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夕日に向かって走らない



 水色、桃色、薄緑。パステル色の紙風船がふわりふわりと宙を行く。淡く光る魚たちが空を泳いで、紙風船にじゃれつくように戯れる。時折くらげも交じっては、短い触手で魚をつつく。そんな空の様子が羨ましいのか、黒猫が空を必死に追いかけた。


「……シア殿が力を使うといつも周囲がメルヘンな感じになってしまうな……」

「なんかすみません……」


 疲れたような声を出す紅葉さんが空を仰いだ。複雑ながらも同意して、私もぼんやり空を眺める。模擬戦の途中だと言うのに、私の力のせいですっかり気が逸れてしまった。


「ぺんっ」


 観戦していたペンギンが短い声を出す。その声にハッとした私達は顔を振って気を取り直し、お互いに武器を構えた。私はいつもの水晶短剣。紅葉さんは木製バット。戦意を復活させた私達を見て、ペンギンが腕を組んで仁王立ちしたまま満足げに頷いた。なぜかあのペンギンは師匠ぶるのだ。ぺんぺん鳴きながら身振り手振りで色々指示する。謎である。


 紅葉さんの頭上に【夢】を使う。いつの間にか範囲指定が出来るようになったがランダム具合は変わらない。光と共に車のタイヤが現れて、紅葉さんの頭頂目がけて落下した。


 気配で察したのか、スッと後ろに数歩下がった紅葉さんがバットを構え、私に向けてタイヤを打ち飛ばした。どんな筋力か。私と似たような体形でも身体能力は段違い。


 素早く前面に【夢】を使い、2メートルほどの巨大キノコでタイヤを防ぐ。盾にできるものが出てホッと息をつく。それが私の隙だった。キノコを飛び越えてきたらしい紅葉さんに気付いた時にはもう避ける暇が無く、私はダメもとで地面に【夢】を使った。




 シノ部強化合宿7日目。時刻は正午を少し過ぎた頃。この日は男性陣と女性陣に分かれ、それぞれ別の訓練に励むこととなった。男性陣は深い階層で魔物殲滅コース。そして女性陣は3階層の湖で水練とは名ばかりの水遊びコースである。颯爽と水着姿になるくノ一達から私は逃げ出した。何故か私の分の水着を用意していたイチカさんから全力疾走した。勘弁してほしい。パニカさんや紅葉さんくらいの幼い年頃の子となら緊張せずにやり取りできるが、二十歳前後の女性たちと着替えをしたり、ましてや水着で遊んだりする度胸はどこにも無いのだ。くノ一さん達は20人近くいる。大迫力。私は泣きながら1人訓練を申し出て、強さに貪欲だと勘違いした紅葉さんがその訓練に付き合ってくれた、という顛末である。


 そして私と紅葉さんの模擬戦の結果、湖横の草原に温泉が出来た。湧いた、ではなく、出来た、である。温泉宿の浴槽をそのまま草原に張り付けたような形で、私は服を着たままその温泉に浸かっていた。


「あ~温まるわ~。湖はまだちょっと冷たかったからね~」

「本当面白いわ、シアさんのパ○プンテ」

「シアちゃんシアちゃん。脱いじゃいましょうよー。部長の影が周りを見張ってますし平気ですよ~」

「嫌です」


 結局水着の女性たちに囲まれる羽目になった。私と一緒に温泉に落ちた紅葉さんも服のまま浸かっている。ものすごく蕩けた顔をしている辺り、温泉が好きなのだろうと思う。私を囲むくノ一さん達はみんなスタイルが良くて、目を右往左往させた挙句に瞼を閉じた。ただただ気まずい思いで俯く。


「岩にシャワー付いてる!?何この気遣い!!」

「アタシのバッグにシャンプー入ってるよ?ありがたく使うがいい」

「おいイチカ~。あんまり体を伸ばすな~。零れてるぞ~」

「ありゃりゃ。サイズ間違えましたかねー」

「ペンギンふやけてるけど大丈夫なのかな」


 ペンギンも湯船に浸かってるらしい。感触で分かったけど、いつの間にか頭の上に黒猫がいる。しっぽがぺしぺしと頬を叩く。しかし私は精神統一しているのだ。決して動じない。温泉の隅のシア地蔵。


「やっぱ主が分かるんだねぇ~。よしよし」

「かわいい……。シアさんごと部屋に欲しいわ」


 頭の猫ごと撫でられて大層揺れる。空飛ぶ魚やクラゲが私に纏わりついてくるのが気配で分かった。居心地の悪さが天元突破した私の気持ちを察して、慰めに来てくれたのだろうか。ありがたい。




 三人寄れば姦しとは言ったもので、草原にぽつんと立っている木の木陰でくノ一たちが談笑に花を咲かせていた。湖が望める高台でひと休憩。ムームーに蹴落とされた場所である。休憩とは言いつつ、今日は丸一日休みみたいなものであった。既にみんなはいつものくノ一衣装に戻っていて一安心。


 私は短剣を空に翳した。透けて見える青空が細かい光の粒子に彩られて、真昼の星空、といった景色に見えた。


 すでに温泉も謎生物も夢に帰っていった。帰還を念じれば、温泉は何事も無かったかのように元の草原に戻った。その様に疑問が残る。浴槽は地面をくり抜いた形で現れたのに、元に戻った草原にはその痕跡すら残っていない。今までの【夢】の力は、何かを引っ張り出すか、もしくは入り込むものだと思ってた。入り込む方は偶然の産物で、自分の意志で発動できないけれどあれも確かに私の力なのだろう。シャワーが付いた岩が元の何の変哲も無い岩に戻っている所を見ると、もしかしてその場所自体が【夢】と混ざったのではないか、と思う。


 混ざる。混ぜる。物は試しと、お皿の上の三食団子に使用してみた。その後ジッと観察してみるも、三食団子には何の変化も起きなかった。思いつきが失敗して、肩を落としながらその三食団子に手を伸ばす。


「もーらいっ!!」


 横からイチカさんに掻っ攫われた。ドヤ顔のイチカさんは私に見せつけるかのように、ゆっくりと口元に三食団子を運ぶ。だがその時、三食団子と目が合った。三つの団子にそれぞれ一つずつ、大きな目が付いている。そのうち食べられるであろう三食団子は、涙目になって私を見つめた。


 瞬間私は三食団子と【夢】を切り離し、目が消えたと同時にイチカさんが齧り付く。間一髪で間に合った。私は深く息をついた。


「え!?そんなしょげないでくださいよー。ほらほらー」


 苦笑い交じりのイチカさんが残りの団子を差し出したが、私はそれを食べる気になれず断りを入れた。それがまるでふて腐れているかのように見えたのだろう。イチカさんに抱きかかえられる形で運ばれ、くノ一の輪にぽんと放り込まれた。私は浅草の撫で地蔵の如く撫で回され、たくさんの御供え物を貰った。流れで紅葉さんも同じ扱いを受け、怒りながらお菓子を食べていた。




「お、何やら楽しそうっすね~」

「ん?ヨモギ殿じゃないか。どうしてこんな所に?」


 お茶会を広げていた私達の元に一人の女性が近づいて来た。白い学生服を身に纏い、黒髪を頭頂でお団子にしている高校生くらいの女の子。どこかで見た事あるような気がする。


「先輩の指示でシアちゃんを連れ戻しに来たんすよ。『強欲』がまたヤバい事やらかしましたし、シアちゃんを見て見たかったですし」

「はぁ……。パニカ殿は今日も元気みたいだな。ヨモギ殿、今部員のオモチャになってるこの子がシア殿だ」


 挨拶しようにも口を開けない。さっきからイチカさん他数名が私の口にお菓子を無理やり詰め込んでくるのだ。悩んだあげく、口を押えて会釈した。


「おぉ!!噂通り癒し系ゆるふわガーリィの権化!!『強欲』が静かになるのは謎っすが、やっと本物見れたっす!!」

「くくっ、パニカ殿も癒しオーラには弱いという事だろうな。シア殿、こちらは生徒会庶務のヨモギ殿だ」


 噂とは何なんだろう。ようやく口の物を飲み込んで、挨拶しようと口を開けばイチカさん他数名が私の口にお菓子を無理やり詰め込んできた。何故だ。喋れぬ。


「初めましてーシアさん。ヨモギっす。事情は察したんでゆっくり食べてくださいね」


 ヨモギさんは笑いながら紅葉さんの隣に腰を降ろし、お皿のクッキーをひょいっと摘まんだ。私はヨモギさんに何度か会釈した後、口にぱんぱんに詰め込まれたお菓子の打倒に集中した。今気付いたが、このヨモギさんは生徒会四天王の人だ。雑用ばかりやらされる常識人の人。


「今日は『強欲』が最大級の事をやらかしましてねー。まぁ相変わらず罪とは言えないんでうちらも動けないんすよー……。だから先輩がシアちゃんを戻して来いって」

「やらかしの内容聞きたくないが、それでも知らねばなるまい……」


 紅葉さんはヤケになったような仕草でおはぎを頬張った。


「それが、攻略組に次いで二番手に深部に潜ってたパーティーいるじゃないっすか。『新緑の風』っていう」

「ああ、第二調査の仕事請け負ってくれてる人達か。人柄もみな真面目で我らの仕事も手伝ってもらってるな」


 私が一生懸命に咀嚼してるのに、イチカさん達がお菓子片手にジッと私の様子を窺ってる。私の口は玉入れの籠か。睨みつけてみるも、にへっと笑うばかりで止まる気配が無い。


「『強欲』がそのうちの1人に魔法を習いに行ったらしいんすけど、今日、解散したっす。新緑の風」

「待て待て待てヨモギ殿!話が繋がってないぞ!?パニカ殿と喧嘩したとかではなく、解散したのか!?」

「あー。わたしも察しがつきますよ。新緑の風の事情。まぁパニっちゃんならそうなるのも無理ないかなーと思います」


 お茶を啜りながらイチカさんが言う。首を傾げる紅葉さんがイチカさんに視線を向けて話を促す。続きが気になる私も神妙な顔でイチカさんを見た。


「新緑の風って、別名では青春チームって呼ばれてたんですよー。全員見た目が良くて、それぞれみんな恋してる感じの」

「そうっすね。しかもかなり拗れてて、簡単に言えば6人全員がパーティーに好きな人がいて、それでいて全員が違う相手に片思いっす。AがBを好き。BがCを好き。少し飛ばしてFがAを好き。まあそんなこんなで、甘酸っぱい空気醸し出したりアンニュイ気配をまき散らしたりと、ある意味で噂の絶えないパーティーっすね。知らぬは本人たちだけで、周囲からは丸分かり状態」

「しかもアレでしたねー。失恋の気配を察したAとDが偽装で付き合ったり、捨て鉢になったBがよく知らない人と付き合ってみたり、みんなその拗れた恋のじれじれな雰囲気を生温かく見守る感じでしたね」

「待て!おかしい!!新緑の風は全員男だぞ!!!」


 女性陣がつやつやした顔で話に聞き入ってる。腐の力は異世界にも及ぶのだろう、あれは良かった、等とくノ一たちがわいわい話し出す。噂好きが多いようだ。


「それで、『強欲』はそんな恋模様な空気が好きじゃなかったみたいで、紙に書いて見せちゃったんすよ。相関図。詳細に書かれたその紙で、もはや一撃必殺って感じっす」


 草原がしんと静まり返る。それは大層気まずかったに違いない。その日のうちに解散に踏み切るほどに。


「……あれ?じゃあ第二調査はどうなるんだ?第三は我々がやっているが、その穴は?」


 紅葉さんがおそるおそるヨモギさんに目を向けるが、ヨモギさんはツイッと目を逸らした。紅葉さんが唖然とした表情で震えだす。くノ一さん達も表情に余裕が消えて、一気に空気がお通夜になる。


「……え?私達か?もしかして私達なのか?また仕事増えるの?ねえ。第三調査を無くすとかのフォローは?え?ないの?一回調査して、それを後日もう一回調査するの?ねえ」


 余裕がなくなって砕けていく言葉使いと、その悲痛な面持ちが心に痛い。小柄な紅葉さんが普段よりちんまく見える。その姿は涙を誘う。


「……パニカさんは、私が何とかしますから。私といれば不思議とイタズラしないんですよね?その、大したことは出来ませんが、それが今後のお役に立つのなら……」

「し、シア殿~~~~~~!!!!!!」


 紅葉さんが泣きついてきた。二度目なので気合を入れて踏ん張ってみたが、身体能力の差かあっけなく私は押し倒された。後頭部を小石に打ち据えたようで、私は痛みで泣いた。紅葉さんも私の胸元で泣いた。くノ一さん達もハンカチで眦の涙を拭い、ヨモギさんも鼻を啜って天を仰いだ。




 夕暮れの草原が黄色く染まり、稲穂畑にいるような錯覚をさせる。一陣の風が草原を揺らして気持ちのいい音を奏でた。私の正面には気合十分といった様子のヨモギさんが立っていて、その背後にはシノ部一同が固ずを飲んで見守っている。


「クリア条件は簡単っす!シアちゃんがうちに一撃入れる事!制限時間は20分!以上!」

「あの、これ本当に必要なんですか?」

「当然っすよ!強化合宿の最後は卒業試験と相場が決まってるっす!!」


 体育座りで私達を見守る紅葉さんが首を横に振った。別にそんなものは無いらしい。既に男性陣も合流し、かなりの人数が観戦している。視線が集中して緊張してきた。


「ヨモギ殿?もしシア殿が負けたらどうなるのだ?」

「ん?別にどうもしないっすけど。帰さないと先輩キレますし」

「んん!?もしかしてノリでやってみたいだけじゃないのか!?」

「いや、ノリは大事っすよ!!面白いじゃないっすか!!」


 ヨモギさんの適当具合に紅葉さんが顔を覆った。だが他の部員達はわくわくした表情をしていて、無駄な試験をやらざるを得ない空気を察する。私は諦めて短剣を逆手に持った。攻撃に使うのではなく、この短剣を持ってる間は【夢】が効果を増す気がするのだ。一方ヨモギさんは無手だ。いいのだろうか。


「はい始め!!!!」


 パンッ、とヨモギさんが手を打った。驚かせてその隙をつく。それが私のアサシネスブレイク。草原を疾走する私はヨモギさんの前方に【夢】を使う。


 赤いダルマが射出され、ヨモギさんは一瞬ギョッとした顔をしたがあっさりと避けられた。第二射の鉄アレイは軽く足で蹴飛ばされた。その蹴りは凄まじい鋭さで、鉄アレイは遠くの湖に落下した。一切足を痛がる様子を見せない所を見るに、【身体強化】のレベルが高いか、もしくは何らかの固有スキルだと察した。その身体能力の高さを目の当たりにして、つい足を止めてしまう。


「な、なんなんすかその力。マジックバッグは……持ってないっすね」


 どうやら私の能力は知られていないらしい。身体能力の差はあるけれど、【夢】を使えばなんとかなるかもしれない。意味のない試合だけど、今ここで私が勝てば紅葉さんも少しは安心するだろう。ぎゅっと短剣を握りしめた。


 短剣を横薙ぎに振ってみれば、視界一面紙ふぶき。ヨモギさんから視線を外さず、その足元に夢を混ぜた。


 地響きが起こり、錆びついた信号機が地面から突き出した。地響きの時点で天高く宙に跳んだヨモギさんは冷静に地面の信号機を見てる。


 宙にいるヨモギさんの頭上に、光と共に巨大なカボチャが現れた。軽自動車くらいの大きさである。


「あ!!」


 それを見て青くなった私は短く叫んだ。このままではヨモギさんが怪我をしてしまう。少し熱くなって能力の危険性を思考の隅に追いやっていた。だがそんな私の心配もなんのその、ヨモギさんは巨大カボチャを蹴りで粉砕して、ひらりと信号の上に降り立った。


「ふむ、一時創造系っすかね。でも制御は効かないと見たっす」


 顎に手を添えてふむふむ頷くヨモギさんを見て、ホッと胸を撫で下ろす。そういえばヨモギさんは生徒会の人だ。生徒会といえば街のトップ。きっと私の想像を超える強さだろう。私の心配など無意味なものなのだ。胸を借りるつもりで全力で当たろう。


 信号機を光の粒子へと変えて、四方八方に【夢】を展開させる。


 色とりどりの積み木、ソファ、ランプ、無数の招き猫。オモチャ箱をひっくり返したような無秩序の波がヨモギさんに押し寄せる。


 紛れて接近しようと足を踏み込んだ途端、私の体は大きく宙を飛んだ。


 視界の景色が縦横無尽に回転して、やがて激しい衝撃が身を襲う。背中を強く打ちつけて、声なき声で息を吐く。痛みで体が勝手に動き回り、両腕が強くお腹を押さえた。呼吸がし辛い。お腹を蹴られた。


「うちは攻撃しないとは言ってないっすよ。まぁその力は驚いたっすが、シアちゃん自身はまだまだっすねー」


 頭も少し打ったのか、ヨモギさんの声がガンガン響く。


「お団子!!やり過ぎだぞ!!」

「庶務テメェ!俺TUEEEして悦浸ってんじゃねぇぞ!!!」

「うわードヤ顔だわーうわー」

「シャーラップ忍者諸君!!!強さは痛みの先にあるっす!!うちはシアちゃんの壁になる!!!!!!」

「嫌われてもしらんぞヨモギ殿ー」


 ようやく体が動けるようになり、お腹を押さえて咳き込みながらもよろよろと立ち上がる。


「うちはシアちゃんの事を聞いて感動したんすよ。1階層ではスライムにやられ、3階層ではムームー負ける。前代未聞のかわいいへっぽこだと『強欲』から聞きました」

「ぱ、ぱにかさん……言うなんてひどい……。ていうかパニカさんも一緒に負けてるのに……」


 私は震えながら顔を覆った。ひどい。事実だけどひどい。


「誤解しちゃだめっすよ?うちは『強欲』に自慢されたんすよ。それでも一緒に戦ってくれるって。一緒に頑張ってくれるって。そんで『強欲』も強くなるために色々やってるらしいっす。結果的には被害出てますが、でもそんなの聞いたら力になってあげたいじゃないっすか。心に火が灯っちゃうじゃないっすか。だから直に見て見たくなったし、こうして立ちはだかって見たくなったんすよ。だから、ほら」


 開いた掌の隙間の先に、ヨモギさんの勝気な笑顔が見えた。


「うちと、熱血しましょ?」


 ドンッ、と激しく大地を踏みつけて、視界を覆うような砂埃が舞う。私は短剣を呼び出して【索敵】を使用した。


 右側面に【夢】を使い、慌てて逆方向に跳ぶ。額入り絵画が現れたが、なんの防御力も無いそれがヨモギさんの跳び蹴りで粉砕された。


 先ほど喰らった蹴りに臆して、後ろに跳んで距離を取る。その際お茶碗が飛んで行ったが、ヨモギさんに簡単に手で払われた。外れが続き、何が出てくるか分からない自分の力がもどかしい。


 跳びながら力を使うが、草原に鮮やかな花が咲いただけだった。私に向かって真っすぐ疾走してきたヨモギさんが横薙ぎに蹴りを放つ。何とか伏せて回避し、反撃の短剣を地に付けた足に振うも、読まれていたらしくひょいっと避けられた。


 嫌な予感を察知して後ろに転がる。その刹那轟音が響き渡り、風圧と土煙に押されて私はますます転がる。全身が痛い。あちこち怪我してる気がする。でも、早く起きないと追撃がくる。暫く転がった後、何とか気合を入れて立ち上がってみれば、踵落としを地面にかましたらしいヨモギさんが私をジッと見ていた。


「シア殿ー!!!ヨモギ殿のそっ首落としたれー!!!!」

「儂を倒したアレをやれぃ!!!一撃必殺じゃあ!!!」

「シアちゃん!!もし負けてもわたしが奴をミンチにしますからねー!!」

「そいつは頭のお団子が本体だ!!ブチ殺せーー!!!!」

「え!?ちょ、酷くないっすか!?これ熱血戦っすよ!?最終的に夕日に向かって走るアレっすからー!!!!!」


 右手に短剣を呼び出した際、土汚れでぼろぼろな自分の姿が見えた。


「……そうか。パニカさんも頑張ってるのか……」


 シノ部の人達の声援が聞こえる。こういう風に誰かに期待されたのは初めてで、少々狼狽えながらも、それでもその期待に応えてみたい。ヨモギさんだって善意と期待に溢れてる。ミーハーなパニカさんの事だ、私が生徒会四天王に一撃入れたと聞けば大層驚くに違いない。その風景を想像して、少し頬が緩む。勝つ、とは言えない辺りがへたれの私らしい。


 強く握った短剣の中から私を心配するような声が聞こえた気がした。謎生物たちだろうか。私は心の中で大丈夫だと伝えた。ヒヨコみたいなのが出れば勝てるかもしれない。でもそれじゃ私が納得できない。これは私自身の勝負。


 私が走り出すと同時にヨモギさんも疾走する。回避した後に隙を突こうと考え、ヨモギさんの姿を注意深く見ていると、その姿が掻き消えて見失ってしまった。


「うち、スピードだけは自信ありなんすよ」


 私のお腹にぴたりと足が添えられている。いつの間にかヨモギさんが蹴りの寸止め状態で真横に立っていた。何故寸止めなのか分からず、つい動きを止めてしまう。その足が私のお腹を少し持ち上げ、次の瞬間私の体は天高く舞い上がった。



 空に落ちていく。


 風の波が私を振り回す。


 お腹に痛みは無い。けれど地面が途方もなく遠い。風圧で痛む視界の先で、みんなの姿が豆粒のように見えた。


「えぇ!?な、何でそんなに飛ぶんすかーー!!!!!!!!」

「バカ団子ー!!!!シアちゃん軽いんだからー!!!!」

「し、シア殿~~~~~~~!!!!!!!!」

「部長!!【影】!!【影】使ってくれ!!!!」


 沈みゆく夕暮れが草原を赤く染めて、風の流れる様が寄せては返す波のよう。空は既に満天の星が眩しいくらいに瞬いてる。上空から見た夕暮れのグラデーションがあまりに綺麗で、一瞬現実逃避してしまった。高い。こわい。どうしよう。高い。


 落下を始めた私は何か出ないものかと、自分の真下に【夢】を使う。だが私は落下してるのだ。当然指定範囲がずれて、私は、私自身に【夢】を混ぜてしまった。



 一瞬、高所から見る3階層の景色に、様々な世界が重なって見えた。真っ白な大地、灰と鉄パイプで出来た街、木造の高層建築群、クリームソーダみたいな緑色の海。どれもが初めて見るような景色で、そしてそのどれもがなんだか懐かしい。暫しの間、瞬間的に切り替わっていく世界に目を白黒させたが、不思議と気持ちが落ち着いていく。


 あぁ、これは夢の世界。謎生物たちの住処。走馬灯のような、壊れたテレビの様な映像群。その多重世界を横切るように、水晶体の綺麗な鳥が羽ばたいていくのが見えた。




「シア殿……。シア殿は飛べたのか……?」


 巨大な黒鳥に乗る紅葉さんが目を丸くしながら言う。


「いえ……。あれ?でも今、飛んでます?これ」

「う、うむ。綺麗な翼?が生えてるぞ。羽ばたいてはいないが」


 どうやら飛んでいるらしい私は、自分に生えたという翼を見ようとして、でも体がくるくる横に回って見れなかった。


「えーっと、ほら、シア殿の短剣みたいな。そんな感じだ」

「なるほど。それならけっこう綺麗ですね……」


 黒鳥に乗って空を飛ぶ紅葉さんと、翼で宙に浮いてるらしい私は静かに会話を交わした。微睡んでいるかのように頭がぼんやりとしている。たくさん能力を使ったせいだろうか。


「よく分からん状況だが、とりあえず降りた方が良いぞ」

「そうですね。この翼?が消えないうちに」


 自分の翼に目を向けようとして、やっぱりくるくる横に回る。そんな私に苦笑いを向けて、紅葉さんは先導するかのように先に飛んだ。黒鳥を追いかけて私も飛ぶ。まるで夢の中で飛行している時のようなやわらかい浮遊感。何故飛べるのか、という疑問は浮かぶものの、眠気のせいで頭が働かない状態なので考えるのを諦める。




 元の草原の上空に戻ってくると、シノ部の人達がわあわあ言いながら手を振ってくれていた。ホッとしたような顔をしているところを見るに、大いに心配させてしまったようだ。私も手を振りかえす。大丈夫です。なんか羽が生えましたが大丈夫です。そんな私を見上げながら、対戦相手のヨモギさんがトコトコ歩いてきた。


「いやービックリしたっすよー!飛べるの知らなかったんで肝が冷えたっす!なんか翼っていうか水晶の」


 ズドドドンッ、と地響きを伴う轟音。ヨモギさんの元いた場所に数本の電信柱が突き刺さった。千切れた電線が電気を放ちながらのたうつ。舞い上がった土煙の中からヨモギさんが這う這うのていで転げ出てきた。


 空中に浮かんだまま短剣を翳す。幾つもの巨木の幹ほどの太さのイバラが大地を突き破り、ヨモギさん目がけて殺到した。イバラが地を打ち付ける度に地揺れが伴う。


「ちょ!わっ!躊躇が!躊躇が無いっす!!ひぃ!?」


 短期決戦が望ましい。力を使いすぎるとまた昏睡して人様に迷惑をかけてしまう。またパニカさんに隅々まで洗われてしまう。つらい。そしてすでに眠い。お布団が思考を埋めていく。そう思った瞬間、夜空を埋め尽くす数のお布団がひらひらと舞い落ちる。


 強靭な脚力でイバラと布団を避け続けるヨモギさんの正面に3メートルほどのまるい人影。肩で切りそろえた緑色の髪、黒い魔女っ娘服の女の子のぬいぐるみ。巨大パニカさん人形である。その人形は首をこきこきと鳴らした後、厳かな顔で発電を始めた。


「な、な!?これ『強欲』のぬい」


 唖然として立ち止まったヨモギさんをスパゲティーで縛り上げた。


 その刹那、強烈な閃光が視界を白く染め、数瞬遅れで大爆音。


 パニカさん人形の自爆攻撃である。事前に予測していた私は空中で踏ん張ったが、それでも結構な距離を爆風で押し流されてしまった。砂利と土をはらんだ風を腕で防いだ後、天高く舞い上がる土煙をぼんやり眺める。さすがパニカさん。すばらしい威力。私は満足げに頷いた。【索敵】にヨモギさんの反応はあるけれど、ピクリとも身動きをしていない。


 風で土煙が晴れていき、焦げ付いて地に伏すヨモギさんの姿が露わになった。【索敵】に反応があるのだから生きてる。ちゃんとお団子もついてる。良かった。私はふわふわと高度を落とし、すっかりクレーターになってしまった場所に降り立った。勝った。私は生徒会四天王の一角に勝った。高らかに右手を上げる。


 辺りは風に揺らされる草木が鳴るばかりで、不思議と静寂に包まれていた。そういえばシノ部のみなさんはどこだろうと思い出し、周囲を見回してみれば焦げ付いた忍者たちが倒れていた。巻き込まれてしまったのか。ひとり無事だったらしい紅葉さんが、地面の影から上半身だけを出してきょろきょろ見回している。口がぽかんと開いていて、そんな表情がなんだか可愛らしい。


「私の、勝ちです」

「……う、うむ」


 紅葉さんに勝利宣言をし、私は満足して頷く。これで私のやるべきことは終わった。卒業試験無事終了。ひとつ欠伸して、私もその場に寝転がった。たまたまそこにお布団があったのだ。みんな寝てるし、ちょうどいい。なんせ私は眠いのだ。


「え!?このタイミングで寝るのか!?私1人でこの状況どうすればいいんだ!?シア殿!!シア殿~!!!」


 よきに計らっていただきたい。思考がどんどん沈殿してゆく。すっかり夜の帳が降りて、黄色い月がどっかりと空に浮かぶ。そよそよと夜風が顔を撫でていく。やさしい夜に包まれて、私は穏やかに眠りについた。



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