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オズの人形師  作者: 夕見人
2/12

島の海埠頭


 市街地を抜け、かつては農耕地だった外縁部を走っていくと、遠くに壁のように見えていたクレーターの縁、リムが徐々に近づいてくる。

 内側は段丘上で、天辺は恐ろしく高い。

 近づけば近づくほど、そびえたつそれを仰ぎ見ることも難しいほどだった。

 道路の先にはコペルニクス歴史地区と外とを結ぶゲートがあり、その先はリムを貫くトンネルとなっている。


 あらかじめ申請済みだったこともあり、車は止められることなくゲートをくぐり抜けた。

 ここで緑のドームとはおさらば。

 トンネルを抜ければ隣の地区、島の海だ。


 車は傾くことなく、坂道となっているトンネルを昇っていく。

 トンネル内部はぼんやりと光る白い壁でできており、光量がぐっと落ちたことに私は安堵の息をついた。


「リル、到着予定時刻は」

「……」

「もう、話してもいい」

「12分後です」


 リルの声と共に、急に様々な音が押し寄せる。

 それに眉を寄せながら、私は数日前に受けたこの依頼を思い返した。


 ――を、作ってほしいのです。


 工房で受けた通信。その向こうに人影はなく、ただ素気ない機械音声だけが紡がれた。


 依頼人は宇宙船搭載のAI、試験船シンシア号のエリカと名乗った。乗組員の遺言に従い、この依頼をしていると。


「患者と依頼者の名は?」

『患者はジョナサン・キーン。遺言者はマリア・エリアです』

「他の乗組員は?」

『ジョナサン、マリアと他2名が乗船しておりました。ジョナサン以外全員死亡が確認されております』

「……あなたの所属星は?」

『機密により答えられません』


 この時、確かに私のルナティックセンスはある種の危機感を抱かせた。

 私の工房は古いだけあって名が知られている。宇宙各星から依頼がくるのは珍しいことじゃない。AIは命令に従うものだし、自動船はいくらでもある。

 

 しかしそう、まるで汚穢に触れたかのような背筋に走るおぞましさを感じたのだ。


 肉体を持つが故の感覚だったと、今では認識している。けれどその時はわからなかった。判断に迷った私はリルに意見を求め、何も感じなかったリルは依頼を受けることを勧めた。新しい経験はスキルアップに欠かせないことだと、逆に私の躊躇いを訝しんでいるようだった。


 日数と経費を見積もり、島の海にある小さな埠頭を受け渡し場所として通信は終わった。

 リルは私の発汗量に病を疑い、頭の先から足の指までスキャンした。

 依頼品の製作を進めながら、時を経るごとに後悔がひしひしと募っていったのを覚えている。


 ちらりと横に座るリルを見やった。

 滑らかな白磁の肌。高身長の私の一族に合わせて、リルもまた背が高く、細い足は前につかえるほどすらりと長い。どうしました? と首を傾げるその顔はひどく幼げだ。緊張感など一切ない天真爛漫な瞳。


「この鈍感」

「はい?」


 唐突に詰られ、目を白黒させている。

 フロントガラスにはトンネルの出口が見えてきた。一拍のち、トンネルから外へと飛び出すと、リムは後ろへ移動している。コペルニクスクレーターを脱したのだ。

 透明なドームの向こうは宇宙空間が広がっている。暁月の地球、と表現するのは妙な言葉遊びだが、青々とした水の星が悠々と浮かんでいた。しばらく走ると、太陽が沈んでいくのが見える。ここからはまた夜灯期だ。


 太陽系に住む人類はごくわずかで、火星と月、ともに過疎化が進んでいる。

 月の方が、若干人口が多いのは、地球を観測する人、もしくは地球へ向かう人が少なからずいるせいだった。

 地球は一般人の立ち入りが禁じられているが、研究者や政府関係者など、年に数回、月を足掛かりに船団が降り立っている。また、地球を見に訪れる観光客も、月に宿泊することが多かった。


 そんな寂れた月の中でも、島の海にある港はほぼ無人状態だ。

 ケプラーとコペルニクスに挟まれた島の海の港は、規模が小さく古い港で大型船は泊められない。そのうえ、近くの嵐の大洋にもっと大きな港があった。

 今では主に月面輸送に用いられ、すべてAIが処理しているだけ。


 ――憂鬱さに、両手に顔を伏せる。

 この港にある埠頭を提案してきたのは依頼人だった。近くていいじゃないですか、と暢気なことをリルは言っていたが……。いや、考えるのはよそう。

 首筋に薄っすら滲んだ冷汗を手の甲で拭う。


 島の海は道路以外、ドームに覆われておらず、後期インブリウム時代に堆積した玄武岩が剝き出しのまま保存されていた。

 リルなら外に出ても平気だろうが、私が出たら数秒持たない荒涼とした月本来の世界だ。

 車から漏れだすわずかな光の中、その変化に乏しい景色を見ているうちに、道先に光源が現れる。島の海の港だ。


「ルミ、もうすぐですよ!」


 リルが目を輝かせて私に言った。何がそんなに楽しみなんだ。私の指先は冷えていく一方だった。


「やっぱり帰りましょう」

「何を言っているんです。ルミ、緊張しているんですか? あなたの商品に今まで問題があったことなんて、なかったでしょう?」

「そうじゃない」


 不思議そうにするリルに、私は額に手を当てた。

 依頼はすでに受けているのだ。ルナティックセンスがいかに科学的根拠がある第六感といえども、そんなものに頼って途中放棄するのは確かにプロ意識が欠けている。わかってはいるが悪寒は止まらない。受けてしまったものは仕方がない、そう割り切りたいところだが、モチベーションは下がる。


 黙りこくっていると、リルは膝の上のケースから手を離し、私の指先を握った。のぞきこむように体を傾げて私と目を合わせると、力強く頷く。


「ルミ、誰だってはじめてのことには緊張を覚えるものです。大丈夫、あなたの腕は僕が保証します」


 脱力する。


「それは、そうでしょうとも……」


 にこにことリルは笑う。私は背もたれ背をあずけ、近づく港に顔をしかめた。


 車は依頼人が指定した第六埠頭に停車した。すでに依頼人は到着しているようで、ドッキングランプが点灯している。

 道具鞄を持って車を降りると、リルも商品ケースを手に後ろに続いた。

 階段のタラップの奥には船の扉が見える。階段を上りきると、扉を見据え覚悟を決めた。リルがモニターから船内へ通信する。


「人形工房オズです。商品を届けに参りました」


 聞き覚えのある機械音声。同時に扉が開く。


「ようこそシンシア号へ。歓迎します」


 私は軽く唇をなめた。一歩踏みだす。宇宙船シンシアの船内は、まるでまだ主がいるかのような、張りつめた空気が流れていた。


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