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戦うお嬢様!  作者: 和音
80/184

80 私は信じる

「元気……なようだね」


「クレアも……」


 しばらく見つめ合った後、二人からやっと出てきた言葉である。

 私たちもだが、クレアと呼ばれた少女の仲間も戸惑いを感じているらしい。馬に跨ったまま、二人を注視している。


「クレア、盗賊に?」


 ソージュの問いかけに馬上の少女は何も答えず、再び下ろしていた覆面を上げる。


「……引き上げる」


 そう言うと、馬を返して駆けていく。残りの者たちも何も言わずにそれに続いて走り去っていく。


「クレアッ!」


 ソージュのものとは思えない程の大きな彼女の声が響く。

 だが、その声は、馬のひずめの音に空しくかき消されるだけだった。

 辺りに再び静寂が訪れる。


「……ソージュ」


 呆然と一団が走り去った暗闇を見ているソージュの肩に手を置く。


「お嬢サマ」


 私を見上げるソージュ。しかし、走り去った一団が気になるのか、再び暗闇に視線を向ける。


「とにかく、馬車の中へ」


 私はソージュの肩を抱きながら、馬車へと乗り込む。


「さあ、座って」


 馬車の中へと入り、ソージュを座らせる。


「盗賊、デスカ?」


 誰にともなく、ソージュが尋ねる。


「まあ、おそらくはね」


 言いづらいが、嘘を付いて誤魔化せるような状況でもなかった。

 どんな知り合いかは、分からないが今のソージュの反応から考えるに、あのクレアという少女とは、親しかったに違いない。そんな旧知の人物が盗賊だったのだ。ショックもあるだろう。


「クレアは……、さっきの人は、昔、貧民街にいた時、お世話になった人デス。彼女には、生きていく為に必要な事、たくさん教わりマシタ」


 ソージュは、彼女との出会い、生きる知恵や護身術を学んだ事、二人で生活を共にしていた事、そして、突然の別れまでをゆっくりと話してくれた。途中、何度か辛い思い出もあったせいか、言葉に詰まるが顔を曇らせながらも最後まで話す。


「そう。ソージュにとっては、大切な恩人なのね」


 私の言葉にコクリとソージュは頷く。


「あのクレアが盗賊なんて信じられマセン」


 訴える様な目でソージュは私を見上げる。

 私は返答に窮する。

 ソージュの気持ちは分かる。でも、実際にクレアが取っていた行動は盗賊そのものであった。それは、紛れもない事実である。


「ソージュ。意外な場所で意外な再会をしたのです。動揺もあるのでしょう。もちろん、あなたの気持ちも分かります。でも、今は冷静に……」


 アシリカが、私の代わりにソージュを宥める。


「私、冷静!」


 珍しく、ソージュが感情を露わにして反論する。そんな彼女にアシリカも困惑の表情を浮かべる。


「ソージュちゃん……」


 唇を噛みしめるソージュを落ち着かせようとするシルビアの声も耳に入っていないようだ。

 それほど、ソージュは、クレアに思い入れがあるのか。


「着きやしたよ」


 気まずい空気にに包まれた馬車の車内にデドルが告げる。


「とにかくっ!」


 私は大きめの声を出す。


「今日は、皆疲れているわ。とにかく休みましょう。ねっ」


 私はそう言うのが、精一杯な雰囲気だった。

 馬車から降りて、今日泊まる宿の前に立つ。

 今の重い空気に合うような、古びた宿である。いや、宿だけではない。街全体が寂れているように感じる。まだ夜遅くという訳ではないのに、人影は見当たらず、朽ちて今にも崩れ落ちそうな建物もいくつかある。


「アトラス領まで五日ほどですが、すでにこの辺りも天災の影響を受けておるのです。この辺りも農作物の不作が続き、貧しくなる一方です」


 街の雰囲気に目を見張っていた私にデドルが教えてくれた。

 そうか。アトラス領だけでなくその周辺でも天災の影響を受けているのか。なるほど、貧しさに耐え兼ね、盗賊などに手を染める者が出ても不思議ではないな。


「お嬢様、このような宿ですが、我慢してくださいませ」


 アシリカが申し訳なさそうに謝っている。私に営業しているとは思えない様な宿に泊まらすのが、忍びないのだろう。


「いいえ。大丈夫よ。気にする事無いわ」


 そうだ。この街の様子だと、食べる事もままならない人も多くいるはずだ。たった一晩の宿に贅沢は言ってられない。


「ニセリアたちは、大丈夫なの?」


 街がこんな有様だ。貴族が泊まれるような宿があるとは思えない。


「近くにスパがありまして。彼女らは、そこに泊まっております」


 さらに申し訳なさそうな顔になるアシリカである。

 スパって、温泉? それは、羨ましい。いや、この街を見て贅沢を言ってはいけないのは、分かっているが羨ましいものは羨ましい。私たちが、盗賊に襲われかけていた時にニセリアたちは、のんびり温泉ですか。何か複雑だ。


「そ、そう……」


 そう答えた私の目にソージュが映る。一人、黙々と荷物を馬車から運び出している。まるで、無心になる為に何か作業をしている様に見える。

 そんな彼女に私は何と声を掛けていいか、分からなかった。




 翌朝、早くの事である。

 衝撃の報告が私たちにもたらされた。ニセリアたちの宿泊していたスパが襲撃を受けたのだ。幸いにも怪我人も無く、皆無事だそうだ。


「馬に乗った者たちが、夜遅くに乗り込んできた」


 報告にきたキュービックさんの顔にも疲労の色が伺える。


「馬に乗った……」


 ソージュが呟く。

 おそらく、彼女も私と同じ事を考えているに違いない。いや、私やソージュだけではないだろう。アシリカやデドルたちも同じ事を考えているはずだ。

 馬に乗り襲撃してきた。もしかしたら、昨日、夜道で私たちを襲ったクレアというソージュの恩人ではないか。

 キュービックさんの報告に、私たちは、眉間に皺を寄せ聞いていた。


「その者たちは、どこの者が分かりますか?」


 アシリカが尋ねる。


「いえ。背後関係は分かりません。ただ、一人逃げ遅れた者いたのですが、その者は捕えられました」


 キュービックさんの説明によると、どうやら落馬した別の賊に馬を譲り、逃がした所を捕えられたらしい。


「今は、警備兵の元に連行されたのですが、その者に尋ねても口を一切開かないそうです。その賊は女でしたが、自分を犠牲にして仲間を助け、そして、決して口を割らない。なかなかのものですな」


 賊ながら、大したもんだと褒めるキュービックさん。


「名前、分かりマスカ?」


 ソージュが立ち上がる。


「そう言えば、馬を譲られた仲間からクレアと呼ばれていたな」


 キュービックさんの返事にソージュは表情を曇らせる。

 やはり、昨日の一団が、あの後ニセリアたちの宿を襲ったのか。


「お嬢サマ……」


 今にも泣きそうな顔で、ソージュは私を見上げる。


「クレア、絶対悪い事しない。何か事情があるはずデス」


 うーん。ソージュの気持ちは痛い程分かる。

 だが、いくら街が貧しくとも、他にどんな事情があれ、罪は罪だ。昨夜、私たちを襲い、さらにニセリアたちの宿を襲撃したのだ。それは、何を言っても事実だ。


「キュービックさん。その捕えられた彼女はどうなりますか?」


 私の質問にキュービックさんは、ソージュの顔をちらりと見て、言いづらそうな顔になる。


「……死罪、と聞いています」


 目を私から逸らし、答える。


「死罪……」


 ソージュが呆然となっている。


「ただ、解せんのが、いくら何でも早すぎる。碌に調べもせずに、今日の昼に執行とは、ちとおかしい気も……。それに、襲撃と言っても馬で強引に宿に押し入ったのみ。被害らしい被害はありません。犯した罪に比べて、罰が重い気もしますな」


 どうも、キュービックさんは、事後処理に不審感を抱いているようだ。言われてみれば、そうかもしれない。


「いや、可能性はゼロではありやせんな。事実はどうであれ、知らぬ多くの者は、サンバルト公爵家の令嬢、しかも王太子殿下の婚約者の泊まる宿を襲撃したのです。この街の責任者からしたら、罰を重くし、さっさと処理しようとするのも不思議とは言い切れやせん」


 デドルは、一概におかしいとは言えないという認識か。それも一理ある気がする。


「そんな事、関係無いッ!」


 ソージュが叫ぶ。その顔は、蒼白となっている。

 そうよね、ソージュからしたら、恩人だもの。政治的な都合とか、罰の重い軽いとか関係ないだろうな。あるのは、ただ一つ。その恩人が死罪になるという事。


「ソージュ。落ち着いて……」


 珍しく、アシリカがおろおろとしている。無理もないか。こんなソージュ、初めてだもんね。


「お嬢サマ。クレア、悪いはず無い。死罪、オカシイ」


 必死で、私に訴えかけてくるソージュ。


「お願いデス。クレアを助けて……。人を苦しめる様な人じゃ、ナイ」


 ついに、その場にしゃがみ込んで、ソージュは頭を抱え込む。


「ソージュ……」


 私はどうすればいい? クレアが罪を犯したのは事実。罰を受けるのも当然だ。だが、ソージュの気持ちも理解出来る。

 どうする? 私の信念に照らし合わせて考えてみる。


「……ソージュはクレアを信じているのね?」


 私の顔を見上げて、ソージュは頷く。


「なら、私はソージュを信じる」


 そうよね。私はソージュを信じる。アシリカやデドル、私を支えてくれている人たちを信じる。例え、誰を敵にしてもね。


「本当に?」


 ソージュが小さく呟く。


「本当よ。まさか、ソージュは私を信じていないの?」


 ソージュは、ぶんぶんと顔を横に振る。

 そんなソージュに私は、微笑み返す。


「では、どうしますか? 昼には刑の執行です。急がないと……」


 アシリカがソージュの肩を抱いて立ち上がらせながら、聞いてくる。


「簡単よ。今からクレアを取り返しに行きます」


「どうやってですかい?」


 デドルが急に生き生きとしてきたな。


「時間も無いのよね。だったら、力尽くね」


 話し合っても無駄だろうしね。


「力尽くって、正気ですか?」


 黙っていたジェイムズが驚きの声を上げる。


「無茶苦茶過ぎます。皆さん、止めないのですか?」


 顔をきょろきょろとさせながら、ジェイムズは焦りの顔を見せる。


「ジェイムズ様。私もソージュを信じます。それに、お嬢様の事も」


 アシリカがソージュと私の顔を見て、答える。デドルもアシリカの言葉に同意するかのように頷いている。


「ジェイムズ様。これでこそ、お姉さまですわ。何を言っても止めれませんわよ」


 唖然としているジェイムズの肩にシルビアが手を置く。


「キュービックさん。クレアが捕えられている場所に案内してくれますか?」


「はい。もちろんです。お任せを」


 キュービックさんは、満足そうに力強く頷いた。




 周囲を木の柵で囲まれている小さな建物。街の外れにあり、人影も無い。キュービックさんの案内で辿りついたのは、街の刑場。刑場と聞くだけで、ちょっと薄気味悪く感じる。

 それにしても、随分とせっかちに刑を執行しようとしているようだ。もう刑場に連れてくるとはね。今は、刑場の一画にある小屋で刑の執行準備を待っているみたいだ。

 キュービックさんには、サンバルト家からの見届けの使者として、刑場の中に入ってもらっている。ニセリアたちに同行し、顔も知られているので、あっさりと中に入れたようだ。

 一方、私たちは、刑場から少し離れた場所に馬車を止めている。


「本当にお嬢様自ら行かれるので?」


 アシリカが不安げな様子で私を見ている。


「ええ。大丈夫よ。ソージュも一緒だし。それより、アシリカは、ちゃんと火球を打ち込んでよ」


 マツカゼに跨り、アシリカに答える。私の前で、ソージュは任せろとばかりに頷いている。

 クレアを刑場から助け出すには、馬車で行くよりも、小回りの利く単騎で行った方がいいに違いない。

 マツカゼほどの大きく優秀な馬なら、小柄な私とソージュ、それにもう一人くらい乗せても並みの馬では追いつけないはずだ。


「それは、間違いなくお嬢様に言われた通りにしますが……」


 なおも心配そうなアシリカだが、私の作戦を聞き入れてくれる。

 私の作戦は、クレアが刑場に連れ出されると同時に、マツカゼで突っ込む。アシリカには、それを援護の為と柵を破壊する為に魔術を放ってもらう。デドルらは、馬車で待機である。クレアを助け出した後、合流する予定である。

 

「お嬢様、これを……」


 デドルから手渡された小袋に入っていたのは、紙に包まれた細い筒状の物。これは、トルスが持っていたヤツだ。投げたら、白煙を出す、私が欲しかった小道具だ。デドルも持っていたんだ。だったら、もっと早くにくれれば良かったのに。


「数は三十ほどあります。余ったら、ちゃんと返してくださいよ」


「わ、分かったわよ」


 デドルは、私が持っていると碌な事がないと言わんばかりの目だね。ま、仕方ないか。これで、一度大失敗してるもんな。

 さあ、後はクレアが出てくるのを待つだけだ。


「じゃあ、みんな、準備はいいわね」


 ジェイムズを除いて、皆が大きく頷く。


「ジェイムズ、返事は?」


「……本当にいいのですか、このような真似をしても。何を言っても罪人は罪人ではありませんか?」


 ソージュの様子を気にしつつも、ジェイムズは疑問を口にする。

 うん、確かにジェイムズのいう事は間違っていない。こればかりは、否定できない。


「そうかもしれないわね。でもね、私はソージュを信じているから。それにね、クレアって子、私も悪人とは思えないのよね」


 ソージュがここまで拘る人という事はもちろん、仲間を助けて捕まった事もあるのだ。それに、宿には被害を出していない。

 何人も悪人を見てきたが、彼女からは、悪人特有の匂いを感じないのだ。

 だからこそ、キュービックさんもこの計画に反対しなかったのだろう。


「万が一の時は私が全責任を負うからさ。まあ、見てなさい。もしかしたら、意外な事実が見えるかもよ?」


 確信はないが、今までもあった事だ。今回の件、どこかに私の知らない真実が隠れているかもしれない。


「お嬢サマ」


 ソージュの張り詰めた声。

 刑場を見ると、後ろ手に縄を打たれたクレアが連れ出されてきている。


「じゃあ、行きますか」


 私は、マツカゼを刑場に向かって走らせ始めた。


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