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遠足へ行こうよ・中編



「黙って引けやボケェ!!魔王軍のお通りじゃあ!!!」

「援軍感謝す……て何だコイツら!?ガラ悪!!」

「おらクソ緑共がァ!五臓六腑ぶちまけやがれやぁ!!!!」

「提灯通りのゴロツキ共が!!奴は戦士ギルドの獲物だぁ!!」


 トトトッ、と軽快な音と共に、漆黒のナイフがゴブリン数匹の眉間に突き刺さった。ジャドさんが腕を横薙ぎに振るうたびにゴブリンの命が消えていく。その投げナイフの隙間を縫うようにレンジさんが駆け抜けていき、通り過ぎ様に刀で切り捨てていく。その二人を追うように遠足チームの前衛陣が駆け出した。


「何なんだこの数!!!!ビック○イトかここは!?」

「笑えない冗談だ!!我々はまだユニーク本体すら見ていない!!!」

「だろうよ!!全滅寸前な有様じゃねぇか!!ここはオレ等に任せてお前等はケツ捲っておめおめ逃げ帰れ!!」

「「「ブッ殺すぞ!!!!」」」


 魔法灯の明かりに照らされた先は、緑色の海としか言い様の無い光景だった。一体どれほどの数がいるのか、歯茎を剥き出しにして殺意を振りまくゴブリンが、明かりの届く範囲全てを埋め尽くしていた。フロア全てのゴブリンを呼び寄せたのかと思うほどである。


 一瞬言葉を失った後衛陣と違い、普段提灯通りで喧嘩三昧に明け暮れている面子の行動は早かった。ゴブリンに囲まれていた先行者達の元へ迅速に駆け付け、あっという間に退路を開いたのだ。先行者達は近接武器を持った10数名。一様にゴブリンの物と思われる紫色の血糊をべったり浴びていて、中には既に倒れ伏している人もいた。


「こちらにはヒーラーが3人いる!!怪我人を下がらせろ!!」

「助かる!!あと出来ればポーションも分けてくれ!1割増しでいい!!」

「分かった!!3割増しで売ろう!!精算は後日で構わん!!」


 大黒さんが断続的に弓を放ちながらあこぎな商売してる。余裕そうな台詞とは裏腹に、その顔には一筋の冷や汗。無理もない。あまりにも予想外な敵の数だ。


「あの方々作戦ガン無視ですわね!!丸焦げになっても自業自得ですわ!!!!」


 ツンデレさんが振り上げた手の先に巨大な火球が現れた。その身に纏う真紅のローブに相応しい灼熱の炎。


「絶壁ロールパン!奥の方に撃って!手前はあたしがやるわ!!!」

「言われなくても分かってますわ潰れまんじゅう!!!」


 パニカさんが放つ雷の雨の中を火の星が降る。轟音を響かせて一帯が燃焼し、暗闇が赤に照らされた。蠢く魔物の影が映し出され、その影をパニカさんが魔法銃で的確に撃ち抜いていく。その足元には簡易障壁が使えるウサ丸を控えさせていた。いざという時の守りをお願いしたのだ。


 次いで爆音、遅れて爆風。炎で標的が露わになり、トムさんの爆弾を始めとした遠距離攻撃がゴブリンを襲う。みんなはこの数に臆していない。退路が確保されている今は、ぎりぎりまで挑戦する気なのだろうと察した。


 黒ずんだ深緑色の肌で、体毛の無い体に腰布を巻きつけた醜悪な子鬼。ゴブリンは私のイメージ通りの姿で、耳障りな声を上げながら粗末な武器を振り上げていた。その体臭なのか、すえた臭いが血の臭いに混ざって辺りに充満していて若干の吐き気を催す。


「ギャッギャッ!」


 前衛の隙間を抜けてきた一匹が、私に向かって疾走してきた。深く息を吐いてねむいモード(仮)を発動させ、短剣を低く構える。


「どっせーーーーい!!!!!」

「ギャプ!?」


 視界の横から現れたリコさんがメイスでホームランをかました。ゴブリンが紫色の血を撒き散らしながら宙を飛ぶ。その後も距離の近いゴブリン達を次々にカッ飛ばす。リコさんは獰猛な笑みを浮かべていてずいぶん楽しげな様子である。


 魔法、矢、爆弾、罵声、様々なものが宙を飛び交い、時折ゴブリン本体が飛んでいる。魔法光に照らされた周囲を土煙と血粉が覆った。


「我等も行くぞ!!ゴロツキに後れを取るな!!!」

「「「おうよ!!!!」」」

「あー!まだ治りきってないのにー!」


 ホルンちゃんに治療を受けていた先行者達が前線に突撃し始めた。


「シアさんアレをお願い!今こそトムレーザーの出番なんだ!」


 小手から爆弾を射出し続けるトムさんが私の横で言う。断続的に爆音が響くため声が少し聞きづらい。


「は、はい!あ、じゃあレンジさんにも」

「いや、魔王召喚はやめとこう!あの状態のゴブリンに威圧が利くかは分からないし、なにより味方が硬直しちゃうからね!」


 確かに。味方の混乱が大きいだろうし、またパニカさんが気絶してしまう。納得しながらトムさんに夢を混ぜると、早速目から怪光線を出して数匹のゴブリンを焼き切った。


「おい戦士ギルド!前に出過ぎだ!!焼かれるぞ!!!」

「何匹か抜けた!!中衛、フォロー頼む!!!!」

「何でアイツ目からビーム出てんの!?」

「一向に減った気がしねぇゾ!!無限沸きってオチじゃねェよな!?」

「前衛!足元に気を配れ!魔石に躓いてコケたら目も当てられないぞ!」


 怒号、爆音、断末魔、音の洪水と血粉が飛び交う凄惨な光景が、よくできたファンタジー映画の様。みんな出来ることを精一杯してる。私も戦場の空気に翻弄されて狼狽えてる場合じゃない。


 深く深く、深呼吸。ゴブリンの不快な臭いに顔を顰めながら、自然と荒くなった呼吸を無理やり整えていく。戦おう。私も戦うのだ。短剣を強く握りしめ、強く足を踏み出す。



 後衛に目を付けたゴブリン達が側面からなだれ込んできた。魔法灯の届かない薄暗がりのせいで正確な数は分からない。


 短剣をゴブリンに向けて夢を使うと、空中に木製の巨大なドアが現れた。そのまま宙に留まるドアが軋んだ音をたてながら開いていき、ドアの向こうの暗闇から無数の黒手が伸びてくる。黒手は触手じみた動きで八方を漂い、やがて急加速してゴブリン達を掴まえた。暴れながら喚き散らすゴブリンをものともせずに、ドアの向こうの漆黒へと連れ去っていく。範囲攻撃をふわっと空想したらとてもホラーな結果になり、視界の隅にいるパニカさんが物凄い渋顔をしてるのを見てしまった。きっと私も同じ顔してる。


「すまない!!3匹抜けた!!!」


 多勢に無勢の現状を考えれば、前線を保ってるのは奇跡と呼べる。良く見れば武器の一薙ぎで数匹屠る人が多く、それほど強者揃いなのだろうと納得した。いけない。感心してる場合じゃない。その隙間を抜けてきた3匹が後方部隊の元に向かってる。


 地面から飛び出した無数の有刺鉄線がゴブリン達を縛り上げた。動きを止めるだけに飽き足らず、暫くの間締め付けて拷問を加えた後に、ゴブリンの体をバラバラに四散させた。紫の血潮が霧の様にその場に漂う。私の意志に反して悲惨な結果になってしまい、その惨状を目撃していたリコさんが複雑な顔で私を見ている。弁解したい。


「後衛!!弾幕足んねぇぞ!!!」

「うっさいわねチンピラ!!あんたがウロチョロして撃ちづらいの!!ぬりかべみたいな顔してんだから棒立ちして肉壁でもしてなさいよ!!!」

「ノーコン棚上げしてぬかしてんじゃねぇぞちんちく虫!!撃てねぇなら隅っこでりんりん鳴いてろやボケ!!!!」


 いつもの二人がいつもの言い合いを始めて、ふふ、とつい笑みを零してしまう。そのおかげで少しだけ肩の力が抜ける。両側面にフェンスを呼び出して後衛の守りを固め、前方のゴブリン達の頭上に冷蔵庫やバスタブなどの重い物を落とす遠距離攻撃を続けた。一向に減る気配のないゴブリン達を前に、みんなは罵声を飛ばしながらも攻撃を続ける。


「ナイトメア!」 


 聞き覚えのある単語に振り向いてみれば、春香さんの手から濃い紫色の霧が出ていて、その霧を浴びたゴブリン達はたちまち崩れ落ちていった。眠りの魔法だろうか。春香さんは見やっている私に気付き、なぜか唖然とした表情を浮かべた。



 視界がブレたと思ったら、次の瞬間とんでもない衝撃が私の身体を襲う。


 何者かに攻撃を受けた私は、弓や魔法を放っていた後衛陣を数人巻き込む形で吹き飛ばされてしまった。数回ほど地面を跳ね、仰向けで地に伏した。全身を強くを打ち据えたようで、ビキビキと骨が軋んだような音が耳に届く。


「うぐっ……!」


 背中を中心にして激痛が広がり声が漏れた。後頭部も強く打ったようで、目に見える地面が明滅を繰り返してる。何が起こった。痛む体を無理やりに動かして、霞む視界で確認してみれば、私の元いた場所に2メートルを優に超える巨漢のゴブリンが腕を振りぬいた状態で立っていた。その背後にも同じような体格のゴブリンが数匹いる。


「シア!!!」


 パニカさんの短い叫び声。呼吸がし辛く、返事をしようにも声が出ない。痛みで全身が震え、ゆっくりと視界が狭まっていく。数人の足音が近づいてきたのを察した瞬間、私は呆気なく意識を手放した。






 まるで古いテレビを観ているみたいだと思った。景色が途切れ途切れで音まで遠く、どうにも現実感に欠けてしまう。力を使いすぎたせいもあるだろう、ぼんやりと思考が溶けていく。


 彩度の低いその映像の先、前衛のひとりが巨漢ゴブリンに潰された姿が目に映る。普段なら目を覆うようなその惨状を、まどろんだ状態の私はただただ茫然と眺めている。


 私の上半身を抱き起したホルンちゃんが、私に何かを言いながら回復魔法をかけてくれる。緩慢な動きで自分の身体を見下ろした。これといって大きな怪我は無いみたいだが、両足が震えっぱなしで碌に力が入らない。


 どこから現れているのか、巨漢ゴブリンはその数を増していき、一方、徐々に数を減らしていく前衛陣は何かを叫びながら後退を始めた。いつの間にか一切の音が消えている。


 また一人、巨漢ゴブリンに捕まり、周囲のゴブリンの槍で串刺しにされた。私は誰かに後ろから両脇を抱えられ、引き摺られながら後退していく。無尽蔵に増える化物からの逃走劇。


 傷だらけのトムさんが先頭で舞っている。回転する槍に巻き込まれてゴブリン達がバラバラに散っていくが、巨漢ゴブリンには効果がいまいちなようで、太い腕で槍を掴まれてしまう。レンジさんがフォローに入り、鋭い斬撃でその大きな首を切り飛ばした。



 吹き飛ばされてきたらしい人が私の近くで停止した。赤いローブで、手足が変な方向に曲がった女性。服装から見てツンデレさんだと判断したが、顔は確認できなかった。首から上が無いのだ。



 あぁ、思い出した。私達は迷宮で魔物を殺し、同時に私達も魔物に殺される。命のやり取り。紛れも無い現実。安穏として楽しい日々が続いたせいか、馬鹿な私はすっかり油断しきっていたらしい。


 視界の隅で、ぼろぼろの剣で貫かれたウサ丸が光の粒子になって消えていくのが見えた。ウサ丸はパニカさんにつけていたはず。



 パニカさんは。



「あああああぁぁー!!!!!」


 ゴブリン数匹にその小さな体を押さえられて、右腕を斧で切断されていた。腕から噴き出した血を自ら浴びて、その表情は確認できない。



「こんっの……!!クソ共がぁァァ!!!!!!!」


 激高したレンジさんが周囲のゴブリンを切り捨てて、その隙にリコさんがパニカさんを連れ出した。ある程度距離を離して地に寝かされたパニカさんの元へ、ヒーラーの男性が慌てて駆け出す。


 ホルンちゃんもその場へ行き、私は覚束ない足でよろよろと立ち上がった。


「退路が塞がれた!!!魔法使いは後方に火力を集中しろ!!!」

「む、無理!!もう魔力が限界なの……!!」

「こんな場所でホブゴブリンだぁ!?冗談じゃねェぞクソユニーク!!」


 音の洪水が舞い戻り、視界の彩度も元に戻っていく。パニカさんの元へ。パニカさんの元へ。


「ああぁう……!!!ごほっ……!!」

「おやびん!!おやびん!!腕が!!」

「ホルン集中しろ!!止血が優先だ!!!」


 真っ赤に染まったパニカさんは、目尻から絶え間なく涙を零していた。血を洗い流した涙が地面に染みを作っていく。


「…………ぱにかさん……」



 全身の毛が逆立ったような、芯まで凍っていくような、あまり身に覚えのない感情に翻弄されて立ち止まった。


 視界の端に、ひらひらと宙を泳ぐ水晶の蝶が一匹。


 足元からふわりと飛んだ、蝶が二匹目。



 小さな地響きと共に、地面に大きなヒビが入った。そのヒビの先は白く輝いており、その隙間から虹色の光を纏う蝶の群が一斉に噴き出した。


 光の雨が天へと降り、巨大な洞窟が隅々まで照らされている。


「な……!?なんだこれは!?誰かの魔法か!?」

「よ、よく分からんが奴らが慄いてるぞ!!今のうちに怪我人を!!」

「おいシア!!チビガキは別に死んじゃいねぇ!!!だから……」


 ズズンッ、と一際大きく地面が揺れて、目に入る景色全体にヒビが入った。溢れ出た蝶々たちが宙を踊る。


 元の景色の欠片がはらりと落ちて、光となって消えていく。ひび割れた先にはきっと別の世界。仲間の皆が慌ててしまっているけれど、もう私にも止められない。止めるつもりも、無い。



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