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戦うお嬢様!  作者: 和音
85/184

85 任せなさい

 目の前には、一人の男。年は二十代前半といったところか。

 不安気な様子で回りをきょろきょろと見回している。


「あなたが、ジバンね」


 デドルに頼んで牢から連れ出してきてもらったジバンである。生真面目そうな雰囲気がハイドさんとよく似ている。


「そうですが、あなたは?」


 私の問いかけに一瞬、ビクリと体を震わせるも、しっかりと私の目を見返して頷く。


「私の事は置いておいて。それより、毒を盛ったのは、あなた?」


 単刀直入に尋ねる。


「いいえ、違います。……と言っても誰も信じてくれないでしょうけど」


 私から目を逸らす事なく答えるジバンの顔が、無念そうに歪む。


「本当にあなたじゃないの?」


 疑いの目でもう一度尋ねる。


「当然です。今まで雑用ばかりだった僕が初めて任された大役です。いつか伯父のようにジェイムズ様の側仕えになりたいと思っていた僕が、そのジェイムズ様に毒を盛るなどしようとも思いません」


 うーん。嘘をついている様には感じないな。じゃあ、やっぱり、誰かに嵌められたのかな。


「だったら、毒が入れられたというお茶を準備していた時の様子を話してくれるかしら?」


「……何故、その様な事を? いや、そもそも、牢を破ってまで僕をここに連れてきたあなた方は、何者ですか?」


 訝し気な視線をジバンが投げかけてくる。

 どうやってここまで連れてきたかは気になってが、やはり無理やりか。多分、大騒ぎになっているだろうな。


「私が誰だかは、これで分かるでしょ」


 そう言って、鉄扇を開き、描かれた白ユリの紋章を見せる。


「白ユリ! でも、公邸でお会いした時と……」


 扇面を見て、大きくジバンが目を見開く。


「ナタリア・サンバルトよ。それと、この子がジェイムズ」


 隣に座っているジェイムズの肩に手を添える。


「え? え? ジェイムズ様?」


 ジバンの理解がすぐには、追いついていないようだ。

 混乱しているジバンにさらりと、入れ替わりのからくりを説明する。


「そういう事だったのですか。でも、良かった。ジェイムズ様がご無事と分かり安堵致しました」


 ほっとした表情を見せるジバン。


「良かった? 良かった事なんて、無いっ!」


 突然、ジェイムズが叫び声を上げる。


「僕の代わりにエディー君が苦しんでいるのですよ! 良かったなんて、言えません!」


 肩を怒らせるジェイムズの目は真っ赤になっている。

 私だけでなく、ジェイムズも責任を感じていたのだな。ここで一気にそれが爆発してしまったのだろう。


「ジェイムズ」


 私はジェイムズの肩を掴んで、座らせる。


「も、申し訳ございません。ジェイムズ様のおっしゃられる通りにございます。身代わりの方が苦しまれているのに……」


 ジバンが項垂れて、両手を床に着き詫びを口にする。


「いいえ。主の無事を知ったのだから、安心するのは当然よ。でもね、今苦しんでいる彼は、私たちにとって大切な仲間。何としても助けなくちゃいけない。だからこそ、準備していた時の状況を教えてちょうだい」


 今は、エディーを助ける事が最優先だ。その為にもどんな小さな情報でもいいから欲しいのだ。


「はっ。ですが、準備段階から食べる物も含め、お口に入るものはすべて厳重な選別と管理をしていました」


 うーん。まあ、そうよね。当主が来るのだから、それが普通だよね。


「そう言えば……」


 急に何かを思い出したのか、ジバンが首を捻る。


「何? 何か思い出した?」


「実は、お茶を準備し、お出しする直前の事です。急に執政官のロウテッド様から呼び出されまして……」


 呼び出された? 執政官に?


「その間、お出ししたお茶は誰か他の人が見ていたのですか?」


 アシリカが尋ねる。


「はい。呼びに来てくれたアイリーというメイドに見ておいてもらいました」


 何か怪しい。まさか、そのメイドがお茶に毒を入れたんじゃ……。


「執政官の用は何だったの?」


「大した用ではありませんでした。夕食のメニューの確認です」


 夕食のメニューの確認か。わざわざ呼び出してまで急ぎで確認する程の事じゃない気もするけど。やはり、執政官もルドバンの手先なのだろうか。

 そこは、また考えるか。今は、何の毒物が使われたかを突き止めないと。


「そのメイドにも話を聞かなくちゃいけないわね。執政官の公邸に行けば会えるのかしら?」


 ジバンは、恐らく無実だろう。話をしていて主に害を加える様な悪人の素振りは感じられない。ならば、メイドの方が怪しい。そのメイドには毒をお茶に入れる機会があったのは確かだしね。


「彼女は、通いのメイドです。夕方過ぎには、家に帰ると思いますが……」


 ジバンが答える。

 辺りは暗くなる少し前。まだ、公邸にいるかもしれない。


「デドル。私も公邸に忍び込めるかしら?」


「そうですな……。お嬢様お一人だけでしたら、何とかお連れ出来るかと」


 少し思案してから、デドルが頷く。


「なら、すぐに向かいます」


 私は立ち上がると、決意を込めた目でデドルに告げた。




 デドルに導かれ、執政官公邸へと忍び込む。

 不思議と、彼が先導する場所には見張りなどが見当たらず、あっさりと中へと忍び込む事が出来た。

 普段の私なら、テンションが上がってくるだろうが、今はそんな気分にもなれない。エディーの事が頭から離れない。


「ねえ、デドル」


 庭に茂みに身を隠しながら、隣で周囲を伺っているデドルに小声で話しかける。


「へい」


「あのさ、エディーに会えないかな。少しでいいからさ」


 私の目でエディーの様子を見てみたい。それに、キュービックさんにも謝りたいと思う。


「分かりやした。ただし、あまり時間は掛けれませんよ」


 デドルは、そっと頷くと私を手招きして、進んでいく。

 ひと際大きな離れの前に来ると、そっとその建物を指差す。


「少々お待ちを……」


 離れの木の影に私を残し、素早い身のこなしで、離れの屋根に上るデドル。そのまま、天窓からその姿を消してしまう。


「すごいな……」


 思わず口をついて、デドルの動きに感心する。

 しばらく待っていると、離れの窓が開きデドルが顔を覗かせている。


「さっ、お嬢様。こちらへ」


 周囲をさっと確認したデドルが私を呼んでいる。

 小走りで、窓の側まで来た私をデドルに引き上げてもらう。


「ナタリア様、申し訳ごあいません」


 窓から入ってきた私に待ち構えていたハイドさんが腰を直角に曲げ、頭を下げている。


「今回の件、私の不注意にございます。もっと、気をつけていれば、エディー殿をこの様な目に遭わしてまう事も……」


 申し訳なさと共に悔しさもに滲ませながら、ハイドさんが謝罪する。


「いえ。私の責任よ。それより、エディーは?」


「はっ。こちらへ……」


 沈痛な面持ちのハイドさんにエディーの元へと案内される。

 部屋に入ると、疲れ切った表情のキュービックさんが出迎えてくれる。


「ナタリアちゃんか……」


 笑顔を見せてくれるが、とても弱々しい。


「ごめんさない。いくら謝っても足りないけど、ごめんなさい。エディーに代役を頼んだ私の責任だわ」


 キュービックさんに頭を下げる。


「いや、それは違う。あの時、側に俺もいたのに、気づけなかった。ナタリアちゃんはもちろん、ハイドさんらを責める事など出来んよ」


 キュービックさんは私の肩に手を置き、ゆっくり首を横に振る。


「でも……」


「せっかく来てくれたんだ。エディーに会ってやってくれ」


 私の言葉を遮り、キュービックさんに促される。


「……はい」


 その部屋の奥にあるベッドでエディーは寝かされていた。側で心配そうにニセリアたちが、付いている。彼女らと無言で頷き合い、私はベッドの側にしゃがみ込んで、眠っているエディーの顔を覗き込む。


「エディー……」 


 呼吸が苦しいのか、胸を大きく上下させ、時折辛そうにうめき声を出している。


「時折、目を覚ましますが、ほとんど眠ったままです」


 泣きはらした真っ赤な目でニセリアが教えてくれる。彼女たちにも辛い思いをさせてしまって申し訳ない気持ちで一杯になる。


「エディー。しっかりなさい。私が絶対に助けるから、アンタも頑張りなさい」


 気づけば、私の声は涙声になっている。


「……何、泣いて……るんだ? 姉ちゃん、は……」


 エディーが薄っすらと目を開けて私を見ている。


「エ、エディー!」


「涙、似合わねえ、な」


 苦しそうに話しながらも、笑顔を私に向ける。


「何よ。寝込んでいるエディーだって、似合ってないじゃないの」


 普段の様に、軽口をたたき合う。


「オレは、修行中だ。苦しい、の我慢……する、修行だから」


「こんな時にまで、修行なの?」


 涙で濡れた顔でくしゃっと笑顔を作る。


「オレ、冒険家に、なるから、修行……必要、だろ」


「そうね。エディーは立派な冒険家になるのだものね」


 私は何度も頷き返す。


「心配はいらないわよ。私が絶対に助けるから」


 涙を堪え、決意の籠った目でエディーを見据える。


「心配……なんか、ないよ。姉ちゃんに、任せるよ……」


 そう言うと、エディーは再び瞼を閉じて、眠りに入る。


「ええ。任せなさい」


 力強く頷いた私は手で涙を拭うと、立ち上がり後ろに控えていたキュービックさんとハイドさんへと振り返る。


「絶対にエディーを苦しめている毒を突き止めて、解毒剤を手に入れます」


 拳を握りしめ、皆に告げる。


「その為にも、いろいろ聞きたい事があるわ」


 エディーが倒れた時の状況を再び聞くが、デドルの報告通りである。お茶を口にした途端、苦しみだしたらしい。かなり即効性のある毒物なのだろう。 


「……やはり我が甥がしでかしたのでしょうか?」


 ハイドさんが苦渋に満ちた顔で、呟いた。甥が用意したもので、こんな事になったのだ。それが、二重に彼を追い詰めているのだろう。


「いえ。それはないと思います」


「そ、それは一体?」


 断言する私にハイドさんは首を傾げている。どうやら、ここには、ジバンが牢からいなくなった事が伝わってないようね。


「それより、アイリーというメイドはどこに? 通いの使用人だけども」


 余計、ハイドさんの心労をふやすかもしれないジバンの事は黙っておこうと決めた私は、逆に尋ねる。


「アイリーという者は分かりませんが、通いの者は普段通りに少し前に皆帰らせているかと」


 ハイドさんが答える。

 どうやら、エディーが倒れた事は、混乱を避ける為という理由で、公にしていない。もっとも、ここにいる者以外は、倒れているのはジェイムズだと思っているのだけど。

 アイリーというメイドも帰ったのか。どうしようか。少しでも早く話を聞きたいのだけどもな。一度宿に戻ってジバンにそのメイドの家を知っているか聞いてみよう。


「絶対に助ける方法を見つけてくるから」


 もう一度、眠るエディーに告げると、執政官公邸を後にする。

 表に出ると、すでに陽が落ち始め、辺りは暗さを増してきていた。


「急ぎやしょうか」


 馬車ではなく徒歩の私たちは足を速める。

 執政官公邸から少し離れた所で、急にデドルが立ち止まる。


「デドル?」


「お嬢様、あれを」


 デドルが前方を指差す。

 人が住んでいるかも怪しい崩れかかっている建物が並んでいるその先で、複数の人影が見える。一人を多数の人間で取り囲んでいるようだ。


「た、助けて!」


 取り囲まれている人が掠れた声を上げる。どうやら、女性のようだ。


「デドル!」


「へい」


 すぐに私の声に反応したデドルが、駆けだしていく。

 いくら急いでいるとはいえ、この状況を放っておく訳にもいかない。

 暗がりが広がりつつあり、よくは分からないが、どうやら一人の女性が複数の男たちに襲われているようだ。

 すぐにその女性の元に辿り着いたデドルは、私が駆けてくる間に周囲の男たちを蹴散らしていく。


「……引けっ」


 一人の出した合図に、さっと男たちは引き上げていく。


「大丈夫?」


 座り込んでしまっている女性の顔を覗き込む。


「あ、ありがとうございます」


 余程怖かったのだろう、俯いたまま、ガタガタと体を震わせている。

 暗がりの中で見えるその女性はメイド服を着こんでいる。

 もしかして、この人、執政官公邸のメイドかしら。だったら、アイリーというメイドの事を知っているかもしれない。


「ねえ、あなた、もしかして執政官の公邸で働いている?」


「はい。そうですけど……」


 不安そうに私の顔を見上げる。


「じゃあさ、アイリーって名前のメイド知っているかしら?」


「あ、あの、私がアイリーですけど、あなたは?」


 さらに不安を増した顔となってきている。


「何やら、きな臭いですな」


 デドルの言う通りね。


「聞きたいのだけど、あなた、アトラス家の当主のお茶に何か混ぜなかった?」


「えっ! いえ、その、私……」


 怯えの表情で私を見る。


「お、お許しくださいっ! ダメだと分かっていながら、弟にも飲ませてやりたいと思ってしまって」


 弟にも飲ませてやりたい?


「私の弟、病弱で……。執政官様から滋養に効く薬と伺って、つい出来心で、半分盗ってしましました。本当にごめんなさい」


 泣きながら差し出してきたのは、包みに入った粉薬。

 この子も毒物だと知らずに混入していたのか。そして、出所は執政官。


「アンタは執政官から頼まれてその薬を入れたのかい?」


 そう尋ねるデドルの声は優し気である。


「はい。お側役のハイド様は、薬を飲ませたがらない人だから、誰にも見られずに、こっそり入れるようにと指示を受けました」


 優しいデドルの声に少し安心した様子でアイリーが答える。


「それで、誰にも見られていない事をいい事につい……」


 ジバンを遠ざけ、一人になった所を全部入れる所、半分だけ入れたのか。入れた毒の量が半分だったこともあり、すぐに命を落とさずに済んだのかもね。盗んだ事は、褒められる事ではないが、そこは、この娘に感謝すべきかもね。


「いろいろ見えてきましたな」


 デドルがちらりとさっきの男たちが逃げていった方を見て呟く。

 恐らく執政官のロウテッドは、証人となる可能性のあるこのアイリーも始末するつもりで、さっきの男たちに襲わせたのだろう。


「そうね。それより、これで分かる?」


 アイリーから受け取った粉末の入った包みを手の平に乗せる。


「そうですな。こう見えて毒物には詳しいので」


 何故詳しいかは、聞かないでおこう。


「とにかく、一度宿に帰ってからね」


「へい。それより、この娘、どうしますか?」


 デドルが未だ座り込んで震えているアイリーに視線を向ける。


「一緒に宿に連れて帰るわ。だって、エディーをあんな目に遭わせた愚か者を、追い詰めるのに必要だからね」


 今回の首謀者を放っておく訳にはいかない。

 私はすっかり暗くなった中、怒りに打ち震えていた。


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