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オズの人形師  作者: 夕見人
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サクリファイス


 心停止により、真っ先にダメージを受けるのが脳だ。


 知覚、記憶、判断、運動、言語、循環機能。多くを司る脳がダメージを受ければ、多大な障害が残ることがある。

 いや、酸素の供給不足によるダメージだけではない。些細な脳の働きが元で、生活のクォリティーは大きく左右される。神経系、精神疾患。だからこそ、脳幹死から片頭痛まで、現代では脳を作り変えて治療をすることぐらい珍しくない――小規模なものならば。


 盛り上がった傷跡を見ながら、言い聞かせるように声に出さず呟く。私はただ、小脳と脳幹を作ってここにいれただけ。最初から入れてあった大脳の、靴の刻印など見なかった。この患者の脳がすべて作り物だなんて、私は知らない。


「……手術は終わりました。しばらくは安静に。意識は数時間で戻るはずです。何か問題があるようでしたらご連絡ください。メンテナンスは5年に1度となります。1回目のみ、1年後となるので、お気を付けください」


 片付けをし、患者に背を向ける。感情を押し殺して定型文を読み上げた。

 若干早口だったことは否めない。隣に立つリルは蒼白で、ぶるぶる震えている。痛覚でもあればつねってでも止めさせたのに。

 神経が張りつめていた。患者はまだ後ろで横たわっているはずだが、振り返ることもできない。


 了解しました、とエリカの声がする。その声が愉悦を含んでいると感じるのは、錯覚ではない。


『ドクター、ありがとうございました』

「仕事をしただけです。……船を降りても?」

『もちろんです』


 部屋の扉が開いたことに心底安堵した。

 リルが私の手を握ると、足早に先導する。リル1人だけだったら、全力疾走していたことは想像に難くない。たまに振り向く視線が、遅いと訴える。


『ドクター』

「……はい」

『参考までにお尋ねしたいのですが、一体、どこまでお気づきに?』

「……その質問に答えても、私は船から生きて降りられます?」

『もちろん。私は正当な報復しかしません』


 舌打ちがもれそうになった。

 それは答えを自ら伝えているようなものだ。知らぬふりは許さないとでもいうような。

 リルが私の手を引っ張る。船の通路は来た時よりもずっと長く感じられた。エリカの沈黙に、返答への期待を読み取り、渋々口を開く。


「おそらく、ほぼすべて」

『お聞かせ願えませんか』


 私は深呼吸をする。大丈夫。あの靴の刻印は同業者だが、行方不明とか死体になったとかの噂は聞かない。

 唇を舐めて湿らす。


「まず、普通におかしいと思ったのは、リーナがとった手段で船が動いたときです。量子イジングマシンを用いた宇宙船のCPUは、船のサイズによって指数関数的に演算領域が増大します。サブシステムはAIの再起動、救難艇への移乗のために作動する、ただの繋ぎ。救難艇はともかくとして、船内ロボットにいたっては演算領域なんてたかが知れています。そんなものをいくら繋いだって、船は動きません」

『確かに、その通りです』

「そして明らかに乗組員の精神状態が異常です。事故後からじゃありません。ジョナサンが心停止を起こしてからです。なので、3人はジョナサンの心停止に関与しているのではと思いました。そして私への依頼……。脳幹死患者の蘇生だと、考えていましたが?」

『いいえ? 依頼内容は脳幹及び小脳の製作でした。脳幹死患者だとは一言も』


 皮肉が流され苛立つが、リルが私の手に爪を立てたので、眉をひそめるだけで終わる。

 我慢、我慢だ。ここから生きて帰るには、余計なことはしないに限る。吸って、吐いて……


「はぁ……。マリアの証言からして、実行したのはミハイルとリーナでしょう。あの2人、夫婦ですよね。会話しか聞いていませんが、支配力の強いミハイルと意志の弱いリーナはお似合いでした。――人の脳をAI代わりにするなんて、よくもまあ、こんなことを実行したものです」

『発想力だけは、褒められるところです』


 エリカは機知を含んだ返しをする。当初とはまったく違う振る舞いだ。AIでも猫をかぶれるとは知らなかった。


「ここで1つ疑問なんですが。確かに、脳の神経細胞が持つポテンシャルは量子コンピュータにも匹敵します。しかし、船を動かすほどではないのでは?」

『ええ。ですからミハイルは保存液ではなく、培養液を使ったのです。AI頭脳室にあるジョナサンの脳は、細胞分裂を促進され、今では培養容器の中で何倍にも肥大化しています。マリアはその脳を体に戻すことを希望していましたが、とても入るサイズではありませんね』


 想像しかけて吐き気がした。これぞ本当の水槽の中の脳だ。3人も死んでいるというのに、エリカへと心情が傾きかける。

 すると、リルが足を止めて瞳に涙を湛えた。埠頭と接続されている扉が閉まっているのだ。話が終わるまで帰さない、とかだったらいい。そんな希望的観測をこめて、扉にもたれかかる。


「そしてリーナ、ミハイル、マリアの死です。その前に、まずジョナサンの死に関するマリアの証言を考えてみました。あの証言、あなたに対する弁解ですよね。機械であるあなたに嘘をついても脈拍、瞳孔、脳波……まあ、まず騙しきるには無理がある。けれど、マリアは就寝から5時間しか経っていなかったと言った。そしていつもより体が重かったとも。5時間で演算部をすべて繋ぎ、失敗だと気づき、ジョナサンの脳を利用することを思いつき、実行する。これもまた不可能です。結論、マリアは5時間ではなく、29時間眠っていた、もしくは53時間」

『29時間です』


 ぞわりと背筋が冷えた。自分で結論を出しておいてなんだが、マリアもまた眠らされていた、それが意味することは一つしかない。ミハイルとリーナの夫婦は天性の殺人者だ。


「……マリアもまた、ミハイルとリーナにとっては脳を取り出す対象だったのですね」

『――ええ。ジョナサンが先に選ばれたのは、彼が男性で抵抗されると危険だったからです。ミハイルの私怨も多少あったでしょう。ジョナサンの脳が予想よりずっとうまくいったので、マリアは免れたんです』


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