまかせなさいってのー!!!」
ゆっくりと歩いてくるクレイゴーレムは無防備にも防御の意志を一切見せず、一方的にパニカさんの銃撃の雨に晒された。
手を出すべきか否か、パニカさんが撃ち続けている間は動けない。短剣を構えたまま考えあぐねていると、近づいてくる2つの反応を【索敵】が捉えた。
「さ、3時方向と6時方向から一体ずつ!来ます!」
「断るわ!!!」
「え、断られても……」
ドズンッ、と衝撃を伴う破壊音が響き、側面と後方の石壁の奥から新たにクレイゴーレムが二体現れた。仲間を呼ぶ特性なのか、二体とも愚鈍な動きで私達に向かってくる。状況の悪さに気付いたホルンちゃんが小さく悲鳴を上げた。
「ウサ丸、正面の足止めを」
「キュ!!」
退路を塞ぐ形で現れた一体とは多少距離がある。今この瞬間私が立ち向かうべきは側面の敵。
発砲音が響く中、退路を探していたらしい林田くんと目が合い、指で合図することで新たな二体への突撃の意志を示した。林田くんは逡巡したような表情を浮かべ、ゆっくりと頷く。
翼と両足のブースターを起動し、高速で側面の一体へと疾走。
迫りくる巨大な拳を紙一重で躱し、身を屈めて敵の足元へ潜り込む。行き場を無くした拳が遺跡の床に衝突し、辺りに粉塵と石片を撒き散らした。
通り過ぎざまに一閃。鋭すぎる短剣の刃は何の抵抗も無く魔物の足を切り裂いたが、粘と土で構成されたその身体は瞬時に傷跡を再生させた。きっと痛覚も無いのだろう。
極低空を飛ぶ形になった私は、四つのブースターを上手く強弱させて高速移動を停止させた。現在の私はねむいモード(戦闘アンドロイドバージョン)だ。自分でも何を言ってるのか分からないけど、そうとしか言い様が無いのでしょうがない。ねむいついでに戦闘力がぐんと上がった。
高速移動で生じた風が私の髪をたなびかせる。戦闘の邪魔になるし、バッサリ切ってもいいかもしれない。そんな思案をしながらも、背中を見せたゴーレムへと跳躍し、無防備な後頭部に短剣を突き入れる。
どうやら武器のリーチが足りない。足元のゴーレムが動き始めた。
視界の先には撃ち続けるパニカさん達と、その先のゴーレムの下半身に簡易障壁を使って足止めするウサ丸。
後方からパニカさん達に迫っている三体目に気付き、即座にその進路の先に夢を混ぜる。光の粒子が集束し、剣を抜いた四人のウサギ騎士が現れた。ゴブリンの海を蹂躙したあの騎士達なら心配はいらないだろう。
踏みっぱなしだったゴーレムの両手が私を潰そうと迫ってきた。短剣を抜き取って後頭部を両足で踏み、ブースターを高火力で解き放つ。
青白い閃光。次いで爆音と衝撃が空気を伝い、ゴーレムの上半身が爆裂粉砕して飛び散っていく。私は真っ直ぐ上空に吹き飛ばされたが、翼とブースターを使い空中で停止した。
後二体はと地上を窺ってみれば、ウサギ騎士達の相手は四刀両断。そのあまりの強さに驚くと同時に、夢の子達にはオーバーキルするきらいがあって慄く。
パニカさんが攻撃を加え続ける最後の一体は、弱点の目をボロボロにしながらも歩みを止めていない。ウサ丸が召喚した青くて四角い障壁を押しながら強引に進み続けている。不利な状況を察した私は急いでパニカさんの横に降り立った。
「二体は片付きました!私が行きます!」
「駄目!!」
銃を撃ちながらじりじり後退しているパニカさんは、私の提案を鋭い口調で拒否した。パニカさんは汗をかきながらも前方のゴーレムを睨み付けている。
「……あいつはあたしが殺るの!あたしだって戦える!」
ぐっと言葉に詰まる。かつてないほど真剣な声。よく見れば林田くんは攻撃を止めていて、合流したウサギ騎士達も私達の横で見守っている。
「あたしの名はパニカ。『発電姫』のパニカよ」
魔弾じゃなかったのか。パニカさんはおもむろにリュックを地面に置いて、その中にコメットちゃん(銃)を仕舞った。
「「お、おやびん……?」」
パチリ、パチリと小さな雷がパニカさんの周囲に現れていく。
「エレキテル……、そう過去に呼ばれたあたしは、その呼び名に相応しい必殺技を編み出した」
発電姫はどうした。パニカさんの纏う雷が徐々に強くなっていき、髪の毛がどこぞの宇宙戦士みたいに逆立っていく。
「ぱ、ぱにかさん、まさか」
顔を青くした私を見て、パニカさんはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「少しは、姉の威厳を保ちたいじゃない?」
言い終わると同時に、パニカさんはゴーレムの方へ一歩踏み出す。私が伸ばした右手は空を切り、雷を纏った女児がてってこ駆けていく。
「「おやびーーーーーーん!!!!!!」」
パニカさんがゴーレムの足にへばり付いた瞬間、激しい閃光が視界を埋めて、衝撃を伴う轟音が鳴り響いた。
遅れてきた爆風に体を押され、よろめきながらも視線はゴーレムの元いた場所から外さない。
「お、おやびんが、おやびんが爆発しちゃった……」
ウサ丸の障壁で爆風から守られたホルンちゃんは、へなへなとへたり込んで涙を溜めていた。男女差別されて守られなかった林田くんはころころ転がったが、俯せで倒れながらも爆発地点をジッと見ている。
土煙に包まれている視線の先に、むくりと起き上がった小さな影がひとつ。天空に吹く爽やかな風が徐々に土煙を取り払っていく。
「「お、おやびん!!!!」」
自爆したと思われたパニカさんがしっかりした足取りで戻ってきた。だいぶ土で汚れてしまってはいるが、怪我らしい怪我は見当たらない。意志を貫き通し、怨敵を討った後のスッキリとした表情を浮かべている。
安心して肩の力を抜いた私の元へパニカさんは真っ直ぐ歩いてきて、やわらかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ただいま」
その短い言葉に万感の意味が込められているようで、パニカさんの目は徐々に潤んでいった。なんだかよく分からないけど感動のシーンっぽいので、私もそれっぽい言葉を返す。
「おかえりなさい、パニカさん」
おもむろに抱き着いてきたパニカさんを受け入れながら、私はパニカさんへの説教を決意する。そんな私の思いを露知らず、子分二人とウサギ騎士たちは目を潤ませながら拍手した。
6階層入り口付近の高台で、ちっこいパニカさんがコンパクトに正座している。私はその姿を腕を組みながら見下ろしていた。
「いや、いけるかなって思って、それで……」
「パニカボム禁止です」
「違うの、あれはパニッシュメント・グラビティっていう必」
「パニカボム禁止です」
ぐぬぬと唸って俯くパニカさんは、黄色い宝石の付いた小さなネックレスをつけていた。石版通販の高額商品、『魔法耐性のネックレス(雷)』。ちなみにこれもマジックバック同様私がプレゼントしたものだ。600万ポイントという高価な代物だがお金持ちな私には痛くも痒くもない出費である。嘘だ。ユニークモンスターの稼ぎがガッツリ減った。でも未だ時折自爆するパニカさんには最適だと思ったし、これさえあれば気兼ねなく魔法訓練に望めるだろうと思って買ったのだ。それをよりにもよって新自爆魔法に利用するとは思わなかった。
「そんな危険な技のためにあげたわけじゃないんですよ。耐性のおかげで今回はたまたま無事でしたが、力加減を間違えれば死んじゃうんですよ?」
「ね、ねぇシア。もうロボじゃないのよね?声に抑揚が無くてこわいんだけど……」
「パニカさんが痛い思いをしないために買ったのに、これじゃ逆方向に行ってますよね?説明しましたよね?パニカさんは私を心配させるのが趣味なんですか?大変いいご趣味だと思います」
「は、はい……いえ、違います。すみませぬ……」
ちんちくりんが普段よりもちんまくなっていく。そんなおやびんの情けないの姿を、子分の二人はお菓子を食べながら暢気に眺めていた。
「安心安全な魔法訓練のための魔導具だと私は確かに言ったはずですが、記憶違いでしょうか」
「そ、そうよ!沢山練習して強くなって、そして一発どデカいの当てるのよ!二人でポイント富豪になるの!」
「じゃあ地道に行くべきです。自爆はダメです自爆は」
「……はい……。ごめんなさい……」
パニカさんは口では素直に謝ったが、チラッチラと上目使いで私を窺っている所を見るに内心は反省してないと察した。しばらくご飯無しを言い渡そうか。
「魔法耐性系ってすっごく高いよね?買ってもらったんだ。いいなぁーおやびん」
「……このお二人、アレでやすね。メジャーデビュー志望のバンドマンとそれを養うOLみたいな感じでやす」
「?よく分からないけど、シアさんはやさしいって事?」
「いや、まぁ、そんな感じでやすよ」
日の当たる安全地帯の丘の上。絶景を眺めながらのお茶会が開催されて、パニカさんだけ正座させたまま放置していたらおいおい声を上げて泣き出した。基本的に打たれ弱いパニカさんは少しぞんざいに扱うとすぐに泣く。ご飯無しはよっぽど嫌だったのか、小さく体を微振動させた女児が許しを請うので、可哀想になった私は結局の所許してしまった。そんな私達をホルンちゃんは微笑ましそうに見ていたが、林田くんは何故か複雑そうな顔で見ていた。




