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戦うお嬢様!  作者: 和音
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76 繋がり

「あの、ナタリア様、一体どうされるおつもりですか?」


 無事にイザベルの父親であるマルムさんに雇ってもらい、宿へと帰ってきていた。一緒に付いてきたイザベルは、おろおろとしている。


「どうするって、あの状況を見て私がああそうですかって、放っておくと思う?」


「まあ、お嬢様なら致し方ない行動だと思いますよ」


 アシリカが困惑が続いているイザベルを慰める様に言う。


「お嬢サマ、やっぱりお土産付きで帰ってきまシタ」


 ソージュもいつもの事だと言わんばかりの反応である。


「まあ、またお姉さまの雄姿が見れますのね」


 シルビア、褒めてくれていると思うけど、女性に雄姿ってのはちょっとね。


「まあ、話を伺いやしたが、やはりきな臭いですな」


 おっ。デドルだけは、まともね。


「こんな話、うちのお嬢様が放っておく訳ありませんな」


 デドルがニヤリと笑う。

 ねえ、やっぱりデドルも、そこに行きつくのね。


「あの……、いいですか?」


 そんな私たちに、珍しくジェイムズが自ら発言した。


「皆さんの言っておられる事がよく理解できません。そんな小さな事など、放っておいてもいいのではありませんか? ナタリア様が口を挟むような事ではないかと……」


「ジェイムズ。姉様よ」


 私への呼称を訂正する。


「それとね、力を持つ者にとっては、小さな事でもそれによって苦しむ人もいるのよ」


 首を傾げ訳が分からないという顔をしたジェイムズの前にしゃがみこみ、目線を合わせる。


「それは決して忘れてはいけない事よ。よく覚えておきなさい」


「……はい、姉様」


 気の抜けた返事を返すジェイムズ。その感情の無い様な目で私をじっと見ている。私の言った事を明らかに理解していないだろう。

 いるか、彼に私の真意が伝わるだろうか。


「で、お嬢様。どうするおつもりですかい?」


 デドルが仕切り直しとばかりに尋ねてきた。


「そうね……」


 私はジェイムズから視線を外し、立ち上がり考え込む。

 執政官のローデスと商人のリンカーが結び付いて、己らの思いのままに織物産業を牛耳ろうとしているのは間違いないだろう。

 だが、現時点では、何も証拠が無い。今、彼らを問い詰めても、粗悪品対策だと言い張るに違いない。そして、それは一理ある事でもある。今の状況では、なかなか追い詰める事は難しい。


「まずは、ローデスとリンカーの癒着している証拠が欲しいわね」


「ですが、どうやって?」


 イザベルが心配そうに尋ねてくる。

 うーん。どうしようかしらね。


「ま、何とかなるでしょ。それにさ、私、イザベルの家に雇われたわよね」


 マルムさんには、イザベルの友達という事もあり、明日から働かせてもらえる事になっていた。

 遠慮がちに、イザベルが頷く。


「何か、取っ掛かりが見つかるかもしれないしね。ま、いざとなったら……」


「まさか、お嬢様……」


 アシリカが不安そうに私を見ている。


「回りくどいやり方は好きじゃないしね。突撃あるのみよ」


 やっぱりといった感じで、アシリカがため息をこぼす。


「ま、そうは言っても、いきなりは無理でしょうね。とりあえず、明日はマルムさんの所に行くわ」


 マルムさんからももっと詳しい状況を聞く必要もあるしね。


「ですが、私たちだけがここに残るのも……」


 アシリカが弱り顔で考え込む。

 そうね。ニセリアたちのいる正規の一行だけを先に行かせるのもね。


「そこは、私が体調を崩したとでもしておけばいいわ。少しこの街を出るのを先延ばしにしなさい。ハイドさんにもその様に伝えておいてちょうだい」


 それでも、ここに長くは滞在出来ない。早い所、この問題を解決しなきゃならないわね。

 私は夕暮れに染まるイートンの街を宿の窓から眺めながら、考えていた。




 翌日、朝からイザベルの父親が主であるマルム商店に向かう。

 私は、まだ見習い。たいした事を任される訳もなく、店を手伝っているイザベルのそのまた手伝いといったところである。

 イザベルは、魔法学園を退学し、実家であるここに帰ってきてから店を手伝っているらしい。


「タリアちゃん、次、こっちの伝票を整理しておいてね」


 事務仕事を取り仕切っているのは、マルムさんの奥さん。つまりは、イザベルの母親だ。今日初めて会ったが、肝っ玉母さんを絵に描いた様な人だ。名前は、ティンカーさん。


「はい。分かりました」


「タリアちゃんって頼もしいわねえ。任せていて安心だわ」


 何故かすっかりティンカーさんに気に入られている。悪い気はしない。


「はいっ。任せてくださいっ!」


 元気に返事する私。

 ……あれ? 何か目的を見失っている気がする。だって、朝にいきなりお給金の話をされたからさ。一日銀貨一枚だよ。デドルに鉄貨五枚で庭師のバイトをしていた私が一日で、銀貨一枚だよ。思わず舞い上がっちゃったよ。

 思わず、このままここで働き続けたくなってしまう思いを何とか抑え、当初の目的を思い出す。

 でも、切っ掛けがないなぁ。いきなり、働き始めて初日の私が口に出すのも変だしなぁ。

 

「……帰ったよ」


 どういたものかと思案していると、疲れ切った顔でマルムさんが姿を見せた。朝から見かけなかったが、どこに行っていたのかしら。


「駄目だね。やっぱり、リンカーさんはまったく私の話を聞く耳を持っていない」


 椅子に腰かけながらマルムさんは、首を横に振る。

 朝からリンカーさんの所に行っていたのか。


「そうかい……」


 ティンカーさんも表情が暗くなる。イザベルもそんな両親を不安げな面持ちとなり、見つめていた。


「いくら粗悪品の流通を防ぐ為とはいえ、あのやり方じゃイートンの織物の未来は無くなってしまう。何とかしなければ……」


 マルムさんもあのローデスらのやり方では、イートンに織物産業の将来が駄目になると思っているのか。


「ねえ、アンタ。今あの王太子殿下の婚約者だというサンバルト家のナタリア様がイートンに来ているそうよ。何とかしてもらえないかねぇ」


 ティンカーさんが肩を落として項垂れるマルムさんを心配そうに見ている。


「ナタリア様か……。でも、あまりいい噂を聞かないなぁ」


 うう。またもやそれですか? しかも久々に直接聞くと、堪えるな。


「それに、王太子殿下に嫁ぐような方がこんな事を聞いてくれるとは……」


 聞くよ。いくらでも聞くよ。って、すでに聞いてるから。だから、そんな噂の事は……。


「父さん!」


 隣のイザベルが突然立ち上がる。


「ナタリア様はとても立派な方よ。世間で言われている様な我儘で傲慢な方じゃないわ!」


 ありがとう、イザベル! 涙が出てきそうだよ。


「ど、どうしたんだい、急に……」


 イザベルの豹変に彼女の両親は唖然となっている。


「い、いえ、その……」


 イザベルはちらりと私を見て、椅子に座る。

 気にしないでいいよ。あなたのその気持ち、とても嬉しいわよ。あとは、この私に任せなさい。 


「あの、よろしいですか?」


 イザベルに代わって、次は私が立ち上がる。


「私、王都に長くいたので、少しサンバルト家の方に知り合いがいまして。丁度、その方も今イートンにもおられるので、お会いする手筈を整えられますが」


「え? タリアちゃんが?」


「はい。私も昨日たまたま話を聞いてしまいましたが、改めて詳しく聞かせてもらえませんか?」


 私は、満面の笑みでイザベルの両親を見つめた。


 


 ナタリアとジェイムズの一行にまずは連絡を取ってみると称して、一旦宿へと帰ってきた。イザベルも一緒である。


「でしたら、今からハイドさんに知らせましょうか?」


 事情を聞いたアシリカが聞いてくる。


「いいえ。先に行く所があるわ。リンカーの所よ。奴とローデスとの癒着の確固たる証拠が欲しいわ」


 今のところ二人の癒着は、状況的に考えてでしかない。


「簡単に見つかるでしょうか?」


 そうよね。問題はそこよね。簡単に証拠が見つかるとも思えないもんな。何か分かりやすい証拠はないかしらね。


「イザベルさん。少し聞きたいんですがね」


 黙って聞いていたデドルがおもむろに口を開く。


「何でしょうか?」


「このような粗悪品が流通し始めた時期は?」


 いつの間に手に入れたのか、デドルの手には織物の生地がある。マルムさんの店の倉庫で見たものと比べると、編まれた目も粗く所々にほつれもある。色目もどこかくすんでいるように見える。 


「私が魔法学園から帰ってくる半年ほど前だと聞きましたが」


「なら、あの執政官がこのイートンに着任したのは?」


 それが何の関係があるのかしら?


「それも、同じくらいではなかったかしら。確か、サキロスという所から来たという事くらししか知りませんが……」


 申し訳なさそうにイザベルが答える。


「なるほど。でしたら、シルビア様。申し訳ありやせんが、よろしいですかい?」


 デドルは、持っていた織物をシルビアの前に差し出す。


「分かりましたわ」


 デドルの意図を察したとばかりに頷いたシルビアは、そっとその手を織物に添える。


「どうやら、これは、イートンで作られたものではありませんわね。もっと南、サキロスという街で作られたそうですわ」


 おおっ。久々に見たよ。シルビアの能力。でも、これ織物よ。シルビアは草木や花からだけしか、会話できないんじゃ……。


「織物の原材料の亜麻も植物。もしやと思いやしたが、うまくいきましたな」


 そっか。織物じゃなくて、その原材料の草木にシルビアは聞いたのか。デドル、やるわね。


「お嬢様、繋がってきましたね」


 黙って聞いていたアシリカが眉間に皺を寄せている。


「え?」


 ごめん。繋がったって何が?


「お嬢様……」


 眉間の皺が無くなり、呆れ顔に変わるアシリカがため息を吐く。


「いいですかい。ローデスの前任地は、サキロス。粗悪品が出回りだしたのは、ローデスが来てから。そして、その粗悪品の織物はサキロス産。つまり……」


 デドルが説明してくれる。


「繋がったじゃないの!」


「だから、そう申し上げているではありませんか」


 アシリカがもう一度大きくため息を吐く。


「細かい事は言わないの、アシリカ。これで、ローデスらを追い詰められるじゃないの」


 いやあ、これで一気に方が付くわね。


「いや、無理ですな」


 私の喜びにデドルが水を差す。


「残念ながら、シルビア様の能力は証拠になりません」


 そうなの? 

 シルビアの方を見ると、申し訳なさそうに頷く。


「うーん……」


 ならば、明確な証拠は無いままじゃないか。せっかくここまで分かったのに、悔しいな。

 ん? でも、ここまで分かったら、逆に交渉材料になるんじゃない? ミズールでもやった相手の懐に飛び込もう作戦だ。ちまちまするより私の性にあっているしね。


「アシリカ。今晩、ローデスとリンカーを呼ぶようにハイドさんに伝えなさい」


「かしこまりました。ですが、お嬢様は?」


 頷きながら、不安げな視線をアシリカが私に向ける。


「私は、リンカーに会いに行きます」


 突撃あるのみ、だ。


「ならば、私もお供を――」


 私が何を言うか予想していたと思われるアシリカの言葉を手で遮る。


「いいえ。その必要はないわ」


 そう言う私の視界に、部屋の隅で我関せずといった感じで窓から外を眺めているジェイムズが入る。


「ジェイムズ。あなたが付いてきなさい」


「え?」


 突然自分の名前が出てきたジェイムズが、目を丸くして振り返る。


「さっ。すぐに行くわよ」


 立ち上がって、ジェイムズを急かす。


「あの、姉様。どうして僕が……?」


 ジェイムズは顔を引きつらせながら、尋ねてきた。


「言ったでしょ。私のやる事を見てなさいって」


 私はにやりと笑って、ジェイムズを見下ろしていた。




「これでも、忙しくてね。手短に頼むよ」


 リンカーに店に来て、半ば無理やりにリンカーと会う事が出来た。


「決してリンカーさんにとっても悪い話では、ありませんよ」


 不敵な笑みを浮かべて、ブツブツと文句を言いながらやってきたリンカーを出迎える。


「ふん。お前さんは、マルムの所のモンだろ。何を言っても無駄だぞ。あの話は何があっても進めるつもりだ」


 面倒臭そうに顔を顰めたまま、リンカーは、私を見る。


「もちろん。進めてください。それと一つ訂正させてください。私は、マルムさんの所の者ではありません」


「どういう事だ?」


 リンカーはここで、初めて私に興味を示した目をする。


「実は、私、王都で小麦の卸しを営んでいるパドルス商会という商家の娘でして」


 話が見えないとばかりにリンカーの眉間の皺が深くなる。


「父の仕事を手伝っているのですが、新たに扱う商材を探していました。私が目を付けたのが、このイートンの織物です」


「……ほう」


 リンカーが少し身を乗り出す。利があるかもと踏んだようだ。


「当方としましては、少しでも安く大量に仕入れが出来るのなら、交渉相手は誰でも構わないのです。ですが、今のイートンの織物を扱う方々は意見の相違があるようで、そこに不安を感じていまして」


「意見の相違か。ま、確かにあるがな。だが、執政官のローデス様もこちらの案に賛成しておられる。決まるのは時間の問題だ」


 マルムさんの事を思い出したのか、忌々しそうに腕を組む。


「ですが、大丈夫ですか。あちらは、今この街を訪れておられるサンバルト公爵家のご令嬢を頼るようですよ。どうやらサンバルト家に伝手があるようで」


「何? それは本当か!?」


 リンカーは今までで一番声を張り上げる。

 それに私は無言で頷く。


「まずいな。サンバルト家の令嬢はともかくとして、サンバルト家自体が口を挟んでくるとなると……」


 私の方はともかく扱いなんだ。

 顎に手をやり、悩まし気に思案するリンカーを張り倒したい衝動にかられるね。


「とにかくローデス様に相談だな」


 リンカーは一人頷くと、私の存在を忘れているのか、椅子から立ち上がる。


「お待ちください」


 ここで置いて行かれたらここまで来た意味がない。


「私もローデス様にお会いさせてもらえませんんか?」


「ローデス様に?」


 訝し気にリンカーは私を見る。


「ええ。せっかくこの情報をお教えしたのですよ。それに、今後も取引をするのならば、是非とも顔見知りになっていたいお方ですから」


 私は、悪役顔でにやりと笑みを浮かべるのを見て、隣のジェームズがゴクリと生唾を飲み込んで唖然となっていた。


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