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神様のケンカに巻き込まれたシリーズ

Which. Which? Which! 『スウィート オア ノンスウィート?』

作者: 廿楽 亜久

「絶対、ぜぇぇぇぇっっったい! 甘い方がいいわ!」

「甘くない方がいいに決まってるだろ!」


 あぁ、またか。と言い争っているふたりを遠巻きに見つめる彼らの子供たちは、小さくため息をついた。


「甘い方!」

「甘くない!」

「なによ! 文句ばっかり!」

「そっちこそ!!」


 たまに会うとこうして毎回喧嘩するのをどうにかならないだろうかと、また子供のひとりがため息をついた。


***


 フライパンに広がる黄色いそれの上に最後にひとつ乗せて巻き上げ、皿に降ろす。


「ヒナァ! 早く起きなさーい!」


 弁当におかずを詰め込みながら、隣の部屋で寝ている娘へと声を張り上げた。

 弁当を袋に入れてもまだ起きてこない娘に、ついに隣の部屋のドアを勢いよく開けた。


「いい加減起きろ!!」

「はぃぃいいいいッ!!!」


 文字通り飛び起きた少女は、素早くタンスへ向かうとたどり着いた頃にはすでに寝巻きは脱ぎ終わり、またたく間に着替えを終えた。

 ダイニングテーブルに置かれた朝食のパンをかじりながら、ニュースを見ていれば画面が突然切り替わる。


 朝の町に響く、のどかでどこか懐かしい曲。しかし、そんな曲とは裏腹にその曲が意味するのは『避難せよ』という緊急を要するもの。

 商店街で開店の準備をしていた人たちが慌ててシャッターを降ろし始め、公園の脇をランドセルを背負っていた男の子は鼻歌交じりに歩いていると、目の前が真っ白に塗り替えられるのと同時に轟音が鼓膜を揺らす。


「び、びっくりしたぁ……」


 家を出てから何度目かの落雷。しかし、空は晴れ。どこにも雷が落ちそうな雲はない。

 不思議そうに首をかしげると、男の子はまた学校に向かって足を踏み出す。数歩歩かない内に、公園の中で動くものに自然と目が引き寄せられる。中にいるのは黒い影。公園からゆっくりと出てくると、鼻についた焦げた匂いに、電気が弾ける音。全て、目の前の黒い影から聞こえてきていた。


「ア゛ーー……ァ゛?」


 ゆっくりとその影が男の子に振り返ると、黒く焦げた口元がつり上げられる。


「ヒッ……!」


 その様子に悲鳴を上げたものの、男の子は拳をつくり構えると、青い顔をしたまま叫ぶ。


「く、くるならこいッ!! ぼくだって、つよいんだぞ……!!」


 その声に呼応するように、黒い影は男の子に向かって跳躍した。

 一瞬にして目の前に広がった黒い影に、喉からは潰れた悲鳴が漏れ出す。


「あぶねェッ!!」


 しかし、その影の手は男の子に触れることはなく、目の前でふたつに裂けた。

 涙があふれそうになる目で、目の前に立つ黒い学ラン姿の少年を見上げれば、その手には刀。


「逃げ遅れたのか!? お前!」

「にげ……? え?」

「曲が流れたら、魔が出るから避難しろって言われてるだろ」

「でも、みたことないし……」

「ハァ!?」


 子供とはいえ、生まれてからずっとあの曲が流れば天災が起きているから危険。すぐに避難せよ。と教えられているはずだ。

 だというのに、この男の子は泣きそうな顔で魔なんて信じてないと、泣きそうな顔で強がるように叫ぶ。


「…………アホか!? お前!? あーくそっ! とにかく、魔はいるってわかっただろ!? ここは危険だ。匿ってくれそうなとこまで一緒に行ってやるから、来いっ!」


 ここから近いのは商店街だろう。男の子と共に走れば、すでに商店街のすべての店のシャッターは降りていた。

 仕方なく近くにあった八百屋に近き、降りているシャッターを叩く。


草間剣斗(くさまけんと)です。男の子、ひとり預かってもらえませんか?」


 しばらくすると、シャッターの向こうから返事が聞こえてきた。


「裏手に回ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 店と店の間、小さな路地にあるドアを剣斗が指させば、男の子もそちらへ向かい、ドアがうっすらと開くと顔を出した中年の男。ここの店主だ。


「じゃあ、その子、お願いします」

「わかった。剣斗くん、気を付けて」

「はい」


 そう答えたのも束の間、電気の弾ける音に商店街の通りへ振り返れば、後ろにいた魔。刀を抜こうと手を触れた瞬間、遠くから聞こえてきたエンジンと摩擦音は、一度空回りしたような音を立てると、剣斗の前にいた魔を大きな車輪で引き潰していった。

 すり潰すようにブレーキをかけた大型バイクに乗っていたのは、黒いセーラー服を着たスラリとした体型の少女。


「草間くん。だ、大丈夫?」


 大型バイクで魔をすり潰したとは思えない弱々しい声。


「お、おう。サンキュー」


 正直、目の前に大型バイクが飛んで来たほうが怖かったが、それはどうにか喉に押し止め、礼を言う。


「にしても、朝っぱらから湧くってのは勘弁して欲しいな」

「そうだね。あとどれくらいだろ……」


 携帯で魔が確認された数と場所を確認すれば、近くに数体いるようだ。

 後ろにくくりつけていたヘルメットを剣斗に渡せば、少しだけ表情をひきつらせたものの、受け取ると被り後ろに乗った。


「ちゃんと捕まっててね」

「お、おぅ……」


 思春期まっさかりの男女がバイクに二人乗りなんて羨む人も多いだろうが、そのバイクが人が避難してることいいことに法定速度無視の最高速度で走り続け、スポーツのようなアクロバットな動きをし始めるとなったら、女子の体に抱きつくなんて喜びは簡単に吹き飛ばされる。

 人間の動きとは違う動きに三半規管が少しおかしくなっているのを感じながらも、眼下に現れた魔にバイクから飛び降り、刀を抜く。

 魔が突然現れたバイクを見上げた次の時には、視界はふたつに割れていた。


「とっと……」


 少しふらつく足元と、後ろでまたひき殺された音を聞きながら、周りに残る魔に目をやる。

 数は多くない。早く終わらせようと、踏み込んだ。


「本当に申し訳ありません」


 とある高層ビルの屋上。幾重にも重ねられた美しい着物をまとった少女は、美しい顔に疲れを浮かべながら前にいたスーツの男たちに謝った。


「今回は身内ですし、いつもより2割増しくらいで申し訳ないとは思っていますよ」

「こっちとしては2割とかそういう問題ではなく……天災が起こる頻度を下げられないかと」

「それはぁ……ムチャってものではありませんか? 人だって毎日のように言い争いはしているではありませんか」


 それが人ならばいいのだ。言い争っているのが神なのが大問題なのだ。ムダに大きな力を持った存在が、喧嘩をすればその力は魔となり地上へ降り注ぐ。それが天災と呼ばれていた。

 神々にとって、魔など放っておいてもいいものではあるが、人にとっては放っておいていいものではない。かつて、神に放っておかれた人は、人口を大幅に減らした。一部の神がそれを見て、これではいけないと人に祓魔の力を与えることにした。

 祓魔の力を与えられた人を、人々は神使と呼ぶ。


「我々の介入によって人の発達速度は飛躍的に上がったのですから、文句は言わないでください」


 祓魔の力をそのまま与えれば大きな力とはなるが、世界中で起こる天災を対処するにはひとりでは不可能だ。故に、複数人にその力を分ける必要があり、神々が分けるためにとった方法は、飛び抜けた才能に祓魔の力を付け加えること。

 おかげで、祓魔の力を持った人は同時に何かの才能を持っていた。その才能は飛び抜けたもので、天が与えた才能、天才と呼べる代物だった。


「!」


 ピリリと反応した肌。


「ようやく来たようですよ。諮問会」


 剣斗が魔をひとり切れば、久留間瑛子(くるまえいこ)の無事を確認するため目をやれば、瑛子の上に魔がいた。


「久留間ッ!! 上!」

「ぇ」


 見上げたときにはすでに目の前。悲鳴を上げる間もなく、魔の手は迫り、禍々しい黒いその手はかわいらしい黄色とオレンジのリボンへと姿を変えた。


「せぇぇのっ!」


 現れた少女は、リボンを引っ張るとその勢いのまま壁に叩きつけた。


「陽菜ちゃん!」

「ごめーん。遅れちゃった。大丈夫?」


 困ったように頭をかいた紐無陽菜(ひもなしひな)に、瑛子も大丈夫だよ。と笑いかけた。

 戦っているとは思えないふたりの周りに集まり始めている魔を切り伏せながら近づけば、後ろから強い光が差す。


「!?」


 三人がすぐさま構えれば、そこにいたのは顔を隠した着物を着たの何かが宙に浮きながら、三人を見下ろしていた。


「諮問会、だと?」


 諮問会。この天災を収めることのできる存在。そして、この天災の原因を知る存在であり、諮問会が現れたということは、この場の三人に問うのだ。

 今回の天災が起きた原因を払拭するための解決法を。

 答えられなければ天災は続く。答えられれば天災は終わる。


「えぇぇ……」


 三人は心底嫌そうな表情で諮問会の言葉を待った。


「汝らに問う」


 できれば聞きたくない。きっと溢れ出てくるであろう言葉をせきとめるために、口を強く結んだ。


「卵焼きは砂糖を入れるか、だしを入れるか。どちらだ」


 やっぱり心底どうでもいい質問だ。

 剣斗は必死にツッコミをこらえれば、瑛子も困ったように口を抑えていた。


「あいかわらず、くだらないことで喧嘩するね!」


 陽菜だけが正直に言ってしまった。


「くだらないことではない。この問いによって人類は生命の危機に瀕する」


 あながち間違っていないのが困ったところだ。


「答えよ」


 そして、諮問会もまた神々の存在であるため会話をするだけでも三人に重圧がのしかかる。


「あー、俺は砂糖の方かな……弁当に入ってるの甘いし」

「えっと……私は、その……ダシ、です」


 これで一対一。自然と陽菜へ目が向く。


「わ、私ィ!? ふたり共知ってるでしょ!?」


 知っている。陽菜の弁当に入っている卵焼きはいつも同じだ。


「ウインナー入りなんだってば!」


 今回の問いのどちらでもない、ウインナー入りの卵焼きだった。

 これはどうなるのかと、陽菜が引きつった表情で諮問会を見上げれば、諮問会は不思議そうに首をかしげていた。


「それは、美味しいのか?」

「おいしいよ! なんだったら食べる?」


 そういって弁当箱を開ければ、黄色い卵の中にくるまれたウィンナーが顔を見せる。諮問会はそれを見つめると、ひとつつまみ顔にかけられた布の下にいれた。

 何度か布が揺れると、唸り、姿を消した。


「えっと……これは」

「ウインナー入りうまかったってことじゃねぇ?」

「あ、魔も消えたみたい」


 どうやらウィンナー入りの卵焼きで喧嘩が収まったらしい。


「いつも思うけど、なんであんなにくだらないことでいつも喧嘩するの!?」

「質問される方が困るよね……」

「微妙に多数決ってのがな」


 神使のほとんどが、諮問会が自分の目の前に現れるのはやめてほしいと切に願っていた。


「それより、私の卵焼きが……」

「私のでいいならあげるよ」

「ウィンナー入り……」


 あからさまに悲しげな表情をする陽菜に、確かにこれがひどくなったのが先程の天災かと、少し呆れるしかなかった剣斗だった。

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