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潮騒に紛れて心が削れる音がする



 ガタンッ、という音で目を覚ました。赤い布で出来た座席が見える。どうやら私は列車の中で眠ってしまっていたみたいだ。車窓から日が射していて、昼下がりを少し過ぎた頃だと知る。微かに窓が開いていて、ひんやりした風が頬を撫でた。


 黄色い街。窓から覗く景色を見て私は思った。街の至る所に植えられている樹が黄色く色づいていて、その黄色い落ち葉が街路を埋める。黄色の隙間には青すぎる空。絵の具を塗ったくったような、子供のいたずら描きのような風景。そんな街の合間を、列車はゆったりと走り抜けている。


 対面の席に、いつの間にか少女が座っていた。顔も姿も分からないが、不思議と少女だという事は分かった。少女が何かを話しかけてきた。何か話しているような仕草だが、少女の口は一切の音を発しない。とりあえず頷いてみると、少女は満足そうに笑った。


 とんとんっ、と肩を叩かれて横を見る。私の横には女性が座っていて、その手には水筒を持っている。女性が何かを話してきて、私も何かを話した。列車の走る音だけがカタンカタンと響く無声劇。私は、私の意志を無視して少女と女性の二人と会話していた。時折少女は隣の席に座る人たちに話しかけている。


 驚いたことに、私は何の気おくれもせず始終微笑みながら喋っていた。心からこの人たちを信頼しているのを感じる。隣の席に座っていた人たちが、私の元に来てはお菓子を置いていく。そのうちの一人の男性が私の対面に座る少女と言い合いをして、私はその様子を見てくすくす笑う。言い合いなのに、何故だか温かい気持ちになるのだ。


『○○が【夢】の力を使えば万事解決よ!』


 少女が私を指さして言い、私はその言葉に微笑んだまま頷いた。




 ぴーちょんちょんぴぴぴ、と丸鳥の鳴き声で目を覚ます。どうやら私は、ソファとローテーブルの隙間に挟まって寝ていたようだ。ジャストフィットで抜け出すのに苦労する。隙間からは脱したが、カーペットの手触りがよかったのでそのままごろごろ転がった。


 夢の残り香がまだ漂っているようで、頭を揺らしながら天を仰ぐ。楽しい夢から目覚める度に、言いようのない寂寥感に包まれる。ゆらゆらと視界を揺らしながら、夢の景色を反芻してみる。私に友達がいた。座席で離れてはいたが沢山いたような気がする。パーティーだろうか、願望全開である。


 お湯を張ったカップに紅茶のパックを放り込んで、私は携帯食料をかじった。携帯食料は安くて美味しい。簡素だけど個人的には満足のいく食事。窓からは柔らかな朝日が射している。時折、花の香りが混ざった風が寝癖交じりの髪を揺らす。チュートリアル島は小春日和といった様子だ。この世界に四季があるのかは分からないが、どこか春じみたぼんやりとした空気が漂っていた。




 横薙ぎに切る。突く。再度横薙ぎに切る。短剣に太陽の光が反射して、短剣の太刀筋が残像を残して見えた。大振りで潮風を切る。


 ずっと素振りをしていたせいか、随分汗ばんでしまった私はローブを脱いで砂浜に置いた。白いワンピース姿になった私は、火照った体を風で冷やしながらも、脱いだ白ローブをじっと観察した。やがてローブが光を放ち、小さな光の粒子となって消えていった。おもむろに靴を脱いで、同じように観察していると靴も光となって消えた。


 私は砂浜を見渡して、誰もいない事を確認すると目を瞑って「いでよ服」と念じた。一瞬後には、白ローブと靴を着用した私がいた。謎である。ファンタジーみたいだ、と独りごちた後、ここがまさに異世界である事を思い出す。私が全身に纏っている服は全て光と共に現れて、脱ぐと消えてしまうのだ。汚れたり破けたりしても、一定時間経つと綺麗に元通りになる。だから、私に魔法の適性が無い、という事に納得がいかなかった。迷宮に出入りする他の転移者達は、服が擦り切れていたり汚れていたりしていて元に戻る気配は無い。


 これが私の固有スキルだろうか。汚れぬ一張羅。便利だけどいやだ。日がぽかぽかと暖かいのでもう一度白ローブを脱いで消した。近くを歩いていたヤドカリが、光に驚いて殻に閉じこもってしまった。


 潮騒が耳に心地いい。チュートリアル島、と言うからには島である。当然のことながら海に囲まれている。白い外壁に囲まれた街の門を出て、郊外の草原をしばらく歩くと海に出る。深いところは蒼く、浅いところは若草色に光る綺麗な海。海外の写真でしか見たことが無いような絶景。でも、人気が無く閑散としている。


 短剣を腰の鞘に仕舞って、突っ立ったまま海を眺めた。雲一つない空を海鳥が回遊している。


 海鳥が泳ぐ絵の具の青みたいな空に既視感を覚えた。そこでハタと、今日見た夢を思い出す。知らない街の知らない友達の夢。目覚めかけの夢の端で、少女の言葉を聞いた。短い名前で私を呼び、夢の力、と言った。


「夢の力」


 ぽつりと呟いた私の言葉は潮騒に紛れて消えた。夢の中の出来事なのに、妙に印象深くて意識してしまう。夢。ふふ、と自嘲気味に笑う。あまりにリアリティのある夢だったからばかな考えが浮かんでしまう。私は海に背を向けて、肩に左手をあてて右腕をぐるぐる回す。


「エンシャント!ドリーーーム!!」


 振り向きざま右手を海に向けた。海の満ち引きが静かに鳴るばかりで、何事も起らなかった。私は神妙な顔で伸ばした右手を睨む。何も出ない。右手を下げて、私はまた、ふ、と自嘲気味に笑う。こんな簡単に固有スキルが使えたら苦労はしないのだ。グッと背筋を伸ばした。


「スリーピングビューティ!!!!」


 両手をクロスして海に突き出した。出ない。こんな適当な呪文じゃだめなのだ。アプローチを変えてみよう。全身の力を抜き、瞼を閉じて集中する。


「……慟哭する刻の鐘よ。混沌たる宵の星々よ」


 右腕をゆっくり海に掲げる。【夢】を意識して言霊を紡ぐ。


「夢幻の闇の螺旋となりて!全ての命に終焉を!!」


 カッと目を見開いた。


「ナイトメア!!!!!!」


 ザザァン、と潮騒ばかりが悲しく響く。今のは割と良かったと思うのだけれど、当然のことながら何も出なかった。ノリに任せて封印されし黒歴史ノートの呪文を出してしまった。こんな姿は誰にも見せられないなと遠い目をした。



「…ずっと世界の狭間を彷徨っていた。那由多の刻を彷徨ったわ。次元の海。宇宙の終着」


 隣に人が居てギョッとした。え、誰。何か喋ってる。驚きで体が硬直し、右腕を海に突き出したまま横目でチラッと窺ってみた。漆黒の髪を腰まで伸ばした二十歳前後の女性だ。ひらひらした黒いゴスロリ服を着て、私と同じように海を見ている。


「そんな時に聴こえたの。わたしは聴いてしまったの。あれは星の呼び声?貴女の歌声?」


 切れ長の知的な目で私に視線を投げる。さっぱり意味は分からないけれど、何となく中二病的な事を言ってるのは分かる。もしかして、先ほどまでの私はずっと見られていたのだろうか。中二病な人に中二仲間だと思われたのだろうか。とにかく返答しなきゃいけない空気だ。


「それはきっと世界セカイの産声。あなたは開幕のベルに間に合った」


 私は平常心を装いながら中二で応戦した。それっぽく言ってみた。未だ右手を海に向けたまま横目で女性を窺うと、心底満足げな顔を浮かべていた。女性はおもむろに海へと歩き、浅瀬で踊るようにくるくる回る。


「ここはさみしい場所ね。よせてはかえす終焉の海。滅びた歴史の集積場。『崩滅の魔女』たる私に相応しい」


 チュートリアル島の海辺が中二世界に変異した。私は今、二度目の異世界転移を経験してるような心持。


「歓迎します。ようこそイレギュラー。終わりの始まる場所へ」


 私は必死でそれっぽい返事を返した。産声って言ったのになんで終焉にしようとするのか。一方的にフリースタイル中二バトル挑まれて困惑を隠せない。女性の視線が途切れた瞬間にサッと右腕を降ろした。疲れてぷるぷるしていたのだ。


 女性はくるくる回るのを止めて、浅瀬から私を正面に見据える。


「私はパンドラ。崩滅の魔女パンドラ。悠久なる刻を生き、八つの世界セカイを呑み込んだ。わたしの封印を解いてくれたのは貴女なのでしょう?時の狭間の観測者さん?それとも貴女はこの星そのもの?」


 ここぞとばかりに設定をもりもりブッ込んできた女性に言葉が詰まる。こっちも設定押し出すと嫌な化学反応が起きそう迂闊に喋れない。人見知りの私にこのやり取りは難易度が高すぎる。名を尋ねられたみたいだが、私は自分の名前をまだ決めていない事を思い出した。こういう時はあれしかない。


「私には名前がありません。私は私が何者であるかすら分からないのです」


「貴女は全てを知っている。だけど貴女は貴女を知らない。ならば貴女は記憶喪失アムネシア


 一方的に設定付けられたうえに命名された!?慄いて硬直する私の横に、すたすたと超然とした様子で歩いてきた女性が、笑みを浮かべて海を見る。


「ねぇ、アムネシア。貴女はそこから何が視える?」


「……数多の世界セカイの行く末が」



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