表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦うお嬢様!  作者: 和音
84/184

84 混乱

 侵入者もあっさりと捕えられ、大きな騒ぎにならずに落ち着いた。捕えたのが、私であったにもかかわらず、ハゴイタ大会がバレた事で説教をアシリカから受ける事になってしまっていた。

 あの侵入騒ぎさえ無かったら、説教をされる事も無かったのにと思うと腹が立つな。ちなみに、その侵入者だが、何者かに金で雇われたならず者だった。私たちが誰かも知らず、押し入ったようだ。

 説教を受けた後に顔の落書きを落とした私は、ハイドさんに謝っていた。


「驚かせてしまいました。ごめんなさい」


 ジェイムズを巻き込んだ事を謝るようにアシリカから言われたからだ。


「ナタリア様に謝られるなど、恐れ多い事にございます。どうか、頭を上げてください」


 逆にハイドさんに頭を下げられる。


「それに、私は感謝しております。最近のジェイムズ様を見ておりますと、何だかお顔が柔らかくなったといいますか、感情を見せられる事も多くなった気がしまして。私には出来なかった事でした。これも、ナタリア様のお陰と感謝しておるのです」


 そう話すハイドさんの目は、とても優しいものだった。


「そう言って頂けると、私も嬉しいわ」


 確かに少しづつだが、ジェイムズは変わってきている気がする。


「もっとも、想像を超えるナタリア様の行動に気が休まりませんでしたが……」


 そう苦笑するハイドさん。

 ああ、世直しの事か。まあ、ハイドさんからしたら、信じられない行動に見えただろうな。


「ですが、ナタリア様と行動を共にし、変わってきたジェイムズ様を見ていると、考えてしまいます。このまま、人に知られず、どこかで静かに暮らせないかと……」


 優しかった目が辛そうな目へと変わる。


「こんな事を申してはいけないのは分かっております。ですが、本音では、当主の座などより、ジェイムズ様には、お幸せな人生を送って欲しいと思うのです」


「ハイドさん……」


 ハイドさんにとってジェイムズは、仕えるべき主というより、我が子同然という気持ちの方が強いのだろうな。親を失ったジェイムズをずっと守って育ててきたのだからね。そんな彼が、そう考えてしまう気持ちも分からないでもない。


「ハイドさんのジェイムズを想う気持ち、よく分かるわ」


 私は、ジェイムズに立派な当主になって欲しいと願っている。だが、もし彼が他の幸せを望むというなら、それを全力で応援したいとも思う。


「ナタリア様。どうか、ジェイムズ様を導いてやってくださいませ。ご自身が選ばれた道を歩んでいけますよう、導いてやってくださいませ」


 これが、親心というものなのかな。本来、ハイドさんの立場では、決して口にしてはいけない事だ。だが、それでも口にしたという事は、それだけジェイムズの幸せを願っているのに違いない。それと同時に当主と言いながらも、彼の立場が危険で不安定であるという事の裏返しでもある。


「お嬢様、そろそろここを出ませんと」


 ハイドさんと話す私の元に出発を告げにデドルがやってきた。


「ええ。すぐ行くわ」


 デドルに返事をして、もう一度、ハイドさんの顔を見る。


「任せてちょうだい。」


 私は力強く頷く。

 私の言葉に安堵の表情を浮かべ、 深々とハイドさんが頭を下げる。


「じゃ、私たちは先に出発するわね」


「はい。お気をつけて」


 ハイドさんに見送られ、デドルと馬車へと歩いていく。


「お嬢様。お耳にいれておきたい事が」


 歩きながら、デドル話かけてくる。


「何?」


「先ほど、お嬢様方を襲ったのは、囮ですな」


 渋い表情でデドルが告げる。


「囮?」


「へい。本命は別におりました。あの囮の男に攪乱させてから、本命が侵入するという手筈だったみたいですな」


「その本命の方は?」


 まだ残っているなら、大問題だ。


「そこはご心配いりやせん。すでにあっしとキュービック殿で始末済みです。あの囮ならお嬢様に任せておいても問題ないかと思いやして。その間に本命の方を潰しておきやした」


 なるほど。だから、あの騒ぎの時デドルがいなかったのか。そうだよね。よく考えたら、デドルに気付かれずにあそこまで私たちに近づける訳ないもんね。


「アトラス領は目と鼻の先にございます。この先、気を抜かれませんよう」


 デドルからの忠告。その言葉から、私たちに、刺客を送ってきたのが、誰か言わずとも分かる。


「……分かったわ」


 そして、デドルがこんな忠告をしてくるのは、珍しい。こりゃ、相手を考えても気を引き締めていかないとね。


「ですが、あっしも見たかったですな」


「何を?」


「いや、お嬢様の落書きされた顔をでございますよ」


 ニヤニヤと私の顔を見るデドルだった。

 散々説教されたから、もうその話は勘弁して欲しいと思う私だった。



 

 その翌日に、ついにアトラス領に入った。

 領内に入ってからの風景は、荒涼なものへと変わっていっていた。干ばつや疫病、大火に洪水。まるで、災害の見本市の様に次々と苦難に見舞われたアトラス領は深刻な状況であった。

 たまに見かけるそこに暮らしている人々は、生きる気力を失っているのか、誰もが、生気の無い顔であった。

 痩せ細った子供が虚ろな目で座り込んでいる姿を見ると、心が激しく痛む。


「元々、豊かな地ではありませんでしたが、ここまで酷いとは……」


 アシリカも車窓から見える光景に顔を苦痛に歪めている。


「貧民街より、酷いかもデス」


 ソージュの言う通りかもしれない。この地に比べれば、エルカディアの貧民街は、はるかにマシだろう。


「無力さを感じるわね……」


 思わず口をついて出る言葉。

 この馬車と道の脇でたたずんでいる人たちの距離は、すぐそこだ。だが、その人たちのいる場所と馬車の中では、世界が違うと思う程の差がある。

 そして、進んでいく馬車の中の私は何も出来ない。ただ、見つめるだけ。

 そんな領地に初めて足を踏み入れるジェイムズは、じっと窓からその様子を見ている。

 何かを感じているのだろうか? その表情からは、分からない。

 重苦しい気持ちになりながら、アトラス領に入って初めての街へと辿り着く。今日、泊まる事になる宿の前で馬車が止まる。

 本当に営業しているのか、と疑問に思うほど今にも崩れ落ちそうな建物である。しかし、周りを見ると、この宿はまだマシな方だとすぐに気づく。なぜなら、他の建物は、すでに一部が崩れた建物がほとんどだったからだ。

 私たちは、無言のまま、宿へと入る。

 どうやら、ここの宿では食事は出ないらしい。いや、正確に言うと、出せないらしい。食材を用意出来ないというのが理由だが、それは、この地の貧しさを一層強く感じさせられる。

 ニセリアたちはどうするのかアシリカに尋ねると、彼女ら正規の一行はこの街の執政官公邸で宿泊すると教えられる。


「あっしは、ちょっくらあっちに行ってきやす」


 荷解きを終えて、一息ついている私にデドルが告げた。

 キュービックさん、ハイドさんとの明日の旅程の確認だ。デドル一人で、こっそりと執政官公邸に忍び込むらしい。

 そう、こっそり忍び込むのだ。

 それは、このアトラス領はジェイムズが当主ではあるが、同時に敵地同然である事を意味していた。この街の執政官もアトラス家を牛耳るルドバンと繋がっていると考えるのが自然である。


「気をつけてね」


 まあ、デドルの事だから、心配は要らないと思うけどね。それより、ニセリアやエディーたちの方が心配よね。キュービックさんも付いているし、警戒も怠ってないとは思うけど。


「姉様……」


 デドルを見送った私にジェイムズが話しかけてきた。


「エディー君らは、大丈夫なのでしょうか?」


 どうやら、ジェイムズもあちらを気にしているみたいだ。


「そうね。確かに心配だけど、あっちも気をつけているはずよ」


 自分にも言い聞かせる様にジェイムズに笑顔を見せる。


「それよりさ、初めて自分の所領を見てどうだった?」


 アトラス領に入ってから、熱心にジェイムズは、窓からその様子を眺めていた。

 苦難に満ちた領民を見て、何も感じないかもと不安を抱いていたが、どうだったのだろうか。


「……辛かったです。どう表していいのか分からない気持ちになりました」


 ほう。やはり最近のジェイムズは変わってきている。


「でも、同時に自信もありません。僕では、この状況を救えるとは思えません」


 俯くジェイムズは小刻みに震えている。

 そう思ってしまうのも無理はないか。それほどにこのアトラス領の惨状は酷い。そして、ジェイムズはまだ十歳。不安になり、自信を持てないのも頷ける。


「ならば、いっその事、このままルドバンにすべてを譲る?」


 自分でも、意地悪な質問だと思う。でも、ジェイムズにその気が無ければ、このアトラス領の民にとっても不幸である。


「……分かりません」


 ジェイムズが力なく首を横に振る。


「まあ、まだ少し時間があるわ。よく考えなさい」


 わずか十歳で判断をするには、酷な事であるのは分かっている。でも、それをしなければならない立場でもあるのだ。そこからだけは、逃げられない。

 アトラス領に中心であるガイザの街までまだ少しかかる。


「ガイザに着くまでまだ少しかかるわ。この旅に出た直後に言ったよね。自分の目で見て、自分の耳で聞いて自分で考えなさいって。あの頃に比べて、あなたは格段に成長しているわ。今のジェイムズなら、それが出来るはずよ」


 道中での事を思い返して、考えればいい。


「もし、どうしようもなく訳が分からなくなったら……」


 ジェイムズの顔を覗き込む。


「ハゴイタ大会の時の私の落書きされた顔を思い出しなさい。気が紛れるかもよ」


 そう言って、ウインクしてみせる。


「……はい」


 深刻な顔をしていたジェイムズの顔に少しだけ笑みが戻っていた。




 それは、突然だった。そして、私の心をかき乱すには十分過ぎた。

 始まりは、慌てた様子で執政官公邸から帰ってきたデドルの言葉。


「エディーが倒れやした」


「……え?」


 デドルの報告に目の前が真っ暗になる。


「公邸に着いて、出された茶を飲んだ直後に胸を押さえて、苦しみ出したとの事です」


 デドルの顔は苦痛に歪んでいる。


「それって、まさか……」


 アシリカも青い顔になっている。


「間違いありやせん。毒の類だと思われます……」


 そう言って、デドルは唇を噛みしめる。


「エディーは無事なの? 命に別状は無いわよね?」


 縋る様にデドルの肩を掴んで尋ねる。デドルの肩を持つ私の手が小刻みに震えているのが、見える。


「へい。今の所は。ですが、このままですと……」


「こ、このままだと……」


 私は、手だけではなく、声も震えていた。


「……毒が全身に回って、命を落とす事になりましょう」


 全身の力が抜ける。


「お嬢様!」


 崩れ落ちる私をアシリカとソージュが支えてくれる。


「私のせいだ。私が、今回の事をエディーに頼んだから……」


 これは、私が招いた事だ。今までが順調だった事もあり、危険であると分かっていながら、どこか慢心があった。

 エディーを死なす訳にはいかない。

 ならば、どうする? 

 私はどうすればいい? 

 何から始めれがいい?

 答えは出てこない。考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。


「私のせいだ。私のせいだ」


 いくら考えても、口からは自責の言葉しか出てこない。


「お嬢様。落ち着かれませ」


 私の両頬に手を添えて、アシリカが真っすぐに私の目を覗き込んでいる。


「お気持ちは痛いほど理解できます。ですが、今はご自分を責める時ではございません」


 アシリカの静かだが、力強い口調が私に刺さる。


「今は、エディーを助ける事を考えるデス」


 ソージュも私の肩に手を掛けて、じっと見つめてくる。


「……そうね。そうよね」


 私は頷く。

 後悔や反省は後からでいい。そして、落ち着こう。今は、エディーを救う方法を考えよう。


「何の毒か分かれば、何とかなるのかしら? 執政官の公邸よね。誰がそのお茶を準備して出したか、分かっているのでしょう?」


 デドルに尋ねる。


「確かに毒の種類が分かれば解毒の方法も分かる可能性もありやす。それと、今回のあちらの一行の迎え入れの準備をした者ですが……」


 言いにくそうなデドル。


「ジルバいう官吏です。彼は……、ハイド殿の甥にあたる者です」 


 ハイドさんの甥っ子……。


「今、そのジルバはどこに?」


「捕えられて、牢に入れられております」


 そうなるのも仕方ないか。でも、仮にそのジルバがやったにしては、あまりに稚拙過ぎる。だって、すぐに、自分の犯行だってバレるじゃないか。それを覚悟の上でという考え方も出来るが、その上でジェイムズの命を狙うなら毒殺より、もっと直接的な方法を取るはずだと思う。


「そのジルバから話を聞きたいわね」


 もし、何らかの方法で濡れ衣を着せられているなら状況を聞きたいし、もし本当にそのジルバが犯人なら力づくでも口を割らせる。


「ここに連れてこれる?」


 今回は多少強引に進めても構わない。


「へい。お嬢様のご命令であれば……」


 デドルは一礼すると、部屋から勢いよく飛び出していく。


「エディー、絶対に私が助けてあげるから」


 私は祈る様な気持ちで、デドルが出ていった扉を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ