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遠足に行こうよ・前編



 その場所に一切の光は無く、どこまでも深い闇からは細い風鳴りが聞こえるばかり。途轍もなく広いその洞窟では端までカンテラの明かりが届かず、はたして洞窟なのか星の無い夜なのか判断が付き辛い。自然と人を心細くさせてしまう黒一色の世界。


 迷宮5階層。通称『ゴブリン洞窟』は、その名の通りゴブリンが出没する洞窟である。光源の無い暗闇の中から、武器を持ったゴブリン達が四方八方から奇襲をかけてくる危険エリア。道中にセーフエリアはひとつも無く、長い道程をずっと警戒したまま進まなくてはならない。休憩もキャンプも命がけな上に、始終付きまとう深い闇が探索者の精神を削り取っていく。



 ゴブリンと聞くと雑魚キャラのイメージだったが、小柄ながらも大人ほどの力を持ち、刃物や鈍器を殺意のままに振ってくるのだ。しかも夜目が利き、複数体で奇襲するほどの知能も持っている。冷静に考えれば雑魚のはずはなかった。それにゴブリンは耳が良く、少しの物音でわらわらと群れで襲いかかってくるらしい。ゆえに、少数での攻略には隠密技術が必要であり、その技術が無い場合は大人数でのゴリ押しが有効とされている。【気配遮断】を持っているのは私だけで、パニカさんはコソコソするのが苦手なので後者を選んだ。大人数での攻略は『遠足』という可愛らしい名称で呼ばれており、今現在の私達は武器防具をフル装備した物々しい人達と共に遠足中である。


 死を経験した事のある探索者のうち、四割ほどは5階層でゴブリンにやられたと月刊チュートに記載されていた。探索者の最初の壁。死の洗礼。だからだろうか、迷宮に足を踏み入れる前に情報のすり合わせやフォーメーション、各種の合図等、小一時間ほどの入念な打ち合わせがあった。昨日の会議とは打って変わってみな真剣であり、これはこれでレンジさんがキレた。曰く、真面目に出来るなら最初からそうしろと。そんなレンジさんはずっと機嫌が直らず、未だに般若の形相で周囲を睥睨しながら歩いている。イジられ過ぎて拗ねてしまったらしい。


 それまでの階層と打って変わって高難易度のエリアなので、最初の内は打ち合わせ通り警戒を怠らない静かな行進だったが、すぐに事情が変わって今ではわいわいと雑談しながら暢気に進んでいた。もうだいぶ歩いたというのに魔物が一匹たりとも姿を見せないのだ。探索者の中にはお菓子を食べながら歩いている人までいる。その様、まさに遠足の如く。




「じゃあ販売数絞ってさり気無く値を上げるのよ。素材の流入が滞ってるとか適当言って」

「そうでやすねおやびん。ついでに港に残してるブツも捌きますかい?」

「アレはまだよ。もう少し需要が高まるまで地下に隠しといて」


 私の前を歩くパニカさんが小人族らしき少年と何やら怪しげな会話をしている。小学校低学年くらいの見た目で、耳がやけに大きい茶髪の少年である。純朴そうな顔とは裏腹にその言葉使いは子悪党。パニカさんの悪友、もしくは子分Aといった感じだ。


「う~さ丸!う~さ丸!」

「キュ!キュ!」


 そして私の横には前の少年と同じくらいの年頃の少女が、ウサ丸を伸び縮みさせながら歩いている。薄い桃色の髪をふたつに縛った、まさに純正ロリといった印象の子。ホルンちゃんというらしい。この子もパニカさんの子分らしいが、まだ強欲の闇に染まっていないようでキラキラした純粋な目でウサ丸と遊んでいた。そのままの真っ直ぐな心で育ってほしいと切に願う。



 総勢32名の遠足は和やかに続くが、私はなんだか落ち着かない気持ちをずっと抱えていて、極力不安を見せない様に自然なそぶりで【索敵】に集中していた。現状が事前情報と食い違いすぎている。ネガティブな私の性質がそう思わせるのだろうか。大丈夫、大丈夫、と内心で呟く。私も少しは強くなったのだ。



  名前:アムネシア

  技能:短剣   1

     軽業   3 UP

     回避   1 NEW

     気配遮断 4 UP

     索敵   2 UP


 ぼんやりと浮かび上がるチェッカーの文字。毎日の訓練や合宿の結果がちゃんと数字に現れていて、私の努力は決して無駄じゃないという事を教えてくれる。あまり強そうじゃないスキル群だけど、でもアサシンとか忍者っぽさがあって個人的には気に入っている。蝶のように舞い、蜜蜂のように刺す。少しばかり気を持ち直したのでチェッカーを仕舞い、しっかり前を向いてずんずん歩く。大丈夫。大丈夫。



「やはり、シアさんも不安に思いますか?」


 私の近くを歩いていた春香さんに話しかけられた。不安が態度に出ていたのだろうか。迷宮探索という事もあり、春香さんはいつもの緑セーターとロングスカートの上に紺色のローブを羽織っている。どことなく魔法学園の女教師といった印象である。春香さんは私に声をかけながらも辺りをゆっくり警戒していた。


「……はい。さすがにもう半日も何も無いので、なんだか落ち着かなくて」

「そう、ですね。多くの方は気になさらないようですが、わたしも同じく落ち着かない気分です。友人は気にし過ぎだと言うんですけどね」


 春香さんは自嘲気味に笑い、そして優しい手つきで私を撫でた。なぜ撫でる。そんな私達を見ていたのか、春香さんとは反対側を歩いていたホルンちゃんがてこてこ前に出て、「んっ!」と頭を突き出してきた。なんだか期待した目で見られている。撫でてほしいのだろうと察して、そのかわいい小人を春香さんと一緒に撫でた。ふわふわの毛並が心地良く、ふんわりと心まで温まるような心持。


「あ~アンタらのその姿和むわ。惜しむらくは洞窟なんてロケーションじゃなく街中がよかったなー」


 春香さんの友人のケモ耳さんが苦笑いしながらカメラを構えた。先ほど紹介された時にリコさんという名前だと教えてもらった。常時カメラを持ってるのだろうかとぼんやり考えてる間に、パシャッとフラッシュをたかれた。そしてさり気無く春香さんがピースしてる。お淑やかな物腰の割にお茶目な人だと思う。カメラを片手にニマニマしているリコさんは鉄の軽鎧にメイスと小盾を背負っていて、中堅冒険者といった風情がある。なんとなく自信に満ち溢れているような雰囲気を持っているので新米という気はしなかった。


「リコ、洞窟でフラッシュは目に痛いので遠慮して頂けませんか」

「まあまあいいじゃない。それより春香、最前列の大黒さんが真新しい吸い殻見つけたみたいだよ?それ伝えに来たんだ」 

「あれ、という事はもしやわたし達は」

「だね。運が良いみたい。ちょっと申し訳ない気もするけど」


 リコさんからの情報を聞き、春香さんはホッと胸を撫で下ろして肩の力を抜いた。話を聞くに、どうやら私達の先を行く他の探索者に露払いをしてもらっているような状況らしい。偶然なのだけど、確かに申し訳ない気持ちになる。全てのゴブリンを倒しているのなら、その探索者は大人数か、もしくはとても強い人だろうと思う。


 安全な闇夜の行進はどこまでも続く。皆それぞれ明かりになる物を所持しているが、魔法灯を宙に浮かべているツンデレさんがいるおかげで照明には事欠かない。32の影絵が八方に伸びては暗闇に消えていく。長時間洞窟の堅い地面を歩き続けたせいか、足の裏に鈍い痛みを感じ始めた。途中、パニカさんがトムさんの右肩に担がれて、その反対側にホルンちゃんが乗った。周囲の人からお父さんみたいだと茶化されたトムさんは、悪い気はしないと機嫌よく笑う。そんなトムさんの後ろ姿を見ていた私に、アタシにおぶさる?とリコさんがニマニマした顔で提案し、即座に断りを入れたら口を尖らせた。勘弁してもらいたい。





「そろそろ休憩を入れようか。すまないが【索敵】持ちの4人は相談して誰か1人を警戒に当たらせてくれ」


 先頭を歩いていた大黒さんが声を上げた。黒い髪を後ろで縛り、狩人風の軽装を纏ったダークエルフの男性である。トムさんと同じスキル研究部の人で、真面目な人柄を買われて今回の遠足リーダーを任命されている。もっとも、選考の一端に「眼鏡だから」という適当な理由もあったが。その眼鏡リーダーの提案にみな同意し、思い思いの姿勢で腰を降ろした。


「じゃあ行きやしょう、シアの姉御」


 パニカさんの子分Aが私に声をかけた。


「あの、林田さん。その姉御っていうのやめてもらえると嬉しいんですが」

「なーに言ってんですかい。おやびんの妹さんには敬意っちゅうもんを持たにゃあなりません。それにあっしの事は呼び捨てか、もしくは君付けでお願いしやすって言ったじゃないすか」


 パニカさんの妹設定が地味に広がってる。小学校低学年の大人しそうな少年といった見た目なのに、どうにもその言葉使いのギャップに慣れない。パニカさんに強制されているのだろうかと訝しむ。


「わかりましたよ。行きましょうか、林田くん」

「そうそう、それでオッケーでやす!まぁシアの姉御は先ほどの休憩で警戒に当たりやしたんで、今回は休めると思うでやんす」


 やんす!リアルでそんな語尾初めて聞いた。ますますキャラ作りを疑いながらも、林田くんに手を引かれて歩いていく。連れて行かれた先には二人の男性が立っていた。ジャドさんと、もう一人は知らない人である。


「よお、シアちゃんと坊主。今回は誰がやる?まだ働いて無ェのはオレと坊主くらいか?」

「そうでやすね~。じゃあ今回はあっしがやりやすよ。【夜目】と【鷹の目】も持ってやすから、暗闇はむしろホームでやす」

「おぉスゲェな。じゃあ今回は頼むゼ。何かあったら呼べな」

「まあ全部まるっと一通りあっしにお任せくだせぇ」


 林田くんはそういうと、クロスボウを肩に担いでテテテと駆けて行った。クロスボウがやたら大きく見えるが大丈夫なんだろうか。どうにも庇護欲をそそる外見のせいでハラハラしてしまう。



「しあ~!」


 男子児童が去ったと思ったら入れ替わるように女児が来た。その後ろにはウサ丸を抱えたホルンちゃんもトコトコついて来てる。


「いつものシートと、あとアレ出して!昨日買ったミートパイ!」

「……なに言ってるんですパニカさん。昨日のうちに全部食べちゃったでしょうに」

「う、嘘よ!!!!そんなのってないわ!!!!!」


 嘘も何も。あんぐりと口を空けて愕然とした表情のパニカさんがよたよた近づいてくる。どんだけあのミートパイが気に入ったのか。実は私の分だけ一切れ残してあるけど、この女児はひとりで八等分したうちの六個を食べつくしたのだ。


「あたし見たわ!!シアが1つ仕舞いこんだの見たわ!!」

「あれは私のです。割り勘で買ったんですから私にも当然の権利があるんですよ。パニカさん半分以上食べちゃうし」

「あたしの知ってるシアじゃない!!いつものやさしさはどこ行ったのよ!!」


 よっぽどあの味を気に入ったのか、パニカさんが未練がましい目つきでよじ登ってくる。なぜ登る。パニカさんの頭をがっしり押さえて進行を阻むが、自棄になったのかうーうー唸りながらよじ登るのをやめてくれない。そんな私達を見たホルンちゃんは目を丸くして驚いていた。


「お、おやびんて、シアさん相手だとすっごく子供っぽくなるんだね!!びっくりしちゃった!!」


 無邪気な声が辺りに響き、パニカさんの動きがピタリと止まった。


「おやびん!かわいい!!」


 にっこにこと満面笑顔のホルンちゃんがパニカさんの顔を覗き込もうとするが、パニカさんは私のお腹に顔を押し付けて隠してしまう。ぴょこんと飛び出てるエルフ耳がどんどん赤くなっていく。


「ち……ちゃうねん。これはその……ちゃうねん……」

「そういや俺も前から思ってたな。最初あまりの豹変ぶりにギョッとしたが、なんだかんだツッコミ忘れてたっつーか」


 近くで他の人と談笑していたレンジさんがここぞとばかりに会話に混ざってきた。口角を上げて邪悪な笑みを浮かべている。すっかり気を持ち直したようだ。


「ククッ!良いんじゃねーの?団長も誰かに甘えたいんだろうゼ」

「あの強欲も人の子って訳か。こうして見っと微笑ましいな」

「普段は弾幕ゲーの如く罵詈雑言飛ばしてくるからな。誰かに懐いてんの見るとかわいいって錯覚するよな」

「錯覚じゃないよ!おやびんはかわいいよ!!」


 ジャドさんや他の人も会話に混ざってきて、しまいにはパニカさんが微振動しはじめた。


「ち、違うの!!!これはっ、その……誤解なの!!!!」

「いや、その体勢で浮気現場の妻みてぇな事言われてもな」

「おい強欲、誤解なら顔上げてみ?とりあえず顔上げてみ?」

「え、なになに、何か面白そうな事してる。とりあえず撮るよ」


 リコさんまで混ざってきてシャッターを切った。ホルンちゃん以外のみんなが、一様にニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて私達を囲む。パニカさんがこうしてイジられる姿は珍しい。そのパニカさんは茹でダコみたいな顔を隠すためにますます私にへばり付いた。


「誤解なのかチビガキ。誤解って事はシアと仲良くねえと?そりゃあシアが可哀想じゃねぇか?俺は別に悪い事とは言ってねぇ。甘えられる相手がいるって事はなんっも悪い事じゃねぇよ」

「ちがっ……!別にあたしは……!」

「そういえば僕、パニカちゃんからよくシアさんの自慢話聞かされたっけ。仲良きことは美しきことかな、だね。月刊チュートを三冊も買ってたのは、やっぱりシアさんの記事が嬉しかったからかな」


 いつの間にか近くにいたトムさんの裏切りにより、パニカさんを囲むみんなの邪悪な笑みがどんどん深まっていく。トムさんだけ優しげな目をしている所を見るに、別にイジるつもりは無かったようだ。熱を持ったパニカさんのおかげでお腹が温かい。


「完膚なきまでにシスコンじゃねぇか。いや、飼い主とペットか?」

「ううぅぅぅ~~~~~~!!!!!」

「あっ、これマジ泣きしてね?」

「だいじょうぶだよおやびん!かわいいよ!!」

「あの、みなさん。そのへんにしてもらえると……」


 集まった人が苦笑いしながらパニカさんの頭を乱暴に撫でるが、パニカさんは顔を隠したまま両手で叩き落としていく。ホルンちゃんの邪気の無い言葉が一番パニカさんの羞恥を煽ってる気がする。みんなが言うには私に対してだけは態度が違うらしく、それはなんだか特別扱いされてるみたいで嬉しい。育児の結果が実ったのだろうか。ぐずる女児をそっと撫でてみたが、今度は叩き落されなかった。





 緊急会議を開くぞ、という遠足リーダーの大黒さんの一声により、メンバー全員が円を描くように座っている。すっかりふて腐れてしまったパニカさんは自棄っぱちな様子で私の背中にぴったり張り付いていて、それを両隣りに座る小人二人が微笑ましそうに眺めていた。それでいいのかおやびん。こほん、と大黒さんが咳払いをして話を始めた。


「調査の結果、我々の予想は正しかったと証明された。ここより少しばかり先に数十人規模、我々と同数かそれ以上の人数のキャンプ跡地が残されていたのだ」

「あーやっぱ誰かいたか。急いで合流するか?」

「え、たまたまなんだし、このままでいいんじゃない?」

「楽は楽だが稼ぎになんねぇぞ」


 随所でわいわいと雑談が始まったが、大黒さんがうおっほん、と大きく咳払いをして傾聴を促し、暫しの間を要して静まる。


「キャンプ跡地とは言ったが、そこには何故か天幕が残されたままで誰一人いなかった。武器や荷物が残されていなかった所を見るに、なんらかの理由で急ぎ出発したとみられる」

「影でオレ等を助けてくれるヒーロー的存在じゃネ?」

「確かにテントを片づけるのは面倒ですが、それでも高価なものなのでもったいないですね。拠点として残すのは場所柄愚策では」

「それ拾っていいでやすか?馬鹿にならない額になるでやんす」


 再度わいわいと雑談が始まったが、大黒さんがうおっほん、うおっほん、と連続咳払いをして傾聴を促し、暫しの間を要して静まる。


「そのキャンプ跡地には既にゴブリンが二匹ほど入り込んでいた。だがどうにも動きが奇妙でな、壊れた天幕に纏わりつかれながらもそれを振り払おうともせず、フラフラとどこかに移動していたのだ。しかもそ」

「催眠系の魔法か?闇ならそれ系あったよな」

「え、それじゃもうテント壊されてるんじゃないの!?」

「二匹って事は番いか?ゴブリンすらお盛んなのにお前等ときたら」

「あ?なんだその面、やんのかコラ」


 脱線が凄まじい。咳払いし続けている大黒さんをレンジさんが憐憫に満ちた目で眺めていた。


「ゴブリンは二匹とも真っ赤な目をしていた。あんなのは初めてだ。俺に気付いた瞬間に歯をむき出しにして襲ってきたが」

「発情期じゃね?オレ等薄い本みたいになるんじゃね?」

「冗談じゃねェ!こんな場所にいられるか!俺は部屋に帰らせてもらう!」

「オレ、この戦争が終わったら薄い本になるんだ」

「いや、だからその戦争中に薄い本になるって話だろ」


 とうとう大黒さんが頭を抱え、隣に座るトムさんが肩を叩いて慰めてる。レンジさんに続いて被害者二号の誕生であった。真面目な人ほど生き辛い世の中だと、そう、現状が教えてくれる。



「……結論を言う!!ユニークだ!ユニークモンスターの可能性がある!!!」


 静寂。一転して水を打ったように静まり返った。談笑していたみんながスッと鋭い顔付きになっていく。


「さらに別のゴブリンも見かけたが、やはり何者かに操られたかのような動きで迷宮の奥へ歩いていった。物音に気付いて襲ってくる所を見るに、探索者の固有スキルだというには効果が半端だ。ゴブリンを操るユニークモンスターが奥にいる、とみて間違いは無いと判断する」

「じゃあ、前の方々はもしかして特攻を掛けましたの?」

「おそらくは。天幕を捨てるほど急いだという事は、後続の我々に気付いたのかもしれん」

「まあもしそいつ等の立場ならアタシでもそうするかな」


 みんなの目がギラギラしていて、少し居心地の悪い雰囲気。林田くんすら口角を上げてニヤついている。私はずっと静かにへばり付いてるパニカさんの手をとんとん、と軽く叩いた。


「パニカさん。ユニークモンスターって、名前からレアな魔物だとは分かるんですけど、なんでみんなギラギラしてるんですか?」

「……ん。ユニークはね、めちゃくちゃ高価な魔石を落とすのよ。1000万は軽く超えるらしいの。でも変な能力持っててかなり強いって聞くわ」

「お、おやびん!わたし薄い本はいやです!」

「それあいつらの冗談よ。迷宮の魔物には生殖本能は無いらしいし」


 戦意を高ぶらせたみんなは武器の確認をしたりフォーメーションの段取りを付けたりしていた。レンジさんは俯いて死霊の王みたいに低く笑い、ジャドさんなんかはナイフに舌を這わせていたりする。ツンデレさんは無駄に高笑いを始めた。メンバーのほとんどはレンジさんの顔見知りなせいか、不思議と悪人っぽい顔つきの人が多く、どことなく邪教の集会みたいな雰囲気になってしまった。


「10分だ。10分後に出発する」

「「「おう!!!!」」」


 私自身はあまりお金に執着が無いので、イレギュラーを避けて出直したい所なのだけど、もはやこの集団に撤退の二文字は無いらしい。気を持ち直したらしいパニカさんはマジックバッグから魔法銃を取り出してぶんぶん素振りを始めた。深い深いため息をついたら、ふたつ隣りの春香さんとシンクロして、お互い軽く苦笑い。反対しても無駄だろうと思う。


 そのユニークなモンスターがどのくらい強いのか分からないし、ゴブリンだってまだ一度も見ていない。安全に、誰も死なずにハッピーエンドを迎えられればいい、という安穏とした気持ちと、そんなのご都合主義極まる、という現実的な見解が胸の内でせめぎ合う。いつだって未知には恐怖が付きまとうのだ。せめて、せめてパニカさんだけは守りたい。そう、静かに決心し、私は勢いよく立ち上がった。




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