64 いざ、勝負
決まってしまった事は仕方ない。ここは、何とかしなくてはならい。
今回の対戦は五対五で行われる。そして、三勝した方が勝ちである。何がなんでも勝てる三人集めなくてはならない。一人は私。そして、もう一人。急遽参戦のデドルである。意外とノリ気だ。だが、最後の一人が問題だ。
二週間で、ブレストたち三人がなんとかなるとは思えない。もちろん、三人の稽古は続けているが、勝てそうにはない。一刻も早く、確実に勝てる人間が必要だ。
そこで私が白羽の矢を当てたのは、リックスさん。困った時のリックスさん頼みだ。もちろん、また訳の分からないまま呼び出されたリックスさんに少しの小言を言われたが。最終的には、対戦の日に道場に来てくれる約束をしてくれた。
ふー。これで問題ないはずね。肩の荷が下りたわ。私が受けた勝負のせいで、道場が取られるのは、さすがに申し訳ないからね。
ま、後は対戦まで十日間、ブレストたちを鍛えておこう。道場主代理代行としての責任があるしね。
今日は、体力作りの為、道場の周囲を走らせている。だが、三人はすぐに息を切らして、歩くより遅い速さになってしまっている。一体今まで、この道場はどんな事をしてきたのか、不思議になってくるよ。
「気合いだー! 根性だー!」
へろへろになって門の前を通っていく三人に発破をかける。
「ま、まだ走るのですかあ?」
ブレストが情けない声を出している。
「まだよ! 体力をもっと付けないないといけないでしょ!」
私に追い立てられるようにして三人は走っていく。
「お嬢様、稽古はいいのですが、その木刀を持って立っているのはさすがに……」
アシリカが誰か知り合いにでも私の姿を見られないかと周囲を見回している。
「でも、怖いほど、似合ってマス」
ありがとう、ソージュ。それ、褒めてくれているのよね?
「おやまあ、こりゃ、ずいぶんと勇ましい娘さんだのう」
私の掛け声に通りかかった老人が甲高い笑い声を立てている。
白髪に同じく白く長い顎鬚。手には杖を持っている。
「ここは、確か道場だったと思うのだが。お前さんが道場主かい?」
人懐っこい笑みを浮かべて私の横にやってくる。
「いいえ。道場主代理代行よ」
「何じゃい、それは?」
やっぱり、そう思うよね。
「おじいさんは散歩でもしてるの?」
話題を変えよう。自分でもよく分からない肩書きだからね。
「ん? いやいやこれじゃ。ほれ」
そう言っておじいさんが取り出したのは、門下生募集のチラシ。
え? このおじいさんが?
「おじいさん、入門希望なの?」
しかも、こんなダメ道場に?
「最近、運動不足でのう。この年になると、体を動かさんと足腰が弱る一方じゃからの」
完全に、健康の為にちょっと運動でもしようかってノリよね。剣聖の興した道場とは、思ってもいないでしょうね。
「まあ、別にいいけどさ」
断る理由も無い。ブレストも門下生が増えたら喜ぶだろうし、何より、質より量って方針みたいだしね。
「で、寮も完備と書いてあるが、すぐに入れるかのう?」
そう言えば、チラシにそんな事が書いていたな。他にも初心者歓迎だの、子供から大人まで歓迎だのが書かれていた。もちろん、入会金無料キャンペーン中の煽り文句も入っていた。
改めて考えると、安っぽいチラシだな。
「でも、おじいさん、家は?」
帰らなくてもいいのだろうか。
「いやあ、それが、いろいろあっての……」
そう言いながら、気まずそうにおじいさんは頬を掻く。
家族と喧嘩でもしたのかな。まあ、いいか。ほとぼりが冷めたら、帰るだろうしね。これじゃ、入門というより、家出先に選ばれたってのが正しい気がする。
おじいさんと話している所に、ブレストたちが、息も絶え絶えになり、帰ってきた。
「ブレスト。新しい入門者よ」
正しくは違うかもしれないけど。
「にゅ、入、門者で、すか。それ、は、嬉しい、です」
もうちょっと、息を整えてから話しなさい。
「こんなじいさんじゃが、よろしくお願いしますわい」
「こ、こちら、こそ。いやあ、師匠が、来てから、活気、づいてきました」
ここ最近では、ブレストたちからは師匠と呼ばれる様になった私である。入門して、すぐに弟子を持つとは思いもしなかったね。
息を切らせながらも、嬉しそうなブレストを見ながら、そう思っていた。
それからも、稽古を付けながら、対戦の日を待っていた。
新たに加わったおじいさんは、ニコニコと見学がメインだが、他の三人は、初めて会った時よりはサマになってきていた。
稽古はしないおじいさんだが、別の特技を持っている事にすぐに気づく。その料理の腕が最高だったのだ。人懐っこい性格とその料理の腕前ですぐに私たちと打ち解けていた。皆からおじいさんと呼ばれ、まるで昔からいたかの様に道場に馴染んでいた。
そして、いよいよハンクの道場との対戦の日を迎える。
「も、もうすぐ来る時間ですね」
朝から緊張の為か、落着きのないブレストである。
「そうね」
答える私はハンクではなくリックスさんを待っていた。リックスさんがまだ来ないのだ。騎士団で夜勤をこなした後に来ると言っていたが、もう着いていもおかしくない時間だ。どうして、来ないのよ?
「いよいよじゃのう」
おじいさんは、楽しみで仕方ないといった顔である。
あれから、ずっと道場の寮で暮らしている。料理はするが、稽古は一度もしていない。やっぱり、都合のいい家出先のようだ。
「おじいさんはいいの? そろそろ一度家に帰らないとまずいんじゃない?」
気を紛らわす為に関係のない話題を口にする。
おじいさんは、連れ戻されるのを恐れているのか、名前を聞いてもはぐらかす。
「気遣いありがたいのう。じゃがのう……」
家族とどんな喧嘩をしたのかしらね。
「謝るなら、早い方がいいわよ」
「そうじゃの。じゃが、タイミングがのう……」
困り顔となるおじいさん。気持ちは分かるけどね。
そうこうしているうちに時間だけが過ぎていく。リックスさんはまだ来ていないのにハンクたちが先に来てしまった。
「おう。待たせたな」
自信に溢れた顔で稽古場へと入ってくる。彼以外にも試合に出る者らも含めて、十人の門弟を引き連れての登場だ。
もうちょっと、待たせてくれてもいいのにな。まったく。リックスさんは何をしてるのよ?
「また弟子が増えてるのか。今度は、おっさんとじいさんか」
デドルとおじいさんに気付いたハンクが馬鹿にした目で二人を見る。
「し、師匠。もう一人の方は?」
不安げにブレストが尋ねてきた。
「遅れているみたいね……」
こんな大事な時に何をしているのよ。
「ど、どうするのですか? もう始まりますよ」
「分かってるわよ!」
対戦ルールを確認したが、対戦開始前に五人が並び、そこからは試合に出る者を変える事は出来ない。
「さあ、始めるか」
ハンク側はすでに五人が並び、準備は万端といった感じである。
仕方ない。今ある戦力で何とかしなくてはならない。
さすがに私も背筋に冷たいものが走るな。
「しょうがないわ。私、デドル、ブレスト、マール、ガンズの五人で出るわ」
「え、ええ?」
顔を青ざめさせて、本来対戦に出る予定の無かったブレストの足がガクガクと震える。
「ほら、早く並びなさい!」
震えるブレストを引きずるようにして、ハンクらの前に並ぶ。
「後から揉めるのも何だからな。もう一度決まりを確認だ」
対戦のルール。今並んだ五人がそれぞれ試合をして、三勝した側の勝ちである。試合は、降参を宣言するか、意識を失った方の負けである。先鋒、次鋒、中堅は時間制限有りで、制限時間内に決着が付かなければ引き分け扱いとなる。副将、大将戦は時間制限が無い。ちなみに、引き分けがあり、五分の星の場合、決定戦を行う事になる。これは、試合をした五人以外の中から代表を出すことになる。
取り交わした誓紙にも記された試合のルールを再確認した後、両者の先鋒が稽古場の中央に立つ。こちらの先鋒はマールだ。
「始めっ!」
進行役のハンクの門下生が試合開始の合図を出す。
相手は明らかに手を抜いているのが分かる。対してマールは必死でその適当に繰り出されている剣撃を防ぐので精一杯である。
試合を眺めながら何とか、勝てる方法を考える。こちらに見いだせる勝機は一つしかない。何とか、一試合だけでも、制限時間を耐えて引き分けに持ち込むのだ。そして、リックスさんの到着を待つ。これしかない。
「ブレスト」
私は青い顔で身体が震えたままのブレストに話しかける。
「な、な、何ですか?」
「引き分けに持ち込みなさい。何があっても、降参せず、意識を保ち続けるのよ」
時間制限のある中堅戦に出るブレストに告げる。勝つ事は不可能でも、引き分けに持ち込む可能性はあるはずだ。
「そ、そんな無茶苦茶な……」
自分でも無茶を言っているのは自覚している。相手にしても、仕留めようとするはずだろうし、決して短い時間でもない。
「大丈夫よ。あなたの父親が亡くなってから、ずっとこの道場を支えてきたのは、あなたよ。それに比べたら楽なものよ」
こうなったら、精神論で押し切るしかない。
「今こそ、あなたにこの道場を託した父親の期待に応える時じゃないかしら?」
「父さんの……期待……」
ブレストの体の震えが収まってくる。
「そう。期待よ。父親だけじゃなく、あなたに付いてきたマールやガンズの分もあるわよ。もちろん、私のもね。それにさ、信じてるのでしょ。剣聖が帰ってくるって。信じるものがある人間は強いものよ」
「……はい。覚悟、決めました」
両手をぎゅっと握りしめ、真っすぐ前を見るブレスト。
決意を決めたらしいブレストの目の前にマールが転がってくる。
「す、すみま……せ……」
そう言って、バタリと倒れ込む。
「勝負ありっ!」
アシリカとソージュが慌てて、マールの元に駆け寄る。冷やしたタオルを顔に当て、介抱している。
「僕は、耐えてみせます。彼の分も」
唇を噛みしめ、ブレストは呟く。
「ええ。その後は私に任せなさい」
ブレストの決意に私も応えなくてはならない。
次鋒のガンズも遊ばれる様に相手をされた挙句、最後は意識を失い倒れ込んでしまった。決して降参を口にしないのは、彼らなりの意地だろう。
「では、行って参ります……」
「健闘を祈るわ」
ブレストを送り出す。
無言で試合相手の前に立つブレスト。
「始めっ!」
やはり相手は舐めて掛かってきているのは明らかだ。それでも、それなりの実力を持っているのは間違いない様で、手の抜いた一振り一振りにもブレストは受け止めるだけで精一杯だ。剣撃を受け止める度にその衝撃に顔を苦痛に歪めていた。
しばらく時間が経過した頃、突然相手の動きが早くなる。どうやら、仕留めに入る気になった様だ。
「うぐっ」
横から薙ぎ払われた剣がブレストの腹にめり込む。
うめき声と共に表情が歪む。それでも、何とか持ちこたえて立ち続けている。
「ほら、もう一つくれてやる!」
試合相手の木刀がブレストの頭を直撃する。
「っ!」
ブレストは息を飲み、片膝を床に付く。
「ブレストッ!」
思わず私は叫んでしまう。見ているこちらまで痛みを感じてくるようだ。
ブレストは、ゆらゆらと体を左右に振りながら立ち上がる。これには、相手も意外だったみたいで、眉間に皺が寄る。
「これで、終わりだ!」
またもや、ブレストの腹を横殴りに剣を打つ付けるが、それに対しても苦悶の表情になりながらも耐えている。
そこからは、滅多打ちだった。アシリカとソージュがその凄惨な様子に思わず目を背けている。デドルも眉間に皺を寄せ、顔を顰めていた。
私は、じっとブレストの戦いを見続ける。私だけは、決して目を離してはいけない気がしていた。
「も、もういいじゃないですか。このままじゃ……」
意識を回復させたマールが私の腕を掴む。
だが、私は答えない。今、止める訳にはいかない。
「駄目よ。今止めたら、ブレストを裏切る事になるわ」
彼はふらふらになりながらも必死で意識を繋ぎ留め、耐えているのだ。すべてはこの道場の為に。私には止める事は出来ない。
彼の戦いを最後まで見届ける。それだけが今の私に出来る唯一の事だ。
「じ、時間、一杯……」
進行役が試合を止める。
怒りで顔を真っ赤にしているハンク側の試合相手ともはや元が分からない程、顔を腫らしたブレスト。立っているのも不思議なくらいボロボロである。
「や、やりました、よ……」
ブレストの痛々しい顔が歪み、辛うじて笑っているのが分かる。
「大丈夫ですか!?」
一斉に皆が駆け寄るが、私は動く事が出来なかった。勝つ為に自分で考えていた事とはいえ、彼の様相に心が痛む。すべては私のせいだ。唇を噛みしめる。
「師匠。後は……、頼みます……」
私を見て、ブレストはそう言うと、その場にばったりと倒れ込んでしまった。
「もちろん。確かに、あなたのその想い、受け取ったわ」
介抱を受ける為に稽古場の隅に運ばれていくブレストとすれ違い様に頷く。そして、今から私がすべき事。それは、彼の男気に応える事だ。
「この恥さらしがっ!」
一方、試合を引き分けに持ち込まれたハンクは激怒している。ブレストの試合相手を蹴り飛ばして、大声を出している。
「ふんっ。まあ、いい。残っているのは、おっさんと小娘だけだ」
蹴り飛ばして少し気が晴れたのか、こちらを睨み付けながら、再び余裕の表情を見せる。
「次はあっしですな」
デドルが前へと進み出る。
「頼んだわよ。ま、特に心配もしてないけどね」
「少しは心配してください」
苦笑するデドルを送り出す。
「おっさん。悪いが、初めから全力で行かせてもらうぞ」
デドルの試合相手だ。この前、ハンクと一緒にここに来てた奴だ。見るからに鍛え抜かれており、強そうだ。
「そうですかい。それは、賢明ですな」
デドルは笑みを浮かべる。
「開始っ!」
合図と共にデドルに向かって、剣を振り下ろしてきた。言葉通り最初から全力を出しているのが分かる振りである。
普通なら目で追うのもやっとの剣撃をデドルはあっさりと体を躱して避ける。そこからは一瞬だった。デドルが避けたと同時に、試合相手の首に剣が打ち下ろされていた。
「終わりですかい?」
呆気に取られている進行役にデドルが声を掛ける。
「え? あ、ああ……」
改めて確認するまでもなく、デドルの相手は気を失い床に転がっている。
「お見事ね」
帰ってきたデドルに労いの言葉を掛ける。
「お褒めの言葉ですかい。ありがとうございます。でも、やっぱりあっしは、短剣の方が使いやすいですなぁ」
あれだけの剣技を見せておいて、その台詞ですか。
「次はお嬢様ですな」
「ええ。そうね」
私の試合相手を睨みつける様にしてみる。同じ様に、こちらを見ている試合相手であるハンクと目が合う。
私は絶対に負けない。そんな思いを目に込めていた。