脱出不可能
サブシステムの記録では、この周回軌道への投入は成功しています。
しかしAIの補助がない目視及び計器飛行のため、重力アシストによる軌道変更の際、若干のずれが生じ、エアロキャプチャの減速が予測より大きかったようです。
舵制御は完全にダウン。シンシア号は周回軌道に対し、進行方向を惑星側へ傾けた状態でまわっていました。
サブシステムの計算では、480時間程度でシンシア号は惑星に墜落する見込みです。
救難艇の格納庫の位置は、航行中の船からも安全に離脱できるよう、側面につけられているため、進路は惑星方向に傾き、周回軌道方向に対する初速度は相殺されます。それゆえ、救難艇では速度が十分に出る前に大気圏に突入し、さらに速度が落ちて墜落するであろうと考えられました。
液体金属の海へ不時着した場合、乗組員の生存可能時間は720時間。エアロキャプチャを行った際、通信も途絶し、帰属地域から10000光年以上離れていたため、救助は期待できないと判断されました。
惑星の周回軌道へ突入して間もなく、リーナが意識を取り戻しました。
ミハイルと共にブリッジへ来ると、4人は事故の経緯と行った対処、現状の情報共有を行い、これからの方針について意見を交わしました。おそらく、この時、リーナは私の非常停止の原因について、予想していたのだと思います。
私の復旧を第一目標とするという意見に、脈拍が乱れと瞳孔反応が見られたことをD1が記録していました。
リーナはミハイルとD1の手助けを受け、AI頭脳室で私の復旧に努めることとなりました。
真っ先にリーナはCPUにアクセスし、CPU内の演算部、量子イジングマシンに根本的な設計ミスがあることを突き止めました。アルクビエレ・ドライブの長距離高速制御に耐えうる持久性が備わっていなかったのです。
直接CPU室へ行くと、高温による自然火災の痕跡があり、幸い制御部は無事でしたが、演算部は燃え尽きて真っ黒になっていました。
AIの復旧は絶望的だという結論に、4人は多大なストレスにさらされました。リーナやマリア女性たちは鬱傾向が見られ、ミハイルとジョナサン男性たちは強い攻撃性が生起されました。
以下、記録されたブラックボックスの会話の一部です。
…………
『周回軌道への突入はおまえの判断ミスだ! 救難艇で脱出し、船を捨てりゃよかったんだ!』
『どうやってだ? おまえも負傷していたし、リーナに至っては意識がなかったんだ。救難艇のAIは動いても、この船のサブシステムはほとんど機能していない。格納庫から出すのは俺たちの手でやらなければならなかったんだ。手動操縦の最中、そんなことやる暇どこにあったというんだ?』
『……っ、それでもだ! おまえは判断する前に、俺たちに一言だって断りを入れなかった! リーナがきいていたら、きっと反対していたさ。おまえよりずっとエリカの状況を把握していたからな!』
『じゃあ、リーナの離脱が悪いんだな。ミハイル、おまえもだ。2人が負傷しなければ、おまえのいう救難艇での脱出も可能だった。ブリッジの操舵室に座っていても、身体を固定してなけりゃ意味がないな』
『寝こけてたやつに言われる筋合いはない! だいたいおまえだって、ベルトなんかしたことないくせに! それに周回軌道への突入だって、おまえがもう少しうまくやっていれば、救助を待てたんだ!』
『ミハイル! ジョーもやめてください。2人とも言いすぎです。ミハイル、リーナが心配していました、怒鳴り声が聞こえるって』
『……ちっ』
『マリア……』
『ジョー、少し冷静になってください。船長でしょう……』
『船を墜落させる船長か? ははっ……、どうしてだろうな。最善を尽くしたはずだったのにこんなことになっている……。まさか、エリカが復旧しないだなんて、思わなかったんだ。ちょっとした動作不良だとしか……リーナなら、直せると』
『ジョー……、皆最善は尽くしましたよ。あなただけではなく、私も、ミハイルも、もちろん、リーナも』
『ああ……そう、だな』
…………
乗組員の精神状態は悪化の一途をたどっていました。D1、D2は投薬と安静が必要だと診断しミハイルに意見しましたが、ミハイルも同様に職務に就ける状態ではなかったため、処方されることはありませんでした。
4人とも不眠の症状が現れており、最早二交代制などあってないようなものでしたが、マリアとリーナは頑なにそれを守りました。ジョナサンとミハイルが、顔を合わせないよう調整するためです。
ジョナサンは日がな一日、脱出シミュレーションを行っては墜落させることを繰り返しました。マリアは片時も通信装置の前から離れず、ミハイルは医務室に閉じこもり、リーナはなんとかエリカを再起動させようと頭脳室の中を徘徊しました。
誰もが打開策を得られない中、起動投入からおよそ300時間経過し、リーナがある手段に出ました。
最も古典的な方法。サブシステム、医療補助ロボット2台、生活補助ロボット2台、救難艇1機。そのすべてに搭載されているAIの演算部を並列に繋ぎ合わせ、船を動かそうとしたのです。
そうしてリーナの手により、すべてのAIから演算部が取り除かれたため、ここから数日にわたり、ブラックボックスにも記録は残されておりません。船内環境維持も同様に稼働していなかったため、船内の温度、気圧、酸素量、水や電力の供給等、すべてが生存限界ぎりぎりまで悪化したことが推測されます。
そして次に私が目覚めた時、船長のジョナサン・キーンはすでにクレイオニクスが施されておりました。




