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戦うお嬢様!  作者: 和音
90/184

90 魔女の部屋?

 重苦しい空気の中、ガイザでの初めての夜を迎えていた。

 与えられた部屋で、意識せずとも眉間に皺を刻んだ険しい顔になってしまう。

 晩餐会はハイドさんが連行された時点で中止となっていた。ジェイムズが動揺しそれどころではなかったのが一番の理由である。

 さすがにこの屋敷の中で堂々と自由に動ける訳もなく、ジェイムズの部屋を訪ねる事も出来ない。 

 ジェイムズが気がかりだが、侍女として付き添っているシルビアに任せるしかない。

 気がかりと言えば、エディーらの事も心配である。離れたこのガイザから彼らの無事を祈ることしかできない。


「無力だわ……」


 思わず口からこぼれ出る。

 アシリカとソージュも沈痛な面持ちである。

 決して油断してたわけでは無い。だが、結果はルドバンのペースで物事が進んでいる。私たちは、受け身でされるがままである。

 道中でジェイムズの命を奪う事を失敗したルドバンは、一転して周囲から攻め立ててきている。ハイドさん以外にも、謀反に加わったとして、ジェイムズの王都から付き従ってきた側近は皆、投獄されてしまった。

 今のジェイムズの周囲には、彼が信頼できる者がいない。

 だが、そこからルドバンはどうするつもりなのだろうか? やはり、守る者のいなくなった彼の命を奪うつもりだろうか。でも、命を奪うにしては回りくどすぎる気がする。命を奪うなら、ここは完全な彼の支配地だ。わざわざ周囲の者を遠ざけずとも、他にやり様はいくらでもあると思う。

 じゃあ、何が目的? 何を目指している? 


「分からないわ……」


 またもや、弱気な言葉が出てくる。


「そうだわ」


 ハイドさんが捕えられ、すっかり忘れていたが、ルドバンの娘であるレイアから貰った書付を思い出す。


「屋敷の裏山」


 私は小さく呟く。


「屋敷の裏山?」


 アシリカが首を傾げて私を見ている。

 確か、ここの屋敷の裏手に小高い山があったな。それの事かな?


「いえね、これをレイアからこっそりと手渡されたのよ」


 そう言って、レイアから貰った紙切れをアシリカに見せる。


「この屋敷の裏手にある山の事でしょうか?」


 やはりそう考えるよね。


「そこに何かあるという事でしょうか?」


 この短い一文だけでは、分からない。

 ならば、この目で調べて確かめるしかないね。


「今から行くわよ」


 夜になり暗くなったので、こっそりと抜け出せるかもしれない。


「なら、あっしの出番ですかい?」


 窓からひょいとデドルが入ってくる。

 ここ、二階よ。どうやって入ったのかしらね。まあ、今更驚かないけどね。


「デドル。どこ行ってたのよ?」


 晩餐会の後からデドルの姿を見ていない。


「へい。念の為、ハイド殿の無事を確認してまいりました」


 ハイドさんらは、牢に閉じ込められているものの手荒な事もされず、ひとまずは安心のようだと教えてくれる。


「ジェイムズは?」


「へい。ジェイムズ様は随分と落ち込んでおられるようですが、シルビア様も付いています。今はそっとしておくべきかと」


 そうね。一番ショックを受けているのはジェイムズのはずよね。彼の為にも、何とかしなくちゃね。是が非でもルドバンへの反撃の手段を手に入れなくてはならない。

 私は立ち上がり、気合を入れる為に鉄扇に手を触れる。

 ルドバンが悪なら、成敗する。この旅に出た直後の言葉を思い返す。証拠は無いが、一連のジェイムズへの襲撃は彼の指示に違いないはずだ。このアトラス領を預かる立場なら、苦しむ民の為にもっとするべき事があるはずだ。

 

「じゃあ、行くわよ」


 私の声に、アシリカ、ソージュも力強く頷き返していた。




 到着後、一通り屋敷の造りから部屋の配置まで調べていたというデドルを先頭にして、部屋を抜け出していた。

 誰に見つかる事もなく、あっさりと屋敷の裏手に出る事が出来た。

 デドルはすごいな。あれだけの短時間でよくここまで把握できるものだね。


「でも、お嬢様……」


 すでに時刻は夜遅い。月も雲に隠れていて、辺りは真っ暗である。そんな辺りの様子にアシリカが不安げな声を出す。


「何?」


「いえ、疑う訳ではございませんが、その書付自体が罠であるという可能性もありませんか?」


 アシリカの意見も、もっともだと思う。初めて会ったレイアの、しかもルドバンの娘を信じていいものか、悩みどころではある。


「確かに。でも、今は他に出来る事がないのも確かよ」


 これでルドバンを追い詰める何かを見つけられるとは限らない。しかし、他にやれる事も無いのだ。


「いつもの事よ。強行突破あるのみ。あれこれ悩むより、突き進む方が私の性に合ってるわ」


「かしこまりました。お嬢様らしさを取り戻せましたね」


 アシリカが苦笑する。

 そうね。ちょっと気分が落ち込んでいたものね。


「お嬢サマは、突っ走っているのがお似合いデス」


 ソージュ、それ、褒めているのよね?


「さっ、行くわよ!」


 片手を高く上げ、山を見上げる。


「……で、どこから登るの?」


 目の前の山には道らしきものが見当たらない。暗いからかとよく目を凝らしてみても、それらしきものは無い。


「お嬢様、こっちにございやす」


 デドルは手招きしている。


「ここに人が歩いた跡がありやす」


 茂みを指差しているが、私には、周囲との違いが分からない。


「こっちです」


 何か分からないが、ここはデドルに任せよう。

 私たちは、デドルに付いていき、道なき道を進んでいく。暗いせいで何度も転びかけるが、その都度アシリカとソージュに支えられる。


「あれは?」


 山の中腹辺りまで登った頃だろうか。目の前に洞口の入り口が見える。洞窟と言っても、入り口は木枠でしっかりと補強され、明らかに何かの用途で使用されているように見える。


「怪しくない?」


 私にアシリカとソージュも頷いて同意する。


「人の気配はありやせんな」


 デドルが入り口から中の様子を探っている。


「中に入るわよ」


「でも、明かりとなる物を持ってきておりません」


 今までは雲の隙間からほんのり照らされる月明りで何とかなっていたが、洞窟の中までは届かない。

 下手に屋敷の裏山でランプで明かりを照らすと目立つと思い持ってこなかったのが裏目に出たな。


「一度取りに戻りますか?」


「いいえ、アシリカ。その必要は無いわ」


 私は洞口の中に数歩入ると、魔術を発動させる。

 手の平の上に、小さな炎が出る。そう、私は氷をだそうとしたら冷気が、そして、火球を出そうとしたら、マッチの火。今のこの状況に最適じゃないか。

 初めて私の魔術が威力を発揮するのね。なのに、皆は何で気の毒そうに私を見ているのかしらね。


「さっ、行くわよ!」


 弱々しい火を灯しながら洞窟を進んでいく。

 洞窟は一本道だが、なかなかの奥行があるようだ。随分歩いた気がするが、一向に様子が変わらない。

 いい加減、同じ風景に飽きてきた時、目の前に扉が見えてきた。


「鍵、掛かってるわね」


 洞窟を間仕切る様に壁が作られ、閉じられた扉には錠が掛かっている。


「壊そっか」


 私は火を灯している反対の手で、鉄扇を取り出し大きく振りかぶる。


「お待ちください」


 慌てて、アシリカとソージュに止められる。

 どうして止めるのよ? 中に入れないじゃない。


「これを壊せば、誰かがここに入ったのが、気づかれるではありませんか」


 なるほど。言われてみればそうよね。


「……開きやしたよ」


 デドルが何やらがちゃがちゃと錠をいじったかと思うと、あっさり開錠したみたいである。


「……そう」


 出来るなら、もっと早く言って欲しかった。鉄扇を仕舞いながら、開けられた扉の中へと入っていく。 


「ここは?」


 中は今までの一本道とは違い、広い空間が広がっていた。私の小さな炎だけでは全体に明かりが行き届かないので、何があるかよく分からない。


「あの、お嬢様。私も明かりを付けましょうか?」


 遠慮がちにアシリカが尋ねてくる。

 そうよね。よく考えたら、アシリカはもちろん、ソージュもこれくらいの魔術は簡単に出来るよね。気を使ってくれていたのね。


「お願いします……」


 ここは素直にアシリカに譲ろう。


「お嬢サマは魔術より剣術デス」


 ソージュ、慰めありがとう。でも、この話題はもういいわ。

 照明係をアシリカにバトンタッチすると、アシリカが光り輝く玉を私たちの頭上に浮かべる。


「何、これ……?」


 照らされた空間に姿を現わしたのは、異様と呼ぶに相応しい光景だった。

 周囲に棚が並んでいるのだが、そこには蝙蝠やトカゲ、兎などの小動物の死体が瓶詰にされ、並んでいる。中には得体の知れない生き物が詰められている瓶もある。

 それだけでも十分異様だが、明らかに人の物と思われる毛髪が、まるで洗濯物を干される様に棒に掛けられている。

 他にも、赤や茶色の液体、何か動物の骨が無造作に並べられていた。空間の中央には、何も置かれておらず、変わりに土間が少し抉られている。

 魔女の部屋。そう教えられたら納得しそうな雰囲気である。

 私たちは、その光景にしばし呆然とする。


「あれは……」


 片隅にある本棚に目が留まる。背表紙には何も記されておらず、一目で古いものばかりだと分かる。

 本棚に前に行き、適当にその中から一冊を手に取る。


「こ、これ!」


 中には、見た事のある図柄が記されている。

 象形文字のような、何かの絵のような図柄である。呪術で命を失ったソレック教授の顔に浮かび上がっていた呪術の文様とそっくりだ。


「やっぱり、ルドバンが呪術の研究の親玉だったのね」


 ソレック教授に密かに資金提供していたのも、ルドバンだったのかもしれない。だったら、ロウテッドらのあの死も辻褄が合う。


「そうか。ルドバンはここの存在を誰にも知られたくないのだわ」


 いつからかは分からないが、ルドバンはここで呪術の研究をしているのだろう。そして、ここの存在は秘密。だが、アトラス領の実権を失えば、ここの存在が明るみになる可能性が出てくる。それに、研究をするのに、資金も必要なのだろう。いくら貧しいアトラス領でも、個人の収入よりは多くの資金を手に入れる事が可能だ。つまり、ジェイムズに当主として活動されると、ここでの呪術の研究が行えなくなるのだ。

 呪術というものが、どんなものか詳しくは知らないが、碌でもないものに違いない。なにせ、人の命をあんなにも簡単に、そして、突然に奪うのだから。しかも、誰がやったかは分からないままで。 


「ルドバンは、ここを守りたかったのね」


 何故彼がそこまで呪術に拘るのか分からないが、この推測は間違っていないだろう。


「ここの事をルドバンに問い詰めたら、奴の悪事を暴けるかも」


 光明が見えてきた。


「いえ、それは無理でしょうな」


 デドルが即座に私の言葉を否定する。


「何で? どう見てもここは怪しいわ。それに、呪術で命を奪われた人もこの目で見ているのよ」


「へい。ですが、こことルドバンを結びつける証拠は? ヤツにこんな場所の事など知らないと言われたら、それまでです」


 うーん。確かに。


「お嬢様、これを……」


 悩む私の元にアシリカが一冊のノートを持ってきた。片隅にあった机の上で乱雑に積まれた本やメモ書きの束の中から見つけてきたらしい。

 そこに書かれていたのは、ここで行われた実験の結果のようだ。


「詳しい内容までは分かりませんが、呪術の実験とみて間違いないかと」


 確かに、地形操作や気象操作などの実験名が書かれている。死霊術や人格移植などの顔を顰めてしまうものまである。

 だが、すべてに失敗という結果が記されていた。その隣には、洪水や大火災、地震などの文字が並んでいる。


「これって、失敗した結果、洪水や地震が引き起こされてしまったって事?」


 呪術に縁の無い私にはまったく分からない。


「魔術にも魔力の暴走という負の側面を見せる時があります。呪術は原始的な魔術と言われていますので、あり得ない事では無いと思いますね」


 この中で一番、魔術に精通しているアシリカであるが、呪術には詳しくないですが、とも付け加える。

 という事は、相次ぐアトラス領での災害は、この呪術の実験のせいだったのか。

 呪われた子と自分を責めていたジェイムズの顔が脳裏に浮かぶ。


「許せないわね……」


 怒りが沸々と湧いてくる。

 とりあえずは、これは証拠の品として貰っておこう。あんな乱雑な中に置かれたものならすぐには気づかれまい。

 この実験場とルドバンを結びつける物は見つからないのが残念だが、何としても尻尾を掴んでやると、心に誓う私だった。




 向かえた翌日。

 昨夜の山登りで疲れが抜けていない体に鞭打って、ジェイムズのガイザの街視察に同行していた。

 早くハイドさんを助け出し、ルドバンを成敗したいところだが、奴の非道の証拠をまだ掴んでいない。今の段階では動けない。

 ハイドさんから引き離されたジェイムズは、朝会った時から虚ろな目のままである。話しかけても、気の無い返事しか返ってこない。相当なショックを受けているのだろう。見ているのが辛くなってくる。

 少しでもジェイムズの心の負担を減らそうと災害の真実を教えたいのだが、余計混乱させるかもと躊躇してしまう。

 侍女姿のシルビアも悲し気な目でジェイムズを見ている。


「ジェイムズ。気持ちは分かるわ。でも、今は耐えなさい。必ず私が――」


 ジェイムズの顔を覗き込み、何とか励まそうと声を掛けている時だった。

 バンという音が聞こえる。


「何?」


 窓を見ると、べったりと生ごみがへばりついている。


「一体、何よ?」


 私がそう言うと同時にまたもや、音と一緒に窓に生ごみがへばり付く。

 これは、馬車に向かって生ごみがどこからか投げつけられている。


「呪われた子のせいだっ!」


「何故、我々がこんなにも苦しまねばならんのだっ!」


 そんな怒鳴り声も聞こえてきた。

 その声を聞いたジェイムズの顔が真っ青になっている。


「だ、誰よ、こんな事をするのはっ!」


 汚れた窓から外を見る。

 馬車の周囲から冷たい視線が注がれているのに気づく。皆、継ぎ接ぎだらけの服を着て、痩せ細った住民たちだ。その中の誰が、生ごみを投げつけ、酷い言葉を発したのかは分からない。だが、皆、一様に恨みの籠ったとも言える目で馬車を睨み付けていた。


「ぼ、僕は……」


 ジェイムズが頭を抱え込む。


「……呪われた子だっ」


 絞り出す様な声でそう言うジェイムズの体はガタガタと震えていた。


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