僕たち私たちの宝物
小さなカニがちょこちょこと追いかけてきて、私は捕まらないように距離を離して座る。砂浜に座る私を、なぜかこの小さなカニが執拗に追いかけてきて落ち着かない。睨み付けてみるも一切臆さない。こやつ、肝が据わっておる。
「なんでカニと戯れてんのよ。友達なの?」
麦わら帽子と黒魔女っ娘服という微妙に合わないコーディネートのパニカさんが言う。絵の具の青を塗りたくったような空と海を背に、私の眼前で仁王立ちしている。魔法訓練がひと段落ついたのだろう。何か飲みに来たのだと察して、冷えた紅茶入りの水筒をさし出した。
「なんか、追っかけてきてよじ登るんです」
「カニ雄は登山家なのね!」
パニカさんが私の訴えに適当な返事をかえし、カニ雄と呼ばれた小さなカニをつんつん突く。その姿はまるで海辺に遊びに来た園児といった様子。つつかれるのを嫌がったカニ雄はちょこちょこ逃げてゆく。郊外の海辺は今日も平和で、やはり人気が無い。
毎日の午前訓練は郊外の草原か、もしくは海辺の二択だ。気分によってそのどちらかになる。なんとなく元気な日は海辺を選ぶ傾向があるような気がする。今日のパニカさんは普段よりテンションが高くてパ二パ二している。きっと午後が楽しみでしょうがないのだろうと思う。一方私は気が重くて、訓練にいまいち身が入らなかった。
「ファイナルイノベーションユナイテッド!!!」
元気炸裂なパニカさんが海に向かって叫んだ。意味不明な事を言いながらカッコいいポーズを決めてる。必殺技を編み出している最中だと察して、その微笑ましい姿に笑いそうになる。以前似たようなことをした自分の過去は棚に上げて、パニカさんの勇ましい姿をぼんやり眺めた。
街の東地区には空き家が多い。ゆえにクランハウスとして利用されたり、商売をしたい転移者達が様々なお店を開業させたりしている。居酒屋が密集する『提灯通り』や、探索者向けのお店が集まる『迷宮街』。日用品などの雑多な品物の店が立ち並ぶ『鈴蘭商店街』等々、アクティブすぎる転移者達によって瞬く間に街が発展した。そんな東地区の公園では定期的にバザーが開催されている。受け付けで品の検閲をして、安いショバ代を払うだけで誰でも商売ができるのだ。そんなバザーの一角に私達はいる。
週に一度のバザーは意外と人気があるみたいで、海沿いの公園は人がごった返していた。天気もいいし春風が心地いい。確かに行楽日和と言える。でも、こんなに集まらなくてもいいじゃないか。お休みの日は寝て過ごすのもありじゃないか。私はシートの上に座ってぶつぶつ言う。人ごみが苦手なせいでダウナーになる私を、パニカさんは徹底的に無視してお店の準備を進めた。マジックバッグから私の固有スキルの残骸をせっせと出す。
「本当に、これ売るんですか?」
「売るわ!なんせ元手ゼロよ!!赤字のリスクがない商売なんて夢のようだわ!まぁ、あたしに任せなさいな!!」
四肢の無い不気味な人形を掲げてパニカさんが騒ぐ。シートにどんどん品物が並べられていく。錆びたスプーン、手桶、バナナのお香、空き瓶。誰がお金を出して買うのか。不安ばかりが増していくが、にっこにこ笑顔のパニカさんがせっせと頑張っているのだ。渋々私も手伝った。
私の固有スキルで出した品々がシートに山盛りにされていく。正直ゴミの集積場を彷彿させる。私の能力の結果が、こんなにもかなしい光景を作り出した。しょんぼりと肩を落とす私とは正反対に、パニカさんはつややかな笑顔だ。商売に自信有りなのだろう。そんな正反対の表情の少女ふたりとゴミ山がシュールなのか、私達の周囲には人気が無く、なぜかみな遠巻きにこちらを観察している。
「あの、パニカさん。何故か警邏の青い鎧の人とか、忍者の人が私達をジッと見てるんですが……」
「ん?ああ、それはみんなあたしのファンよ」
なんだか嘘くさい。パニカさんに訝しげな視線を送るが、パニカさんは素知らぬ顔でせっせと店の準備を続ける。
「こちらA班。情報通りに対象が店を開いた。引き続き監視を続ける」
『こちら本部。了解しました。詐欺が確定した時点での捕縛はシノ部が受け持ちます。何かあれば随時報告をお願いします』
不穏な会話が聞こえてギョッとした。見回してみれば、割と近い距離でこちらを窺っていた獣人の男性が誰かと通信してる。青い鎧を着たライオン顔の男性。治安維持部隊のロイヤルガードの人だ。誰かと通信しながらも、ジッとパニカさんを見ている。いや、近い距離どころかシートのすぐ隣に立っている。全力でパニカさんを睨んでいるが、パニカさんは一切動じずに無視である。シュールすぎる。
「パニカさん。なんだかパニカさんが警戒されてるみたいなんですが……」
「なぜなら、みんなあたしのファンだからよ」
パニカさんが真摯な表情で言うが、状況的に絶対嘘だ。いったい何をしたらここまで警戒されるのか。隣にいる私にまで視線が集中して落ち着かない。沢山の人に観察されている。
「あ!シアがまたスライム化してる!いいこと?有象無象を人だと認識するから緊張するのよ!全員カボチャか、もしくは塵芥だと思えば気も楽になるわ!ほら!人がゴミのようだ!」
積み上げたゴミ山を背にしてパニカさんが言う。ゴミのようなのは私達の品物である。緊張が抜けきらない私の肩を、パニカさんがガシッと掴んだ。
「他の誰にも目を向けないで!あたしだけを見て!!!!!」
普通の女性に言われればドキッとするような台詞でも、なんせ相手は女児だ。微笑ましくて、つい生暖かい視線を向けてしまう。パニカさんは、こほん、とひとつ咳払いをした後、スケッチブックをリュックからとり出した。さっきのは無かった事にしたいらしい。
「いい?シア。今のあたし達には集客という点でデメリットを背負ってるの。それは何故か分かる?」
「警戒されてるパニカさん」
「全然違う。全然違うわシアちゃん。そうじゃない」
なぜそこでダメな生徒を見守る教師みたいな目をするのか。
「……がらくたっぽい商品でしょうか」
「そのとおりよ。シアの【がらくた製造】で出したがらくたは、文字通りがらくたなのよ」
自分で『がらくた』と口に出したけれど、人から言われるとつらい。しかも連呼された。
「でもね、こう言い換えると印象が変わるわ。『あの頃の宝物』と」
「あ、あの頃の宝物……」
「そう。これは全て、あの頃の宝物よ?」
なんとなくゴミ山に見えていたものが、今は不思議とキラキラ輝いて見える。この品々のひとつひとつが物語を持っている。小さかったあの頃の宝物たち。
「そうよシアちゃん。キラキラした良い目をしてる。呼び方ってとても大事なのよ。だからまず、私達のお店にはロマン溢れる素敵な店名が必要なの」
そう言いながらパニカさんはスケッチブックに何か書いている。流れから察するに店名を書いてるのだろうと思う。書き終えたらしいパニカさんは書道家みたいな顔でひとつ頷き、私にスケッチブックを見せた。
「決まったわ。『なんとなくガラクタが宝物に見える屋』」
「長いうえに結局がらくたじゃないですか!!!!!」
パニカさんが「えー」不満げに言い、また新たに何か書き始めた。
「トイザマス」
「パクリ!?どこからザマスが出てきたんですか!?」
私のダメ出しにほっぺを膨らませたパニカさんが、懲りずにまた書き始めた。
「一生一緒にいてくれ屋」
「意味わかんないですし!屋を付ければなんだっていいと思ってません!?」
「何よ!!じゃあシアがアイディア出してよ!ロマンと夢に溢れていて青空のように爽やかで素晴らしい店名!!!」
仕返しなのか、ものすごくハードルを上げてきた。渋々スケッチブックを受け取って、悩んだ末に書いてみる。夢にあふれていて、青空のような名前。
「決まりました。『ハレル屋』」
「何で主を褒め称えるの!?何のお店よ!!あたしより酷いじゃない!!」
そんなことはない。私の方がマシだと思う。パニカさんはふんふんと鼻息を荒くしてスケッチブックに何かを書き込む。ふててしまったのか、私に見せる前にシートの前面に設置した。何らかの店名を書いたみたいだが、私が座っている場所からでは確認できない。気になって覗いてみたら『一見ガラクタだけどよく見ればあの頃の宝物屋』と投げやりに書きなぐられている。
「じゃあ次よ、シアちゃん」
こほん、と咳払いをしてパニカさんが言う。次、とはなんだろう。首を捻りながらパニカさんの言葉を待つ。
「正直なところ、シアちゃんの接客に不安があるわ。今はたまたま客足が途絶えてるし、事前に接客の練習するチャンスよ。あたしが色々チェックしたげるわ」
「はぁ……」
確かに私自身も少しは不安だけど、それでもやれば出来るのだ。いらっしゃいませ。ありがとうございました。イメージでは完璧だと言わざるを得ない。パニカさんはおバカな妹を見るような目で話を続ける。
「合図したら練習始めるわよ。はいっ」
パンッ、と掌を打つ。するとパニカさんがおもむろに立ち上がり、腰を曲げて猿の物まねを始めた。
「おうおう!ねえちゃん良いもん売ってんなぁ!!」
「なんで猿が喋るんですか!?」
「さ、猿じゃないわよ!!不良の物まねよ!!!!」
パニカさんの演技に難がある。パニカさんを監視中のライオンさんも同意したのか噴き出した。遠巻きに見てる人にも笑いが起きてる。パニカさんはぐぬぬと唸りながら周囲を睨み付け、また再度掌を打った。やり直しらしい。また腰を曲げて言う。
「おやおや、面白いお店ねぇ」
「不良に売るものはありません!!!」
「今度は不良じゃないわよ!!おばあちゃんよ!察してよ!!!」
「何で設定変えるんですか!?フェイントやめてください!!」
暫しの間ぎゃあぎゃあ言い合いしながらほっぺの引っ張り合いをした。今のは紛らわしい演技をしたパニカさんが悪い。やがて、どちらともなく冷静になり静かに座った。パンッ、とパニカさんが掌を打つ。続くらしい。
「おねえちゃ!いいお天気だね!あたちね、あたちね、今日はひとりでおつかいにきたの!すごいでしょ!えへへ~!それでね、それでね、あたちね!このお人形たんが」
「パニカさん。つらくないですか?」
「急に素で返さないで!?その真顔やめて!つらいわよ!自分でも鳥肌立ってるわよ!!もう!!もう!!!!」
パニカさんが赤くなった顔を両手で覆ってブリッジしてる。よっぽど辛かったのか、その場でごろごろと転がり始めた。依然顔を隠し続けるパニカさんの脇腹を突くと、ビクビクと飛び跳ねて面白い。暫くそうしていたが、やっと落ち着きを取り戻したパニカさんがのそりと起き上がった。よっぽど恥ずかしかったのか、まだ顔の赤みは取れていない。それでも、パンッ、と掌を打つ。なんだかヤケになっているみたいに見える。
「あら、かわいいお店ね。ふ~ん、色んなものがあるのねぇ」
パニカさんがくねくねしながら言う。成人女性を意識してるのだろうか。変なこと言って怒られないように、今度はひたすら観察する。
「……このコーヒーカップは………」
パニカさんは手元にあった薔薇模様のカップをその手に取った。
「ふふ、駄目ね。あたしはまだ吹っ切れてないみたい。いつもあの人の影を探してしまうわ……。ちょうどこのカップと同じものをね、彼が使っていたの……」
愁いを含んだ目でカップを眺め、優しくカップの表面を撫でる。
「……もう五年も前に亡くなった人なのに、未だあたしの時はあの日に止まったまま……。駄目だっていうのは分かってる。でも……」
成人女性に扮するパニカさんがどこまでも青い空を仰いだ。眦に溜まっていた雫が頬を滴る。ハンカチで涙を拭い、軽く頭を振って気を取り直した後、儚い笑みを浮かべて私の方を向いた。
「……これ、おいくらかしら」
値段しらない。どうしよう。値付け等はパニカさんに一任してるから私には分からないのだ。
「申し訳ございません。現在担当の者が外しております。帰社次第折り返しご連絡致しますので、失礼ですが、お名前と連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「受付対応!?設定が台無しよ!!!も、もう!!全然話が進まない!!!シアちゃんのおバカ!シアちゃんのおバカ!!」
なぜか怒られた。個人的には自信ありだったのに。顔を覆ったパニカさんが地団太を踏む。地団太が似合いすぎてる。パンッ、とライオンさんが掌を打つ。まだ続くらしい。
「何でアンタが合図出すのよ!!!!!!!!!!!」
ドッと観客が沸いた。よく周囲を窺えばかなりの人数が足を止めていて、パニカさんを監視していた人たちもタコ焼き食べながら和やかに見てる。いつの間にこんな状況になったのか。
「もういいわ!!さっさと開店するわよ!!てかもう開店してるのよ!!!」
パニカさんの声が呼び水になったのか、微妙に距離を取ってこちらを見ていた人たちが一斉にわらわらと集まってきた。ゴミ山に需要があったのかと驚いたが、不思議な事にお客さんたちは品物の金魚鉢に銅貨を入れてくる。お金を入れるだけで品物は持っていかず、満足げに立ち去ってゆく。ライオンの人や忍者たちも銅貨を入れていた。首を捻って状況を眺める私の横で、パニカさんは顔を真っ赤にして震えていた。
「べ、別にコントしてたわけじゃないんだから!!!!!!!!」
パニカさんのツンデレっぽい言葉を聞いて、やっとこの状況を理解する。人見知り、接客の前に芸人デビュー。居心地の悪さが天元突破した私は顔を覆った。顔がどんどん熱くなってくる。私は【気配遮断】をフル稼働して、パニカさんを置き去りにしたまま颯爽とその場から逃げ出した。今は一刻も早く、一刻も早くおうちに帰って隙間に挟まりたい。こうして、私とパニカさんのお店『一見ガラクタだけどよく見ればあの頃の宝物屋』は開店と同時に閉店した。