68 苦戦
レオにお母様から頼まれた贈り物を届けた時に言われた学院のパーティー。
入学しなければならないのは、仕方ないと諦めたが、出来る限り近づきたくない場所である。しかし、招待状もきっちり送られてきたので、行かざるを得なかった。
そして、ダンスパーティー当日。学院の中にあるホールで生徒同士、また誘った婚約者や恋人たちと踊っている。さすがは多くの貴族が通うだけあり、貴族主催のパーティーと比べ遜色がない。
私もレオと数曲踊るが、普段より気の滅入るパーティーだ。幸い、この前会った攻略対象者以外は入学前なので、出会わなかった。
だが、それ以上に感じたのは、周囲の私への見る目の変化だ。
その原因は私の目の前で、クスクスと笑っているレオの学友であり、攻略対象者の一人でもあるケイスだ。
「いやあ、ナタリア嬢があんなにも愉快な方だったとは……」
一通り踊った後、休憩中である。
ケイスも我儘ナタリアの噂を知っていたはずだ。だが、実際の私を見ての感想が愉快ですか。あの件を言いふらしてくれたのも、彼のようだ。
それでか。あれ以降、別のパーティーで私から、逃げるようにして去っていく男性が幾人かいたな。今までは恐怖の顔つきだったが、その人たちは、焦りの顔だった。彼らはきっと頭部に人には言えない秘密があったのだろう。
どうやら、我儘ナタリアからズラを見破る女に変化を遂げたらしい。喜んでいいものか、分からないね。
「ふふ。リアは、普通とは違う。面白いだろう?」
「レオ様。それは、褒められているのでしょうか?」
私はレオを睨み付ける。また、叩きのめしてやろうか?
「ああ、もちろん。褒めているさ」
愉快そうにレオが答える。
あれ……? 少し雰囲気が変わった? 王宮では、無口だったが、口数が増えた気がする。それに、表情も柔らかくなったような。
王宮よりは、自由の効く学院に来て、変わったのかな。周りには、従者だけじゃなく、友人と呼べる人も出来たみたいだし。
もっとも、その友人共々、私を断罪するかもしれないけどね。ちらりと、やってきたどこかの令嬢の相手をするケイスとライドンを見る。
「レオ様。随分と、変わられましたね」
思わず口をついて出る。
「変わった? 俺がか?」
自覚は無いようだ。
「ええ。変わられましたわ」
「それは、誉め言葉か?」
何だ? 急に? お前は褒めて欲しい幼児か? そんなに前のめりになって、聞かれても困るよ。
「一応」
だが、素直に褒めるのも癪に障る私だ。
「一応?」
「ええ。剣で私に勝てるまでは、完全に褒めれませんわ」
レオにだけ聞こえるくらいの小さな声で囁く。
「む。……確かに、そうだな」
楽しそうな表情で、レオも頷く。
「殿下……。ちょっと、目を離したらナタリア嬢と随分と仲睦まじいご様子で」
ニヤニヤとしながら、ケイスが私たちを眺めている。
いや、勘違いしないで。私たち、そんなんじゃないから。婚約してるけどさ。
「それでなくとも、注目を浴びているお二人への視線が増えましたな」
ライドンも苦笑している。
気づけば、遠巻きにしながらも、私たちを見ている人が多い事に気付く。その視線の中には、明らかに女性特有の嫉妬も含まれている。
「あまりからかうな」
そう言うレオは少し顔が赤い。何故、照れる? 余計、あらぬ誤解を招くだろ。ほら、女性陣がざわついているじゃないか。
そんなパーティーも無事終わり、レオらのお見送りを受ける。
「もう夜も更けている。最近、物騒な話も耳にする。ナタリア嬢、お気をつけて」
どうやら、夜盗の類がたまに出るらしい。
ケイスの見送りの言葉に、そんな心配はないだろうとばかりにレオが苦笑している。
「ありがとうございます」
大丈夫、返り討ちにするから、とも言えず、頭を下げる。頭を下げながら、きっちり、レオを睨み付ける事も忘れない。
「リア。夏休みには、王宮に帰る。また来るがいい」
自信あり気なこのレオの様子からして、剣の腕が上がったのを自覚しているのだろう。早く勝負したいといったところか。いいね、その心意気だけは買ってやろう。ま、負ける気はないけどね。
「はい。是非」
受けて立つ、とばかりに満面の笑みを返す。
「お嬢様、お待たせ致しました」
やってきた馬車の御者台からデドルが告げる。
「今日は、お招き頂きありがとうございました」
レオらに礼をして馬車へと乗り込み、コウド学院を後にする。
「はあ。疲れた……」
馬車に乗り、コウド学院の門を出た途端、被っていた令嬢の皮を脱ぎ捨てる。
「お嬢様……」
馬車の中で寝そべるようになる私を残念な子を見る目で眺めるアシリカである。
しょうがないじゃない。パ―ティーとか苦手だし、攻略対象者もいる状況で、疲れない方がおかしいよ。
「ふあぁぁぁ」
気が抜けたら、何だか眠くなってきたよ。車輪のリズムも私を夢の世界に誘っているみたいに感じる。ダメだ。睡魔が押し寄せてきた……。
身体がふわふわとしているなぁ……。屋敷までどれくらいかなぁ……。
半分夢の中のいた私の体が宙に舞っている、と思っていた次の瞬間、衝撃が全身に走る。
「痛っ!」
私の声と同時に馬車が激しく揺れながら、急停止しているのが分かる。
「お、お嬢様っ!」
アシリカとソージュに守られるようにして、抱き着かれる。
「な、何?」
ようやく止まり、揺れもなくなった馬車の中で、体を起こす。
「すみやせん。人が急に飛び出て――」
「助けてくださいっ!」
説明するデドルの元に一人の少女が飛び込んできた。この子が飛び出してきた人なの? それに、助けてって言っているけど……。
「うーん。どうやら、ただ事ではない様ですなぁ」
困惑する私にデドルの声が聞こえた。緊迫した状況なのにその声はのんびりとしたものだ。
見ると、馬車が囲まれている。顔も隠し、全身黒づくめのいで立ちが六人。
助けを求めた少女は体をガタガタと震わせ、怯えている。
こりゃ、どちらの味方になるかは、聞くまでもないわね。この黒づくめ、たまに出るという夜盗なのかしらね。
「何も聞かず、その娘をこちらに寄越せ……」
顔を隠す布越しに低い声がする。
あれ? ただの夜盗じゃないのかな。この子に拘っているのね。
デドルの側で震えている子をちらりと見る。
「貴族か豪商の者か? 悪い事は言わん。その娘を置いていけば、こちらは何もしない」
抑揚のない話し方である。
「残念。気が合わないわね。そちらが何もしないつもりでも、こちらは何もしない訳にはまいりませんわ」
気持ち良く寝ているのを邪魔されたしね。
「……やめておけ」
いいえ。止めれないわよ。
「アシリカ、ソージュ、デドル。相手してあげなさい!」
私の声にアシリカたちが馬車から飛び出し、黒づくめの集団と対峙する。私は、御者台へと移り、少女を庇う様にして前に立つ。
「……仕方ない。やれ」
一人離れて立つ男が苛立ちの入った声を出す。その男の声と同時に、目の前に火炎が立ち上る。
「え?」
まさか、魔術? 今までいろいろ相手してきたけど、魔術の使い手は初めてだ。
アシリカが咄嗟に前に氷の壁を作り、火炎を防ぐ。ところが、その横から強風が吹き付ける。別の男の攻撃だ。アシリカたちは、さっと身を翻し、その攻撃を何とか避ける。
嘘? 魔術を使えるのは、一人じゃないの? ここまで魔術を使いこなせる人間は少ないはずだ。
さらに、別の方向からも火炎が襲い掛かってくる。それをまたもや、アシリカの氷の壁で防ぐ。
まずい。ここまで防戦一方だ。こいつら、やはり只の夜盗なんかじゃない。これは、苦戦していると言っても過言ではない状況かもしれない。
私は隠し持っていた鉄扇を取り出し、ぎゅっと握りしめる。
あらゆる方向から、火や風、さらにはアシリカ得意の氷まで降ってくる。それに対して、アシリカたちは、それを防ぐので精一杯である。それも無理は無い。相手の六人がすべて魔術を使っての攻撃なのだからね。
「馬車の中に居てて」
私は後ろで震えている少女に声を掛けると、馬車から飛び降りる。
「ソージュ! この子を守ってなさい!」
近くにいたソージュに告げる。
「お嬢サマ、何をさなる――」
「ほら、早くっ!」
ソージュの言葉を途中で遮り、私は駆けだす。
「デドルッ! そっちから回り込みなさいっ! アシリカは、援護をっ!」
私自ら、血路を切り開いてやる。
「お嬢様っ!」
アシリカの叫び声が聞こえるが、もう止まれないわよ。
「アシリカ、援護を頼むっ。お嬢様はあっしが」
デドルも私の指示に反応して、走り出している。
目の前に火球が飛んでくる。
「くっ」
腰を落として、駆け抜ける私の肩を火球が掠める。
「熱いじゃないの!」
一気に距離を詰めた私は、その火球を放った男の横っ面を鉄扇で打ち抜く。
「ぎゃっ!」
男の口から、衝撃で抜けた歯が飛んでいく。
「貴様っ!」
それを見た別の黒づくめの一人が私に火炎を放つ。
「お嬢様!」
アシリカが氷の壁を作り、火炎から私を守ると同時に、氷の礫を敵全体に降らす。その間隙を縫って、デドルの短剣が一人の男を切り倒す。
「さあ、一気に反撃よ!」
黒づくめの集団を私は睨み付ける。
「……引くぞ」
最初に攻撃を指示した男が周囲の者に告げる。こいつが、リーダーか?
「待ちなさいっ! 逃がさないわよ!」
一斉に逃げ出す黒づくめの集団。怪我した者も、起き上がると、仲間に手助けを受けながら去っていく。
「待ちなさいっ!」
追いかけようとする私をアシリカが止める。
「お嬢様! お怪我されておりますっ」
今にも泣きそうな顔のアシリカである。
「アシリカの言う通りです。下手すると反撃をくらいやす。今回は痛み分けです」
走り出そうとする私の前にデドルも立ち塞がり、心配そうに私の肩口を見ている。
さっきの火球で受けた傷か。ドレスが焼け焦げ、肌が見えている。その肌は真っ赤になって腫れあがっている。
「お、お嬢様に傷が……」
珍しくアシリカが取り乱している。
「心配ありやせん。軽い傷です。跡も残る心配はありやせんよ」
デドルは、そう言いながら馬車に常備している薬箱を持って飛んできたソージュに、必要な物を取り出す様に指示しながら治療を始める。
「あ、あの、すみません。私のせいで……」
さっきの少女だ。申し訳なさそうに私の前にやってくる。
「心配ないわ。それよりさっきの連中に心当たりは?」
私が尋ねると、怖い思いをしたのを思い出したのか、顔を青くして体を震わせ始めた。
「それが、心……当たり……が……」
ん? どうしたの?
言葉が途切れ途切れになったかと思うと、そのままばったりとその場に倒れ込んでしまった。
「え? ちょっと、ねえ。どうしたの?」
デドルの応急処置が済んだ私は少女の肩を揺する。
「疲れと緊張が溜まり、気を失っただけのようですな」
私に続いて、少女の様子を見たデドルが答える。
これじゃ、何も聞けない。それ以前に、この場に放っておく訳にもいかない。
「どうしましょうか?」
私の傷が浅い事を知り、落着きを取り戻したアシリカが困り顔で聞いてくる。
取り合えずは、馬車の中に少女を動かして寝かせている。小さな寝息が聞こえてくるからデドルの言う通り、心配はいらないようだ。
少女は私と同じくらいの年齢に見える。地味な恰好ではあるが、その顔は素朴な印象を受ける。
「そうね……」
屋敷に連れて帰る訳にもいかないよね。まさか、襲われていたのを助けてなんて言えないもの。きっと、大騒ぎになる。
さっきの連中の態度から、狙いはこの子のはずだ。また襲われる可能性もある。ならば、出来るだけ安全な場所がいい。何かあっても守れる人がいる所。
「あそこしかないわね……」
「師匠? こんな時間にどうされました?」
夜分遅くの突然の訪問にブレストが驚いている。
「いえね、ちょっとこの子を預かって欲しいのよ」
ここなら安全だ。なにせ、剣聖がいるのだ。トルスのいる孤児院も考えたが、子供たちが危険な目に遭うかもしれないのは避けたかった。
「ほう。何やら訳アリかの」
クレイブも顔を覗かせる。
「ん?」
クレイブが私の肩の怪我に気付く。
「お嬢ちゃんに傷をつける程の相手かの?」
「ええ。魔術の使い手。それも六人もね」
忌々し気に私は頷く。
「魔術か……」
難しい顔となるクレイブ。
「やり合うのかえ?」
「場合によっては。いえ、この子に関わるなら、確実にね」
すべては、この子が目覚めてからだが、このまま放っておくのも性に合わない。
「もう夜も遅い。今日は帰るがええ。この子はワシが責任を持つ」
剣聖がそう言うなら、安心ね。
「じゃあ、頼むわね」
「それとの……」
帰ろうとする私をクレイブが引き留める。
「明日、来るようにの」
もちろん、この子の様子を見る為にも来るつもりだが、クレイブのこの言い方と顔からはそれだけでない様な気がする。
クレイブのその顔は今までに見た事のない真剣な表情だった。