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シアしかいない



 私は妙な経緯で、また新たな力を手に入れた。私が増えるのである。分裂、と言ったほうが正しいか。【夢】と混ざる事で使えるようになった力、ダブルモード(ロリ)は私が分裂した挙句二人ともロリになる。半端ロリの半端がとれた完全体ロリ。そんなロリが、いま目の前でさめざめ泣いている。ソファに座って紅茶を飲みながらも滴る涙は止まらない。そんなシア2が泣きながら私の頬をハンカチで拭いた。気付けば私も泣いていたらしい。私達はお互いさめざめ泣いて、やがて声をあげて号泣した。ロリ二人の泣き声がハモって部屋に響いた。



 お泊り会から無事帰還したシア2と融合してみれば、お互いが過ごした二泊三日の記憶も融合したのだ。エステルさんに拉致された私と、パンドラさんに拉致された私。片方だけでも辛かったのに記憶が融合して痛烈な一撃を喰らわされ、一人では耐え切れないとダブルモード(ロリ)を使ったのだ。翼を出すか増えるかの二択を選ぶような感じで使えるようになった新たな力。記憶も分裂しないかな、という希望的観測も虚しく、精神がごっそりと削られた私が増えただけであった。


「し、シア2。もう私は、私は切らなくていいんですよね?刺さなくていいんですよね?」

「は、はい。忘れましょう。あの生徒会地下室は忘れるんですよシア2……」

「なんで……なんであの人達は刺されて恍惚とした顔をするのか……なんで私はフリフリを着てパステルモールを……」

「や、やめて……撮らないで……ポスターにしないで……あ、あ、あ」


 正午前のやわらかな陽射しが射す居間で、私達は抱き合っておいおい泣いた。エステルさんとパンドラさんに一切の悪気は無い。それどころか善意の塊である。ただ少しだけ私とは世界観が違ったのだ。職場見学だよ!と天真爛漫なエステルさんはまるでカーテンを開けるような気楽さで自然に人を切っていた。対象は主に軽犯罪を犯した人や、切られたくて立候補してきた人達。後者については何も考えたくない。私はそのグロ画像を目撃するたびに気絶し、起きては気絶し、割と早い段階で心が折れた。


 一方パンドラさんとの二泊三日は、延々と延々と着せ替え人形であった。『魔女の庭』という服飾店を経営しているパンドラさんは、朝から晩まで私を飾り付けては写真を撮り、そして一睡もせずに朝を迎える。真夜中もずーっと私を眺めている。寝たら時間がもったいないと言いながら、眠気覚ましに自分の指を滅ぼして私を眺めつづける。何度言い聞かせても寝てくれないので、私も一睡もせずにパンドラさんを見張るはめになった。やがて朝が来て、そして着せ替え人形の始まりである。睡眠不足とフリフリ地獄で、割と早い段階で心が折れた。


 数々の映像がフラッシュバックし、私達はおいおい泣きながら部屋をころころ転がった。ころころ転がり続けた挙句、お互いの頭を激しくぶつけた。ますます泣く。心まで幼くなった私達は存分に転がり、やがてどちらともなく起き上がってソファに戻った。こほん、と咳払いして気を取り直す。


「いい衝撃でした。物語だと入れ替わりが起きるほどに」

「入れ替わっても、結局私ですよ」

「そうでしたね。良い着眼点ですシア2」


 カラーン、カラーンと広場の時計塔の鐘が鳴り、街にお昼をお知らせした。私達のお腹が同時に鳴る。


「「お昼にしましょうか。塩味の何かがいいですね」」




 鍋の中にパスタを泳がせて、一心不乱に塩を振っていく。パスタの具を任せたはずのシア2は、なぜか包丁を握ったまま硬直していた。


「私、今から切りますね。切る、切ります。今、切る」

「……シア2。大丈夫です。もう、大丈夫なんですよ」


 そっと肩に手を置いて慰める。私も包丁を持ったらきっとこうなる。誰よりもその辛さは分かるのだ。へにょっとした情けない涙目でシア2が包丁を渡してきた。おずおずと受け取り、まな板の上のベーコンを前にすると途端に手が震えはじめた。


「これは、人じゃないです。肉です。肉。人も、肉……」

「し、シア2!ウインナーにしましょう!そのまま焼いたやつで!」


 涙目になった私はシア2に慰められた。まだまだ傷は深い。お互い情けない顔のまま料理を進めていく。


「……早く作ってしまいましょう。空腹の旋律が響いています」

「……はい。刹那の刻で済ませましょう。あの風が止む前に」


 再度思う、まだまだ傷は深い。にんにくとオリーブオイルが煮え立つフライパンにウインナーを放り投げ、パスタをどさどさブッ込んだ。塩コショウの連撃を加え、トドメに七味唐辛子。


「私の手際もなかなか良くなったんじゃないですか?」

「そうですかね。傍から見るともたもたしてるようにしか」

「見解の相違ですね。残念です」

「……シア2も私でしょうに」


 完成したペペロンチーノをダイニングテーブルに配膳し、食べましょうか、とシア2に声をかけるも、シア2は眉を顰めてなにやら難しげな顔をしている。ぐぬぬ、といった感じである。


「あの、どうしたんですか、シア2」

「シア2。私今気付いたんですけど、ペペロンチーノって塩味の何かって言えるんでしょうか」


 いきなり何を言い出すのか。


「確かに塩は使いました。けれど、大抵の料理って塩使ってませんか?」

「ま、まさか、それでは私は……」

「……はい。塩味の何かを食べたいと言いつつ、別に塩味でも何でもないものを作りました。ドヤ顔で」


 別にドヤ顔はしていない。むしろ色々あって涙目だった。でも言いたい事は分かる。作りたてのペペロンチーノを一口食べると、それはにんにくとオリーブオイル味だった。でも、たしかに塩を振ったのだ。


「……塩を沢山使いました。これは、うま塩ペペロンチーノです」

「うま塩……。なんだかうま塩って付けるだけで塩味をちゃんと主張している気がします……。そ、そうですね。これはちゃんと塩味の何かです」

「はい、間違いなく」


 シア2と神妙な顔で頷き合い、食事を再開した。




 カランコロン、ハンドベルの軽やかな音色が部屋に広がった。対面のソファに座るシア2が真面目くさった顔で玩具のハンドベルを鳴らしている。私も真面目くさった顔でシア2を見る。


「「では始めましょう。第一回シア会議」」


 紅茶とクッキー、そしてスケッチブックがテーブルに置かれている。私達はお互いにぱちぱちと拍手し、失敗して砂糖水の如く甘くなった紅茶を飲んだ。


「私達は偶発的に新たなる力、ダブルモード(ロリ)を手に入れました。これよりその力の有効活用、またはデメリットなどを話し合いたいと思います。なにか質問や議題などがありましたら挙手を」


 いつの間にか司会の座をシア2に奪われていた。どことなく知的な言い回しを心掛けている様子だが、その姿はどう見ても大人ぶったロリでしかなく、自分もそんな姿になっている事に悲しくなった。顔を振って気を取り直し、挙手。


「どうぞ、シア2」

「まず、その呼び方をどうにかしませんかシア2」

「しかし、私から見ればあなたはシア2で、あなたからみれば私はシア2では」

「私もそう思います。確かに私達はお互い本物のシアなので、分裂相手はシア2になるでしょう。でも、あまりに安直では」


 私の言葉を聞いたシア2はぼんやりと宙を仰いだ。考え事をしているのは分かる。けれどその姿からは天然じみた印象が滲み出ている。まさか私はこの外見の印象だけであほだ何だと言われているのでは。


「たしかにシア2ではあんまりでしたね。では少しもじって、ネシアで」

「途端にインドっぽくなりましたね」

「じゃあムネシアですか?」

「そこまでいったらアをつけましょう、アを」


 甘ったるい紅茶を一口。


「「……やっぱりシア2で」」


 クッキーを一枚口に放り込むと、柔らかな生地がとけてほのかな甘みが口に広がる。お茶菓子のクッキーはパンドラさんに貰った物だ。ビックリするぐらい料理の上手いパンドラさんとの生活は、食生活の面では最高と言う他無かった。今度何か教えてもらおう。シア2も美味しそうにクッキーを齧っている。



「では、議題に移ります。分裂は戦闘面において役に立つのかどうかですが、私の意見としてはやはり何度考えても否と言わざるを得ません」

「同意します。スキルレベルが半分以下になるのが口惜しいですね。分身してアサシネスブレイク、カッコいいのに」

「はい。残念極まりないです。私の一番の強みである【索敵】が半分になるなんて、迷宮では致命的とすら言えますね……」

「強みと言うより唯一役に立つ部分では」

「自虐は止めましょう、自虐は」


 はぁ、と二人でため息ついて、ずずずとお茶を啜る。


「修業面はどうでしょうか。あの、忍者漫画みたいなのは」

「分裂した分だけそれぞれ経験値が貰える、というやつですか」

「ちょっとは期待できるのでは。記憶も融合しますし」

「でもスキルレベルが半分なんですよ?成長率も半分では」

「そうなんですよね……。じゃあ今度そのへんイチカさんに聞いてみますか」

「私もそれがいいと思います。分身の先輩ですからね」


 私はスケッチブックに『イチカさん』とだけ書いた。分裂相手のシア2とは一切気負いなく話せて、なんだか普段より私の口数が多い気がする。暫く会議を続けたが、残念ながらダブルモード(ロリ)は戦闘には向かない、という結論に落ち着いた。戦えないロリはただのロリ。シア2は同情に満ちた目で私を見ていて、私も同じ目をシア2に向けている。


「あと気になる事があるんです……」

「どうぞ、続けてください」


 お互いのカップに紅茶を継ぎ足しながら話を聞く。


「例えば、私達が沢山食べてお腹いっぱいになったとします。この間のトムさんの鳥鍋会の時みたいに」

「うちの庭でやったやつですか。あの晩はとても楽しかったですね。鳥鍋なのに鶏肉がなかった気がしますが、それでもとても美味しくて」

「そうですね、あのキノコのいい出汁が決め手になってると思います。4階層に生えてるらしいので今度探してみましょう」

「はい。えっと木曜日……でしたっけ。4階層」

「シア2が知らない事は私にもわかりませんよ」


 お互い苦笑いをして、紅茶をずずずと啜る。砂糖を入れ忘れていたことに気付いて席を立つと、同じタイミングでシア2も立った。キッチンまでの距離が近かった私が砂糖の瓶を運んだ。


「……あれ?シア2、さっき何か気になるって言ってませんでしたか?」

「……あれ?」


 シア2が首を傾げて静止した。


「ま、待ってくださいシア2!それ!それなんかアホっぽいです!!」

「な、何ですか急に!シア2が話をずらすから忘れちゃったんですよ!」

「私の所為ですか!?そんな傍若無人な子に育てた覚えありません!!」

「自分に育てられた覚え……自分を、育てる……?」

「えっと、自己啓発、という事ですかね……?」


 ぴーちょんちょんぴぴぴ、と丸鳥の鳴き声。まどろむような午後の風が窓辺から入ってきて、花瓶の花を微かに揺らした。空を仰いでみれば丸い雲がぽんぽん浮かぶ気の抜けた青空。ふとみればシア2も同じようにぽけ~っと空を見ている。


「お布団でも干しましょうか」

「そう、しましょうか」





 シア2がばふばふと布団叩きで布団を叩く。真剣な表情だけれど遊んでいるようにしか見えない。微笑ましくも複雑な気持ちを湧き立たせる姿を横目に、私は淡々と小物を干していった。普段パニカさんの口元を頻繁に拭くので、ハンカチの数がやたらと多くなってしまった。パニカさんは最近トムさんの家に通ってる。パニカさんの新たな武器をトムさんが作っているらしいが、作業中極まれに爆発するのだとか。怖いので私は行かない。



 ガーデンテーブルに座ってぼんやり陽を浴びる。たまには私も干されよう。瞼を閉じて光合成のイメージ。私は光を浴びてすくすく育つ。


「何してるんですシア2。猫でてますよ猫。あと花も」


 あきれ返ったような声に気付いて目を開けた。腰に手を当てたシア2が目の前に立っている。見回してみれば、いつの間に出たのか数匹の猫が足元やテーブルの上でごろごろ寝転がっている。芝生には見た事も無い丸みを帯びた花が数本咲いていた。ひまわりのぬいぐるみ、といった印象の間の抜けた花。


「?とくに夢を使ったりはしてないのですが」

「あいかわらず【夢】は謎ばかりですね。分裂しましたし」


 はぁ、と溜め息ついてシア2も座った。


「シア2がぽけ~っとしてる間に、私は凄い事を思いついたのです」

「はぁ。なんでしょう」


 白猫がよじ登ってきたので膝に乗せた。かわいい。


「私達が【夢】を解除すると、どちらか一方の私に統合されます。これを利用して長距離転移みたいな効果が出せるんじゃないでしょうか」

「それは便利ですね!家から直に迷宮に行けたりすると楽です。あと、商店街とか」

「ものすごく便利ですよ!まぁ難点は私だけの転移って事になるのですが」


 シア2がにこにこと笑う。きっと私も同じ表情だ。転移、夢が広がる。どこまでもひとっ飛びな想像を膨らませていたら、その転移方法に重大な欠陥があることに気付いた。どんどん笑顔が曇っていき、シア2も同じタイミングで俯く。


「それ結局どちらかの私が歩いて目的地に行かなきゃいけないじゃないですか……。しかも二分の一の確率で無駄足……」

「そ、そうですね……。たとえ転移が成功しても結局そこまで歩いたという記憶は融合するわけですし……。疲労が蓄積されるかは謎ですが、この案自体がイマイチですね……」


 私達はしょんぼりと肩を落とした。ダブルモード(ロリ)の利点がいまいち浮かばないのである。街での買い物を分担できるが、このロリ姿のまま街に出たくなかった。パステルモールの至る所にロリシアのポスターが貼ってあるのだ。ゴスロリや甘ロリを着た私が写っている『魔女の庭』のポスター。パンドラさんの暴走の結果である。


 家事を手伝ってもらう、という手もいまいちだった。ねむいモード(仮)と違ってダブルモード(ロリ)の時は眠気は無い。でもシア2の滞在時間に比例して融合後に眠気が来るのだ。使い勝手悪し。でも、こうして二人に分かれていると、たとえ目の前のロリが自分だとしても何かフォローしてあげたい気持ちになる。シア2が大きな目を潤ませながら私を見る。


「「……でも、ふたりだと寂しくはないです」」


 声が綺麗にハモって、つい笑った。声で目覚めたらしい猫たちがじゃれついてきて、私達は猫と一緒に芝生の上をころころ転がって遊んだ。




 のんびりとした時間を過ごし、そろそろ夕飯の準備でもしようかと思い立った頃、居間で小説を読んでいたシア2が私に声をかけた。


「そろそろダブルモード(ロリ)を解除したほうがいいでしょうか」

「そうですね。どのくらい眠気が来るかわかりませんし」


 立ち上がってトコトコ歩いてきたシア2と向き合う。


「「では、また」」



 【夢】を解除すると、私達は光に包まれて一人になった。14歳くらいの半端ロリの完成である。暫しの間私は茫然とその場に立ち尽くし、ゆっくりとした動作で膝をついた。視界がどんどん潤んでいき、やがて涙が頬を伝っていく。


 記憶が融合した事で、シア2の主観が全て私のものになったのだ。私は今日、一日中独り言を言いながら過ごした。自分で発言して自分でツッコミを入れてる。挙句の果てに自分で自分に慰めの言葉をかけたりしてる。脳内会議をそのまま現実に顕現させた。イタすぎる。私はなんて寂しい人間か。あんな姿誰かに見られたら私は一生箪笥の隙間に引きこもる。そんな残念極まりない自分の醜態が露わになり、私は床に座ったまま声を上げて泣いた。




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