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戦うお嬢様!  作者: 和音
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86 私に出来る事

 宿に連れ帰ったアイリーは、怯えたままだったが、見知った顔であるジバンを見て、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。ぽつりぽつりとお互いの状況を話し合っていた。さすがに、入れ替わりの事実を知り、私たちの素性を知った時には、大きな声で驚いていた。

 心配していたアシリカたちにエディーの状況を報告していると、宿に帰ってきてからすぐに一室に籠り、使われた毒の種類を調べていたデドルがやってきた。


「毒の事は分かった?」


 部屋に入ってきたデドルの顔を見るなり、尋ねる。


「はい。分かりやした」


 デドルによると、使われた毒は毒性のある草木から抽出されたもので、特別珍しいものでもなかったそうだ。しかし、その毒性は強く即効性もあり、用意された量すべてを混ぜていたら、すでにエディーは命を落としていたと教えられ、背筋が凍る思いである。

 

「それで、解毒剤はあるの?」


 デドルから受け取った包みに入った毒を忌々し気に見る私の質問にデドルは顔を曇らせる。


「作り方は分かりますが、ちと難儀な点がありやして……」


「どういう事?」


「材料が足りません。セイムの木が要るんです」


 セイムの木? 聞いた事がないな。


「セイムの木ですか。あれは、確か王国南部の木ではありませんか?」


 さすが、シルビアだ。さらに、セイムの木は王国南部では、木材として利用されており、家具から食器にまで使われる汎用性の高い木だと教えてくれる。ほんと、木には詳しいのね。


「じゃあ、その木を探したらいいのね。すぐに出発よ!」


 よし、やる事は決まった。


「お待ちください、お嬢様」


 部屋を飛び出そうとする私を慌ててアシリカが止める。


「王国の南部ですよ。ここからどれだけあると思っているのですか? 二十日は掛かりますよ」


 言われてみれば、そうだ。とてもじゃないが、エディーにそんなにも時間は残っていないはずだ。

 

「じゃあ……、解毒剤が作れないじゃないのよ」


 明るさが差したと思った目の前が再び真っ暗になる。

 私の言葉に誰も答える者はいない。重苦しい空気に部屋が包まれる。


「あの、姉様……」


 静まり返る中、ジェイムズがおそるおそるといった感じで声を出す。


「あのハゴイタ大会の元は王国南部の遊びでしたよね?」


 ああ、スノウザだっけ? 


「そんな何にでも使われる木材でしたら、あの時の木の板の素材ももしかしたらセイムの木ではありませんか?」


 おおっ。ジェイムズ、すごいよ。確かに、可能性はあるわよね。


「アシリカ。ハゴイタ持ってきたわよね」


 エルカディアに帰ってから、イグナスお兄様と対戦しようと思って持ってきたのだ。


「は、はい。すぐに持って参ります」


 アシリカが慌てて荷物の中に入れていた羽子板を探しに行く。


「見たら、何の木か分かるかしら?」


 デドル、続いてシルビアの顔を見る。


「あっしより、シルビア様の方が確実かと」


 じゃあ、木の種類はシルビアに確かめてもらおう。


「おまかせください、お姉さま」


 おお。木に関しては頼もしいな。

 期待を抱いて待っている私の元にアシリカが羽子板を持ってきてくれた。


「どう?」


 手渡された羽子板をじっと見ているシルビアに尋ねる。


「間違いありませんわ。少し古いですが、確かにセイムの木ですわ」


「良かった」


 これで、エディーが助かる。ほっとして、自然と笑みが零れる。


「古い、ですかい……」


 だが、デドルは渋い顔である。

 何か問題でもあるのかしら?


「出来れば古くないものがいいのですが、この際贅沢は言ってられませんな。とにかく、解毒剤の作成にすぐに取り掛かりやす」


 そう言うと、デドルは再び別室へと解毒剤を造りに行く。

 古いのが問題なのが気になるが、デドルのいう通り、今はそんな事も言ってられない。薬が出来るまでの間に、今回の一件の首謀者をはっきりさせておこうかしらね。大元は、ルドバンなのは間違いないが、この街の役人たちがどこまで彼の手先なのか知っておく必要がある。

 まずは、ジバンとアイリーたちに確認しようかな。


「ジバン、アイリー」


 部屋の片隅で、じっと私たちの様子を見ている二人を呼び寄せる。


「アイリー。あなたにあの薬を渡した時に執政官のロウテッド以外にその場に誰かいた?」


「はい。副執政官様と警備隊の隊長もおられました」


 それって、この街の上層部が皆、ルドバンの手の者って事じゃないのよ。そこまで、ルドバンはアトラス領を牛耳っているのか。本当に、敵地の真っただ中だな。


「ナタリア様はすでに、お気づきでしょう? 今このアトラス領は、家令であるルドバン様の支配下にあります。善政ならば、誰も不満は申しません。ですが、自らの取り巻きだけですべてを決めて、民よりも自分たちの事だけを考えた政治を行っている状況です。そればかりか、最近ではジェイムズ様から当主の座を奪うという噂まで聞こえてきております」


 ジバンが悔しそうな顔でジェイムズを仰ぎ見る。


「一部の若い家中の者は、それを良しとせず、改革を求めています。ですが、それもすぐに家令一派に潰され、多くが閑職に追いやられるか、謎の死を遂げております」


 この話ぶりから、ジバンも反ルドバン派に違いない。だから、濡れ衣を着せられたのだろうな。


「ジェイムズ様。どうか、どうか所領の民をお救いください。原因不明の災害に苦しんでいるこの地の民にとって、あなた様が希望の光なのです」


「僕には……」


 取りすがる様な目のジバンからジェイムズは目を逸らす。

 彼には、この混乱を極めたアトラス領を背負う自信がまだ無い。


「今はエディー君の事が心配なのですわ。さっ、夜も遅いです。ジェイムズ君はそろそろ寝ませんと」


 俯き言い淀むジェイムズの肩をシルビアが抱いて、微笑みかける。


「そうね。ジェイムズは少し休みなさい。皆も解毒剤が出来るまでまだ少し時間が係るはずよ。少し休みましょう」


 そう言って、皆に背を向けて窓の側へと立つ。私はヒビの入った窓から夜の街を見ていた。




「お嬢様。お待たせしました」


 デドルの声だ。

 窓から見える外の景色に薄っすらと朝日が差していた。

 あれから、ずっと窓から表を眺めていた私だったが、そろそろ明け方らしい。

 

「ご苦労様。出来はどう?」


 ほんのり朝の光に照らされ始めている街はやはり昨夜と変わる事なく、廃墟同然である。


「へい。やはり、セイムの木が古いのが気がかりですな。もし、そのせいでこの解毒剤が不完全なら、一気にエディーの体は悪化しやす。そして、そのまま……」


 セイムの木が古いのを気にしていたのは、そういう事だったのか。


「……解毒剤を」


 デドルから解毒剤を受け取る。

 判断は私が下す。それは、私のやるべき事だ。


「では、さっそく執政官の公邸に行きます。そうね……、薬の行商人としてでも乗り込みましょうか」


 私は振り返り、デドルの顔を見る。


「……堂々と行くという事は、やはり?」


 黙って、頷く。

 もちろん。この街の大掃除だ。でっかく汚れたゴミを取り除いてやる。エディーを苦しめた罰も償ってもらう。


「では、公邸に入れるようにハイド殿に頼みに行ってきやす」


「ええ、お願い。私もすぐに向かうわ。あっ、それとね……」


 もう一つデドルに指示を出す。

 それに黙って頷いたデドルは一睡もしていないはずなのに、いつもと同じような身軽さで部屋を後にする。


「アシリカ、ソージュ。あなた達も少し寝れば良かったのに」


 ずっと外を眺めていた私に付き合う必要ないのに。 


「お嬢様と一緒です。どうも寝る気にならなくて」


「アタシもデス」


 アシリカとソージュが微笑んでいる。

 知らないよ、お肌が荒れてもさ。


「じゃ、皆を呼んできてちょうだい」


「はい」


 皆を呼びに行ったアシリカとソージュを見送りながら、私はじっと手に持つ解毒剤を見つめていた。




 執政官公邸の離れにある一室。

 エディーは昨日見た時と変わらず、苦しそうな寝息を立てている。

 そんなエディーの様子を見たアシリカやソージュはもちろん、ジェイムズ、シルビアも唇を噛みしめ、辛そうな顔となっている。


「解毒剤は出来たのだけれどもね。材料の一部が古くて……」


 キュービックさんに小瓶に入った解毒剤を見せる。

 さすが、世界各地を旅したキュービックさんである。私の言葉に意味をすぐに理解して険しい表情になる。


「ハイド殿! これはどういう事か!」


 私とキュービックさんが険しい顔になる中、突然、部屋に怒鳴り声が響く。


「ロウテッド殿……」


 名指しされたハイドさんが眉間に皺を寄せる。


「私に断りなく、そんな素性の知れない薬の行商人にジェイムズ様を見せるとは、どういう事か!」


 ロウテッドがハイドさんを睨み付ける。


「そもそも、ハイド殿が甥のジバンを使ってジェイムズ様を亡き者にしようと企んだのではないかと言っている者もいるのですぞ。そのような方が呼び寄せた行商人の薬を飲ませるなど、反対です」


 そのロウテッドの言葉に普段は温厚なハイドさんの顔がみるみるうちに怒りに染まる。


「わ、私です。私がその人たちを呼びました!」


 今にも怒鳴りそうになっているハイドさんに代わり、ニセリアが叫ぶ。


「ナ、ナタリア様が?」


 ロウテッドが、気まずそうにニセリアに聞き返す。


「そうです。ナタリア様もよく知っている方たちですよ」


 ダメリカも口添えする。


「そ、そうですか。いや、しかしですね……」


 さすがにナタリアには、口答え出来ないという事か。いや、それにしても、ニセリア、ナイスプレーだよ。ここは素直に感謝だね。

 ニセリアが作ってくれたこの流れを無駄にはしないよ。


「この薬が不安なのは分かります。ならば……」


 私は真っすぐに、キュービックさんの目を見る。 

 私はこっそりと隠し持っていたもう一本の小瓶を取り出す。宿でアシリカとソージュが皆を呼びに行っている間にこっそりと用意したものだ。


「ま、まさか……。止めるんだっ!」


 私から隠し持っていた小瓶を取り上げようとするキュービックさんを避けると、一気にその小瓶を飲み干す。


「くっ」


 胸の辺りが締め付けられる。それと同時に息苦しくなってくる。


「お、お嬢様っ! まさか……」


 アシリカとソージュが真っ青になっている。

 ごめんね。余計な心配かけて。でも、これは、解毒剤の不安を聞いた時に決めていた事。この私が実験台になる。それが、苦しむエディーの為に私の出来る事だ。


「ううっ、くっ」


 意識が刈り取られそうになる。目の前がぐにゃりと歪んできた。立っている事も出来ずに、その場に倒れこんだ事を何とか自覚出来るくらいの意識は残っているようだけど。

 こんなにもエディーは苦しんでいたのか。そんな思いと共にエディーにこんな苦しみをさせていたヤツらに怒りが沸き起こってくる。朦朧とする頭で怒りだけは、はっきりと感じられる。


「早く! 早くこれをっ」


 アシリカに抱きかかえられ、小瓶から口に解毒材を流し込まれる。

 一口、二口とゆっくりと喉に流し込まれていく。

 しばらくすると、息苦しさが消え、胸を締め付けらる痛みが和らいでくる。同時に、頭もゆっくりとだがはっきりとしてくる。

 この解毒剤、効いている。


「だ、大丈夫。解毒剤は、効く、わよ」


 何とか声を絞り出す。早くエディーにも飲ませてあげて。


「分かりました」


 アシリカが頷く。

 霞んだ私の視界の中で、ソージュがキュービックさんに抱き起されたエディーの口元に解毒剤を飲ませているのが、見える。


「呼吸が楽そうになってきています。もう心配なさそうですよ」


 私を抱きかかえたままのアシリカが教えてくれる。


「良かった……」


 安堵の言葉が出てくる。

 

「ジェイムズ様は、良くなるのか?」


 部屋の入り口から様子を見ていたロウテッドが口を開いた。その声は明らかに残念そうな声色なのが、伝わってくる。


「どうやら、一山超えたようだ」


 そんなロウテッドを一睨みして、ハイドさんが答える。


「……そうか。それは一安心だな。だが、今回の責は、ハイド殿。側役である貴殿にあるのだぞ」


 まだ気分が優れないのに、嫌な声が聞こえてくるな。


「今回の件は家令であるルドバン様にも報告せねばならんな。これで終わりとは、思わない事ですな」


「お待ちなさい。確かに、まだ終わってませんわね」


 ハイドさんを睨み返して、部屋を出ていこうとするロウテッドを止める。

 私はアシリカの肩を借り、立ち上がる。


「何だと?」


 立ち止まり、私を振り返るロウテッド。


「まだ終わってないと言ったのよ。だって、この子に毒を飲ませた首謀者を裁いていないですもの」


「首謀者だと? 犯人は、茶の準備をしたジバンだ。そこにいるハイド殿の甥のな」


 刺々しいロウテッドの言葉である。


「いいえ、ジバンではないわ。首謀者は、あなたじゃなくて?」


 視界がかなりはっきりしてきた私の目に眉間に皺を寄せ、こちらを見ているロウテッドの顔が映る。


「このまま引き下がる私じゃありませんわ」


 そんなロウテッドを睨み返す私だった。


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