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星空の下のすき焼き会

※パニカ視点



 朝日の眩しさで目を覚ました。まだ眠り足りなくて布団に潜り込んだが、今度は蒸し暑くて眠れない。おのれ。諦めてベッドから身を起こすと、同じベッドで寝ていたシアが苦しげに唸っていた。またあたしは一晩中抱き着いていたみたいで、きっと暑くて寝苦しかったに違いない。布団をぱたぱたと上下させて風通しを良くしてみる。シアの表情がスヤリと和らいで、ホッと胸を撫で下ろした。


 必要最低限の物しかないシアの部屋にはカーテンが存在しない。かき氷のブルーハワイみたいな色の空が窓辺から見えた。気候はポカポカと暖かで、過ごしやすい一日を予感させる。何度かシアに声をかけたが起きなかった。今日も起きないつもりだろうか。飽きるまでペチペチとシアの顔を叩き続けたが、ずっと穏やかな顔で眠り続けていた。



 卵、砂糖、牛乳を鍋の中でぐるぐるかき混ぜる。小さなあたしは普段であればキッチンに届かないが、シアが用意したあたし用のお立ち台が丁度よい高さにしてくれた。フライパンの上で滑って溶けるバターにパンをかぶせ、鍋の中身をブッ込んだ。簡易フレンチトーストである。シナモンがあればもっと美味しいのだけど、残念ながら石版通販のリストには無かったのだ。コンソメでスープを作って一通り朝食の準備が出来た。


 ダイニングテーブルに座ってひとりで食べるのはなんだか寂しいので、ソファの前のローテーブルに配膳してウサ丸と一緒に食べる。まん丸で、ウサ耳がついてることでかろうじてウサギだと分かるぬいぐるみ。酔っぱらったシアが選んだものだが、案外あたしのほうが気に入ってる気がする。枕に丁度いい大きさだ。そんなウサ丸と一緒だけど、それでも静かな朝食が落ち着かない。朝ご飯を高速で殲滅し、ウサ丸を連れて二階のシアの部屋に戻った。




 シアは驚くほどに体重が軽い。それが幸いして、小さなあたしでもシアの世話には手間がかからなかった。ベッドに寝かせたまま服を脱がせて、丁寧にシアの白い肌を拭いていく。ほとんど寝汗はかいていないみたいだけど、それでもちゃんと綺麗にしてあげたい。精巧な人形じみたシアは、こうして静かに眠っているとますます人形に見えてくる。時折生きているのだろうかと心配になって、その度にぺたぺたあちこちを触って確認してる。大丈夫だった。ちゃんと温かい。ホッと胸を撫で下ろして、替えの服を着せていく。元々シアが着ていた衣服は脱がせたとたんに消えてしまったのだ。これもいい機会だと思い、あたしは普段のシアが絶対嫌がりそうな着ぐるみパジャマを揃えた。今日は目に痛い黄色のヒヨコパジャマ。似合う。その姿でピヨピヨ鳴いてほしい。にやにや想像しながらシアに布団をかけて、あたしは窓辺の椅子に座った。


 あの不思議な騎士団生活を終えて、迷宮からの帰り道に突然シアは倒れた。治療院で診てもらったがシアはただ単に眠っているだけだった。すでにその日から3日経っているが、ずっと眠りっぱなしで起きない。固有スキルの反動で眠くなる、と事前には聞いていたけれど、それでも心配なものは心配なのだ。流動食の代わりになるポーションを時々飲ませているが、それでも既に3日。気が気でないあたしはずっとシアの傍にいる。下の世話もする気満々であったが、不思議とその気配はない。何か特殊な種族なのだろうかと訝しむ。


 静かな部屋にページをめくる音だけが響く。最近の稼ぎで買った新しい魔導書。しっかり知識を蓄えて、早くちゃんとした魔法を使えるようになりたい。今のマジックガンナーみたいな立ち位置も素敵だけど、継続戦闘力や殲滅力に難がある。そろそろ部活に顔を出してもいいかもしれない。あそこには気に食わない女がいるけれど、それでも戦闘力が上がるのならあたしだって我慢する。2、3発撃つくらいで我慢する。



「……え!?」


 いつの間にか部屋に白い犬がいた。ふわふわの毛並の大型犬。つぶらな瞳のその犬は、ベッドの縁に顎を乗せてシアを見つめてる。玄関のカギは閉めているし、この寝室のドアも閉まってる。その犬は困惑するあたしを無視して、窓辺からそよそよ入ってくる風を浴びながら静かにシアを見ていた。


「あんた、もしかしてシアの中から出てきたの?」


 おそるおそる質問してみたら、白い犬は少しだけあたしの方に顔を向けて小さく頷いた。言葉が分かるのか、と戦慄し、勝手に出てこれるんだ、と慄く。なんとなく変なことが起こったらシアのせい、というあたしの持論が正解を導き出したらしい。あたしの背丈だと、大型犬くらいの大きさでも随分大柄に映る。たぶんぎりぎり乗れる。シアの中の夢生物なら安心だろうと思い、あたしは我慢しきれず白い犬に抱き着いた。


 全力でモフった。誠心誠意モフった。この手触り、最高と言う他無い。犬は一瞬迷惑そうな顔を見せたが、背中によじ登ったあたしを振り落とそうとはせずに大人しくしていた。良い犬である。


 満足して引き続き魔導書に取り掛かる。あたしのモフりで全身の毛がぼわぼわになってしまった犬は、それでも静かにシアの様子を眺めていた。


「シロ~」


 すっかりこの犬を気に入ったあたしは、この子に似合う名前で呼んでみた。だが犬はピクリともせずにジッとしている。安直すぎて気に食わなかったのだろうか。


「ジェイク~。モモちゃん~。はやぶさインザスカイ~」


 似合う名前のラインナップで立て続けに呼んでみるも、どれも琴線に響かないみたい。その後も思い浮かんだ名前を適当に羅列していたら、犬に溜め息をつかれた。ちょっとショック。



 水晶の蝶々が宙を旋回して、原色で色とりどりな小鳥たちが窓辺に並ぶ。顔が描かれた玉子が枕元にドングリを置いて、らくがきのオバケみたいな生き物が心配そうな顔でシアを眺める。シアの中から勝手に出てきた生き物たちがメルヘンワールドを形成していく。黙々と読書を続けていたあたしはもはや言葉も無く、茫然とこの奇妙奇天烈な光景を見ていた。


「ピヨ」


 光と共に巨大なヒヨコが現れて、あたしに果物が入った籠を渡してきた。殺戮ヒヨコだ。シアへのお見舞いだろうか。あたしは頭痛を堪えながら受け取った。ヒヨコは「ピヨ」と満足げに鳴き、白い犬の隣に座ってシアを眺める。あたしはいつの間にか前みたいにシアの【夢】に引きずり込まれたのだろうか。そう思ってしまうほどのファンシーな光景。謎生物たちは一様にシアを心配しているらしい。この光景に困惑深まるばかりだけど、それでもちゃんと言わなきゃいけない事がある。


「……ねぇ、あんたら」


 声をかけたら一斉に視線が集中した。白い犬だけこっち向いてくれない。


「シアは固有スキルの反動で眠ってるのよ。こんなに勝手に出てきたらシアの負担になるんじゃないの?」


 謎生物たちは目を白黒させて暫しの間茫然とした後、一斉に騒ぎ始めた。気付かなかった、という感じである。何か相談したり喧嘩したりと場が騒然となる中、ずっと静かにしていた犬がむくり立ち上がってヒヨコの体を鼻で押す。その後、ジッとお互いを見つめ合う。あたしには何も聞こえないが、その2匹は話をしているように見えた。やがてヒヨコが「ピヨー」と鳴いて消えていく。それに満足げに頷いた犬は、また元の位置に戻ってシアを見つめた。他の謎生物も不思議と大人しくなっている。


「……もしかして、ある程度体が大きいとシアの負担になる、とか?」


 あたしの憶測に、犬が頷いて答えた。シアが寝てる間に少しだけシアの力が解明できた。お手柄だ。犬が残っているところを見ると、その大きさがぎりぎりなのだろうと察した。シアが起きたら教えてあげよう。その後も謎生物が増えたり消えたりするメルヘンワールドで、あたしは黙々と勉強を続けた。




「シアをシノ部に?」


 午後3時のおやつ時、見舞いの品を片手にシアの家に来たイチカが妙な話を持ってきた。連日訪ねてくるあたり、眠り続けるシアを心配してるのだろうと思う。いつもどおり適当に用意した紅茶を出してソファに座る。


「あ、ずっとって訳じゃないんですよ?丁度うちで強化合宿計画がありまして。その際シアちゃんも是非にって、うちの部長が」


 ソファの対面に座ったイチカが自分で持ってきた見舞いの品のチョコを食べながら言う。今更思うけど、ボインな茶髪女がくノ一の格好をすると夜のお店みたいに見える。空気を読んで言わないが。


「何で?シノ部の部長ってあの堅物コケシでしょ?」

「ブフッ!かた、堅物コケシ……良いですねそれ。じゃなくて、えーっと、その辺はちょっとパニっちゃんには言いづらいと言うか」


 あたしはイチカを睨み付けながらチョコを貪る。


「パニっちゃんってほら、割と悪名轟いてるじゃないですか。でもシアちゃんと知り合ってからは大人しいというか、ちゃんとしてると言うか」

「ん?あたしはいつだって清廉潔白よ。法に触れた事はないわ」


 胸を張るあたしを、今度はイチカが半目で見てくる。


「グレーゾーンを渡るのが上手すぎるんですー。書記さんいつも悔しがってるんですからね。それで、『強欲』の抑え役で密かに有名になってきたシアちゃんが強くなれば、パニっちゃんの悪さも減るんじゃないかって。もっと楽できるんじゃないかって部長が。シアちゃん強くなりたがってましたし、丁度いいかなって」

「え、コレあたしキレても良くない?シノ部の部室ごと散り花咲かせても良くない?」

「良くないです良くないですー!ほらーそういう発想ですよ!不思議世界ですら変わらずのパニっちゃん節だったじゃないですか。団長ー」


 イチカはやいやい言いながらもチョコを食べ続けている。お見舞いの品だと言ってたのに一切の遠慮が無い。あたしも負けじと口に放り込んでいく。


「まあいいわ。起きたら伝えとく。てかイチカ、今歌唱コンクール中じゃないの?生徒会主催の。てっきり何らかの仕事振られてるもんだと思ってたけど」

「んぇ?当然仕事中ですよー。でもちゃんと分身残してますし、バレなきゃ問題無しですよー。あ、二箱目開けますね」


 便利な固有スキルだ。羨ましい。連日お菓子の種類が違うあたり、パステルモールの新店の試食を兼ねているのだと思う。お見舞いの品だというのに一つもシアの口に入らず無くなっていく。その後もずっと会話しながら、さり気無くシノ部や生徒会メンバーの弱点を聞き出していく。奥の手を持っておくのは大切なことだ。人生何があるのか分からないものなのだから。


 お見舞いの品を殲滅したイチカはご機嫌な様子で席を立った。会話ついでにたくさんの愚痴をはいてスッキリしたのだろう。また来ますね、と跳ねるように去っていく。あの目ざとい堅物コケシの事だ、きっとイチカがサボった事に気付いてるだろう。怒られて、そしてまた仕事をサボって愚痴を言いに来る。毎日ループしてる。


 見送りついでに庭に出て、ガーデンテーブルに座って陽を浴びた。気持ちの良い快晴にポカポカ天気。ふわ、とあくびをひとつ。見晴らしのいいシアの庭から迷宮神殿と広場が見えた。沢山の人が集まっていて、歌唱コンクールは盛況だと知る。建ち並ぶ屋台も見えて楽しそう。シアの罰ゲームで出場させるつもりだったのに。残念。ふわ、とあくびをふたつ目。シアの様子見がてらもう一度寝よう。ベッドに集う謎生物たちはどんな事になっているのだろうか。ふわ、とあくびをみっつ。




 白菜、ネギ、お豆腐、たくさんの肉。ぐつぐつと鍋の中で煮込まれて、辺りに美味しそうな匂いをまき散らす。シアハウスの広い庭には街灯が設置されていて夜でも明るい。ふんわり灯るオレンジ色の光がどこかおしゃれだ。そんな光の元、あたしはジッとすき焼きを観察する。鍋底にいたのか、しいたけがひょっこり顔を出した。


「さて、そろそろいけると思う。頂こうか」


 トムさんのゴーサインが出た。待ちわびていたあたしは急いで肉を根こそぎ掻っ攫っていく。予測していたらしいチンピラがあたしの器から半分以上の肉を奪った。おのれ。


「何てことすんのよピラ!!馬らしくその辺の草でも齧ってなさいよ!!てか何でここにいるのよ!!!」

「もう馬じゃねぇよちんちく虫!!トムさんに呼ばれたんだよ!てか最初に肉全部持ってくとかありえねぇだろが!!!」

「ほらほら喧嘩しない。肉はたくさん買っておいたから」


 トムさんが苦笑いしながら言うが、そういう問題じゃない。煮込まれるのを待たなくちゃいけないのだ。あたしのお腹が危機的状況である。さりげなく自分の分の肉をキープしていたらしいトムさんが少し分けてくれた。ありがたや。


「僕今レンジ君ちに泊めてもらってるから、家賃替わりなんだよ」

「トムさんまた爆発させたの?住めないほどって……建物ごと?」

「昨日の夜気付かなかったか?トムさんち盛大に吹っ飛んだぞ」


 まいったね、とトムさんが困り顔をする。トムさん、魔導具に携わらなきゃ常識人なのに。さもありなん、と内心で呟いて、肉をパクパク食べていく。ガーデンテーブルの反対側に座るチンピラの方に野菜を押して、あたしの近くには新たな肉を泳がせた。


「もう三日目になるんだね」


 二階の窓を見上げたトムさんが呟いた。カーテンの無いその窓からはベッドライトの仄かな明かりが漏れている。トムさんの言う通り、もう三日。ねぼすけにも程がある。最後に見た時は謎生物は全員帰っていた。今はシアひとり。大丈夫だろうか。


「……確かにあのよく分からん力はとんでもねぇが、反動がキツ過ぎやしねぇか?」

「そうだね。固有スキルの覚醒時は暴走じみた効果が出たっていう前例があるし、あの仮想世界もそれに近いものなのかもね。反動もそれなりのものなのだと思う」


 本当に起きるのか、このまま眠りっぱなしなんじゃないか、という不安が胸の内にふつふつと湧きあがる。油断するとこうなるのだ。そんな考えを振り払うように、あたしは我武者羅にすき焼きを食べた。ガツガツ鍋をかき込むあたしに、トムさんは何も言わずに水の入ったコップを差し出す。きゅっと水を飲み干して、再度ガツガツ鍋をかき込む。


「固有スキルかぁ。俺も早く覚えてぇな。【切断】とか最高過ぎんだろ」


 煙草に火をつけたチンピラが変に明るい声を出す。


「僕は生産系のスキル成長率を高めるものがいいな。割と趣向や生き方に応じたものが覚醒するみたいだし、元々刀が好きなレンジ君も希望通りのものを覚えるかもね」

「お?それマジな話かトムさん。初耳だぞ」

「月刊チュートの来月号にも載る情報だよ。竜に憧れていた人が【竜化】を覚え、元々目が見えなかった人が全てを見通す【天眼】を覚えた。世界一のコックを夢見てた人は【料理】の成長率が急速に上がって、温泉好きが文字通り【温泉】という温泉を湧かせるスキルに目覚めた。だから、期待してもいいと思うんだ」


 いつの間にか酒を開けていたふたりがわいわいと話し出す。あたしはどうにも会話に混ざる気になれず、しらたきをもむもむ噛み続けている。肉の煮え待ちだ。


 ふと見渡せば巨大な月と満天の星空。夜の町並みは街灯のオレンジ色に統一されていて、どこかで見た絵画の様に美しい。でも今、この場所にシアがいない。大事なピースが欠けている。


「シアーーー!!!晩ご飯無くなるわよ!!!!!」


 あたしは思わず窓に向かって叫んだ。


「…………ふぁ~ぃ……」


 微かに返事が聞こえた。ずいぶん眠たげなシアの声。あたしが叫んだ事と、返事が聞こえた事で男二人が固まった。あたしも驚いて固まった。目を白黒させながら玄関の方を窺うと、ガチャリと開いたドアからヒヨコパジャマのシアがトコトコ歩いてきた。寝起きのせいか目を擦りながら歩いてくる。その暢気な様子に徐々にムカッ腹が立ってきて、飛びついたのちに頬を縦横無尽に引っ張り回した。訳が分からないといった表情のシアが、ほっぺの痛みでどんどん涙目になってくる。それでもあたしは止まらない。誠心誠意心を込めてほっぺを引っ張り、シアがぴよぴよ鳴くまで許さなかった。



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