第4話~顔合わせ~
案内されて辿り着いたのは大きな広間だった。天井にはシャンデリアがあり、壁には蠟燭がかけられている。長ーいテーブルに料理がずらっと並んでいる。ゲテモノじゃなくてよかった。非常に美味しそうだ。
ここで、案内のメイドと入れ替わった給仕の人に従って席に着く。王様も席に着いたところで夕食が始まった。
後ろに立っている給仕の人の心を読む限り、食事中は喋らないのがマナーらしいの黙って食べる。
細かいマナーや食べ方が分からない料理の食べ方など、随時給仕の人の心を読んで完璧に食べており、給仕の人は料理出ししかしていない。ふと、顔を上げて他の3人の様子を見るとそれぞれについている給仕の人に手伝ってもらって、四苦八苦しながら食べている。
それを見ながら黙々と食べていると、俺についている給仕の人がオロオロし始めたので、何事かと思って少し深く心を覗いてみると、なるほど、どうやら俺たちを国賓レベルと見做して接待しなければいけないのに、あまりに俺のテーブルマナーが完璧なのでどうすればいいのか分からなくなっているらしい。
少し可愛かったので、もう少し意地悪をしてみよう…。うん止めよう。可哀想だ。
……断じて殺気が飛んできたからではない。ていうか、瑠璃が睨んでくるのは分かるが、なんで王様の給仕をしている例の凄腕メイドから殺気が飛んでくるのか。マジで怖いんだが。
そんなこんなで、夕食が終わったところで俺たち4人に声がかけられる。
「勇者様方。もう方針は決まりましたかな?まだであれば明日以降でも構いませんが。」
食事をしてリラックスしたからだろうか、召喚の間で聞いた時よりも幾分か和らいだ声で王様からかけられた質問に、翔が答える。
「まだはっきりとは結論は出ませんでしたが、生き残るために強くなる、という方針は立ちました。ただ、あなた方のために命を張るという気持ちにはなれません。すいません。」
「いや。こちらは勇者様方に何かを言える立場ではありません。あなた方の要望を可能な限り叶えさせていただきます。」
このやり取りのおかげで、勇者一行が王国側に敵意を持つという王国側の不安と、王国が本当にこちらの要望を飲んでくれるのかという勇者側の不安が払拭され、空気が緩んだが、特大の爆弾が投下され、空気が凍った。
「俺勇者じゃないんですけど、訓練受けさせてもらえますかね?」
はい、俺です。いやね、今のうちに言っておかないとこれからの予定が立てられないからしょうがないんだ。一緒に訓練させてもらえるならそれでいいんだが、もしそうでなかったら何とかしなくちゃいけないからな。うん。俺が空気が読めないということではないのだ。うん。だから、凄腕メイドさん、冷たい目で俺をみるのはやめてほしい。
一波乱(主に俺のせい)あったが、結論としては訓練は受けさせてもらえるらしい。なんにしても動き出しは早ければ早いほどいいのは向こうもこちらも分かっているので、早速明日から座学と実践訓練を始めることになったが、訓練教官を用意するのである程度で構わないので能力を教えて欲しいと言われた。
まあ、ステータスを教えろと言われた訳では無いので別に構わない。翔は魔法剣士、神崎は魔法弓術士、瑠璃は魔法使い、俺は斥候として申告した。魔法の属性も翔が全属性、神崎が嵐属性、瑠璃が炎属性と申告した。
どんな人が来るのか楽しみだ。
話はそれで終わりらしく、広間から出て個室に案内される。腕時計を見ると7時くらいだった。窓の外も真っ暗だ。
ん?真っ暗?ファンタジー世界なら魔道具とかで街灯とかあるかと思ったがどうやらそうではないようだ。確かに今思えば、広間の壁には蝋燭がかけられており、それで明かりをとっていた。ただ、魔道具らしきシャンデリアもあったので、可能性としては、燃料が高い、制作費が高い、量産できないといったところかな。
そんなことを考えながらぼんやり歩いていると個室に着いた。全員の部屋が隣り合っているので何かあればすぐに駆け付けられるため、必要以上に警戒しなくてもいいだろう。多分これも王国側の好意と思われる。
「おやすみ。」
誰からともなくそう言い合い、それぞれ個室に入っていった。俺も早速入る。
入ってすぐ、これからお世話になる自室を見回す。俺としてはファンタジー大歓迎なのだが、中は意外と普通の部屋だった。家具も、高品質なのは鑑定をしなくても分かるが、無駄に装飾が多いとかではなく実用的なものなので、なんとなく居心地がいい部屋だ。これなら皆もぐっすり寝れるだろう。
ただ、俺はまだ寝ることはできない。こちらの世界に来てから手に入れた力なら追々慣れていけばいいが、元から持っていた能力がどれほど変わっているのか確かめる必要がある。これを怠れば肝心なところでミスをして命に関わるかもしれない。
いろいろ試してみたところ、変更点がそれなりに多いことが分かった。
まず変わっていない点だが、ギフトの悪魔法に分類されている黒魔法はそのまま今まで通り使えるようだ。試せるものだけだが消費魔力も使い勝手も全く変わらない。
次に変わっている点についてだが、ギフトの悪魔法に分類されている悪魔としてのアビリティは大体はそのまま使えるが、いくつかは悪魔化していないと使えなくなっている。具体的に言えば、悪魔共通のアビリティは大体人のままでも使えるが、俺独自のものや種族特有の種族アビリティは悪魔化していないと使えない。
それから、当たり前だが、翼で飛ぶなどの肉体的アビリティも人のままでは使えない。
そして、身体能力も変わっている。地球にいたときは人化していた。この人化というのは、人の姿形になる代わりに身体能力を抑えるというもので、今は神様のお陰で人間に戻ったことで人化していた時の身体能力がデフォルトになっているようだ。ただ、それでも人外なのは変わらないし、こちらの世界にはレベルがあるのでレベルを上げていけばどうにかなるだろうとは思う。それに魔力量は特に変わっていないので公爵級の魔力を湯水のように使えるのだ。これほどのアドバンテージはないだろう。
ちなみに、この公爵級というのは悪魔の階級の一つだ。悪魔は、殺した悪魔の魂を喰らいそのすべてを手に入れ、自分の魂の大きさ、つまり格を高め続ける。この格に応じて階級が決まる。一番低いのが無爵、その上が士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵と続き、最高位が公爵だ。公爵級の悪魔は俺を含めて四人しか居ない。
魔王も居るがこちらは悪魔の階級ではない。悪魔達とは一線を画す正真正銘の化け物だ。俺も一度その分身と戦ったことがあるが、マジで死ぬかと思った。公爵級の俺でも分身相手に手も足も出なかったのだ。そのときは試しに来ただのなんだの言って消えていったが、命拾いしたものだ。この魔王という存在は、大昔は悪魔を率いて天使と戦っていたが、今ではほとんど出てこなくなっている。
最後は聖剣と魔剣だ。地球にいた時は魔剣レーヴァテインしか使えなかったが、それでも自由に使えていた。しかし、ギフトの聖剣召喚と魔剣召喚にはかなりの制限がかかっていた。
まず、どちらも一分しか召喚できなかった。召喚してすぐ送還してを繰り返したりもして試したところ、累計召喚時間が最大一分のようだ。日をまたいで試したところまた召喚できたので、一日に一分間召喚でき、午前0時にリセットされるようだ。
そして性能面についてもかなり低くなっている。どうやらレベルが設定されているようなのでこれが上がれば強化されるのだろうか。レベル1の状態ではものすごく頑丈な剣というだけなのでそうであることを切に願う。残念なことに聖剣と魔剣の同時召喚はできないようなので、聖剣と魔剣の二刀流はできない。かっこよさそうなのに。
ただ最大の欠点がある。それはものすごく派手だということだ。聖剣エクスカリバーは白の極光を帯びる飾り気のない愚直な片手剣だ。魔剣レーヴァテインのほうは紅の燐光を帯びる大剣だ。この削り出した黒曜石のような片刃の大剣は俺が使っていた時と変わらない。
だがここまで派手だとさすがに人前では使えない。どこに目があるかわからない城内ではなおさら使えないので、しばらくはこの二振りの剣を使うことはないだろう。本当に残念だ。
まあとにかく、自分の能力の確認はできたので俺も寝るとしよう。おやすみ。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
「知らない天井だ。」
やったぜ。今度はテンプレを達成することができた。昨日はあの王様のせいでテンプレ異世界召喚を外されたからな。まあ、昨日布団に入った時にばっちり見ているので知らない天井ではないがそこは目をつぶってほしい。今日は教官との顔合わせがあるからテンションが上がっているのだ。
昨日は寝る前に、部屋に用意されていた寝間着に着替えていたので、ベッドから抜け出して制服に着替える。ちょうど着替え終わったところでドアがノックされた。
「朝食の時間です。」
声からして、迎えに来たのは昨日の凄腕メイドのようだ。見計らったようなタイミングなのでこちらを監視していたのかと思うが、そうでないことは俺のスキルやアビリティが示している。つまり、このメイドは素でこのタイミングで来たということだ。凄腕メイド恐るべし。
あんまり待たせると怖いのでさっさと部屋から出る。
案内されたのは昨日夕食を食べた広間だった。
そこには既に翔たち3人がいた。
「おはよう。」
相変わらず清々しいほどイケメンである翔が爽やかに挨拶してくる。
「ああ。おはよう。」
他の二人とも挨拶を済ませて席に着いたところで、王様が席から立ち上がった。
「朝食が終わりましたら、早速教官との顔合わせをいたしましょう。」
その王様の言葉が終わると、早速朝食が運ばれてきた。
昨日も思ったがこの世界の料理はとても美味しい。少なからず地球の現代の食文化が感じられるのはかつて勇者が広めたのか、それとも転移者や転生者がいるのか。まあ、それはともかく大変おいしゅうございました。
一晩たち昨日のぎくしゃくした空気(俺が悪い)は払拭されたようで、翔と王様が食後の歓談をしている。だが、食事が終わったら顔合わせではなかったのか。俺がそう訝しんでいると、30分ぐらいたったところでメイドが王様に何か耳打ちをした。
「教官が全員そろったので、顔合わせと行きましょう。」
少し渋い顔をして王様がそういった。これは、どういうことだろうか。王国側のこれまでの配慮から考えると俺たちを待たせるようなことはしないとは思うのだが。
無節操に心を覗くのは失礼に当たるので、最低限王国側が信用できることが分かった時点でやめていたのだが、気になったので国王様の心を少し覗かせてもらったところ、なんと、教官の一人が遅刻したらしい。なんじゃそりゃ。そんな人が教官でいいのだろうか。
もう少し心を覗いてみようとしたところで扉が開き、使用人に案内される形で4人の人物が入ってきた。
一人目は爽やか系イケメンだ。茶髪碧眼で少し顔立ちが王様に似ている。
二人目は金髪碧眼の巨乳美女だ。ほんわかした超癒し系の顔立ちと雰囲気なのにその身のこなしは洗練されており、ただ者ではないことが分かる。
三人目は緑髪翠眼のツルペタエルフだ。身のこなしは最低限の練度だが、その魔力制御技術は卓越している。魔法使い系だろう。
そして最後はさえない中年のおっさんだった。だが、見た目に騙されてはいけない。極限まで鍛えられた引き締まった肉体に、恐ろしいほどに洗練された体捌きと魔力制御技術。そして、公爵級悪魔である俺と比肩するほどの魔力量だ。普通魔力制御技術が一定の水準以上になれば魔力を隠すこともでき、もちろん俺もこのおっさんもできるが、悪魔の瞳を持つ俺の目はごまかされない。特殊な魔眼の類はさすがに悪魔化しないと使えないが相手の魔力量を図るだけなら人間のままでも朝飯前だ。いまは朝食後だけど。
とにかくこのおっさんは確実にあの凄腕メイドよりも実力は上だ。寒気がするほどに武に通じている気配がする。このレベルまで人の身で上がれるとはどれほどの修練をしてきたのだろうか。さえない雰囲気も演技なのかもしれない。
俺がおっさんを観察していると、おっさんが王様を見て口を開いた。
「悪い悪い。昨日飲みすぎて寝坊しちまったわ。」
何を言い出すのか緊張して身構えていた俺はずっこけた。
ただのさえないおっさんじゃん!