魔王陛下がふて寝した
淡く光るキノコや伸び縮み運動をするキノコ等、実にファンタジックなキノコをひたすら集めている。薬になるものもあるし、単純に食材として食べられるものもある。もちろん中には毒が含まれているキノコもあるが、そういうものは得てして薬に加工できるものが多く、むしろ毒キノコの方が価値が高いくらいだった。
さわさわと心地いい木々のさざめきの中、私とパニカさんは日課の採取活動をしていた。午前中は郊外の草原か海辺で訓練し、午後は迷宮で安全にお金稼ぎ。たまにパニカさんの気まぐれで休日に変わったりするけれど、それがいつものお決まりの流れである。最近はずっと3階層の浅い森。すでに突破した4階層の方が素材は豊富だが、鳥の魔物が厄介なので安全マージンをとっているのだ。3階層の浅い場所なら魔物はほとんどいないので、私達と同じように採取活動をする探索者を随所で見かける。
「キュ!」
甲高い小さな鳴き声。いつの間にか私の足元に、数種類のキノコを頭に乗せたウサ丸が待機していた。礼を言ってキノコを受け取ると「キュ!」と鳴いて、元気いっぱいといった様子で採取に向かった。まん丸い体にぴょこんとウサ耳が付いているだけで、手も足もない生物なのにどうやってキノコを採って頭に載せているのか。謎深まる。
昨日、勝手に私のベッドに侵入したパニカさんと夢が同期した結果、ただのぬいぐるみだったウサ丸が夢の世界の生物になってしまった。なぜ同じ夢を見たのかはたぶん私の力のせいだろうと思う。【夢】と名の付く通り、私とパニカさんの夢が勝手に繋がった。寝ぼけた私が何かやったのか、それとも時折勝手に繋がるものなのかは分からない。
無人探査機として夢に登場したウサ丸は、広範囲の索敵と隠密活動が可能という役柄通りの能力を持ち合わせていた。そう、私と丸被りである。複雑な心境に陥る中、「シアはいらない子じゃないから」とパニカさんに先回りのフォローを頂いて、逆に悲しい気持ちになり涙目となった。
「シア!しいたけ沢山見つけたわ!しばらくキノコ三昧よ!」
「う~ん。私はあまりキノコ料理が思い浮かばないんですよ。トムさんの所へ持って行ってみますか?」
「バター焼きにするだけでもシンプルに美味しいわよ?煮物やパスタに入れてもいいし、どんな料理にしても大概美味しいから、キノコはいわば食材界のフリーランスね!」
そんなにキノコキノコ言うから頭からキノコが生えたのでは、という言葉はグッと堪えた。パニカさんはニコニコしながらマジックバッグにキノコを詰め込んでいく。ウサ丸も再度キノコを持ってきたところを見るに、私よりも採取能力に優れてるようだ。複雑である。
「ねぇシア。ウサ丸見て思ったんだけど、アイツらも呼べばもっと楽できるんじゃない?ほら、猫とかハムスターとか色々」
「私も一度は考えたんですけど……、でも迷子とか怪我したりとか、なんだか心配になって」
「あー、なるほど。もし死んじゃったりしたらどうなるか分かんないものね。その点ウサ丸はバリアーみたいなの使えるし、ちょっとは安心ね」
「キュキュ!!!」
まかせろ、とでも言うかのようにウサ丸が胸(体?)を張る。キノコを受け取った後、ふわふわモフモフと撫で擦ると照れたように短く鳴いた。
「でもあれね。今、あたしたち三人旅してる」
嬉しそうな声で呟いたパニカさんは、おもむろにウサ丸を転がし始めた。私はつい、マスター、と呼びそうになったが、顔を振って気を取り直し、とっとこ歩くパニカさんを追う。森の木洩れ日が二人と丸い一匹の影を映していた。
3階層入り口付近の安全地帯。ふわりと吹く風が気持ちいいその草原で、パニカさんは神妙な面持ちで私に言う。
「……ついに、ついにこの時が来たわ」
私はごくりと喉を鳴らし、頷きで答えた。私達の緊張感を感じ取ったのか、ウサ丸は私の足元で大人しく丸まっている。いや、元々丸かった。
「この時をどんなに夢見てきた事か……」
「……ではパニカさん。これを」
私はマジックバッグから正方形の白い魔導具を取り出した。ルービックキューブくらいの大きさで、小さな青い宝石が付いている。パニカさんはおそるおそるそれを受け取ると、少し離れた場所に置いて宝石に触れた。
暫しの間をおいてその魔導具が発光し始めて、煙と共に公衆トイレが現れた。真っ白な壁に青いドアが付いた長方形の小さな建物。二人と一匹でドアの先を覗いてみると、明るいランタンの元、洋式の便器が静謐な様子で仄かに光り輝いていた。ちゃんと手洗い場所もついていて、おまけに鏡まである。備え付けの棚にはトイレットペーパーの群。素晴らしい。
パニカさんは私にひとつ頷き、トイレに入ってドアを閉めた。私は少し離れた場所まで歩き、神妙な面持ちでジッとトイレを見守る。
やがてトイレから出てきたパニカさんは、ハンカチで手を拭きながらぽろぽろと涙を零していた。私もそれを見て視界が滲んでいく。パニカさんはよろよろと私の元へ歩いてきて、無言で抱き着いてきた。私もその小さな体を抱きしめて頭を撫でる。念願成就。感涙で言葉も無い。そんな私達を見て、ウサ丸も目を潤ませていた。
迷宮に潜る転移者は『探索者』と呼ばれるが、その探索者に女性は少ない。好戦的か否かの問題もあるけれど、一番の理由としてはトイレの有無である。ファンタジー小説などでは気にならなかった部分だが、当然のことながら迷宮にはトイレが無い。石版通販で安価で買える携帯トイレもあるにはあるのだけど、ぺらぺらの紙に異空間への穴が開くだけで基本的には周囲から丸見えなのだ。なので探索者の用足しは迷宮外に出るか、隠れ忍んでこそこそと物陰で済ますしかない。つらい。私の【索敵】は用足しでレベルアップしたほどである。何度か他の探索者のお花摘みを目撃して、大変気まずい思いもした。
「あぁ文明よ!!あたしたちの旅はこれからよ!!」
「パニカさん……!本当にっ!本当にありがとうございます……!」
「いいのよシアちゃん!!もはやあたしたちに敵無しよ!!」
この『どこでもトイレにいっといれ』は石版通販で500万ちょっとする高額商品である。パニカさんが様々なグレーな商売をしたり、私の情報を売ったり、私の隠し撮りカレンダー等を生徒会で売った結果、大量の稼ぎを手に入れて無事購入に至ったのだ。私達の第一目標、公衆トイレ。パニカさんが普段から食費を節約していたり暴れていた理由が判明したとき、私はついホロリと涙を流してしまった。私達の共有アイテムだと言うパニカさんに、私もお金を出すと言ったが、パニカさんは姉モードのやさしい目つきで首を横に振った。私はますます泣いた。
「さあシアちゃん!立つのよ!あたしたちの冒険はこれからよ!!」
パニカさんが夕日に向かって走り出した。まだ昼下がりを過ぎた頃で全然夕暮れでも無いのだが、なんとなくパニカさんの走る先に夕日が見えるような気がする。私とウサ丸も駆け出してパニカさんを追い、幻覚の夕日を背景にして私達はジャンプした。完。いや、完じゃないが。
提灯通りの奥の奥。少し入り組んだ先にひっそりとそのお店はあった。『檸檬の木』と書かれたのれんを潜ると、ふわりと畳の匂いが鼻孔をくすぐる。内装は明るい色の木がふんだんに使われていて、カウンター席の他にはお座敷スペースが設置されてある。古き良き居酒屋、といった様子。そんなお座敷の上座にちょこんと座ったパニカさんが咳ばらいをひとつ。
「ではこれより、第27回、全日本にらめっこ大会を始めるわ」
「ちっげーよ!!!秒速で脱線してんじゃねぇぞチビガキ!!」
「はいはーい!私元フランス人だけどいい?にらめっこしたい」
「かまわないわ。今日はワールドワイドにオールナイトよ」
「オイ誰だ!!!こんなの上座に座らせた奴!!ミスキャストにも程があるぞ!!!」
早速わいわいし始めた。周囲を見回してみれば沢山の人が座敷に座ってパニ&レンジの漫才を見ている。トムさん、ジャドさんがいる他は知らない人ばかりなので、そっと【気配遮断】を使いながら枝豆を啄んだ。言い合いを始めたパニカさんとレンジさんを、トムさんが苦笑い交じりで諌めた。
「パニカちゃん。今日はほら、5階層の攻略会議だよ」
「ん?それは2次会でやろうと思ってたんだけど」
「なんでだよ!!!俺等は攻略会議で集まってんだから1次も2次も無ぇんだよ!!!」
周囲の人が笑いながらお酒飲んでる。みんなパニカさん、レンジさん、トムさんの知り合いらしいので、ぼっちの私は凄く肩身の狭い心持。枝豆がおいしい。
「チンさん。少しは真面目にやったらどうですの?私は漫才劇場に来たわけではありませんのよ?」
ワインを嗜んでいる女性が鋭い口調で言い放った。長い金髪をゆるく巻いた、ちょっとプライドの高そうな顔立ちの十代後半の少女。赤い豪奢なローブを纏ったツンデレ貴族令嬢、といった感じである。
「はぁー!?てか誰があんたを呼んだのよ!平たい胸族なんだから大人しく大草原に帰りなさいよ!!」
「相変わらず口の減らないジャリたれですわね。私が居れば攻略は楽に進めますわよ?そのついでにゴブリンに追われて見た目相応に泣き喚く貴女が見られれば大満足ですわ」
「帰って!!!魔法塔の瓦礫の下に還って!!ホルン!林田!奴を追い出して塩を撒くのよ!!妖怪チチナシは塩が弱点よ!!!」
「「はいっすおやびん!!」」
パニカさんの号令で二人の小人族が立ち上がったが、ツンデレさんが両手に炎を纏うと膠着状態に陥った。なぜパニカさんはおやびんと呼ばれているのか。なんだか碌でもない経緯な気がする。ピリピリした雰囲気の中、レンジさんがダルそうに立ち上がった。
「オイお前等。やりあいてぇなら路地裏行って来い。一向に攻略会議進まねぇぞ」
「「「ヒィ!!混沌の顔!!!」」」
「仕舞にゃブッ飛ばすぞクソが!!ヒィじゃねぇよ!!さっきからいただろうが!なんで後出しで怯えんだよ!!」
ツンデレさんと小人たちが肩を寄せ合って震えてる。新たな恐怖は戦争終結の一手になりえると一連の流れで知った。ちょっと涙目のレンジさんに対し、ジャドさんと巨漢の獣人男性が肩を叩いて慰めてる。強面三人が身を寄せ合うと威圧感が増す。どうやら話が途切れたようなので、タイミングを見計らっていた私は手を上げた。
「ん。シア、発言を許可するわ」
「す、すみません!厚焼き玉子を追加で!」
「このタイミングで注文かよド天然!!カウンター行って来いよ!」
ひどい。お店なのだから頼んでもいいではないか。みんなに笑われてしまいしょんぼり肩を落とす。次の瞬間、私の隣に座る女性が手を上げた。
「んっと、名前わかんないけど発言を許可するわ」
「調理部所属、名は春香と申します。シアさんを撫でて慰めても宜しいでしょうか」
「勝手に撫でてろよ!!むしろ持ってけや!!!!」
「異世界チートでスローライフを目指す俺が今もの凄くトイレに行きたい件について」
「勝手に行け!!!何だそのネット小説のタイトルみてぇな発言は!?」
今日はなんだかレンジさんが大変である。勝手に許可されて、私は隣の女性に撫で擦られている。チラッとその人を確認してみれば、私の顔見知りでビックリした。
「あの、錆色時計の店員さん、ですよね?」
「はい。店長の春香です。奇遇ですねシアさん。隣にいたのにずっと気付かれないから拗ねちゃう所でしたよ?」
そう言ってくすくす笑う。黒髪シニヨンの落ち着いた女性で、知り合いの中でもピカイチに大人っぽい美人さん。トレードマークなのか、お店の時と同じ緑色のセーターを纏っていて知的な雰囲気を醸し出している。
「店員さんも5階層に?」
「できれば、シアさんには名前で呼んで頂けると嬉しいです。わたし自身は迷宮探索に向かないのですけど、友人に連れてこられまして……。ほら、あそこに」
春香さんの指さす方向に、大ジョッキでお酒を豪快に飲むケモ耳女性がいた。くせっ毛気味の茶髪がぴょんぴょん跳ねた溌剌な印象の人。スライムに大敗した日に私達を介抱してくれた人である。自分が見られている事に気付いたのか、その女性はにこやかに手を振った後、首から下げていたカメラらしき魔導具でパシャッを私達を撮った。ふと気づけば隣の春香さんは元より、周囲の知らん人達が私を囲んで一様にピースしていた。何だコレ。
「あ!!!シアの写真は別途で1000円貰うわよ!!!」
「おいチビガキ!!この間シアを売るなってトムさんに説教されただろうが!!つかお前等修学旅行じゃねぇんだぞ!!!!」
「「「はーいチンピラ先生ーー!!」」」
「ブッ飛ばすぞ酔っ払い共が!!!!」
レンジさんは全部に反応するからイジられるのでは。周囲の人は私に祈りを捧げた後解散した。だからその祈りは何なのか。気になる。
「え!?わ!!な、何よ!!!」
「ほらっ!そこどけ!!全然話進まねぇから俺が変わる!!」
パニカさんがころころ転がされて、空いた席にレンジさんがどっかり座った。不思議と上座が似合う。
「魔王陛下に万歳!!」
「「「万歳!!!」」」
「茶化すなクソ共ブッた切るぞ!!いい加減会議進めるかんな!!テメェ等もうボケんなよ!!フリじゃねぇぞ!いいか!!」
レンジさんは周囲を地獄の眼で睥睨し、一通り威嚇が澄んだ後、こほんと咳ばらいをした。司会の座を追われたパニカさんはあちこちのテーブルをうろちょろ移動して料理を盗んでいる。
「5階層、通称『ゴブリン洞窟』の攻略会議を始めんぞ。今ここに30人くらいいやがるから自己紹介なんかは面倒なんで各々で勝手にやれ」
「あたしはパニカよ。『発電姫』パニカ。様付を許すわ」
「オレ様の名はガウエンだ!!魔王軍筆頭幹部で好きな食べ物は」
「あっしは林田っていうちんけな」
「勝手過ぎるだろ!!!後でやれって話だよ!!察しろよ馬鹿共が!!!」
店内の人は笑いながら拍手している。いつの間にか春香さんに髪型をいじくられている私もみんなに合わせてぱちぱち手を叩いた。肩で息をするレンジさんはグイッとエールを飲み干し、ドンと瓶を置いてみんなを睥睨する。悪鬼羅刹みたいな目が怖い。
「いいか、ここから真面目な話だ。5階層は探索者の最初の壁って呼ばれてんのは知ってるよな。探索者のほとんどはそこで行き詰ってるし今日集まった俺等もそうだ。普通のエリアならこの人数はデメリットの方が多いが、5階層だけは人手が必要だ。なんでだか分かるか?」
「1人ずつ生贄に捧げて安全に通るためですわ」
「発想が狂ってる!!!なんだその禍根が残りそうな手段は!!」
「人数多ければ祝勝会が盛り上がるからな!」
「終わった後の事はどうでもいいんじゃボケ!!!!」
「みんないっしょだと、さびしくないからです!」
「可愛い!!発想が可愛すぎて俺泣きたくなってきた!!なんだよこの面子!不安しか無ぇ!!!」
レンジさんが顔を覆って鼻を啜り始めた。そんな姿は大層不憫で、春香さんの手によりポニテシアとなった私は颯爽と立ち上がった。レンジさんの元へ行き、そっと夢から取り出した物を渡す。
「あぁ……シアか。そうだよな、お前はちょっとアレな所もあるけど比較的こっち側だよな……。ありがたくこのハンカチ……ってハリセンかよ!!!!」
「いたいっ!!」
スパーンッ、と頭を叩かれて良い音が鳴り響いた。たいして痛くはないけれど、不思議と痛いと叫んでしまった。夢のアイテムだからだろうか。
「テメェ等に質問形式にした俺が馬鹿だった。いいか、よく聞けよ。まず5階層には一切光源が無ぇ。それに」
「コンビニがねぇ……痛ぇ!!!」
「オラこんな村っ……痛い!!!」
「ここぞとばかりにボケ倒してんじゃねぇぞ!!!俺言ったよな!?フリじゃねぇって言ったよな!?なんだこの破滅的な纏まりの無さ!!!」
誰かが口を開くたびにハリセンが振るわれて、小気味良い音が断続的に響く。攻略会議が悲しいほどに進まない。
「すみませーん!牛1頭……いたい!!!」
「ここで買うな!!東京さ行け!!!!!」
「………らめぇ!!!オレまだ何も言ってねェゾ!!!!」
「フッざけんじゃねぇぞテメェ等!!!もうボケようがボケてなかろうが関係ねぇ!!纏めてド突きまわしたるわアホンダラァ!!!!」
「やっべ凶顔がブチ切れた!!沸点低すぎだろ!!」
テーブルを挟んで反対側に座るトムさんは、いつもの苦笑いを浮かべながら淡々と鍋を食べていた。私も一杯貰い、塩風味のシンプルな鍋をかき込む。いつの間そこにいたのか、パニカさんがテーブルの下からひょっこり顔を出したので、おかわりついでにパニカさんの分も貰う。出汁にキノコが使われているのに気付き、トムさんと春香さんにキノコ料理を教わりながら和やかな時を過ごした。結局会議らしい会議は一切出来ず、レンジさんはハリセンで暴れ放題した後、最終的にヤケ酒して潰れた。




