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戦うお嬢様!  作者: 和音
9/184

9 お覚悟、よろしくて?

 ソージュの案内でパドルスの屋敷へと着いた。

 屋敷というより、大きな倉庫兼自宅、と言った感じである。小麦の卸業を営んでいるらしいが、一般向けに商いはしていない様で、店という感じでは無かった。

 塀に囲まれている屋敷の周囲を一周する。

 ガイノスに捕まったせいで、予定より遅くなってしまった。アシリカはもう来ているだろうか。

 まずは、中へ入らないとね。もっとも、入り口から入れてもらえるとは思えないから、こっそり忍び込む事になるのだけど、うまくいくかしら。転生前も含めて、泥棒などの経験は無いからな。


「お嬢サマ、あれ……」


 ソージュが小さな戸口を指差す。完全に閉まっておらず、少し開いている。


「でかしたわ。ソージュ」


 私はソージュの頭を撫でて、戸口から中を覗き込んだ。すると、一人の男と目が合う。


「何だ、お前? ここは勝手に入ったら駄目だ。出て行きな」


 使用人らしき男は両手に荷物を抱えている。ああ、閉め忘れじゃなくて、今どこからか帰ってきたとこだったのね。


「えーと、そのですね」


 どうやって、誤魔化そうかな。


「さあ、ここは子供の遊び場じゃないんだ。早く出ていけ」


 ああ、もう面倒臭いわね。いっその事、この鉄扇の試しにぶっ飛ばしてやろうかしら。

 その時、ソージュが男の前に進み出た。


「何だ?」


 そう言った男のみぞおちに掌底の一撃を加えた。さらに、前のめりになった男の後頭部にも、手刀を見舞う。

 男はうめき声と共に、その場に崩れ落ち、動かなくなった。

 大丈夫? 死んではいないよね。


「死んではいまセン。昔、よく浚われそうになった時、何度もしまシタから」


 私の心配を察してくれたのか、ソージュが言った。


「そ、そう」


 ソージュ、あなた、すごいわね。それと、苦労したのね。


「さあ、行くわよ」


 気を取り直し、周囲を見渡す。どうやら、この戸口は使用人の通用口みたいだ。


「どこに、デスカ?」


 うん、そうだね。どこに行けばいいのだろう。中がどうなっているか分からないし、パドルスとやらがどこにいるのかも、分からない。そもそも、何をしていいのかも分からない。

 もう少し、計画立てれば良かった。私は朝の私を殴りたい気分になる。突撃って何なのよ。正面突破って、どこが正面かも分からないよ。玄関にでも行けばいいのかしら。


「お嬢サマ、とりあえず、コッチ」


 顔を引きつらせている私の手をソージュが引っ張る。


「中、人に会ってしまい、マス」


 なるほど。確かにそうね。建物の外から、調べていくのね。

 公爵家ほどの広さはないが、立ち並ぶ倉庫の前を進んで行く。


「その様な事、言っているつもりではありませんっ!」


 声が聞こえた。アシリカの叫ぶ様な声だ。

 私とソージュは顔を見合わせて頷く。声のした方を目指し、進んで行った。すると、小さな中庭へと辿り着いた。一旦は、草木の陰に身を潜める。そこから、まずは様子を確認する。

 アシリカの横には、彼女に似た母親と、おそらく、父親であろう男がいた。父親の方は疲れ切った顔をしている。アシリカを挟んで、親子三人が寄り添う様にして立っていた。その真正面には、ぶくぶくと太ったちょび髭親父がいる。奴が、パドルスかな。その横には、若い男がいる。にやにやと嫌らしい笑みを終始浮かべて、アシリカを見てる。あれが、息子だろうね。


「いやいや、アシリカよ。うちの倅と一緒になれば、今まで通りだ。いや、むしろお宅の店には小麦を格安で卸すって話だ」


「そうだぞ、アシリカ」


 隣で頷く馬鹿息子。何か、腹立つ顔だな。


「ですから、安くして欲しいなんて話ではありません」


 アシリカが、きっと、息子を睨み付ける。そんな怖い顔したら、折角の綺麗な顔が台無しよ。


「だったら、うちは構わんよ。よそで仕入れればいいじゃないか」


「それが、出来たらここには来ていない。アンタ、俺の店が、金を支払わないって噂をばらまいただろう? お陰で、他所の卸業がうちに売ってくれなくなったんだぞ。それに、話し合いに来た俺を返さず、娘を呼び寄せるとは」


 アシリカの父親が、忌々し気にパドルスを睨み付ける。


「はて、何の事やら」


 三文役者も真っ青になるくらいの、白々しさで、パドルスがそっぽを向く。

 なるほど、そういう事情か。卑怯なやり口だね。虫唾が走る。


「なぁ、アシリカ。よく考えてごらん。いつかはお前だって、どこかに嫁ぐんだ。だったら、両親の為になる所の方がいいんじゃないか?」


 一転して、優し気な声色で、パドルスがアシリカに話しかけた。横では、頷くだけの息子。こいつ、駄目だな。

 アシリカは、唇を噛みしめる。彼女の置き手紙からは、最悪、嫁に行く事も、どこかで覚悟していたに違いない。


「娘を犠牲にしてまで、パンを焼きたいとは思わねえ」


「そうよ、アシリカ。もう帰りましょう。生活なら、何とかなるわ」


 両脇の両親から、アシリカは肩を掴まれる。


「本当にそれで、いいのか? 店が無くなってしまっていいのかい?」


「私は……」


 アシリカの顔に動揺の色が走る。


「今、サンバルト様の屋敷で働いてるんだって? でも、うちに来れば働く事もない。好きな事をして暮らせるさ。で、両親の店も安泰。いい事づくめじゃないか」


「そうそう。親父の言う通りだよ。だから、俺と一緒になれよ」


 舐める様なイヤらしい目で、馬鹿息子がアシリカを見ている。

 

「その必要はありませんわ」


 もう我慢ならん。この親子、断じて許せないわ。

 私は木の陰からゆっくりと、姿を現わした。


「は?」


 突然の私の登場に、パドルスはきょとんとした顔になっている。

 一方のアシリカは驚愕の表情を浮かべ、口をパクパクとさせていた。こんなにも驚いたアシリカを見たのは、初めてね。何か面白い。

 私はアシリカに、一度笑顔を見せた後、パドルスの方を向く。


「酷い話ですわ。そこの馬鹿息子の為に自分の立場を利用して、卑劣な真似をよく出来るものね」


 笑顔を消し、無表情となった私。


「な、何だこのガキは! どこから入ったんだ?」


 我に返ったのか、忌々し気に悪態を私に吐く。

 その時、ばたばたと足音を鳴らして、二人の男がやってきた。


「旦那様。サンジの奴が、突然襲われたようでして」


 そう言った男の横に、後頭部を抑えながら、さっきソージュに打ちのめされた男が立っていた。


「だ、旦那様。こいつらです。このガキどもが俺をいきなり……」


 サンジとやらが、私たちを指差す。


「何だとっ。お前ら、いくら子供でも、許される事じゃないぞっ!」


 怒りも加わった様子でパドルスは、顔を真っ赤にした。


「許されないのは、そっちの方ですわ。アシリカをここまで追い込んで、悩ませた上、その両親まで悲しませる。ほんと、下衆な事」


ベルトから鉄扇を取り出し、口元に当てる。


「もういい! おい、このガキどもをつまみ出せ!」


 パドルスが、サンジともおう一人の部下に叫ぶ様にして、命じた。


「へい」


 二人は、私たちを捕まえるべく、こちらにやってくる。

 こうなったら、仕方ないわね。まぁ、最初から穏便に済むとは思ってなかったけどさ。

 すっと、手にしている鉄扇の先端をパドルスに向ける。


「貴方たち、悪役より悪いなんて、許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」


 凍てつく視線をパドルスに送る。


「何言ってやがる」


「さっきの分、お返ししてやる」


 男二人が、私に迫ってきた。


「ソージュ。彼らに、お仕置きです」


「ハイ」


 さっと、私の前に出たソージュが、素早い動きで、サンジとやらの膝に蹴りを食らわす。よろけるサンジの腹に、続けて掌底。これに、驚くもう一人の男にも、廻し蹴りをお見舞いする。

 流石ね。流れる様な動きだわ。大の男二人に対して圧倒的な強さね。おっと、私もせっかくだから、鉄扇の威力を試させてもらおうかしら。


「ばちこーん!」


 ふらつく蹴りを入れられた男の横っ面目がけて、鉄扇を横薙ぎにする。気合入れ過ぎて、台詞付になっちゃた。

 威力はどうかしら。あれ、一撃で伸びてるわね。すごい威力。さすが、私。さすが、グスマンさん。

 その横では、ソージュに二回目のKOされたサンジが転がっている。

 

「さて……」


 私は、視線を再びパドルスに向けた。


「ひっ」


 パドルスが息を飲み込む。先ほどまでの怒りはどっかに行ってしまって、青褪めているわね。無理もないか。手下の男二人が瞬殺されたもんね。


「お、お前、ゆ、許さねえぞ」


 父親と違い、状況がよく分かっていないのか、馬鹿息子がポケットからナイフを取り出してこちらに向けている。

 でも、そんな震えてたらそのナイフ、使えないわよ。


「無礼者っ! お嬢様に何をするっ!」


 突然のアシリカの大声が響いたと思った次の瞬間、馬鹿息子に向かって、拳ほどの大きさの氷が無数に降り注いだ。

 あ、アシリカの魔術だ。しかも、これは、かなり痛いはずだ。

 馬鹿息子は、大量に氷に殴られる形となり、吹っ飛ばされて、白目を向いていた。こわ。アシリカ切れてる。

 

「我が主に刃を向けるなど、見過ごせません」

 

 さっと、私の前に立つ、アシリカは鬼の形相である。だから、綺麗な顔が……。


「あ、主だと。じゃあ、まさか、このガキ、いや、この方は……」


 パドルスの青褪めていた顔がさらに青くなる。


「控えなさい。サンバルト公爵家令嬢、ナタリア様です。あなたの息子が、誰に何をしたか、理解していますか?」


 かっこいいー! アシリカ、かっこいいよ。私が男なら、惚れてるね。私の見せ場、全部持っていかれてるけどねっ。


「ひいい。も、申し訳ございませんっ。どうか、どうか、お許しを」


 その場で、土下座し、ガタガタとパドルスは震え出した。

 うーん。やっぱり、サンバルト公爵家って肩書はすごいのか。お父様って、そんなに力あるんだ。

 土下座するパドルスを見下ろした後、アシリカはさっと、脇に避けた。

 ん。私が締めなきゃいけないのか。


「パドルスでしたっけ? 私も、今回はお忍びです。今回の事、許し難い所業ですが、見なかった事にしましょう」


「あ、ありがとうございます」


 更に体を縮こませて、地面に頭をこすりつける様にして、礼を言う。


「ですが、ただでというわけにはまいりません。まずは、アシリカのお父様の信用を取り戻す事。そして、そこの馬鹿息子が二度とアシリカにちょっかいを出さない事。それが、条件です」


「は、はい。それは、もちろん。約束致します」


「もし、約束を違えば分かってますわね。あなたとあなたのお店、全力で叩き潰しますわよ」


 念を押す事もきっちりしておかないとね。ここは悪役令嬢らしくしないと。

 ぶるぶると体を震わせているから、それなりに効果ありそうだわ。


「あ、それと、その馬鹿息子。もうちょっと鍛え直した方がいいわよ」


 汚い物を見る目で、私は未だ動かない馬鹿息子をちらりと見る。


「次に、アシリカ」


 私はアシリカを見る。何かほっとする。


「お嬢様……」


 アシリカは気まずそうに、俯いた。さっきまでの威勢の良さが嘘の様である。


「申し訳ございませんでした」


 今度は、アシリカが、地面に膝を着き、私に頭を下げる。後ろから彼女の両親も飛んできて、娘と同じく、頭を下げた。


「……」


 私とアシリカの間に沈黙が横たわる。

 先に口を開いたのは、私だった。


「アシリカにしたら、失敗ね。置手紙を予想以上に早く私に見つかるなんて」


 苦笑する私をアシリカが見上げる。どうやら、私がここにいる理由を悟った様で納得した顔となる。


「も、申し訳ございません。このような事をお嬢様のお耳にいれるわけにもいかなかったものですから」


 また、頭を下げるアシリカ。


「何で?」


「え?」


 再び、顔を上げ、目を丸くして、驚きの表情になっている。


「だって、アシリカは私が困っていたら、いつも力になってくれるでしょ。なのにどうして、自分が困った時は、私を頼らなかったの? 私、頼りない?」


 そうである。今回、初めから相談してくれれば、いくらでも力になったのに。


「いえ、それは……。お嬢様にご迷惑をお掛けする訳にはいきません」


「下らないわね。私に言ったでしょ。妹みたいって。だったら、そんな気を遣う事ないのに」


 少し拗ねた様な口調で、私はアシリカを責めた。


「お嬢様のそのお気持ち、大変嬉しく思います。ですが、今回、お嬢様を危険な目に遭わせてしまった罪、償います。どうか、罰をお与えください」


 罰ね。でも、危険な目に遭ったつもりはないけど。ま、アシリカは責任感が強いから、今回の事も自分のせいだと考えてるのだろうな。じゃあ、何か罰を与えないと納得しないでしょうね。

 私は少し、考えて、アシリカへの罰を思いつく。


「わかりました。罰を与えるわ」


「はい」


 アシリカは、じっと私を覚悟の籠った目で見つめる。


「まずは、一つ目。今後、何か困った時は相談する事。二つ目。明日からまた、私の専属侍女を務める事。三つ目。今晩は両親に甘える事。以上よ」


 私を見るアシリカの目がみるみるうちに涙で溢れる。


「ありがとうございます。お嬢様。これからもお嬢様に誠心誠意、仕えさせてください」


「もちろんよ。だって、アシリカいないと大変だもんね」


 私はソージュと頷き合う。

 うん、良かった。これで、すべて丸く収まったわ。


「おほほほほ。無事、解決ねっ」


 私の高笑いが響く中、アシリカは、泣き続けていた。うん。アシリカ。あなた普段から、気を張り過ぎだからさ。たまには、思いっきり泣くといいよ。

 私はやり切った感満載で頷いていた。



 二時間後、屋敷に戻った私が、ガイノスから三時間に及ぶ説教を食らって、泣きを見るのは、また別のお話である。


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