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戦うお嬢様!  作者: 和音
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67 前世の記憶の使い方

 ルーベルト君の恋い焦がれていた人に会えたのはいいが、シルビアだったのは、驚きであり、複雑でもあった。

 いや、シルビアは悪くないよ。綺麗だし、優しいし、私の数少ない信頼出来る貴族の友人だ。

 でも、ルーベルト君の好みがあれだったのかぁ。

 やっぱり、胸か? そんなに大きな胸がいいのか? まだ十歳でも、男はやはり女性に大きな胸を求めるものなのか? 

 私の成長は、まだ少し先だと、信じている。

 少しルーベルト君の将来を不安に思った私だったが、そこは、やはりまだ十歳。たまに、シルビアに会わせて欲しいとお願いされるくらいだった。仕方ない。今度シルビアの家に遊びに行く時は、連れて行ってあげよう。

 それはそうと、あれから屋敷の中で私を見る視線が変わった気がする。視線、と言うか、態度と言うか。何故が、私を見る目が微笑ましいものに変わっているのである。

 おっ。私のイメージアップ作戦が功を奏したのか、とも思ったが、実は違った様であった。

 原因はお母様。

 ルーベルト君と屋敷を出るのについた嘘である。事もあろうか、お母様は、屋敷の使用人たちに、ペラペラと話したみたいである。私が、レオに会いたくて仕方ない、せめて、遠くからでも眺めたいと。

 どうやら、お母様には、口止めされたという概念は無かったらしい。

 かわいい所があるじゃないか、と屋敷の者たちから思われてしまった様だ。

 以前の我儘イメージが多少なりともマシになったのは嬉しいが、その誤解は屈辱だ。自業自得とはいえ、嫌になってくるよ。

 そして、そんな誤解が、思いも寄らない出来事を引き寄せた。


「何で、こんな事しなきゃならないのよ」


 思わず愚痴が口をついて出る。


「ご自分の行いのせいかと……」


 アシリカの正論。それは、分かっているけどね。

 今、私は馬車に揺られ、コウド学院に向かっている。これは、お母様が変な方向に気を利かせ、私にレオへの贈り物を届けさせているのだ。婚約者の母親からの入学祝いという名目らしい。


「道場に行きたかったのにさ」


 貴重な剣術の時間を犠牲にした為、なおさら腹立たしい。さっさと届けて、時間があれば、道場に寄りたいところである。

 だが、その時間が取れるかは、微妙である。なにせ、コウド学院は、エルカディアの中心部から、一時間以上馬車で走った郊外にある。周囲を森に囲まれた広大な敷地を持つ学園である。

 お母様に渡されたレオへの贈り物が入った箱を恨めしく見つめ、愚痴とため息を交互に繰り返しているうちに、学院へと着いた。

 門を通り抜けて、林の中をしばらく走ると、急に視界が開け、王国最大の学校が現れた。

 数多くのレンガ造りの建物が建っている。どれが何かは、分からないが、ほとんどが三階までの造りである。中には、大きなホールの様なものもある。大きな公園かと見まがうばかりのよく整備された庭園も広がり、高位の貴族の屋敷にも引けを取らない。

 アシリカとソージュは初めて見るコウド学院を興味深げに車窓から眺めている。

 だが、私はこの眺めを知っている。記憶の中にある画面を通して見た光景と同じである。


「はぁー」


 また、ため息だ。しかし、このため息はさっきまでとは、違う理由で出てきたものだ。

 来年には、私もここに入学だ。それは、本格的にゲームのスタートが近づいてきているという事だ。

 生き延びられるか、断罪か――。運命はどう動いていくのだろうか。


「ん?」


 待てよ。よくよく考えると、ここに入学しなかったらいいのじゃないだろうか。アシリカの言っていた魔術学園でもいいのではないのか。


「ねえ、私、魔術学園に入りたいわ」


「お嬢様?」


 突然の宣言に、アシリカとソージュはきょとんとなる。


「うん、決めた! 私、来年、コウド学院ではなく、魔術学園に入るわ!」


 何だ、こんなにも簡単な断罪回避方法があったとは。

 コウド学院に入らなければヒロインに会う事もない。そもそも学院にいない私が難癖をつけようが無いし、イベントも発生しようが無いのだ。

 いやあ、一気に先が明るくなった気分だよ。


「申し上げにくいのですが、お嬢様の魔術では……」


 アシリカが伺う様な目で私を見る。

 そうだった。私は魔術は超が付く程苦手だ。火はマッチ程度の弱々しいもの。氷を出そうとしたら、冷たい風が微かに出る程度。私の魔術って、人に優しいね。


「魔術学園に入学する貴族の子弟は、確かに少なくありません。ですが、皆、一定以上の魔力を持ち、魔術を使える人たちばかりですし……」


 そうなのか。私の魔術では、無理そうだね。今まで、あれだけ講義を受けているのに、後一年で劇的に上達するとは思えないし。

 うーん。やはりうまくいかないな。裏口入学とかないのかしら。お父様に頼めば何とかなるかな。そうよ、サンバルト公爵家の力を使って……。

 いや、駄目だ。私は何を考えているんだ。悪を裁くと決めておきながら、私が悪の道を進む訳にはいかない。少し冷静になろう。


「着きましたよ……」


 またもや、難しい顔をして考え込んでいる私にアシリカが遠慮がちに声を掛けてきた。外を見ると、二階建ての建物の前で馬車が止まっていた。

 馬車を降りて、建物を見上げる。先触れを出していたせいか、すでに出迎えの者がいる。


「これは、ナタリア様。お待ちしておりました」


 この人は王宮でも見た事がある。確かレオの従者の一人だ。恭しく頭を下げる。


「殿下はすでにお待ちにございます。こちらへ……」


 出迎えの従者に導かれるまま、建物の中へと入る。

 彼の説明によると、この建物は、学院への来客者を迎える為の施設らしい。


「こちらにございます」


 扉を開けてくれ、一礼する。


「着いたか、リア」


 レオが一人、部屋のソファーでくつろいでいた。


「お久しぶりにございます」


 扉の前で、一応、貴族令嬢としての礼をとる。


「まあ、入れ」


 そんな私に慣れていないせいか、レオはぶっきら棒に入室を促す。

 久々、と言っても三ヶ月ぶりに会うレオは一段と大人びた顔つきになっていた。今のレオなら、一目見ただけで、『ロード・オブ・デスティニー』の攻略者、レオナルドだと分かるだろう。


「どうだ? 剣の腕は磨いているのか?」


 お母様から預かったプレゼントを渡した後、時間があるというレオとお茶である。それにしても、久々に会った女性に剣の話とは、相変わらずだな。


「ええ。レオ様から頂いた一覧の中から道場を一つ選びまして」


 お陰で、エライ目に遭ったけどね。


「ほう。そうか。で、どんな師に付いているのだ?」


 いや、師の前に弟子が付いたけど。


「剣聖、と呼ばれているクレイブさんですわ」


 一応、弟子みたいなもんよね。ちょっと、自慢してやろう。


「な、何!? あの剣聖クレイブか? 王都に帰ってきていたのか」


 レオは驚愕の表情を見せる。


「ええ。つい最近帰られたとかで……」


 無一文になってね。


「それは……」


 羨ましそうなレオの目が私に向けられる。

 いや、実際はそんないいものじゃないけどね。噂と現実は大違いだよ。

 リアだけずるいだの、俺にも紹介しろだのブツブツとレオが言っていると、扉をノックする音が聞こえる。


「ん? 来たか……」


 レオが扉に目をやる。

 誰だろう? 他にもレオを訪ねてくる人でもいるのかな。


「入れ」


 レオがそう言うと、扉が開き、二人の男性が入ってくる。

 う、うそ……。この二人は……。

 

「リア、紹介しよう。こちらは、アルラッド伯爵家のライドンだ」


 知っている。騎士団団長の息子でしょ。剣術に優れ、自らも騎士団の団長を目指しているはずだ。正義感に溢れ、曲がった事が嫌いなはずだ。

 ライドンは、私に一礼する。


「もう一人は、ライベルト侯爵家のケイス」


 こっちも知っている。父親が宰相でしょ。女好きに見せかけて、実は一途。その行動とは裏腹に、繊細な性格だ。


「ナタリア嬢。一度お会いしたかった。いやあ、噂に違わず、美しい」


 満面の笑みで、大袈裟とも言えるくらい、両手を広げる。


「は、初めまして。ナタリア・サンバルトにございます」


 この二人、攻略対象者だ。

 なんとか、淑女の礼を取る。

 だが、頭の中は焦りでいっぱいだ。突然、レオ以外の攻略対象者がここに現れるとは、思ってもみなかった。


「二人は学友だ。ちょうど、今日この二人が暇だったみたいでな」


 レオは自分の友人に会わせたかったのか。まったく、余計な事を。


「殿下……。暇など酷くありませんか。殿下が来いとおっしゃったではないですか? 一人で、婚約者殿に会うのは気恥ずかしいのかと思って来たのに」


 ケイスが、レオに抗議の声を上げているが、その顔は笑っている。横で、そんな彼に同意するかの様に頷くライドン。

 二人のそんな様子からは、レオとの間に信頼関係が築かれているのが分かる。


「よ、余計な事は言わんでいい」


 何故か、レオが慌てているが、今はそんな事どうでもいい。

 やっぱり、ここに入学したくない。私は、この二人も含めて、多くの人の面前で糾弾されるのだ。そして、断罪の時へと向かう。私の破滅だ。

 嫌だ。絶対に嫌だ。

 魔術学園は無理でも何とかここに入学しない方法はないだろうか? 魔術学園に行かない貴族の子弟がこのコウド学院への入学は義務みたなものだ。いくらお父様に泣きついても無理だろう。

 ならば……。向こうから断ってもらえないかな。馬鹿っぷりをアピールするか?それとも、ここで暴れてみようか? いや、どれも意味が無さそうだ。

 どうしようか。こんな時こそ、前世の、ゲームの記憶を役に立てるべきだ。


「おい、リア。聞いているのか?」


 おっと。考え事に夢中になっていたか。


「えっと、何でしょう?」


「まったく……。お前は、昔からぼうっとなっている事がたまにあるな。夏休み前のパーティーの話だ」


 呆れ顔のレオである。


「パーティー?」


 パーティー? こっちは、それどころじゃないんだよ。リアルに命が掛かっている問題を考えているんだからね。


「ああ。夏休みに入る前の恒例のダンスパーティーだ。リアも来るのか、と聞いている」


 そんなのがあるんだ。入学もイヤなのに、来たい訳ないじゃない。


「でも、学院の生徒でもないのに、よろしいので?」


 ストレートに断るのも何だしな。


「ああ。それは、問題ない。招待状を送れば参加出来る」


 ……そんなシステムなのですね。


「皆、婚約者や恋人を誘っているからね」


 ケイスが補足してくれる。


「招待状を送っておくぞ」


 おい、レオ。私はまだ了承してないぞ。


「失礼します」


 扉がノックの音と共に開けられる。


「コウド学院副院長のアイザムであります」


 入ってきたのは、初老の男性。

 あー、この人も知っている。ゲームの中で、ちょこちょこ出てきた苦労性の人だよね。あれ、でも何か違和感があるな。


「いえ、サンバルト公爵様から、ナタリア様が来られると伺いましたので、ご挨拶にと思いまして」


 お父様に? わざわざ? まさか、お父様、レオと二人っきりにしたくなくて、様子を見に来させたのかしら。もう、心配性ね。アシリカたちも側にいるのに。


「ナタリア様も来年にはご入学です。来春を心待ちにしております」


 いや、待ってて欲しくない。出来れば、お断りして欲しい。

 そう言って、アイザム副院長は頭を下げた。

 あっ! 違和感の正体が分かった! この人、ゲームでは頭の毛が無かったはずだ。でも、今は髪の毛はふさふさ。これは、怪しい。もしかして、その頭……。

 一度気になると、気になって気になって仕方ない。


「あの、ナタリア様?」


 じっと、私が見つめるのは、アイザム副院長の頭部。

 ズレとか無いかしら……。ああ。確かめたい。


「リア。どうした?」


 レオが不思議そうに私を見つめる。


「あ、あの……」


 明らかに挙動不審なアイザム副院長。額に汗の粒が光っている。あなたが、光らせるのは、汗だけでないはずよ。

 私は立ち上がると、副院長の前に立つ。


「お嬢様?」


 思わずといった感じで、アシリカが不安そうに声を出す。


「副院長。ちょっと屈んでくださる?」


「え? 屈む?」


 こちらは不安げな面持ちだが、言われた通りに腰を落としてくれる。


「ちょっと、失礼」


 私はアイザム副院長の頭髪をむんずと掴むと、力一杯引き上げる。


「お嬢様!」


「リア?」


 アシリカとレオの声がシンクロして聞こえるのと同時に、副院長の頭に乗っていた、髪の毛がスポンと外れる。


「あっ!」


 部屋にいた全員が同時に叫び声を上げたる。


「やっぱり!」


 ズラだったのね。ああ、そうそう。これよ。ゲームの中の副院長と一緒だ。


「お、お、お嬢さ……」


 アシリカとソージュは顔を真っ青にしている。レオら三人は口をポカンと開け、唖然としている。

 そんな皆の顔を見て、我に返る。

 ヤバい。やってしまった。これは、非常にまずい。いくら何でもやり過ぎだよね。好奇心を抑えられませんでしたなんて言い訳、通じる訳ない。


「ナタリア様……」


 虚ろな目のアイザム副院長である。


「あの、その、ごめんなさい」


 本当に申し訳ない。かつらをしているって事は隠したかったからだもんね。これは私が全面的に悪い。いや、ここまでやってしまったら仕方ない。少しでも良い様に考えよう。もしかしたら、これをきっかけに、入学拒否なんて……。


「ありがとうございます」


 え? 何故に感謝の言葉?


「いえね、自分でも疑問に感じておったのです。これをつける事によって、自分を偽っている様な気がしていまして」


 誰も何も言えずに、黙り込んでいる。


「それにね、この暑くなる季節。これもキツイものがありましてね」


 ああ。夏場は熱いかもね。


「でも、これで、吹っ切れました。今後はあるがままの自分でいたいと思います」


 最後は爽やかな笑みと頭での決意表明である。

 副院長にしたら、良かったのかな? まあ、そういう事にしておこう。本人も納得しているみたいだし。

 しかし、私はどうやら、入学が避けられないようだ。アイザム副院長には、来年の春に会える事を楽しみにしていると、感謝の籠った目を向けられるしさ。

 どうやら、私は、どうでもいい前世の記憶の使い方をしたようだった。


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