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提灯通りは眠らない



「そんでチビガキ抱えて飛び続けたと。何やってんだか」


 レンジさんが苦笑い交じりに言い、エールの瓶を傾けた。


「でもだいぶ楽だったわよ!!これなら4階層も楽々スルーできるわ!!」

「パニカちゃん、それはやめておいた方がいい。4階層は鳥型の魔物が出てくるからね、下を行く方が安全だよ」


 パニカさんが空の器を差し出し、トムさんがそこに醤油鍋を注ぐ。赤い提灯に照らされたテーブルには、肉料理、魚料理、鍋物が無秩序に並んでる。その隙間を塞ぐようにお酒の瓶が配置されていた。


 夏が近づくにつれて夜が騒がしくなり、飲み屋街の提灯通りは人がごった返すほどの盛況ぶりを見せている。そんなお祭りじみた景色の一角で、私達4人は小さな宴席を設けていた。シア&パニカの3階層クリアを祝う会、と銘打ってあるが、実際の所最近羽振りのいいトムさんに奢ってもらう会であった。閃光弾とは名ばかりの爆弾が大量に売れたらしい。


「山岳地帯はトムさんの庭だよな。案内してもらえば楽だぞ」

「僕は構わないよ。山の魅力を布教するのは趣味みたいなものだからね」

「助かるわトムさん!シアと2人だと迷子になりそう」


 だからその私の迷子イメージは何なのか。焼き魚を食べながらじっとりとした視線をパニカさんに向けると、顔を逸らして鍋をがつがつかき込み始めた。その食べ方のせいで顔に食べかすが付いてしまうのでは。念のためにハンカチを出した後、私は引き続き焼き魚に集中した。


「つーかチビ助、お前ちっとは顔隠せよ。部の連中と大立ち回りかました後だろ。未だ魔法塔ガレキだぞ」

「ん?なんのこと?あれはあたしの秘書がやった事よ。うっすら聞いたところによれば販売中だった閃光弾をついうっかり落としたらしいわ。そして何故か爆発したらしいわ。その秘書も巻き込まれたし、痛ましい事故と言う他無いわね」

「そうか、事故か。いけしゃあしゃあと口を回しやがって。メンドくせぇ事に巻き込むんじゃねぇぞ」

「ん?なんのこと?あたしにはとんとサッパリまるっとよく分からないわ」


 パニカさんはキョトンとした顔で言う。その口元は案の定食べかすだらけである。用意してあったハンカチでぐにぐに拭うと、パニカさんは満足げに「うむ」と鳴いた。そしてまた親の仇の如くがつがつと食べ始める。暫くはループするので、ハンカチは出しっぱなしにした。



 赤提灯がぬるい夜風に揺られてる。その風が様々な食べ物の匂いを運んできて、何の匂いだろうかと興味を惹かれてはテーブルに新たな料理が追加される。祭りの日特有の感覚が、この提灯通りでは毎夜の事。その影響か、私の食欲も普段よりは増している。冷たいゆず酒で口内を爽やかにして、また新たに油ものを食べていく。


 隣の野外テーブルでは四人の探索者が利き酒をしながらわいわい騒ぎ、また別のテーブルでは男性二人が将棋を打ちながら酒を飲んでる。町一番の人気スポットと言える提灯通りは和風の物に満ち溢れ、だからこそ人が集まるのだと思う。みんな元の世界の文化を懐かしんでるのだ。和物フリークの多いシノ部の人も時折見かける。私に気付いては手を振ってくれるので、その度に私も振り返す。知り合いが増えてきて嬉しい。


「てか何でチンピラがいるのよ。そんなバカスカ酒頼んだらトムさんの負担になるじゃないの。さっさと10階層に帰るがいいわ」

「ハァァ!?そこ地下墓地じゃねぇか!!テメェこそシアにへばり付いてる悪霊みてぇなモンだろが!!陽の光浴びて浄化されろよ!!」

「日陰者代表みたいな面で何言ってんの!?アンタが肉食べると邪神が人肉食べてるみたいに見えるから食欲失せるのよ!!!!!」

「言いやがったなロリババア!!!ちっと面貸せやボケナス!!!!!」


 今日も二人は元気。この口喧嘩も毎度の事なので、最近では逆にこのやり取りを見ないと落ち着かなくなってきた。私は満足げに頷き、トムさんは苦笑いしながら蒸留酒を飲んだ。パニカさんは口喧嘩しながら料理の皿に手を伸ばしたが、残念ながら女児の腕では届かず、レンジさんがそれに気付いてさり気無くパニカさんの方へ皿を移動させた。仲良しである。


 ぎゃあぎゃあと騒がしくなってしまった私達の席に、一人の男性が近づいて来た。真っ赤な人、という印象である。赤い髪を逆立てて、赤い特攻服のようなものを身に纏った見るからに暴走族みたいな男性。額に角が生えている所を見るに、鬼人族の人だろうと思う。


「オウこらクソ魔王ォ。オレ様の縄張りで何威風堂々かましてんだァ?」


 その男性はレンジさんの肩に手をかけて威嚇するように言う。一方レンジさんは舌打ちした後、おもむろにエールの瓶を呷った。


「『憤怒』か。毎度毎度メンドくせぇな。縄張り主張すんなら石ころ一つまでちゃんと名前書いとけ。まぁテメェに文字が書けるとは思えねぇが」

「ンだとゴラァ!!上等こいてんじゃねぇゾ三下ァ!!!ヤルってのかァ!?このオレ様とよォ!!!」


 レンジさんはため息をついた後、おもむろに串焼きを食べ始めた。男性を無視する方針に切り替えたらしい。そんなレンジさんの態度に、男性は三白眼を見開いてガンを飛ばす。頭の上に『!?』という炎の文字が浮かんでるけど、あれどうやっているのか。なんか不良漫画で見たことがある。


「クククッ、魔王テメェ日和やがったか?チラッと義妹がなんだかってェ聞いたトキあるが、何だ?ほのぼの異世界譚に切り替えかァ?」


 赤い人が渋顔のレンジさんにこれ以上ないほど顔を近づけて嗤う。角度によってはほっぺにキスである。私はこの気まずい空気に耐えられず、どうしようかとおろおろ周囲を窺う。ふと気づけば、パニカさんとトムさんが隣の席に移ってわいわいご飯食べてる。


「このトマト煮ってやつ美味しいわ」

「ニンニクが良い味出してるね。鶏肉とよく合うよ」


 ずるい。私は置き去りである。私もほのぼのトマト煮したい。不服な顔のまま視線を戻せば、何故か赤い人が私をジッと見てる。頭の上に『!!』という炎の文字が浮かんでる。なんなのだろうか。怖い。私は不良漫画は苦手だ。


「あの。すみません」


 赤い人が普通の喋り方で私に声をかけた。予想外な事にギョッとして固まる。レンジさんも驚いて目を見開いている。こわい。


「は、はい。私でしょうか」

「あの、コイツに騙されてたりしてないッスか?このクソ魔王、硬派気取ってるだけのムッツリくそ童貞なん」


 ドゴンッ、と鈍い音を出して赤い人が隣のテーブルに突っ込んだ。レンジさんがぶん殴ったのである。憐れ、隣の利き酒チームが巻き込まれて料理ごと吹っ飛んだ。赤い人は壊れたテーブルの上で仰向けになっている。


「テメェおら憤怒ぉ……。新品の何が悪いんだ?新品の何がわりぃのかほざいて見ろやァア!?!?」

「クククッ、ギャハハハハハ!!!!!やっぱヤル気じゃねぇかァ腐れ童貞!!ギッタギタのズタボロにすんゾ!?存分に不運ハードラックダンスろうぜェ!!!」


 素早く起きた赤い人が疾走し、レンジさんの腹を強く殴りつけた。憐れ、静かに将棋を打っていた人達のテーブルにレンジさんが突っ込み、料理も盤も粉々にした。


 突然始まった殴り合いに周囲の客は沈黙し、そして歓声である。


「魔王VS憤怒!恒例通り一口銀貨一枚からだ!オラ張った張ったァ!!」

「この間は魔王だったよな。そろそろ憤怒勝つんじゃね?」

「ジャド!あたしは憤怒に銀貨三枚いくわ!!」

「オラ凶顔!!足使え足!!!!何やってんだテメェ!!」


 レンジさんが他のテーブルにあったチャーハンを赤い人の顔面に叩きつけ、赤い人が屋台の看板を振り回してレンジさんを打ち据える。二人とも周囲の物を利用する喧嘩殺法ゆえに、提灯通りの街路が台風の後みたいな惨状である。時折お調子者の乱入者が現れるが、どちらかに吹っ飛ばされては撃沈している。


 宙を食べ物が飛び交い、それだけに飽き足らず酒瓶が、椅子が、野次馬が飛ぶ。辺りは熱気と暴力に溢れている。基本的に酔っ払いしかいないこの場ではイベントの一種なのだろうか。幸い喧嘩してる二人はどんどん遠くに移動してるため、私の座っているテーブルは無傷である。私は場の空気に狼狽えながらも、アサリのバター蒸しをつまんでいく。




「シア!このつぶ貝の網焼きすごくおいしいのよ!」


 私を置き去りにした過去を忘れ、いけしゃあしゃあとパニカさんが戻ってきた。私は口を尖らせたままつぶ貝を受け取り、付属の爪楊枝で一生懸命にほじくる。トムさんも「ごめん、つい」等と言いながら料理を持って戻ってきた。いくらほじくってもつぶ貝の身が出てこなくて、諦めてゆず酒をグイッと飲む。パニカさんが優しい目をしながらつぶ貝を器用にほじり、私の口元付近を浮遊させた。ご機嫌取りの一環であると察し、渋々つぶ貝を食べるとパニカさんは嬉しそうに笑う。


「……ひどいじゃないですかパニカさん。私だけ置き去り」

「ん?ちゃんとアイコンタクトはしたわよ?でもシアほけ~っとしてたから仕方なくなのよ。苦渋の判断だったわ」

「そうだね。あの二人は毎度の事だから、せめて料理はって思って」


 人こわな私にはあの空気は難易度が高い。少しふて腐れた私に、パニカさんは料理を進めることでご機嫌取りしてくる。トムさんも苦笑いしながらお酒を注いでくれた。




 コツ、コツ、と石畳の街路に高らかな足音が響く。その音の方向にいた客達が少しざわめいた後、なぜか不思議と静かになった。やがて人垣が二つに割れて、その間を一人の女性が歩いてきた。厚底パンプスを打ち鳴らし、黒のゴスロリ服で風を切る。艶やかな黒髪が赤提灯の光を反射して、輪郭がオレンジ色に輝いて見えた。


「……寄せては返す人の満ち引き。あぁ、世界セカイは命に満ちている。世界セカイは光に満ちている」


 パンドラさんのご登場であった。神妙な顔して歩いているけど、その手に持ったたこ焼きが違和感でしかない。これほどたこ焼きの似合わない人も珍しい。ちらりと聞こえた発言が既に強い。相変わらずのパンドラさん節である。


 パンドラさんが私を見つけたようで、パァッと笑顔が咲いた。どうしよう、困った。悪い人じゃないけど、完全に私を中二仲間だと思ってるのだ。もし普通の対応をしたら傷つけてしまうのではないか、と考えてしまう。でも、中二。最強と名高いらしいパンドラさんはやはり目立つのか、野次馬たちがその動向を窺っている。パニカさんはキラッキラした目で私とパンドラさんを見て、そして料理を幾つか持って隣のテーブルに移動した。おのれ。トムさんも神妙な顔で頷いた後パニカさんに続く。再度置き去りである。


記憶喪失アムネシア観測者アムネシア。星の報せを聞いてたの、星がわたしに告げてたの。きっと貴女が此処に居る」


 完全に偶然の出会いである。テーブルを挟んだ対面にパンドラさんが立っていて、空気を読んだ私も立ち上がる。周囲の野次馬の目線が突き刺さり、どんどん緊張感が増してきた。


「悠久の海を独り揺蕩うわたしには、もはやしるべは貴女だけ。また会える日を夢見ていたわ観測者アムネシア


 どうしよう、さっぱり意味が分からない。視界の隅にいるパニカさんが鼻息荒く見守ってる姿が見える。今日ほどほっぺつねりたいと思った事はない。こんな、こんな人が沢山見てる中で中二しなければならないのか。でも、中二しないとパンドラさんが寂しがる。私は一生懸命脳内でパンドラさんの台詞を憶測で翻訳した。


「……私は多次元存在です。人の満ち引きの狭間、全ての場所に存在し、また同時に存在しません。お久しぶりです、イレギュラー」


 何が多次元存在か。この出会いは偶然です、というのを中二変換したらこの有様である。私の言葉を聞いたパンドラさん、めっちゃ笑顔。こういうやり取りが好きなのは理解してる。けれどこの場では結構きつい。ごくりと息を飲むような観衆の雰囲気。


「全てが始まるあの場所は、時の狭間の最果ては、貴女が消えてしまった今も静かに凪いでいる」


 パンドラ語翻訳機とか石版で買えないだろうか。一切困惑を表に出さない様に考える。全てが始まるあの場所、とは郊外の海だろうか。パンドラさんと出会った場所。


「……既に12の世界セカイが死んでいった。私の力は滅びを司る。わたしの力はわたしの周囲を滅ぼしていく。無慈悲に、無情に、音も無く」


 あれ、前聞いた時より滅ぼした世界が増えてる。言葉の意味をそのまま受け取るとさっぱり分からないけれど、それでもパンドラさんは何かを伝えたいようだ。


「託宣をちょうだい観測者アムネシア


 パンドラさんは真摯な目で私を見ている。パンドラさんの今までの発現を組み立ててみる。世界は光に満ちている、と神妙な顔で言い、導は私だけと言った。世界が死んだというのは、青の森消失みたいなうっかりをしたのだろうと思う。そして、周囲を滅ぼす。



「私がいます。私が今、ここにいます」


 パンドラさんが目を見開き、そしてその目が徐々に潤んでいった。パンドラさん、たぶん友達がいないのである。うっかり崩滅の力を暴走させてフロアごと滅ぼすから、みんな怖がって近づかないのだろうと思う。誰もが楽しそうにしている提灯通りが眩しくて、そして寂しさを募らせてしまったのだと察した。こんな愚痴を言えるのは私だけ。それこそ、時々私達が出会った海に行ってみるほどに。私の翻訳はパンドラさんのリアクションを見るに、どうやらちゃんと正解を導き出したらしい。



「教えてちょうだい観測者アムネシア。貴女に拾われたわたしは貴女と同じ世界を望む。何故ならわたしは特異点イレギュラー


 少し鼻を啜りながらパンドラさんが言う。考えるのだ私よ。同じ世界?近い場所という事だと察する。それを教えて欲しいらしい。もしかして、私の住所だろうか。どこ住み?って事なのか。


「……それは西の頂。瞬く星に手が届く場所。空駆ける二つの椅子がいつまでも揺れている」


 私の答えがお気に召したのか、パンドラさんの少し赤くなった目が眩いほど輝いてる。普通に言うのも違う気がして、あえてお告げの様に住所を答えた。西居住区の一番高い場所にある、ブランコのある家。パンドラさんの笑顔を見るに私の予想は正解したらしい。つまり、友達だから家教えて、という事なのだろう。


「きっと貴女を掴まえてみせるわ多次元存在アムネシア。わたしは魔女。悠久の刻を生きる崩滅の魔女。わたしの歴史を砂糖でまぶして手土産にするわ。ケトルの笛が鳴る前に」


 絶対あなたの家をみつけるからね。そしたらわたしの手作りお菓子を持っていくから、紅茶の方はお願いね。分かりずらいわ!!


 テンションが上がったらしいパンドラさんの背に、黒い炎でできた翼が生えた。隣のテーブルがその翼に触れたらしく、一瞬で塵に還っていった。こわい。


「……私の名前は記憶喪失アムネシア。時の狭間の観測者。見つけてください。探してください。太陽が天へ指す前に」


 黒い翼に慄きながらも、一応我が家を尋ねる時は午前中のうちに来てくれると助かるという旨を伝えた。午後は迷宮でキノコ狩りしてたりするからだ。



 突如、パンドラさんにぼふっと抱き着かれた。正面から頭を抱える形である。ちょっと待って。困る。パンドラさん豊満だ。後、燃える。塵になる。こわい。困る。


「あぁ、星々の歓声が聴こえる。歓喜の光に満ちている。こんなに胸が震えるなんて、何時ぶりの事かしら。アムネシア、アムネシア」


 この体勢に既視感を覚えながらも、ものすごい力で締め付けられていて動けない。とりあえずとても嬉しかったらしい。パンドラさんは私を胸にかき抱いたままその場をくるくる回る。


 どこか安堵に満ちた声でグリーンスリーヴスが始まった。提灯通りの赤い光がスポットライトの様に私達を照らす。パンドラさんが見つめてきたので、私も抱き着かれたままグリーンスリーヴスにハミングで混ざった。やがて小さな拍手が聴こえ、次第にその音が大きくなっていく。暫しの間をおいて、喝采の渦。エンドロールの歌声が夜空に浮かんでいく。てか何故拍手。


 ついこの間の、やはりシア殿は変人ホイホイか、とでも言いたげだった紅葉さんの目を思い出したが、私は意識の外に追いやった。




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