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オズの人形師  作者: 夕見人
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月の人形師

全12話で第1章は完結します。1日2話ずつ投稿する予定です。なんちゃってSFですが、よろしくお願いします。


 また一つ、流星が散った。

 

 衝突のエネルギーは電気に変換され、空を覆う巨大なドームに稲妻が走った。

 見上げれば、星屑の雨が煌めきながら降ってくる。そういえば朝のニュースで予報されていたなと、私はぼんやりと思い出した。

 星屑の雨、なんてひどいロマンチシズム。

 水の代わりに降るそれは、ここでは貴重なエネルギー源にすぎない。

 稲妻の残光が残る視界で、またぱちりと小さな稲光が爆ぜる。

 

 こんなものに願いをかける人がかつていただなんて。

 私はうつむいて数回、瞬きをした。長い夜灯期が終わったばかりで、強い光が目に慣れなかったからだ。車内灯すら煩わしくて、私は眉間を押さえてため息をつく。

 私を乗せた車は、眩いばかりの街の中を、揺れることなく走っていた。隣の席で、リルが心配そうに眉を寄せている。

 わかっているから何も言わないでほしい、そう思っているのに、ルミと呼びかけられる。


「大丈夫ですか? 眼鏡、かけます?」

「いい」

「しかし、」

「埠頭はまだ明けていないでしょう。少しの間だけだから」


 意図せぬ強い口調に、リルが首をすくめる。その様子に舌打ちまでもれそうになって、私は唇をかんで堪えた。

 こうまで機嫌が悪いのは、日照時間の変化のせいでもあるし、リルが抱えている商品のせいでもある。

 決して揺らすなという命令通り74gある商品ケースをリルは今も膝に乗せていた。ケースが約50g、中身が約25g。ぴくりともしないそれに目を眇める。

 三日以上工房にこもって作った商品だが、正直気が進まないのだ。


 それでも車は指示通り、島の海にある埠頭を目指してスムーズに進んでいた。

 事故など天文学的確率でしか起きない。その事実がますます私の気を重くし、リルからも商品からもそっと目をそらす。

 どうせ作業中は強い光源を必要とする。少しは慣らしておかなければいけない。リルには言えなかった言葉を反芻し、嫌々ながらも顔を窓へと向ける。


 目に飛びこむのは強烈な緑色だ。直径約90kmのドームに覆われた街。コペルニクス歴史地区は陽光期を迎えてどこもかしこも緑色に染まっている。

 思わず目を細めながら、過ぎ行く街並みに今度こそ舌打ちをする。

 緑、緑、緑!

 生まれ育った街の光景はあまりに変わらない。パラテラフォーミングが行われた最も古い月面都市は、もう千年以上、緑一色のまま、時代に取り残されている。

 緑の光のみ透過するおんぼろドーム。メタライズされたセラミックスの家々。加えて、疎らに行き交う人々までが緑色の光沢を帯びる。

 ああ、なんと素晴らしきエメラルド・シティ!


 骨董品でできた街。そう呟いて、私は苦笑を浮かべた。

 この街一番の骨董品は? 店にある紙の本? 工房にあるクォーツの腕時計? あまりにも自虐的な発想だ。

 手の平を窓にかざせば、ぼんやりと緑がかった肌に黒い血管が浮かぶ。いかなるピコマシンも含有せず、サイバネティクスオーガニズムも施さない生身の身体。

 0.165Gの重力は筋肉量と骨密度を低下させ、有害光線を遮断するドームは代を経るごとにメラニンを失わせた。人類が太陽系を捨て去ったこの世の中、生身のまま適応しようなんて狂気の沙汰だ。


 私は腕をおろし、深呼吸をした。

 この身体は弊害ばかりだ。今も頭痛に悩まされている。きりきりと絞めつけるようなその痛みは、眼精疲労と運動不足によるものだろう。

 無言のままリルに手を差しだせば、迷いなく頭痛薬をそこにのせられた。


「ルミ、血糖値が若干低いです。食事をとることをお勧めします」

「却下。今から食べると仕事中に脳が働かない」

「現在のコンディションも通常時の7割ほどです」


 7割? 十分じゃないか。

 小言を聞き流して、薬を口へと放りこむ。口の中でゼリー状になったそれを飲みこめば、口直しにとリルが栄養補助剤の飴を取り出した。いらない、だめです、と束の間の攻防の末、諦めてそれも口に含む。


 リルが満足気に頷く。


「ただでさえ今回の仕事は経験記録がありません。ルミも僕もです」

「だから?」

「不測の事態が起こりえます。迅速で適切な対応には思考力の低下が問題となります」

「まあ、仕事熱心だこと」


 褒められたと思ったのか、リルは嬉しそうににこりと笑った。

 賢すぎるのも鬱陶しいが、皮肉も通用しないとは不愉快だった。不発に終わった嗜虐心は機嫌の悪化に拍車をかける。

 リルの肌にも痛覚があればよかった。たとえ殴りかかったところで、傷と痛みを負うのは私ばかり。なんたる不公平。


「ルミ、NAが多いです。セロトニンを……」

「リル。おまえが黙っていればましになる。静かにして」


 リルがぱちぱちと瞬きをする。


「わかりました」


 黙りこむと同時に、車の駆動音や空気の流れまでもが止められた。

 耳鳴りがしそうなほどの静寂。

 私はこめかみを指でもみながら、呆れて天を仰いだ。一体、誰がここまでしろと言ったのか。たかが聴覚一つでも、まったく外部刺激が得られなければ人はストレスを感じる。

 融通のきかないリルに、私はまたため息をついた。


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