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戦うお嬢様!  作者: 和音
73/184

73 王都の中心で愛を叫ぶ

 夏の終わりが見え始めた頃。

 屋敷でエネル先生の講義の真っ最中である。


「はぁ……」


 だが、今日のエネル先生は初っ端からため息のオンパレードだ。

 一緒に講義を受けるアシリカ、ソージュと顔を見合わせる。それぞれが、エネル先生のため息の原因を聞いてと目で訴えあっている。

 まあ、この感じ、前もあったけどね。仕方ない。私が聞くか。


「先生。どうしたの? カレンさんと何かあった?」


 私の言葉に、どんよりした空気を漂わせていたエネル先生の顔がぱっと明るくなる。まるで、聞かれるのを待っていたようである。


「いえね。何もないのです」


 何もないのに、悩んでいるの? 


「どういう事?」


 ただの惚気話なら、聞かないわよ。


「あの、お嬢様。お嬢様は僕の恋愛の先生ですよね?」


 学問の師は自分、恋愛の師は私。そう言えば、そんな事言っていたな。


「何があったのよ?」


 それにしても、メンドクサイ人だな。


「カレンさんの家でご馳走を頂く。僕がカレンさんに勉強を教える。たまに出かけた時は、本屋巡りです」


「そうなんだ」


 けっこううまくいってるのね。知らず知らずのうちに眉間に皺が寄ってきているのは、気のせいじゃない。


「はい。ですが、それは、お付き合いしていると言っていいのでしょうか? カレンさんを恋人と呼んでいいのでしょうか?」


 うーん。これは難しい。ご飯をご馳走になって、勉強して、出掛けるのは本屋。確かに、恋人と呼んでいいのか? いや、そもそも恋人同士という定義はどんなものなの?


「あの、例えば出掛ける時に手を繋ぐとかは?」


 アシリカがたまらずといった感じでエネル先生に尋ねる。うん、なかなかいい質問だね。

 それにエネル先生は首を横に振る。


「好きとか言葉にした事あるの?」


 私に問いにも首を横に振る。


「それ、仲のいい友達デスカ?」


 ソージュ、駄目よ。今私たちが思っているけど敢えて口に出さないでいる事なんだからさ。

 ほら、エネル先生、顔を青くして黙り込んじゃったじゃないの。これは、講義どころじゃないわね。いえ、決してラッキーとか思ってないよ。


「で、ですね、お嬢様に相談です。本当のところ、カレンさんは僕の事、どう思っているのでしょうか?」


 自分で聞いてみてよ、と思う私もいるが、エネル先生の性格を考えるとそれは無理だろうな。


「お願いしますよ。他に相談出来る人もいませんし」


 机に額を擦り着けんばかりに、頭を下げるエネル先生。

 私が言うのも何だけど、絶対今が講義中だという事、忘れているよね。ま、それだけ切羽詰まっているとしておこう。


「カレンさんはエネル先生を良くは思っていると思いますよ」


 頭を下げるエネル先生に同情してのか、アシリカが励ますように言った。

 うん、確かに良くは思っていると思う。でも、それと恋愛関係が結びつくかは、また別の話だ。いい人ってだけで終わる事もあるよね。

 ま、カレンさんもああ見えて奥手そうだし、エネル先生はまったくのダメダメだし、二人の仲が進みようが無いだけかもしれないな。

 どうしたものかしら?

 うーんと考え込む私にアイデアが閃く。


「そうね、経験者に聞いてみましょうか」


「経験者?」


 エネル先生が首を傾げる。


「ええ。そうよ。そうと決まれば、早速行きましょう」


 私は思わず、ニヤニヤとしてしまう。

 なかなかいいアイデアを思い付いたもんだ。これは、別意味でも面白い事になりそうだね。




「嫌だ! 絶対に、嫌だ!」


 孤児院でトルスが全力で拒否している。


「いいじゃないのよ。別に減るもんじゃないでしょ」


 そう、私は経験者の話、つまり、トルスとローラさんの付き合った切っ掛けを話して欲しいと頼みに来ていたのだ。


「これはね、このエネル先生の為でもあるのよ」


「お願いしますよっ」


 私の隣でエネル先生がトルスに纏わりつく様な目で頼んでいる。


「いや、お嬢。あんたは絶対楽しんでいるだろっ! その目は絶対にそうだっ!」


 失礼ね。私はトルス先生の為に頼んでいるのに。ま、トルスの言う事は間違っていないけどね。トルスって自分の恋愛の話になると極端に照れるのよね。見ていて面白いに決まってるじゃない。


「さあ、早く!」


 楽しそうな表情を隠しきれずにせっつく私に、顔を引きつらせているトルスをアシリカとソージュが気の毒そうに見ているが、気にしない。


「い、嫌だ。絶対に話さないぞ」


 そっぽを向き、頑としては話そうとしないトルス。


「ならば、私がお話ししましょうか?」


 トルスの横に黙って話を聞いていたローラさんが苦笑している。


「お、おい。ローラ。誰が話しても一緒だ。人に聞かせる話じゃねえよ」


 慌てて止めに入るトルスを片手を上げてローラさんが遮る。


「いいではないですか。ナタリア様のお頼みですよ。断る訳にもいかないではないですか」


 ふふ。見たか、トルス。ローラさんはこっちの味方みたいだよ。


「いいの?」


「はい。もちろんです。ナタリア様には返しきれないご恩を受けましたから」


 ローラさんは、にっこりと頷く。


「俺は、いい様に使われて、迷惑しか受けて無い気がするけどよ」


 おい、トルス。縛られていたアンタを助けた事、忘れたとは言わせないぞ。


「どこから話しましょうか……」


 私がトルスを睨むのを、またもや苦笑しながら見たローラさんが話し始める。


「ナタリア様のお情けで、この孤児院で働き始めた私は、当初、絶望に打ちのめされていました」


 そうよね。養父の不正を目の当たりにし、暴こうとしたら殺されかけたのだからね。


「そんな私にトルスさんは、何も言いませんでした。ただ、毎日の仕事の指示をするだけでした」


 ちらりと、ローラさんは、体ごとそっぽを向いているトルスを見る。


「ですが、途中で気づいたのです。その言われた仕事が、どれも私の心の傷を癒すものばかりだったのです。穢れない純粋な子供の遊び相手。たまに、気晴らしになるお使い。そして、それをいつも見守ってくれていたのです」


 うーん。いい様に解釈し過ぎじゃないの?


「それに気付いてから、トルスさんを意識する様になりました。たまに掛けてくれる労りの言葉、さりげない気遣い。どんどん私はトルスさんに惹かれていったのです」


 少し顔を赤らめるローラさん。


「でも、私にはトルスさんとお付き合いするような資格はありません。せっかく、仕事と住む場所を与えてくださったナタリア様にも申し訳がありません。必死でその思いを抑えつけていました」


 私の事なんか、気にしなくてもいいのに。


「そんな気持ちを抑えつける毎日に苦しくもなっていました。自分でもどうしていいか、分からなくなっていました」


 隣でエネル先生は真剣な表情でじっと聞いている。


「そんな私にトルスさんが言ってくれたのです。これからも側で見守る事を許してくれ、って……」


 トルスが頭を抱え、悶えている。


「ほー、トルス。アンタ、なかなか言うじゃないの」 


 きっと、私は今とても悪い顔をしている気がする。


「お嬢、もう勘弁してくれ……」


 弱々しいトルスの声が聞こえる。相当恥ずかしいようだ。


「トルスさんっ!」


 そんなトルスの手を無理やり掴み、エネル先生が大きく頷いている。


「感動しましたよ! 素晴らしいっ!」


 掴んだ手を上下にぶんぶんと振っているが、トルスは虚ろな目で、されるがままである。


「ありがとう、ローラさん。エネル先生も参考になったみたいよ」


「ナタリア様のお役に立てて何よりです」


 うん、ありがとう。でも、少しトルスを見てあげて。かなりのダメージを受けているもたいよ。魂が抜け落ちたみたいに呆けているもの。こんな今のトルスなら、エネル先生でも一発でノックアウトできそうだ。



 虚ろになっているトルスに別れを告げ、孤児院を後にする。


「いやあ、そうですね。やはりちゃんと言葉にしないとダメですよね」


 エネル先生は、しきりに頷いている。

 いや、そんな事は、あれを聞かなくても分かると思うけどさ。


「で、どうするの? すぐにでもカレンさんの所に行くの?」


「え?」


 何故に固まる? 行動に移すんじゃないの? まさか、自分もカレンさんに直接言葉で伝えるまで考えてなかったのかしらね。


「僕が……、カレンさんに?」


 エネル先生は、ゆっくりと私の方け顔を向ける。


「当たり前でしょ。私が言ったら、おかしいでしょ」


「い、言えますかね……。いや、それ以前に、何を言えばいいのか……」


 急におどおどした様子を見せ、エネル先生は立ち止まって、頭を抱え込む。


「もう。しっかりなさい。カレンさんと堂々と恋人だって、言いたいのでしょう?」


 エネル先生の背中をポンとはたく。


「自分の思っている事、カレンさんへの気持ちを素直に言葉にすればいいのよ」


 深く考えても仕方ないよ。


「は、はい……」


 エネル先生は、自信なさげに頷く。


「じゃあ、早速伝えましょうか。アシリカ。フッガー家に行くわよ」


 何やら一人ブツブツ言っているエネル先生は放っておこう。

 そんなエネル先生を不安げに見ながらも、アシリカは頷いた。




 たまたま仕事が終えたばかりのカレンさんを捕まえ、半ば強制的に二人で商店街へと向かわす。

 それを後ろからこっそりと見守る私たち。何故かシルビアも加わり、四人となっている。


「どこに向かっているのかしら?」


 シルビアが楽しそうに呟く。

 

「さあ……」


 どこに向かうかも分からないが、さっきから、まったく会話が弾んでいない様に見える。カレンさんが何やら話しかけているが、どうやら緊張が張り詰めているエネル先生は上の空で相槌を打っているだけのようだ。


「ナタリア様」


 しっかりしなさいよ、と歯ぎしりする私の肩が掴まれる。


「あれ? リックスさん?」


 騎士団の制服に身を包み、渋い顔で眉間に皺を寄せているリックスさんが立っている。


「ナタリア様。また、何かとんでもない事でも……」


 会って、いきなりそれですか。とんでもない事とは、随分と失礼よね。


「お静かに。あれを見なさい」


 私は前を歩くエネル先生とカレンさんを指差す。


「あれは、カレン? それに、我が義弟ではありませんか」


 いや、義弟の表現はまだ早いと思うよ。


「まさか、プロポーズとか?」


 リックスさん、せっかち過ぎるよ。その前段階に行っているかも怪しいわよ。


「それより、仕事は? こんな所で私たちと一緒に後を付けるつもり?」


「妹の人生の門出です。それを見逃せば、兄としての誇りが……」


 妹の人生の門出を隠れて盗み見するのは、誇れる事じゃないと思うけど。ま、私もエリックお兄様のデートの後を付けた事があるから偉そうに言えないけどさ。

 それに、そんな大した事は起きないと思うよ。何せ、あのエネル先生だからね。

 こうして、貴族令嬢二人に侍女二人、さらに騎士が一人と身を隠すには、かなり無理のある五人となって、エネル先生らを付けていく。腰を屈めて進む私たちを、ぎょっとした顔になり、すれ違う人が見ていく。

 そんな中、商店街の丁度中心部にある広場へと辿り着いた。

 大きな噴水があり、王都に住む人たちの憩いの場でもある。今も、買い物を終えた人や子供を遊びに連れてきた人で賑わっていた。

 エネル先生とカレンさんは、噴水を眺めている。


「もう少し近づくわよ」


 私たちは人込みに紛れ、二人に近づく。この距離じゃ、二人が何を話しているか聞こえないもんね。


「水の近くにいると涼しさを感じますね」


 カレンさんが気持ち良さそうに噴水からのしぶきに目を細めている。


「そうですね。水が周囲の熱を吸収しているのでしょう」


 おい。その受け答えはどうかと思うぞ。そんな理屈じゃなくて、雰囲気の話だよ。ほら、カレンさんも続きが話せないじゃないの。

 二人の間に沈黙が横たわる。


「……あ、あの、カレンさん」


 おっ。ついに始まるか? 頑張れ、エネル先生。骨は私が拾ってあげるから、どんと行きなさい!


「はい?」


 カレンさんがエネル先生を見上げる。

 

「あのっ、そのっ、僕たちって……、その」


 もう一息よ! さあ、聞きなさい、恋人ですかって、付き合ってますかってさ。

 

「ここにいる事、許してくれますか?」


 は? 何、言ってんの? 意味が分からないよ。何か、トルスの話とごっちゃになってしまってる。カレンさんもきょとんとしているじゃないの。


「我が義弟は何を言っているのですか?」


 ほら、兄であるリックスさんも首を傾げているよ。


「い、いや、そのですねっ」


 自分が意味不明の発言をしたのに気づいたのか、エネル先生は慌てて、両腕をばたつかせている。


「あ、あのですね、えっと、その」


 ダメだ。完全にパニックに陥っているみたいだ。


「好きです! あなたが好きです! 誰よりも好きですからっ!」


 いきなりそれか。脈絡も何もないじゃないか。ほら、周りも突然大声で叫ぶから驚いているじゃないか。

 あっという間に二人の周囲から人が遠ざかる。


「……はい。私もですよ」


 カレンさんがはにかみながら頷く。


「おおっ」


 私も思わず声を上げてしまう。これは、自分の事のように嬉しいよ。

 だが、それ以上に大きな声を出して、喜んだ人がいた。


「我が義弟よ!」


 リックスさんだ。彼は、こっそり後を付けてきた事も忘れ、二人の元に駆け寄ると、エネル先生をがしりと抱きしめる。


「その言葉、嬉しいぞっ! ほらっ、もう一度聞かせてくれっ。好きだと叫んでやってくれ!」


 突然現れたリックスさんに驚き、カレンさんが後ずさる。


「あ、あなたは……」


 抱きしめる相手に気付くエネル先生。


「さあ、もう一度聞かせてくれ」


「は、はい。好きですっ!」


 ねえ、二人は気づいてないかもしれないけど、主語が抜けてるよ。ちゃんと、カレンさんに、って言わないと誤解を受けると思う。さっきから大きな声で話しているしさ。


「うんうん」


 満足そうに何度も頷く、リックスさんとそれに頷き返すエネル先生。


「シルビア様……」


 いつのまにか、カレンさんが私たちの側に来ている。

 ありゃ、見つかっちゃった。さすがに近づきすぎたか。


「ナタリア様まで……。お二人ですね、エネルさんをけしかけたのは」


 目を吊り上げてカレンさんは仁王立ちになっている。


「ごめんなさい。エネル先生がはっきりしなかったから……」


 素直に謝る私にカレンさんは大きくため息を吐く。


「うまく気持ちを表現できない人ですからね。最近、何やら悩んでいる雰囲気もありましたから、気にはなっていましたが」


 さすがカレンさん。エネル先生をよく理解してくれてるのね。


「エネルさん本人もすっきりした様ですし、今回は感謝します。ですが……」


 カレンさんは、ちらりと、いまだ盛り上がっているエネル先生とリックスさんに視線をやる。


「あれ、どうしますか?」


 そうね。今だに、周囲に遠巻きに見られながら、好きだ、好きだと繰り返しているね。いや、リックスさんと会ったのは想定外だったからさ。


「……帰ろっか」


「そうですね」


 その場にいた皆が私の言葉に同意する。

 周囲どころか、カレンさんの事も忘れて喜びを分かち合っている未来の義兄弟の二人に入れる隙はないみたいだからね。

 今回の結果が良かったかどうか。それは、私には分からなかった。


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