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戦うお嬢様!  作者: 和音
94/184

94 答え合わせ

 レイアの纏っている雰囲気がガラリと変わった。

 直感でそう思う。

 一度私に目をやり、再びルドバンに視線を戻すレイア。

 頭が混乱する。私の抱いていたレイアの印象と違い過ぎる。別人だと言われても疑わないくらいの変わりようだ。


「やはりお父様は優しい方だわ。本当はジェイムズ様のお命を奪うつもりも無かったわよね。そして、自分一人で罪を被ろうとしている」


 言われてみれば、私が話している間にジェイムズに危害を加える様子は無かった。話など聞かずに、ジェイムズに持っていた短剣を突き刺しても不思議ではないのに、じっと待っていた。


「甘いわ。父様は甘すぎる」


 父であるルドバンに冷酷な目を向けて鋭く言い放つ。ルドバンは、そんなレイアを哀し気に見つめ返している。

 どういう事だ? レイアの言っている事がまったく理解出来ない。


「……説明してくれるかしら?」


 警戒を緩める事なく、レイアと向き合う。


「簡単な事です。すべては、呪術の実験を続ける為にした事です。ま、こうなっては、無駄でしたが」


 ルドバンを見たままレイアが答える。


「すべては、父様のせいですからね。父様はジェイムズ様にすべてを伝えようとしていたのですよね? 裏山の実験場の事も災害の本当の原因も……。私を見捨てようとするなんて、酷いです」


 無邪気に拗ねる様な口ぶりのレイアである。だが父に向ける瞳は冷たいままだ。


「レイア。私もお前も間違っていたのだ。いくらお前の為とはいえ、多くの人を苦しめる真似は、やるべき事ではなかった。もっと早くに決断すべき事だった」


 苦渋に満ちたルドバンである。

 なるほど。ずっと災害を引き起こした呪術の実験に後悔と自責の念を持っていたルドバンは、ジェイムズに何もかも打ち明け、すべてを終わらせる為にアトラス領に呼んだのか。


「……父様はやはり何も分かっていない。呪術の素晴らしさも偉大さも」


 レイアは呆れ顔になり首を横に振る。


「何故、そこまで呪術に……?」


 私の疑問である。レイア自らは、その呪術によって呪われているはずなのに。


「何故?」


 不思議そうにレイアは首を傾げ、私の方へ振り向く。

 

「ああ。私の呪いの事ですか? そうですね。それがある意味、呪術との出会いの切っ掛けになっていますね」


 納得したようにレイアが大きく頷く。


「父がアトラス家の家令になって半年くらいたった頃です。私はババ様と出会ったのです。彼女はこの私に掛かっている呪いを一目で見抜き、教えてくださったばかりか、その呪いを解いてくれたのです」


 レイアがババ様と呼ぶのは、あの老婆の事だろう。今彼女が持っている雰囲気がそっくりだ。


「レイア、お前、すでに呪いが……?」


 ルドバンが驚きの声を上げる。


「ええ。もうすでに」


 悪びれる素振りも見せず、レイアは頷く。


「で、では、あの実験は……」


 ルドバンの顔が歪む。

 そりゃそうだろうな。彼にしたら、娘の呪いを解く為に災害を起こしてまで、呪術の実験を許したのだからね。


「父様。私は呪いを解いて頂いた時に、ババ様の元で呪術を学ぶを決意したのです。父様に引き合わせ、裏山で実験する事を手伝うのは、当然でしょ」


 あの怪しい老婆をルドバンに引き合わせたのは、レイアだったのか。そして、ルドバンの立場を利用していたのか。


「でも、すべては父様が台無しにしてくれました。それに、ナタリア様。あなた様はそれ以上に何もかもが予想外でした」


 忌々しそうに私を睨みつけてくる。


「じゃあ、そんな私に何であの裏山の事を伝えたのかしら?」


 レイアから書付を貰わなければ、あの裏山には辿り着けなかったと思う。彼女にしたら、何のメリットも無いはずだ。


「それも簡単です。あの山に興味を持って頂く為です。少し話が逸れますが、父がジェイムズ様にすべてを打ち明けようとしている事を悟った私とババ様は、まずはジェイムズ様に不慮の事故に遭ってもらおうとしました」


 アトラス領に入ってからの毒殺未遂や橋での襲撃はレイアの差し金だったのか。


「ですが、それらは悉く失敗。そこで私たちは方針を変えたのです。呪術を本音では疎ましく思っているお父様など必要ない。ジェイムズ様に直接この地を治めていただこうと。ただし、何も言わない、何も考えない、自らの意思を持たない人形として」


 淡々と話すレイアの顔はぞっとするほど感情が籠っていない。

 平然と一人の人間の心の破壊を試みたと言っているのだ。


「じゃあ、ハイドさんを引き離し、住民を扇動したのもあなたなのね」


「住民の一部を煽ったのは確かです。ですが、ハイドさんを捕えたのは父の意思です。屋敷に到着後、いろいろと嗅ぎまわっていたハイドさんは邪魔でした。始末しようとする前に父が彼を守る為に捕えたのです。まあ、結果、ジェイムズ様の心を追い込む役に立ちましたので、それはそれで良かったのですがね」


 ルドバンはハイドさんを守る為に牢にいれたのか。確かに考えようによっては、安全な場所ではあるけど。


「そして、ジェイムズ様のお心を壊す仕上げは、ナタリア様。あなた様の死です。王都からの旅で随分とジェイムズ様は変わられた様です。あなたの影響だと思った私たちはあなたの命を奪う事で完全にジェイムズ様の心を壊すつもりでした。それに気づいた父はあなたを王都に帰そうとしたみたいですがね」


 父へ向ける視線とは思えない蔑む目を向ける。


「だから、私に裏山のヒントを与えたのね。一人私をあの山へ誘い込む為に」


 実際には、勝手に夜のうちに行っていたのだけども。


「その通りでございます」


 恭しく私に頭を下げるが、その目は敵意で溢れている。彼女の誤算。まさか、返り討ちに遭うとは思ってもみなかったのだろう。


「すっかり騙されたわ」


 レイアを負けじと睨み返す。

 私はルドバンの手の平の上で踊らされていると思っていたが、実は、レイアの手の上だったのか。


「それはお互い様ではないですか? とても公爵家のご令嬢とは思えない数々の行動でしたけど」


 頭を上げたレイアは不敵な笑みを浮かべる。


「で、どうして、ここに来たの? あの老婆と逃げた方が良かったんじゃなかったの?」


 彼女の企みは私やアシリカたちを始末出来ないばかりか、逆に返り討ちに遭った時点で破綻している。そして、ルドバンがすべての罪を被るつもりでいた事も分かっていたはずだ。

 なのに、わざわざこの場に姿を見せたのだ。彼女の態度から反省して、改心したとは思えない。


「最後の実験の結果を見届ける為です」


 レイアは残忍な笑みで、ルドバンを見る。


「最後の実験?」


 この期に及んで何をするというのだ。

 彼女から得体の知れない恐怖を感じる。あの老婆と同じだ。


「ううっ」


 ルドバンがうめき声を出す。その顔は苦痛に歪んでいる。


「ようやくですね。父様、ご安心を。それは死を招くモノではありませんから」


 狂気――。

 私は瞬間的にレイアからそう感じた。


「父様は、永遠の命を手に入れましたよ。まあ、自我は無くなると思いますけどね」


 楽しそうに笑うレイアから、さらなる狂気を感じる。


「あなた、実の父親に何て事を……」


 私以外も言葉を無くして、唖然とルドバンとレイアを交互に見ている。


「すべては父様のせいです。大人しく家令をしていればいいものを。折角の実験施設も使えなくなってしまったのですからね。主様に何て報告すればいいのかしら。困ったものです」


 主? 誰だ、それは? まさか、ソレック教授に資金を提供し、今回の事も含めて裏で操っている人物がいるというのか?


「レイア! その主というのは、誰? 教えなさい!」


 詰め寄る私からひょいと体を翻して避ける。


「そんな事より、早く逃げる方がいいですよ。自我が無くなると父は見境無しに周囲のものを殺し続けると思います。しかも、強靭な肉体を手に入れてね」


 何て酷い事を。確かにルドバンはいかなる理由があれ、許されない罪を犯した。だが、こんな仕打ちを、しかも実の娘から受けるのはさすがに気の毒過ぎる。

 デドルとキュービックさん、それにアシリカとソージュも加わりルドバンを取り囲む。

 苦しみ胸を掻きむしるルドバンの顔に呪術の文様が浮かび上がってきた。

 そんなルドバンにどう対応していいか皆、迷っている。


「では、後はお願いしますね。それでは失礼します」


 ルドバンに気を取られていると、レイアがそう言い残し、窓から飛び出す。


「ま、待ちなさいっ!」


 だが、追いかける事は出来ない。このままルドバンを放置する訳にもいかないからだ。


「どうしますか?」


 アシリカの焦りの声で聞いてくる。


「どうするって聞かれても……」


 私にも分からないよ。

 いや、方法が無い事もない。皆も分かっているはずだ。だが、それをしていいのか躊躇しているのだ。

 皆が迷いと焦りのに包まれている中、ジェイムズが一人ルドバンの前に立つ。


「ジェイムズ? こちらに戻って来なさい!」


 まだ、辛うじてルドバンは自我を保っているようだが、いつ失うか分からない。

 しかし、ジェイムズは私の声に何も返さず、床に落ちていたルドバンの短剣を拾う。


「ルドバン。僕はこのアトラス家の当主だ」


 ルドバンは荒い息を吐きながら、ジェイムズを見つめる。


「お前の罪、すべて許す。そして、今まで家令を努めてきた褒美に死を与える」


 ジェイムズは拾った短剣をすっとルドバンの胸の前に出す。


「ジェイムズ!」


 確かに今なら、ルドバンの命を奪える。そして、それが最善の方法だとう事も皆分かっている。だが、わずか十歳の子にそれはさせられない。


「姉様! これは僕のやるべき事です!」


 来るな、とばかりにジェイムズが叫ぶ。


「ルドバン。今までご苦労だった」


 ジェイムズの言葉を聞いたルドバンの顔からすっと苦し気な表情が消える。


「あ、ありがたき……、幸せ」


 掠れる声でそう言ったルドバンの目から涙が一筋流れる。

 それに頷き返したジェイムズは一気に短剣をルドバンの胸に突き刺す。


「ご……立派に、なら……れ……た……」


 それがルドバンの最後の言葉だった。

 静かに目を閉じたその顔はとても穏やかだった。

 



 あれから二回目の朝を迎える。

 一昨日までが嘘の様な穏やかな朝である。

 昨日はひっそりとルドバンの埋葬を行っていた。参列者は私たちとジェイムズ、それに牢から出されたハイドさんだけというこのアトラス領を支配していた者としては寂しいものだった。

 ルドバンの亡骸は、ジェイムズの希望で裏山に葬られた。罪人を聖なる山に? とも思ったが、彼には彼なりの思いと考えがあるのだろう。ハイドさんも含め口出しはしなかかった。

 葬儀の後、、矢継ぎ早にジェイムズの指示でガイザだけでなく領内の貧しい者への食料の配給、乱れていた治安の強化などが決定されていった。

 もちろん前途多難なのは、誰もが分かっている。配給出来る食料にも限りがあるし、一日や二日で治安が劇的に改善される訳でもない。

 それでも、そんなジェイムズの姿に、希望を抱く者が増えたようだ。

 もうジェイムズは大丈夫だ。きっと、立派な当主になる。そして、このアトラス領は再びかつての賑わいを取り戻すはずだ。

 私はそう確信する。


「今のあなたを見ていると、もう気軽にジェイムズと呼べなくなりそうね。それくらい、立派なご当主様だわ」


「いえ。まだまだです。ハイドや皆に助けて貰わなければ何も出来ませんし……」


 褒める私に少し照れた様子で、ジェイムズが答えた。


「でも、僕はやり遂げます。必ずこの地をかつての賑わいを取り戻してみせます」


 決意を漲らせたジェイムズが少し大人に近づいた様な気がする。


「それで、姉様。僕は王都には帰りません。しばらくは、このガイザに留まろうと思っています」


 まっすぐに私の目を見るジェイムズ。


「構わないわよ。あなたが自分で決めた事。それに私が口を出す訳にはいかないもの」


 頷き返す。


「姉様には感謝の気持ちでいっぱいです。僕は、姉様に教わった上に立つ者の覚悟や弱き者を守る心、そして生きる事の大切さを決して忘れません」


 うう。泣きそうになるよ。何か、苦労して育てた息子が巣立っていく気分だね。

 感無量となり、何も言えずにただ私は何度も頷く。


「正直、まだ自信がありません。でも……、姉様の教えを受けた僕だからこそ、出来る事があると思います。僕は領民に生きている幸せを感じて欲しい。そんな領地にしたいと思います。それが……」


 ジェイムズは一旦、言葉を止めて懐かしそうな目をする。


「それが、この旅に出てすぐに姉様に尋ねられていた問いの答えです」


 曇りのないジェイムズの瞳。


「半分正解、かな」


 私は手を顎に当て、首を傾げる。


「半分、ですか……」


 明らかに落ち込むジェイムズ。


「ジェイムズの抱く想いが実現した時が、大正解よ」


 私の言葉にジェイムズの顔がぱっと明るくなる。


「まあ、半分正解のご褒美をあげなきゃね。何が、いいかしらね……。そうだ。ほら、あのスパ。あれをあなたに上げるわ」


 クレアたちへの給金や維持費を払っても多少の利益が出るだろう。それをこのアトラス領復興の資金に足しにしてくれたらいい。


「でも、あれは……」


 遠慮するジェイムズだが、彼にならあそこを上げても心配は無い。


「いいのよ。子供は遠慮なんかしないものよ」


 私はジェイムズの頭を撫でる。されるがままの少し照れるジェイムズは年相応の子供の顔だった。




「お気をつけて……」


 ジェイムズがガイザに残ると決意を私に告げた翌日。私たちはエルカディアへの帰途につこうとしていた。

 見送りのジェイムズらから旅の無事を祈る言葉を掛けられる。


「ありがとう。では、キュービックさんらをお願いね」


 キュービックさんらは、エディーやアシリカを連れて彼らの住むトンクスへと帰る。帰りは乗り合いの馬車で帰るのだが、近くの街までアトラス家の馬車で送っていってもらう手筈になっている。

 先にガイザを出る私たちの見送りにエディーやニセリアたちと見送りにきてくれている。


「はい。キュービック殿も我らの大恩人。トンクスまでお送りしてもいいくらいなのですが」


 ハイドさんがキュービックさんを見る。


「いやいや。乗り合い馬車のある街まで送ってもらうだけで十分」


 ニセリアたちも全力で頷いている。多分、彼女らは貴族の馬車にもうこりごりなのだろうな。

 私たちは。キュービックさんやエディー、それにニセリアたちにも一人ひとりお礼と別れを告げていく。


「じゃあ、行きやすか」


 御者台のデドルが告げる。

 

「そうね……」


 名残り惜しいが、またきっと会えるはずだ。


「姉ちゃん! 帰り道でまたハメを外し過ぎるなよ!」


 エディーがニヤニヤと笑っている。


「でも、何も無い方が姉様らしくないかも」


 ジェイムズは真剣な顔で首を振っている。


「それもそうですね」


 ニセリアたちが同意している。


「ちょ、ちょっと! 皆して私をどういう風に見ているのよ!」


 そんな私たちのやり取りを笑って眺めている周囲の人たちだった。


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