最後の一人
また死んだのかと、私は苦笑いを浮かべる。
乗組員がジョナサン以外全員死亡していることは聞いていたが、その死にシンシア号が関係しているとは思ってもみなかった。てっきり、船内での死者はジョナサンのみ……いや、正確には心臓が止まっているだけで死んではいないのだが、彼一人だと思っていたのに。
ますます恐怖が煽られる。私は本当に、無事この船から降りられるのだろうか。
『そして、マリアが最後に残した映像が、施術同意の映像となります』
再び、モニターにマリアの姿が現れる。
ぐったりと椅子に座り、頭は己の左肩に預けている。傷だらけの左手首を右人差し指で小刻みに叩いていた。もうほとんど目は見えていないのだろう。彷徨う視線がこちらを見る度、私の心臓はどきりと跳ねる。自然と体が強張った。
マリアの姿を視界に捉え続けるには、強い意志が必要だった。
マリアがゆるりと首をもたげる。
『……わたしが、この映像を残すのは、この船に乗っている、ジョナサン・キーンのためです。彼はしせんきクレイオ、ニクスを受けて、蘇生の、可能性があります……』
マリアが咳をし、唾液で肩を濡らす。腕は上げるのも億劫なのだろう、拭おうとした右手は少し持ち上がり、ぱたりと落ちた。握られた左手の上に積み重なるようにして、右手の拳が震える。
『ケホ、はっ、はぁ……。ただ……同船し、処置を施した、医師ミハイル・アドルフの診断によると、臓器に問題が、あると。のこと、です。なので、蘇生の際は、特殊な、臓器移植を必要とします……どうか、ジョナサンを、助けてあげて、ください』
拳の山は崩れ、左右に手の平を見せて倒れる。そこで突然映像が乱れて、少し巻き戻った。
ケホ、とマリアが咳をする。
そこで映像は終わるが、私は息をのんで、モニターを見続けていた。最後の最後で、なぜかマリアのグリーンアイズと、目が合った気がしたからだった。
エリカが壁面のモニターを私の手元に戻す。そこには手術申請書類が映し出されていて、話がもう終わりに近いと伝えていた。
『シンシア号は予定通り、約8760時間かけて所属星系へ戻ってきました』
よかった、とリルの喜ぶ声がする。マリアは助かったんだね。そんな声が。エリカの声に冷淡さが増す。
『しかしマリアは、救助を待つことなく、船内で亡くなりました。死因は異物を飲みこんだことでの窒息です』
――窒息。
『マリアは自らタオルを飲みこんで、自殺しました』
「……それは」
一体、どういうことだろう、と私は束の間考えこむ。その方法なら弱った体でも死ぬことはできるが、もっと楽な方法はいくらでもあったはずだ。
医務室に行けば、ジョナサンが行ったように薬の過剰摂取で。もしくはブリッジから一歩出るだけで、リーナのように窒息死もできた。なぜ、わざわざタオルを選び、そうまでして死ななければならなかった?
……首を振る。脳裏に過ったものを振り払う。まさか。そんなはず。
考えを打ち消すように、エリカの声が部屋に響く。
『死ぬ直前、マリアは私に、ジョナサンを医師の元へ運ぶよう命じました。その時には所属星の管制室へ無線通信が行えましたが、命令系統の第一位は乗組員であるマリアだったので、命令通りにいたしました』
「そうして私の元へ?」
『はい』
モニターの申請書が拡大される。早くここへサインしろ、そう急かされているかのように。その動きに既視感。マリアの手の動きだ。左右に広げる。――そして縮む。
『報告は以上となります。よろしいでしょうか』
「……ええ」
上の空で返事をした。
思えば、最初に嫌な予感がしたのは、エリカに対してではなかったか。特殊な臓器移植。ああ、なんてこと。
感覚のない手で、モニターに触れる。術者は患者が施術を受けるまでの経緯を把握し、施術を受けるに値すると考え、上記の内容で申請する。日付、空欄。みみずがのたくったような、サインをする。
早く、早く、早く……。
申請が受理された。二時間をカウントしおえたリルが、患者をスキャンして顔を歪める。
青ざめた顔を互いに見合わせ、貝のように口を閉ざすと、メスを手に取った。エリカはもう、何も話さなかった。
患者の頭を見る。
「これより第4類、脳のサイバネティクスオーガニズムを始めます」




