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こうして夜は更けていく

※パニカ視点



 どうにかならんのか、と部長はため息交じりに言う。どうにかなるものならとっくに。そう思いながらも、ただ普通に仕事を教えただけだという旨を伝えると、部長は再度ため息をついてあたしに退出の許可を出した。


 デスクに戻るあたしに、同僚たちは様々な意味の視線をぶつけてくる。その幾つもの視線に、おおよそ好意的な感情はくみ取れない。数人の女の子たちが連れだってお手洗いに行った。小学生の頃からよく見かける光景。あたしに聞こえるような場所で陰口を言うのを控えているのだ。陰口を叩くような人間は、いつだって面と向かって喧嘩するような度胸を持ち合わせてはいない。あたしが直接文句言うと一様に視線を右往左往させながら言い訳を言う。決まってこういうのだ、別の人の事を言っていたと。文句があるのなら直接言え。別の人?じゃあ今からあたしと一緒に言いに行こう。数回ほど、この会社の中でそんなやり取りをした。人が大勢いようが場所なんて関係ない。


 そんなあたしだから、いつだってすぐに孤立する。任された新人たちもすぐに離れていった。昔からあたしはこうだったのだ。陰湿なものが嫌いで、思った事がすぐに口をついて出てくる。よくあるイジメの光景に口を出すのも常で、その度に空気が読めない等と言われるが、どうしてアンタらの作り出す腐った空気に同調しなければならないのか。なんの因果か、いつも気に食わない人間ばかりがあたしの周囲に集まり、自然にあたしの口調はどんどん尖っていった。いつもピリピリしているせいか、陰でエレキテルと呼ばれているのは知ってる。電気みたいな女という事だろう。案外カッコよくて気に入ったが、それを伝える相手は誰一人いない。


 そんな気質のあたしを、唯一の肉親である父はすぐに持て余した。あたしとは正反対に気の弱いせいもあるだろう。もうずいぶん長い事連絡を取っていない。6年くらい前の最後の電話では、再婚したと言っていたような気がする。なんにせよ、あたしはいつだってひとりだ。




 異世界転移。実はひそかに憧れていて、いくつもの小説を好んで読んでいた。転移主人公はいつだって自由。そして欲しいものは必ず手に入れる。転移してすぐは飛び上るほど喜んだ。何故かあたしは随分幼い姿になっていたが、他の転移者たちも様々な姿に変わっていたので、それほど悲観するほどでもなかった。スキル、迷宮、いずれ目覚めるチート。お約束のようなそのシステムに心が躍った。自分のスキルを調べてみて【雷魔法】に気付いたあたしは思わず苦笑いした。皮肉が効いてる。エレキテルなあたしには相応しい。


 でも、高揚した気分は夜までもたなかった。冷静になったあたしはすぐに恐怖で震えた。異世界と言うのは、文字通り今までとは異なる世界だ。日本と海外でさえ常識は違うのに、世界の壁を越えてしまったのだ。魔物もいるのだ。きっと命の価値も紙切れのように軽いだろう。


 鏡に映るあたしはエルフの幼女。小学1年生か、幼稚園児の年長さん。緑色という奇天烈な髪色がよく似合っている。チュートリアル期間が終わって本番の異世界に臨む頃は、それでも10才かそこらの幼女だ。エルフみたいだし、もしかしたら成長が遅いかもしれない。そんなのが果たして生きていけるのか。いくらスキルがあるといっても、そんなのは全然フォローにならない。幾つもの不安が心を締め付けて、小さな家の小さなベッドで、小さなあたしは震えて泣いた。




 泣きつかれていつの間にか眠っていたけど、何処からか女の子の歌声が聞こえて目が覚めた。透き通ったような綺麗な声で、夜に溶け込むようなゆったりとした歌。


 あたしはのろのろと窓辺に移動して、その歌に聞き入った。あたしも知ってる、深夜アニメのエンディング曲。熱血ロボットアニメなのに、エンディングはしっとりとした癒し系バラードなのだ。その歌を聞いて、改めて思い出した。この島の大勢の人間は全部転移者だ。あたしはひとりじゃないのだと。歌が終わったと思ったら、また別の歌が始まる。今度はテレビCMのへんてこな童謡シリーズだった。クロワッサンがぱりぱりと2つに割れて地球を救う歌。おもわず声を出して笑った。おそらく隣人だろう少女の奇行に、ずいぶん癒されてしまった。


 その日から、あたしは溜まっていた鬱憤を晴らすかのように自由に振る舞った。いや、もともと大いに自由に振る舞ってはいたが、もっと行動的になったというべきだろう。幼女姿にだまされた転移者がお菓子をくれたりする。別にわざとじゃない、ただ勘違いされただけなのだ。多少勘違いされやすい所作を心掛けて、頻繁に露店巡りも行った。姿を馬鹿にされればその数倍は罵倒した。その言い合いの所為でヘンテコな名前になってしまった事は未だに恨み満載である。時折隣家から聞こえてくる妙なチョイスの歌に励まされながら、あたしの異世界生活は続いた。




「パニカさん!今度は、今度はコケシが出ました!!」

「いいわね。ちまっとしていて、良いコケシよ」

「どんどんフォローが適当になってませんか!?」


 シアが涙目でコケシを持ってくる。あたしはそのコケシを受け取って眺めた後、シアのマジックバッグに放り込んだ。もはやバッグの中はガラクタだらけになってしまっている事だろう。有用なものは皆無と言わざるを得ない。シアはあたしにコケシを渡した後、再度少し離れて素振りを行った。まだまだ自分の固有スキルに納得がいかないらしい。


 あたしは携帯コンロで煮込まれているポトフ入りの鍋をただジッと観察していた。不器用な形の野菜たちがごろごろ煮込まれている。シアが煮込むだけの状態まで作り、あたしに託したのだ。


 シアが短剣を振うたび、光の粒子が夜空に舞う。黄色い満月を背に短剣を振うシアは、月の妖精、といった風情がある。シアの長い金髪がキラキラ光っていて、よけいに幻想感を増していく。こうして見ると息を飲むほどの美少女っぷりなのに、話をすると途端に残念な印象になるのが不思議だ。静かな所作は良家の箱入りお嬢様を彷彿させるのに、すこしやり取りを交わすとド天然あほ妹といった感じになる。


「ぱ、パニカさん!短剣無くても出ました!短剣全然関係なかったです!ほら、ネジ!」

「これはいいネジね。シアの頭にはめるといいわ」

「あんまりです!それはあまりにもあんまりです!」


 口をわなわなさせて泣くシア。かわいいへっぽこたるシアは、何らかの固有スキルを発現させた。意味不明な物品を出すその能力は、意味不明な発言の多いシアにとてもよく似合っている。


「ほらシア、【がらくた製造】の力は置いといて、晩ご飯にしましょ」

「がらくた言わないでください……。さっきヒヨコ出ましたし……」


 鍋を挟んで向かい側に座ったシアがさめざめ泣く。あたしが苦笑いしながらポトフをよそってあげると、ありがとうございます、と小さく呟いてもぐもぐ食べ始めた。あたしも自分の分をよそって食べる。大味でぶきっちょで、とてもおいしい。誰かの手料理を食べる、何てことは今までほとんど無かったせいか、とても温かく感じる。あたしもある程度は料理が出来るが、毎日料理を作ってもらう、という日々はなんだか悪くない。わるくない、わるくない、と呟きながらポトフを食べた。


 食べている最中、油断するとシアがハンカチであたしの口を拭ってくる。時折園児扱いしてくるのだ。あほ妹のシアにその扱いをされるのはあたしのプライドが許さない。仕返しにあたしのハンカチでシアの涙の後を拭う。にへっと笑うシアがあほかわいい。




 3階層に到着したあたし達は疲れ切っていて、すぐに草原に腰を降ろした。道中まさにウルフ地獄だった。シアは「わんわんランドですね」等と呑気に言っていたが、そんなかわいいもんじゃなかった。『街道』と呼ばれる3階層は、草原の中に石畳の道が真っ直ぐ伸びている。道の外れの森には豊富な魔物が待ち受けているが、森に入りさえしなければとても安全な階層だと言える。一度も接敵せずに攻略可能なボーナスステージ。森にはポイント変換可能な素材が多くあるらしく、稼ごうと思えば稼げる良い場所だ。シアの懐中時計は夜の9時を示している。外の天候を反映するこの階層も、とうぜんの事ながら夜だった。夜続きで気が滅入る。


 階層入り口の転移陣を逆走すれば、すぐに迷宮入口に帰ることが出来る。でもあたしはキャンプを主張した。あたしもシアも野営経験が無い。せっかくテントと寝袋を用意したのだから、一晩くらいはものの試しに、と強固に主張した。キャンプしたことが無かったので、ただテントで寝てみたかっただけなのだ。幼女姿になってすぐ顔に出るようになってしまったためか、あたしの目論見を察したシアが苦笑いしながら同意してくれた、というのが今に至る顛末である。


「シア。いっぱいがらくた出したけど体は大丈夫?固有スキルによっては何らかの代償があったりするのよ?」

「うーん。言われてみれば、なにか出すたびに眠気がどんどん増してきたような気が……」

「もし魔力を使うんだったら体調不良になるし、ただ眠くなるだけだったら安心ね!がらくた売って元手ゼロ商売よ!」

「商売ですか……う~ん……」


 ご飯を食べ終えて満足したのか、シアの頭が眠たげに揺れている。キャンプの夜の酒宴、というのに憧れていたけれど、疲れたんじゃしょうがない。ゆらゆら揺れるシアをテントまで輸送して、青い寝袋の中に放り込んだ。あたしもご飯の後片付けをしてから寝る準備をした。


 大人用の寝袋を2つ選んでしまったせいか、ちっこくなってしまったあたしじゃ隙間風が入ってくる。肌寒い。起き上がってみれば、小柄なシアも寝袋がぶかぶかだ。考えた末、シアの寝袋の中にネジのように回転しながら入り込んだ。


「うぅ、せまい、です……」

「風邪ひくよりマシじゃない」

「……私達って、風邪引くんですか?」

「ん?知らないけど」


 あたし達は合体して2つの顔があるミノムシとなった。ふわっと花の香りが鼻孔をくすぐる。シアはすごくいい匂いがして、なんだかズルい。これが女子力の差か。シアにへばり付くような体勢のまま、しずかに瞼を閉じた。




 いたい、と泣きながらあたしを庇う少女。鮮烈な出会いだった。素人目にも分かるほどに拙い動きで、ウルフの群れに突っ込んできた。引っかかれて、噛まれて、転がされて、血まみれになりながらもあたしを庇う。


 調子に乗って2階層までやってきたあたしは、既に後悔と恐怖で頭が真っ白になっていた。だからだろうか、あたしと同じように怖がりながらも戦う少女の姿は、あたしの心を深く打った。


 事案ですか、等と珍妙な事をいいながらあたしを庇うために抱き着く。痛みでぼろぼろ泣きながら、それでもあたしを逃がそうとした。逃げろと合図を送る彼女の姿は、逆に救いを求めているみたいに見えた。瞬間、震えが止まったあたしは、隠し持っていたナイフを振ったのだった。



 なぜあたしを助けたのか、というあたしの問いに、夢で見た、とか、必死で、等と少女はぼやけた事を言う。感謝の念が堪えないのに、無駄にプライドの高いあたしは素直に礼も言えなかった。夕日の綺麗な街並みを、あたしは迂闊な少女に説教じみた事を言いながら歩く。自分で自分を省みて思う、偉そうに。どんどん自己嫌悪が膨らんでいった。感謝の念が高いほど、逆に少女への心配ばかりが募っていく。


 あたし達の帰路は偶然ほとんど同じ方角で、最終的にあたしの家についてしまった。ここよ、と言うあたしに、私はそこです、と少女が返す。あたしの隣家。ヘンテコ歌の少女が住んでいると思われる家を指した。




「シア~。もう寝た?」


 返答は無い。静かな寝息がテントの中を漂っている。あたしは寝袋の中をごそごそ蠢いて、ますますシアにへばり付く。温かい。こうして誰かに抱き着いたり抱き着かれたりするのは、随分昔に父に抱っこしてもらって以来だ。丁度今のあたしの外見年齢くらいの事だとおぼろげに覚えてる。


 魂や性格に適した外見に変化する、というのがずっと解せなかった。少なくともあたしは一人でも立派に生きられる女だ。でも、シアに会って以来、その考えは撤回してる。いまは逆に自分の姿に納得してしまった。あたしはずっと、誰かに甘えたかったんだと思う。たぶんそんな思いがあたしを幼女に変えた。昔から人に期待して、勝手に裏切られたような気持ちになって攻撃してた。自分の素を見せて、それでも許してくれるような人を無意識で探していたんだと、ずいぶん長い時間かけて気付いたのだ。


 出会ってそんなに長い時が経っていないというのに、もうすっかりシアに甘えてしまっている。あたしはずっと、この子に救われている。いつかチュートリアルが終わって、本格的に異世界へ行く日が来る。転移者は何もしなければ全員別々の異世界に飛ぶ。でも誰かと一緒に同じ世界へいく方法がちゃんと用意されてるのだ。気恥ずかしくてなかなか言い出せないが、あたしは既にシアと一緒に行く気まんまんである。


 天然で騙されやすいシアの事だ、異世界転移初日で悪人に騙される可能性が大いにある。不安しかない。だから、あたしが守ると決めたのだ。


 強く抱きしめるとシアは苦しげに呻いた。力を込めるたびに「むー」と鳴く。音の鳴るぬいぐるみみたいで、たのしくて何度もシアで遊んだ。やがて起きだしてきたシアにエルフ耳を引っ張られて、あたしは「みー」と鳴く。散々あばれて、お互い小さく笑いあった後、そこでやっと眠りについた。



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[一言] この小説に、最近毎日癒されてます まったりな日常も戦闘も幻想的な中二対話や夢も全部好きです・・・
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