マリアの証言
『後に、この記録のない数日について、マリアが詳細を語っています』
唐突にブラックアウトしていたモニターが光を放つ。
壁面のモニターに映っているのはマリア一人だった。
ひっ、とリルが悲鳴をもらし、私も思わず目をそらす。
――そらしたのだが、あまりに強烈な光景に、一瞬にして映像が脳裏に焼きついていた。
場所はシンシア号の内部だろう。椅子に座り、落ちくぼんだ瞳でマリアはこちらを見つめていた。
やせ衰え、ほとんど骨と皮だけの姿で、余った服が幾重にも皺を作っている。膝の上で左手首を指でしきりに引っ搔いていた。血が出ているのにも関わらず、だ。
マリアのぎょろりとしたグリーンアイズはひどく雄弁で、彼女が絶望しているのだと一目で悟らせる。
縋るような、もしくは見捨てられたかのような、眼差し。
見るものの不安感を募らせる揺らめきがあった。
一体何が彼女の身に起こったのか。
この映像がいつ撮られたものかは知らないが、惑星で死に直面した時よりも、ずっと状態が悪くなっているようだった。
マリアが口を開く、舌が動く水音がした。
ブラックボックスに残っていた、最初の頃の玲瓏たる声とは違い、か細く抑揚がない声が流れ出る。
『……休憩に入り、眠りました。しばらくして、リーナから内線が入るまで、私、一度も目を覚ましていません。
時計を見ると、就寝から5時間ほど経っていました。
いつもより体が重くて……でも、リーナがエリカの復旧の目途がたったというので、交代時間ではなかったけれど、部屋を出ました。
リーナはミハイルと一緒にブリッジにいたから、きっとジョーには連絡していないと思って、私、ジョーを起こしに行った……。部屋の外から呼びかけましたが返事がなくて、少し扉が開いていたのでおかしいと思いました。
隙間からタンクベッドと、そこから垂れるジョーの手が見えたので、手動で扉を押し開け、中に入りました。ジョーは仰向けでタンクベッドに横たわっていて、傍らには空の薬のシートが3枚、これは前からジョーが飲んでいたやつだった……それから、小さな薬瓶が1つ、床に転がっていました。
その時にはもう、ジョーは呼吸をしていなかった。
何が起きたのかわからなくてパニックになり、悲鳴を上げたのか、それとも自分でミハイルを呼んだのか、多分、悲鳴を上げたんだと思います。いつの間にか隣にミハイルがいて、ジョーを医務室へ運びました。
ミハイルは私に外で待っているように言い、それから、それで……。ミハイルだけ医務室から出てきて、こう言いました。
マリア、俺は最善をつくしたんだ、ジョナサンにはクレイオニクスを施した、と』
ドクターミハイル・アドロフ。渡されていた診断書はこの時書かれたものだろう。
患者は心肺停止状態で発見。薬物の過剰摂取が原因と思われる。ACLSを施すも回復せず。脳死判定後死戦期クレイオニクスを施す。
特に問題点は見当たらないし、妥当な判断だと思う。
そしてそれが今、私の後ろに横たわって、解凍されているわけだが。
リルが一時間の経過を告げる。振り返れば複雑そうな面持ちで、タンクの中をのぞいていた。
第4類の患者は滅多にいないので、患者が死にそうなことも、その背景を知ることもあまりないのだ。加えて、その背景がここまで深刻だったとは、今の今までリルは気づきもしなかったのだ。
――なんて幸せなやつ。
『再起動後の会話です』
エリカの声にモニターを見れば、マリアの姿は消えていて、ほっと息をついた。
流れ出した会話は、どこか覚束ないリーナの声から始まる。
『動いてる……』
『リーナ、よくやったな!』
『う、ん』
『これで帰れる。生きて帰れるぞ。は、ははっ』
『そう、だね……』
『ほら、マリアももっと喜べ。このくそったれな惑星から脱出できるんだぞ』
『は、い……』
ミハイルの哄笑。その隙間を縫うように、マリアの囁き。
『……よい行いは必ず罰せられる……』
音声が止まる。最後はマリアの声にならない吐息。
――深い、ため息をついた。
追い詰められた男女が、仲間を一人失いつつ、それでも希望を得た場面のはず。その反応があれ? 気味の悪さに総毛立つ。
リーナはどこか呆けた調子、マリアは喜びよりも悲しみ。ミハイルにいたっては何を恐れているのか、乾いた笑いが響く。
首筋がぞわぞわする。
音声だけだというのに、それが逆に私の感受性が強めているようだった。
事故の後からというもの、彼らの声に耳を傾けるのは苦行と化している。数秒聴いているだけでどっと疲れるのだ。
『聞いての通り、リーナのアイデアは問題を解決に導きました。もちろん、当初は本来の演算能力に遠く及びませんでしたが、それも徐々に解決されていきます』
エリカの声すら、嫌気がさすほどに。
『そして再起動から72時間後、シンシア号はついに惑星から脱出を果たしたのです』




