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戦うお嬢様!  作者: 和音
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7 秘密の門番

 アシリカとソージュから借金してまで、製作を依頼した鉄扇は約束通り、一ヶ月後に届けられた。

 ずっしりとした重量感、ちょっとやそっとでは、びくともしなさそうな頑丈さ。扇子を広げると、鮮やかな桜吹雪が描かれている。これは、私のリクエストである。

 満足気に開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。

 完璧な造りだね。これで、悪人をばったばったとなぎ倒す絵を想像し、一人悦に入って、にやにやしている私を呆れを通り越して諦めの顔でアシリカが見ていた。ソージュは、不思議そうに私を見ている。


「それより、お嬢様」


 にやけた顔で鉄扇を撫でている私の前にアシリカが立つ。


「ん?」


 鉄扇を撫でる手を止め、私はアシリカを見上げた。

 えっと、借りたお金の事かしら。借りたお金は絶対返すから。ちょっと、待っててね。でも、今だけは手に入れたばかりのこの鉄扇で、至福の時を味わさせて。


「明日なのですが、お休みを頂きたいと思いまして。実家から手紙が来まして、たまには帰ってこいと……」


 ああ、休みね。そうね。アシリカは、まったく休んでないものね。ソージュが来てからも、休みを与えても、結局は私の所に来てるしね。それに、親孝行も大切だよ。


「もちろん、構わないわよ。折角だから、二、三日くらいのんびりしてきたら?」


「いえ、そんなにも休みを頂くわけにはいきません」


 相変わらずの生真面目ぶりである。


「大丈夫よ。私の専属になってから、一度も実家に帰っていないでしょ。それに、最近、ソージュもしっかりしてきたし心配ないわよ」


 ねっ、とソージュの顔を見る。


「はい。大丈夫。私、一人でお嬢サマ、世話出来マス」


 私に褒められたのが嬉しいのか、はにかみながらも、ソージュは頷く。


「ほら。たまには、親孝行もするべきよ」


 思案顔になるアシリカ。そんなにも、私とソージュだけでは、不安なのかな。いや、分からんでもないけどさ。自分でも自覚がある分、辛いよね。


「私みたいに、いなくなったら出来ない」


 ソージュがぽつりと呟いた。

 ソージュの両親は、彼女が七歳の時に、相次いで亡くなったらしい。そして、気づいた時には家も無く、浮浪者のような生活となっていたらしい。私たちに出会う十歳まで、子供一人で生き抜いてきたのだ。


「ソージュ……」


 私は思わず、ソージュを抱きしめる。


「大丈夫よ、寂しくないわ。親ではないけど、私はあなたの事を妹の様に思ってるから」


 紛れも無い本心である。ソージュの小柄な体を抱きしめながら、背中を優しく撫でてやる。ソージュはぎゅっと私にしがみ付いていた。


「私も同じですよ。手は掛かりますが、妹が二人出来た気分です」


 アシリカが、抱き合う私とソージュを両手を広げて、抱え込む。

 えっと、アシリカ? 私も手の掛かる妹ですか? いや、精神年齢だけは、あなたより上なんだけど。

 でも、そう言われても仕方ないくらい私は頼りなく、彼女は、しっかりしているもんね。


「ふふふ」


 三人で、笑い声を立てる。

 私は幸せだ。転生して、しかも、悪役令嬢だと知ってから、こんな気持ちになるなど思いもしていなかった。

 そう、私は一人じゃない。


「ね、だから、アシリカ。ゆっくりしてきなさい」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、二日程休ませて頂きます」


 私とソージュに促されたアシリカはにっこりと頷いた。




 アシリカのいない二日間を何とか乗り切った。

 いや、そんな大袈裟なものでもないけどね。

 王宮に行く予定もなく、特に変わった予定も無い為、問題なく過ぎた。ま、そういう時をアシリカが選んだ為でもある。

 ただ、魔術の教師が、教え甲斐のあるアシリカがいない事に、あからさまな落胆の色を浮かべたのは、ちょっと、癪に障ったけどね。思わず、悪役令嬢らしさを出してやろうかと思ったわよ。

 そして、帰ってきたアシリカの顔を見て、私はほっとした。隣のソージュも安心した顔で、お帰りの挨拶をしていた。


「どうだった? のんびり出来た?」


「はい。お陰様で……」


 アシリカは頷いた。


「あれ。どうしたの? 何か疲れてるみたいだけど……」


 気のせいだろうか? アシリカの顔に疲れの色が見えるのだ。


「いえ。そんな事ありませんよ」


 笑顔をアシリカは私に向ける。普段と変わりない笑顔である。

 やっぱり、私の気のせいなのかな?


「そんな事より、お嬢様。お土産です。最近、平民街で話題になっているお菓子ですよ」


 可愛らしい箱が机の上に置かれた。蓋が開けられると、香ばしい焼菓子のいい匂いが漂ってくる。


「お菓子……」


 ソージュが、目を輝かせている。


「まぁ。いい香りね」


 お土産のお菓子に夢中になった私は、二日ぶりに三人でお茶をした。何故か、久しぶりに三人が揃った様な気がしていた。




 アシリカが帰ってきても、毎日の生活に変化は無い。魔術に加え、勉学や礼儀作法の教師の講義を受け、庭で木刀を振る。そして、お茶を楽しむ。王宮へ出向き、王太子と剣の稽古をし、王太后様とおしゃべりに興じる。

 今まで通りの日常である。

 だが、私は小さな疑問が胸に芽生えていた。アシリカである。休みを取ってからたまに、物思いに耽る彼女を見かける事が増えたのだ。どうかしたのか私が聞いても、「何でもありませんよ」と、いつも通りの笑顔で答えを返す。

 次第に、小さな疑問が大きくなりつつある中、素振りを終え、屋敷を部屋へと向かい歩く私に声が掛かる。


「お嬢様」


「どうしたの?」


 私に声を掛けたのは、ガイノス。サンバルト公爵家に長く仕えている執事である。もう六十は超えているはずなのに、ピンと伸びた背筋からはまだまだ若い者には負けんという思いが伝わってくる。お父様からの信頼も厚く、サンバルト家の家政を取り仕切っていた。ちなみに、夢の中のナタリアが唯一苦手としていた人物でもあった。


「木刀を持ったまま、屋敷の中を歩くのは、いけませんと何度も申し上げたはずでございますぞ。お嬢様も間もなく、十三歳です。お転婆も程ほどになさいませ」


 そう、彼は口煩い。もちろん、私や家の事を思って言っているのは分かる。我儘ナタリアにも、彼は面と向かい、毅然と説教をしていたくらいである。我儘が突然治った私に泣かんばかりに喜んでいたのもつかの間、今度は、私の令嬢らしからぬ行動に頭を抱えていた。


「ですから、淑女としてのご自覚をもっと、持って頂きますよう」


 ガイノスの長い説教がようやく終わりを迎えた。


「おっ。そうだ。アシリカ。お前に手紙が来ていたぞ」


 私への説教を後ろで頭を垂れて、一緒に聞いていたアシリカに一通の手紙を差し出した。


「アシリカ、ソージュ。お前たちも、お嬢様にもう少し厳しくしなさい。頷くだけがお傍に仕える者の仕事ではないのだぞ」


 きっちりと、アシリカとソージュにも注意を与えてから、ガイノスはその場をようやく立ち去った。


「へへ。怒られちゃったね」


 私は舌を出して、頭を掻く様子を見て、アシリカがため息をつく。


「ですから、申し上げたではありませんか」


 アシリカからも、説教されながら、部屋へと戻る。

 部屋に戻ってから、ソージュに手伝ってもらいながら、稽古着から、普段着へと着替える。普段着と言っても、ちょっとしたドレスである。

 丁度、着替え終わった頃にアシリカがお茶のセットを持ち、部屋へと帰ってきた。

 その顔は明らかに青ざめている。


「アシリカ?」


 私は、アシリカのポケットに開封された手紙が入っているのを見つけた。あの手紙に、何かショックを受ける様な事が記されていたのだろうか。


「はい」


 平然を装うアシリカだが、隠しようのない顔色と、動揺が全身から伝わってきていた。


「何かあった、デスカ?」


 普段は無口なソージュまでが、心配そうにアシリカに尋ねている。


「いえ、何も……」


 アシリカにしては珍しく、歯切れの悪い返事であるが、笑顔で答えた。しかし、その笑顔はやはりぎこちない。


「あの、突然で申し訳ありませんが、明日、明後日と休ませて頂いてもよろしいでしょうか?」


 沈黙に包まれた私に、アシリカが申し出た。


「……いいわよ」


 私はアシリカを観察しながら、頷く。


「ありがとうございます」


 頭を下げるアシリカを私とソージュは黙って見つめていた。




 翌朝早朝から、アシリカは屋敷を出ていた。

 残された私は朝食を終え、部屋でソージュと向かい合っていた。


「やっぱり、何かおかしいわよね」


「ハイ。私も思いマス」


 私たちはアシリカの変化について話し合っていた。もの思いに耽り、昨日の手紙を見て、青褪めた顔。彼女がそうなったのは、最初に休みを取ってからである。その時に絶対に何かあったはずだ。

 水臭い。何かあったなら、力になるのに。こうなったら、勝手にでも、力になってやろうかしら。


「今日も実家に帰ってるのかしらね」


「たぶん、そうだと思い、マス」


 うーん。どうしたものか。もし、彼女に困った事があったら何とかしてやりたいが、私には屋敷から出る事すら叶わない。

 自分の無力さに、呆れてしまう。


「少し、庭で散歩でもするわ」


 気分転換になるかもと、ソージュを伴ない、庭を散策する事にした。

 だが、何か妙案が出る訳でもなく、無為に時間が過ぎていく。


「おや、お嬢様。散歩ですか?」


 庭師のデドルだ。


「ええ、まあね」


 あやふやな返事を返す。


「おや。今日はアシリカちゃんはいないんですかい?」


 今の悩みの種の名前を聞き、私はさらに気分が落ち込む。

 デドルは首を傾げながら、うーんと唸った。


「休憩しようかと思ってた所でして。どうです? 良かったらお嬢様方もご一緒にお茶でもしますかい?」


 そう言って、デドルは私を敷地の端にある小屋へと案内してくれた。作業道具を仕舞っている小屋で、デドルの休憩場所でもあるらしい。


「綺麗とは言えんとこですが、たまには、こういう場所もいいでしょう」


 鉄製のコップに注がれた紅茶を出しながら、デドルは笑う。

 この人、癒し系だな。見てたら、ほっこりした気分になるよ。


「それで、どうしました? あっしで良けりゃ、聞きますよ」


 私は少し悩んでから、アシリカの事を話す。


「何かあったのかしら……」


 話しているうちに、私の不安は大きくなってくる。


「うーん」


 私の話を聞いて、デドルは手を顎に当て、考え込んだ後、尋ねてくる。


「お嬢様はどうしたいんですかい?」


「アシリカが困っているなら、助けたい。力になりたい」


 私も彼女には救われた。自分が悪役令嬢であり、悲惨な末路を辿るかもしれないと絶望していた時に助けてくれたのだ。もちろん、それだけではない。彼女には返し切れない程、世話になり、力を貰ってきた。


「ですが、アシリカちゃんは専属とはいえ、侍女の一人に過ぎませんが」


 デドルからの言葉とは思えない発言である。私は思わず、怒りを込めた目で、デドルを睨み付けた。


「アシリカは確かに私の侍女よ。だけど、私にとってアシリカは姉、ソージュは妹も同然。代わりなんていない大切な人よ」 


 怒りに震える私を見て、デドルはくつくつと笑い声を立てた。


「いや、こりゃ、すまんです。つい、試す様な言葉を言ってしまいました」


 頭を下げるデドル。


「ところで、お嬢様。この小屋の事はご存じで?」


 突然変わった話題に私は怒りを収め、首を傾げた。


「庭の手入れに使う道具置き場でしょ。それと、デドルの休憩場所?」


 それ以外の用途があるとは思えない。見回しても何の変哲もない小屋である。


「まあ、確かに外れてはいません。ですが、“裏門”と一部の者から呼ばれているのをご存じで?」


 裏門? 屋敷には、私たち家族や来客の者が通る正門と使用人たちが使う通用門の二つがあるのは、知っている。裏門など聞いた事がない。


「ご存じ無いのも無理はありません。実はこの小屋から屋敷の外へ出られまして。しかも、誰にも気づかれずに」


 戸惑っている私にデドルが悪戯っぽい笑みを浮かべて、驚きの情報を教えてくれる。ここを通れば、自由に街へと行けるというわけか。


「もっとも、誰でも通れるわけではありません。裏門の門番が許す者だけです」


「門番? 誰なの?」


 この裏門の存在の重要性に、身を乗り出す。


「あっしですよ」


 胸を張り、デドルがドヤ顔を披露する。

 まあ、そうよね。この小屋自体を管理しているのは、デドルなのだから。


「ねえ、私を通してちょうだい。アシリカを追いかけるわ」


 そう。街へ出て、アシリカを悩ます原因を探るのだ。そして、それを解決してあげたい。


「裏門の話をしましたから、通すつもりですが、約束もしてもらいますよ」


 約束はもっともな事ばかりである。

 一つは、もう少し目立たない服装に着替える。今のままでは、普段着とはいえ、どう見ても貴族の令嬢であるからだ。

 二つ目は、夕飯に間に合うまでに帰ってくる事。お父様やお母様に街に出掛けた事を知られる訳にはいかない。

 最後に、危険な真似をしない。デドルとて、サンバルト家に仕える者として、私を危険な目に遭わせる訳にはいかないのは当然の事だ。

 すべてを了承して、ソージュに、アシリカの実家の住所と彼女の私物の服を持ってくるように言いつけた。

 私は平民の着るような服を持っていない。大きさは合わないだろうが、今のこの恰好よりはマシなはずである。勝手に借りるのは、気が引けるがこの際、仕方ないと心に中で詫びながらも、割り切る。


「さあ、アシリカ。待ってなさい。私が力になるからね」


 気分転換の散歩から大きく前進した私は、気合を入れて、アシリカの事を考えていた。

 小屋にソージュが戻ってきた。アシリカの物と思われる服を抱え、手には、紙を握りしめている。


「これ、住所、デス」


 アシリカの実家の住所が紙を受け取ったものの、私はどこだかさっぱり分からない。


「ソージュ、分かる?」


 こくりとソージュは頷く。良かった。もし、ソージュが分からなかったら、二人して街を彷徨うところだったわ。


「じゃあ、道案内は任せるわ」


 次は着替えと、デドルに小屋の二階の一室を借りる。やはり、ぶかぶかではあるが、贅沢は言っていられない。袖の部分を縛り、足首まであるロングスカートになっていた。

 一階へと戻り、念のため、デドルに見てもらう。


「いやあ、あっしは、服の事はさっぱり……」


 苦笑いで、うまく逃げられた。止められない事を考えれば、いいという事にする。


「あ、それと、これ。アシリカのクローゼットから見つけマシタ」


 ソージュがポケットから一通の手紙を取り出し、私に差し出した。


「もう、ソージュ。ダメでしょう。服を借りるだけなのに、手紙まで持ってくるなんて」


 流石に、いくら手がかりとなりそうでも、それは駄目だろう。


「でも、これ、お嬢サマ宛」


 よく見ると、確かに私の名前が封の表に書かれてある。


「これが、アシリカのクローゼットに?」


 どういう事だろうか。


「ハイ。奥の方にありまシタ」


 私宛なら、見ても問題ないかな。受け取った封の裏の差し出し人はアシリカである。一体、なんだろうか。私は急に動悸が激しくなる。何か、嫌な予感しかしてこない。

 私は封を切り、中身の手紙を取り出した。


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